第22話 マジック・フィンガー、マジック・ナイト(その3)
その日、香坂美郷は、ふらりと立ち寄った楽器店からリッケンバッカー330のギグケースを背負って家路に着いた。
「どうしてこうなったのか……」
眉間に皺を寄せて歩くミサトの姿は、新しいギターを手に入れて喜ぶ少女のそれではなかった。それは、要らないものを押し付けられて渋々と歩く人のそのものだった。
『おいおい、そんな嫌そうな顔をしなさんな、ミサト』
「気安く呼ばないでよ、欠陥中古ギターの分際で!」
『待て待て、俺は欠陥品じゃないぜ、さっきも説明したろ、俺を試奏した連中がどうも気に食わなかったから、電撃を食らわせてやっただけだって。
それに、ミサトと呼んでいいと言ったのは、お前さんの方だぜ、忘れないでくれよ』
「まあ、いいわ。これも何かの縁かもね……。
実を言うと、あなたのことは、昨日夢で見たのよね」
傍から見たら、独り言をブツブツと呟きながら、ミサトは帰り路を歩いた。
※
楽器店のギターコーナーの奥でミサトが垣間見たのは、“喋る”ギターだった。
「試し弾きは、辞めときますか……」
ミサトが断ったので、既にアンプに繋いでセットアップを始めていた店員が片づけを始めたときだ。
『おいおい、お嬢ちゃん、ちょっとだけ弾いてみなよ』
(どうして、あんたの声が聞こえるのかしら、これって魔法少女になったせい?)
店員に聞かれてはマズいと思ったミサトは、心の中でギターに呼びかけた。
『それは知らんな、あんた、魔法少女なのかい?』
(そうよ、昨日、魔法少女なったんだけど、それで“物”の声が聞こえるようになったのかなと、思ったんだけど、そうでもないみたいね)
『ああ、俺もよくわからんが、自分は元々人間だったんだよ。それがどうしたわけか、ギターに転生しちまったというわけさ』
(それで、ここにいるわけね)
『なあ、お願いがあるんだけど』
(何?)
『別に、俺のこと、弾かないでもいいから、ここから連れ出してくれないか』
(それは随分、ムシのいい話だなあ。
だって、タダじゃないでしょ。リッケンバッカーが3万5000円は確かに安いかもしれないけど、中学生には荷が重いよ)
『ちょっと、待て、それは何とかする』
「うわああ、何だ、これ??」
スタンドにギターを立てかけようとした店員が慌ててギターを手放した。その拍子に、ギターがボディごと床に叩きつけられた。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもありません」
店員は少し青い顔で恐る恐るギターを取り上げようと手を伸ばすと、再び、ギターを放り出すように離した。
「店長!」
「なんだ、お客様の前で、騒がしいぞ。申し訳ありませんねえ、お嬢さん」
『今だ、値引き交渉してみな』
「ええ?」
ミサトは少し躊躇ったが、しょうがないという感じで店長に訊いた。
「このギターなんですけど、中学生の私には少し高いんで、なんとかなりませんか?」
「え? うーん、リッケンバッカーで3万5000円って、かなりお安いんですがね。
ただ、今、ちょっと傷が付いたみたいなんで、少しだけおまけしてもいいですけど……」
床に転がっているギターをスタンドに戻そうと店長が手を伸ばすと、今度は、店長の方が慌てる番だった。
「うわ?」
「どうかしました?」
「……。こいつどこか故障しているようなので、ちょっと調べてからじゃないと、売れませんね」
(ちょっと、やり過ぎたんじゃない?)
『うわー、これじゃ売ってくれないか』
店長はしばらくギターを調べていたが、どこが悪いのかさっぱりわからないという顔で、困り果てていた。
『これじゃ埒が明かないか……。
お嬢ちゃん、やっぱりそのギターを試奏したいって、言ってくれ』
やれやれという顔でミサトは、「やっぱり、ちょっとだけ弾いてみていいですか、“そいつ”」と申し出た。
「ええ、まあ、いいですけど……」
店長はミサトに言われて、商売人としての癖で反射的にギターを差し出していた。
ミサトは、試奏用のアンプにプラグを差し込んで、、まずはクリーンな音でカッティングを始めた。
(へえ、案外弾きやすいんだね)
『だろ?』
ギターから自慢気な答えが返ってきた。
しばらくコードを弾いたのち、アンプを少しばかりオーバードライブさせて、自分が知っている幾つかのフレーズを弾いてみた。
店長と店員は、しばらくその様子を黙って見ていたが、初心者だと思ってた女子中学生が意外とギターが上手いことに感心していた。
「お客さん、ギターお上手ですね、いや、お世辞抜きで」
しばらくしてから店員が声をかけた。
ミサトは、リッケンバッカーは自分には不向きなギターだと思っていたが、実際に弾いてみると、そう悪くはない、むしろ、弾きやすいとさえ感じていた。
「……。今ちょっと、お金持っていないんですけど、これ、幾らぐらいになりますか?」
「そうですねえ……」
店員が店長の方を振り向いた。
「いや、お客さんがお気に召して頂けたのなら、そうですね、ちょっと傷も付いてしまったし……、3万円ちょうど、でどうですか?」
店長が愛想笑いを浮かべながら、ミサトに打診した。
(うーん、3万か……。パパに言ったら、今度の誕生日プレゼントとして買って貰えるかな……。)
「わかりました、じゃあ、3万円で買います」
『おおお! お嬢ちゃん、ありがとよ!』
(お嬢ちゃんって、なんかしっくりこないな、これから呼ばれる機会も多そうだし、ミサトでいいよ)
『じゃあ、俺のことは……』
(待って、元の名前は言わないでいいよ。
今はギターなんだし、別の名前で呼ぶことにする)
『そっか、それはそうだ』
ミサトは手に取ったしばらくギターを正面から眺めて、「よろしくね、リック」と言った。
『リッケンバッカーでリックか、いいね、いい呼び名だ!』
手に入れたばかりのギターに語り掛けているような仕草をしているミサトの姿に、店長と店員は、不思議そうに顔を見合わせた。
*
夕焼けが空を赤く染めている。
ミサトは、夕方が苦手だ。
陽が沈み、辺りがだんだん暗くなる。
夜になってしまえば、暗いことなんてどうということはないし、星の瞬きや月の輝きはむしろ好きなのだが、だんだん暗くなるというのが嫌いなのだ。
「もうこんな時間か……」
楽器店で予定外のギターを手に入れ、ちょっと疲れたので、一人でバーガーショップに入り、自宅に連絡を入れた。
日曜で家にゴロゴロしていた父は、3万円でリッケンバッカーを手に入れたことを伝えると、開口一番、「ミサト、それに偽物じゃないのか?」と言った。
事情を知らない人なら誰でもそう思う。特に父のように、昔ギターを弾いていた人間なら、なおさらだ。
本物のリッケンバッカーが3万円なんて、偽物、よく言えばコピー品としか思えない。
「大丈夫だよ、ちゃんといろんなところ、確認したから」と適当に嘘を吐いた。
本物かどうか確かめるなら、ピックアップを外して裏をみたり、配線を見たりするのだが、そんなことは一切していない。
すべては“リック”の言うことを信用したまでだ。
バーガーショップで、ミサトはギターになった経緯など、リックの生前の話をいろいろと聞かせてもらった。
「そっか、それは残念な人生だったね」
『でも、ミサト、さっき聞かせてもらったけど、あんたはかなりギター弾けるようだし、これで安心だ』
「ちょっと待ってよ、リック。私はあんたをメインで使うつもりはないよ」
『え? どうしてさ』
「なんかさ、正直言うと、使いづらいんだよ」
ミサトは皆まで言わなかったが、リックの生前の話を聞いてしまって、デビュー直前の若い男だということを意識せずにはいられなくなっていたからだ。
『大丈夫、俺なら心配いらない。自分の意志で“できる”のは、電撃だけみたいだしな』
「あ、もうこんな時間か、さて、家へ帰って、父にあんたを見せないとね」
『なんか、彼氏として家に招かれるみたいで照れるな』
「バカか!」
*
最寄りの駅からミサトの自宅までの道は、最後は住宅街の中にあり、入り組んでいて、人通りが少なかった。
目の前の角の電信柱に一人の少女の人影があった。
見知らぬ少女なので、通り過ぎようとしたその時だ。
少女がミサトの前に飛び出してきて、行く手を塞いだ。
瞬間、道でも尋ねられるのかと思ったが、彼女の思わぬ行動に飛び退いた。
「っつ!」
少女の姿は、コスプレ衣装のようだったが、すぐに思い当たるものがあった。
「あんた、もしかして、魔法少女?」
白系のミニのワンピースに、手にはどうやらマジック・ワンドらしきものが握られていた。
「魔法少女、見つけた」
相手の少女は、ぶっきらぼうに言った。
「勝負、しろ」
「ちょっと、待って、勝負って、どういう……」
ミサトには言葉を最後まで言わせず、少女はマジック・ワンドを振って攻撃をしかけてきた。
「えーい」
いきなり攻撃されたため、ミサトは反射的に、背中のギターバックを降りして前に構えて避けた。
相手の攻撃は、波動系のようで、前で構えたギターが電気マッサージを受けたように全体がブルブルと震えた。
『あぎゃあ。マジかよ』
ギターのリックが堪らずに叫んだ。
「ゴメン、避けるものが“これ”しかなかった」
ミサトは、ギターバックを抱えたまま、しかたなく“変身”を試みた。
「しょうがないな、もう。
魔法少女って、お互いに戦うものなのかよ」
ミサトは、藪から棒に攻撃を受けて、少し頭に来ていた。
「なら、やってやろうじゃないの」




