第18話 真の魔法少女(その2)
「そもそも原初の魔法使いに、白とか黒とかの区別などなかったわ。
人間だって同じでしょ。人類はホモサピエンスという一つの種だけど、それぞれが異なる地域で暮らしていくうちに、人種という区分けができてしまったのよ」
エミは時折、アールグレイの注がれたティーカップを口にしながら喋った。
「魔法使いも、その代を重ねるうちに、さまざまな進化を遂げて行ったの。中でも原初の魔法哲学を継承してきたのが、ブラックマジック、黒魔術の一派、私たちの一派ね」
その時エミは、ケイトの方を向いて、言い聞かせるように述べた。
「私たち黒魔術は、いわば正統派なのよ。
一方、黒魔術とは別に、独自の進化を遂げたのが、ホワイトマジック、白魔術の系統ね。
彼らは、ヒーリング、いわゆる癒し系の魔法を得意とする一派で、伝統的なブラックマジックを悪魔の所業と呼んで敬遠するようになったのよ」
ケイトはそれを聞いて、やはり自分には攻撃的と思える黒魔術よりも、白魔術の方が向いているような気がした。
「そうなんですね。
でも、私が使うマジックには、そうした区別は特にありませんね。
攻撃的な魔法も使うし、ヒール(癒し)も使います」
エミの説明を受けて、ナーシャが意見を述べた。
「本来の魔法使いは、確かにその通り、どちらの魔法も区別なく使うの。
でも今は用いる魔法の種類によって、さまざまな会派に分かれているのよ。特に黒と白は、魔法界における二大会派と呼ばれているわ。
ナーシャ、実はあなたのように、何の派閥にも属さない魔法使いの方が少数派なの」
「そうなんですか?」
ナーシャが不思議そうな顔で呟いた。
「ねえ、ナーシャちゃん、アオイちゃんはナーシャちゃんと一緒に魔法少女になったわけじゃないの?」
ケイトは忘れないうちに聞いて置きたかった。
「おう、アオイのこと、まだ話してませんでしたね。
彼女の師匠と私の師匠は、同じ人です。
だから、私とアオイは、いわゆる兄弟弟子というわけですね。
ああ、アオイの方が若干、早く魔法少女になったので、彼女が姉弟子で、私が妹弟子って、ことになりますか」
そこでナーシャは悪戯っぽい笑みを浮かべてケイトの前に近寄った。
「アオイはあなたの従妹ですから、私たちも義理の姉妹ということになりますね、ケイト姉さん」
「ええ、そうなの?」
ケイトは、背が高くて、大人っぽいナーシャが自分の妹分だという気がまったくしなかった。
「それはともかく、ミズ・エミの説明によると、だからアオイも、私と同じように、黒と白のどちらにも属さない魔法少女ということになりますね」
それを聞いてケイトは、安心感を覚えた。
もしアオイが白の魔法少女であれば、敵ということになるし、黒の魔法少女であれば、同じ仲間ではあるが、ここにいる皆には悪いが、本心としては、やはりアオイには黒の側に属してほしくなかった。
「そ、それでアオイちゃんは、今どうしてるの?」
「それが、私にもアオイが今どこでどうしているのか、わからないのです。
私たちは、師匠の元でしばらく魔法の使い方を学んでいたんですが、その後、私はパイロットになるために、スペイン軍に入隊したので、アオイとは離れ離れになりました。
しばらくは連絡がついたのですが、ある日“二人”とも音信不通になりました」
「ある日って、それはいつ?」
「半年ぐらい前のことですが、師匠と一緒に、ある任務を果たしに行くと言って出掛けましたが、それっきり、行方不明なのです」
行方不明であることは、ケイトも知っている。
「ある任務って、どんな任務なの?」
「私にも、任務の詳しい中身については、よくわかりません」
同じ魔法少女仲間であるナーシャも知らないとなると、それ以上はお手上げだ。
「それは、きっと今回の事件に関係していることだと思う」
エミが口を挟んだ。
「それは本当ですか?」
ケイトはエミが話の流れで、適当なことを言っているのではないかと少しだけ勘繰っていた。
どうしてエミが、アオイのことを知っているのだ。
「エミさんは、どうしてアオイちゃんがこの事件に関係していると、思うんですか?」
「落ち着いて、ケイトちゃん。
まだ皆には話していなかったけれど、今、人類は絶滅を伴うような、大きな危機にさらされているのよ」
何の冗談を言っているのか、その場にいた誰もがエミの突然の発言の意味を掴むことができなかった。
「エミはん、今、人類の絶滅のキキって言ったんですか?」
アズサがクッキーを口に頬張りながら、エミに尋ねた。
「そうよ」
エミは真剣な表情を崩さなかった。
「冗談で言ったんじゃないのよ。
いいこと、とある国際的な研究機関の調査によれば、人類全体の寿命は、あと5年で尽きると予言されているわ。
魔法使いの私が言うのも、何だけど、これは科学的な根拠があっての予言らしいの。
ただし、それがどんなハルマゲドン(最終決戦)によるものかは、特定されていないけど」
「それが本当なら、私たち、あと5年で死んじゃうってことですか」
アズサは、目の前にあるクッキーが食べられなくなるのを残念に思うかのように、哀しそうな眼でエミの方を見た。
「でも安心してね、アズサちゃん。
私たち魔法使い、正しくは黒の魔法使い、ブラック・マジック派は、そんなこと、一切信じていないわ」
エミはそこで初めて、皆を安心させるように少しだけ笑ってみせた。
「問題は、あと5年で何が起こるのかということなんだけど、実は、すでにその兆候が世界の各地に現れているらしいの。
ただ、それが本当に自然の成り行きなのか、あるいは人為的なものなのか、それを確かめる必要があるわ」
話が少し難しくなってきたので、ケイトは頭の中を整理しなければならなくなった。
「エミさん、それがアオイちゃんの失踪とどう関係するんですか?」
「落ち着いて、ケイトちゃん。今順番に話すから」
「人類に破滅を齎すものとして、一つ目に“貧困”があります。
これはわかるわね、貧困によって食料が不足すれば飢饉になり、飢えが襲えば、どんな動物も死滅するだけね。
世界に貧困層があるのは知ってるけれど、ある程度富める者たちは、自分たちはそれほど貧しくないし、関係ないと高を括ってしまいがちよね。
でも、貧困がある限界を超えて広がれば、それを食い止めることは誰にもできない。
例えば、あなたたちが今使っている“お金”が次の日の朝、ただの紙屑で一切使えないとなったら、どうする?
たちまち貧困層の仲間入りよ。食料を自給自足するなんてできるわけないから、飢え死にするのは時間の問題よね」
「そんなこと、考えてもみませんでした」
真剣な表情でエミの話に聞き入っていたサキは、叱られて反省でもするかのように、呟いた。
「そして、二番目の要因として考えられるのが、気候変動による生態系の崩壊です」
「あ、これは知ってます。
地球温暖化とか、そういうやつですね」
授業で先生に質問されて答えるように、片手を挙げてアズサが答えた。
「それと、気候変動に近いけれど、自然発生的な災害、地震とか、火山の噴火とか、台風、竜巻、いろいろあるわね。
まあ、順番を付けて話すのは、もういいでしょう。
要するに、巨大隕石が衝突したり、パンデミックのような疫病が流行ったり、そうした可能性も含めて、ちょっとしたことが起これば、人類は呆気なく滅んでしまうということね」
そう言われてみれば、人類のなんと儚いことかと、ケイトは思った。
「まあ、そうしたさまざまな要因が考えられるけど、でも、それらは誰にもわからない不確かなことで、5年後に人類が滅ぶと断定できるものは一つもないわ。
こればかりは食い止めようがないし、私たちにもどうにもできない」
エミはきっぱりと言った。
「ところが、この5年というリミットを着実に守ろうとしている連中がいるわけね。
人類が滅ぶ要素としてもっとも最悪なのが、人為的なもの、政治的なリスクとも呼ばれているけど、大量破壊兵器を使用したり、いわゆる核戦争とか、ね」
「まさか、人類が滅ぶことを、自ら望んでいるということですか?」
「信じられないけど、そういう連中がいるのよ」
エミはそこで一息吐いた。
「そこで今、そうした人類滅亡の危機を救うために、私たち魔法使いが、集結しようとしていたところなの」
「私たちが魔法少女になったのは、その目的のためなんですか?」
サキが尋ねた。
「ごめんなさい、それは偶然なの。
毎年、新たに5人の魔法少女を選ぶというのは、通例よ。
ただ、ここ最近の動きとして、待ったなしになったのは事実。
あなたたちだけでなく、ケイトの従妹のアオイさんも、人類を救う使命の一環として、駆り出された可能性があるわね」
エミはそこで一息吐いた。
「今回の事件ではっきりしたのは、連中はもう動き始めているということ。
私たちの準備が整うのを待ってはくれないみたいね」




