第20話 マジック・フィンガー、マジック・ナイト(その1) 〈転生したらギターでした〉
俺の名前は大吾士道。あだ名はダイゴとも、シドーとも呼ばれている。しがないバンドマンさ。
メガデビルという名前の4人組バンドでギターを弾いていた。
バンド名だけを聞くとヘヴィメタルバンドと勘違いされることも多かったが、俺たちがやっているのは、いわゆるオルタナ系のオシャンティーなロックだ。
リードボーカルのヒロは声量がないので、俺はギターだけでなく、コーラスも手伝うことが多かった。
まあ、それはともかく、そんな売れないバンドの俺たちは、全国のライブハウスを旅から旅へとツアーして回る毎日を送っていた。
いつまでこんな生活が続くのか、将来に対して多少なりとも不安はあったが、まだ若かったこともあって、結構楽観的だったし、かろうじてではあるが、好きなギターを弾いて飯を食えていたこともあって、それなりに楽しかった。
ある日のこと、そんな俺たちにも、チャンスが巡って来た。ある地方のライブハウスで新曲を演奏していたとき、たまたま見に来ていた大手レコード会社のプロデューサーの目に留まり、ライブを終えたあとに、俺たちに声が掛ったんだ。
彼から名刺を渡されて、『ほかの演奏テープがあればぜひ聞かせてくれ』と言われて、半信半疑だった俺たちは、地元に帰り、ダメ元で彼の元へ録音テープ(言い方は古いけど、業界では、録音したデータを、未だに“テープ”と呼んでいるんだ)を送ってみたよ。
そしたら、まあ、その時演奏した新曲も良かったんだな、結構キャッチ―な曲だという自信もあったし、メジャーデビュー目前まで漕ぎつけたんだ。
*
と、ここまでは、ラッキーなバンドマンのお話だったんだけど、な。
メジャーデビューが決まって有頂天になっていたわけじゃないけどさ、次の地方回りでは、ライブハウスのキャパも少し大きくなって、いつものようにギターやアンプ、ドラムスとかの機材を積んだハイエースを俺とヒロ、ベースのキミジマの3人で交代しながら運転していたんだ。ちなみに、ドラムスのヤマちゃんは、免許持ってないので、車の中で一人だけビールを飲んでやがった。まったく、羨ましいぜ。
そして、その時は来ちまった。別にヒロが悪いとは思っちゃいないけど、夕方の渋滞に巻き込まれて、辺りはすっかり暗くなり、次の宿のチェックインに間に合わせなきゃいけないので、少しばかり飛ばしていたんだな。
緩いカーブだったんだけど、スピードが出過ぎていたため、対向車線にはみ出してしまった。
俺の記憶にはっきりと残っているのは、そこまでだ。
薄れゆく意識の中で見たのは、引くり返ったワゴンの窓外に見える赤色の光と、聞こえてきたのは、救急車だかパトカーだかのサイレンの音だ。
……気が付くと、そこは薄暗い四方がタイル張りの血生臭い部屋の中だった。たぶん病院の手術室かなんかだろう。
そして意識はまた薄れて、再び気づいたときは……。
しかし、なんだ。神様ってのは、いないのかね。
いや、いるのかもしれないけど、俺の場合、神様のいる天国へたどり着くことができなかったらしい。
薄れていた意識がはっきりしてくるにつれ、俺はどうやら、“現生”に戻って来たらしいことを知った。
どうやら俺は“何か”に生まれ変わったらしい。
だが、手足を動かすことはできないし、言葉を発することもできない。だが、意識だけははっきりしているし、“目”も見えるし、“耳”も聞こえる。
正確に言うと、実は目も耳もなかったんだけど、光や音を感じ取ることができたというわけさ。
“目”の前にある景色には、見覚えがある。いや、そっくり同じ場所というわけじゃない。いわゆるここは、“楽器屋”のワンフロアだ。
真正面には、ギブソンやらフェンダーのギターがところ狭しと飾られている。レスポールにストラトキャスター、テレキャスター、まあ、ギターに興味ない人には、ギターのブランドや機種など、どうでもいい話だから、それ以上は述べないが、お高いギターが並んだフロアだったということさ。
(俺、なんでこんなところにいるんだろう。生前はギター弾きだったので、幽霊になってこんな楽器屋に憑りついてしまったのか)と、その時は思ったね。
そのうち店の入り口の方から、「いらっしゃいませ」という店主だか、店員だかの声が聞こえてきた。
その声と一緒にフロアに入って来たのは、どうやらギターを物色に来たお客らしく、ちょっと小太りで汗くさい男が、ギブソンやらフェンダーのギターを関心があるんだかないんだかわからん顔で眺めまわしている。
しばらくすると、その小太りの男が、なぜか、俺の目の前で立ち止まった。
「これ、試奏してもいい?」
「ああ、これですか、どうぞ、どうぞ」
店員は、なんと、俺の身体を軽々と持ち上げると、その小太りの男にひょいと渡したんだ。
「ちょっとお待ちを」と言って、俺の“へそ”の辺りにプラグを突っ込んだ。その時はへそだと思ったが、体の位置的は、もうちょとしたかもしれないけど、今でもそんな感覚だ。
「中古ですが、なかなかの出物ですよ」と客に勧めながら、店員は俺の“耳たぶ”を掴んでチューニングを始めた。
そして、小太りの男が演奏するために俺の身体を斜めに構えて膝の上に置き、腹の辺りを爪弾き始めた。
(おいおい、冗談じゃないぜ、気持ち悪いったらありゃしない)
男が俺を抱えて座った姿が、店内のミラーになった壁に映った瞬間、俺は我が目を疑った。
まさか、と思ったが、俺はどうやらギターに生まれ変わったらしい。本当かよ。しかも、その姿は、俺がかつて愛用していたリッケンバッカー330だった。
市販のファイアグロウよりも赤色を強くした、炎のようなファイヤーレッドカラーに塗られた特注品さ。
「なんか、弾きにくいなあ、これ」
「リッケンバッカーは、癖がありますからね、お客さんは、どんな音楽がお好みですか、リッケンということは、やっぱりビートルズとか」
「え、ビートルズは、あんまり聞かない。リッケンほしいと思ったのは、ポール・ウェラーが使ってるから」
こいつ、なんか生意気だな、つーか、お前に買われていくのは絶対ヤダと、俺は思った。
そこで、俺は一か八か、できるかどうかわかんないけど、「えーい、畜生、こいつに電気を食らわせてやる!」と思って、全身に思い切り力を込めたのさ。
「うわああ、何、これ、シビレタよ、感電した!」
「え、まさか?」
小太りの男は、放り出すような仕草で俺の身体を手放した。
(ふん、ざまあみろ、ポール・ウェラーとか、10年早いんだよ)と、わけのわからん感情で、俺はふんぞり返った。
*
……と、まあ、そんなわけで、たまに俺のことを見かけて気になった連中が試し弾きをすることがあるんだが、どいつもこいつも、なんかイマイチで、俺の“相棒”に相応しい奴が一向に現れてくれないんだな。
危うく買いそうになった奴には、最初に覚えた電撃を一発食らわせてやるのだが、そうこうしているうちに、俺の値段は、どんどん下がっていった。
最初に値の付いていた、20数万円というリッケン330の相場から、20万円を切り、10万円台となり、ついには、破格の5万8千円(訳アリ)となってしまった。
ちょっと、ヤバイと思ったけど、もうどうしようもない。
値札を張り替えるたびに、店長や店員が首を傾げていくんだな。
「おかしいよな、メンテナンスではちゃんとしてるんだけど、なんで客が試し弾きするときだけ、感電するんだろうなあ、こいつ」
「もしかすると、前の持ち主の呪いがあるんじゃないっすか」
「なんだい、それ?」
「ウワサなんですけど、前の持ち主、メジャーデビュー目前で、交通事故で亡くなったそうっすよ」
「まさか、そんなことあってあるのか?」
「これ売りに来た人って、メガデビルのボーカルのヒロだって、店長が言ってたよ」
「マジっすか、メガデビルって、最近、かなり売れてるバンドっすよね」
「じゃあ、ただの都市伝説だな、それ」
「そうすっすね」
店員二人の話を聞いていた、俺は、複雑な気持ちになった。
メガデビルは無事にメジャーデビューを果たしていたという安堵感と、俺の愛器を楽器屋に売り飛ばしたヒロに対しての怒りと哀しみが混じった、なんとも言えない気持ちだ。
「あ。いらっしゃい」
その時だ、店員の声のする方に“目”を向けると、ついに、あの娘がやってきた。
それが、俺が“相棒”として仕えることになった、天才ギタリスト香坂美郷だった。




