第14話 碧い瞳の天才パイロット(その1)
20××年7月×日。
その年、15歳になったばかりのアナスタシア・ロマーノヴィッチ・メリニコヴァは、F-16ファイティングファルコンの最終訓練を終えて、スペインのロス・リャーノス空軍基地へと帰投中であった。
彼女の一族はロシアでも割と裕福な富豪一家であったが、国内の政治的な弾圧が強まったことが主な理由で、両親とともに祖国を捨ててスペインに亡命した。
14歳の誕生日、魔法少女の一人に選ばれたアナスタシアは、子供の頃から描いていた戦闘機のパイロットになりたいという夢をぜひ叶えてほしいと、遣いとしてやってきた魔女エリザベートに願った。
「戦闘機のパイロットになりたい?
半分を叶えてあげることはできるけど、残り半分が叶うかどうかは、あなた次第ね」
碧い瞳を輝かせながら、願いを乞うナーシャ(アナスタシア)に、リズ(エリザベート)はそう答えた。
「半分って、どういうことですか?」
「パイロットとしての身体能力や適性については、十分過ぎるほどのものを与えてあげましょう。
ただし、それを評価するのは、個人ではなく、組織ということ、要するに、あなたの能力を“空軍”が認めてくれなければ、パイロットにはなれないということよ」
ナーシャは、魔法少女に選ばれる以前から、5歳にしてIQ170を超える天才少女として名を馳せていた。
両親は、彼女の天才ぶり、特に数学や物理学に対する秀でた才能を見るにつけ、将来はいずれ学者の道を選ぶだろうと予想していた。
ところが、10歳になった頃から、どんな影響を受けたのか、飛行機、特に戦闘機に対して異常な興味を示すようになった。
「ねえ、ママ、私、将来、F-117のパイロットになりたいな」
「エフ・ワン・セブンティーン? なに、それ?」
「通称ナイト・ホーク。ロッキード社が開発した、アメリカ軍のステルス戦闘機よ」
ナーシャの母親は、こうしたナーシャの気まぐれな発言を、小さな頃から受けて来たので、その時も聞き流していたのだが……。
*
スペイン空軍の面接官は、バルセロナ大学を飛び級で卒業し、歴々たる教授陣、さらに軍幹部の推薦状まで携えてやってきたナーシャの姿を一目見て、一笑に付した。
「お嬢ちゃん、ここは空軍ですよ。
何か、場所をお間違えになってませんか?」
「別に間違えてはいません。
私の場合、パイロットの適性条件として満たしていないのは、唯一、年齢ということになりますが、それに関しては、既に、政府関係者や軍関係者などから、特別な許可を取り付けてあります。
御不審に思われるかもしれませんが、ご確認願いますか、カルロス少尉」
面接官のカルロス少尉は、ナーシャの受け答えを聞いて、これは只者ではないと、すぐに悟った。
「少々、お待ちを、アナスタシアさん」
なぜ、彼女が一人だけで、この場にやってきたのか、逆に、自分が面接官として、テストされているのではないかと、疑ったカルロスは、彼の上官を内線で呼び寄せた。
数か月後、ナーシャは、圧倒的な能力で飛行シミュレーションをこなし、通常では機種ごとに操作系統が異なり、機体変更が困難な戦闘機の操縦を、最新鋭のF-22レベルでこなすという離れ技を見せるまでになった。
これが“魔法少女”の力によるものであることは、軍の最高機密して扱われていたが、実のところ、ナーシャの周辺にいるほとんどの者に知れ渡っていた。
一方、ナーシャのその可憐な容姿と相まって、空軍パイロットの制服姿は、基地内ですぐに話題になった。
「おい、知ってるか、ゴンザレス。
今度、14歳になったばかりのお嬢ちゃんが、ファイティングファルコンの正式パイロットになるそうだぜ」
機体の一つを整備していたホセが手を休め、額の汗を拭いながら、同僚のゴンザレスに言った。
「え? なに冗談かましてるんだよ、ホセ。
4月1日はもうとっくに過ぎたぞ」
「冗談なもんか、ほら、噂をすればなんとやら、彼女がそうだよ」
「? あれは、宣伝用のモデルの子か何かだろ」
身長170センチでスリムな体型のナーシャは、確かにモデルのようにも見える。
ホセとゴンザレスの視線を感じ取ったナーシャが二人に近づいて行った。
「こんにちは、ホセさん、ゴンザレスさん」
二人は、初めて話した相手から、自分たちの名前を呼ばれながら挨拶されたので、大いに戸惑った。
「は、はじめまして、えーと、お嬢さん……」
「アナスタシア・ロマーノヴィッチ・メリニコヴァです、
ナーシャと呼んでください」
軽く挨拶を済ませると、パイロット姿のナーシャは、キャラクターシールを幾つも貼った愛用のヘルメットを小脇に抱え、滑走路脇に止まっていたF-16の機体の一つに向かって行った。
「え? 本当にあの娘が、バイパー(F-16の愛称)に乗り込むのかい」
F-16は、アメリカ軍の主力戦闘機として採用されると同時に、西側諸国で、最も普及した戦闘機の一つといってよい。
高性能であるが、高価であったF-15に比べて安価なF-16は、ライセンス生産や派生型を含めて、世界20か国以上の空軍が採用を続けている。
一般的な航空機と比べて、F-16のような戦闘機は、前方の視界を確保することが特に難しいと言われる。
機体がどのような角度で飛んでいるのか、機体と水平線の位置関係などが把握しにくく、慣れないうちは、常に計器を頼りにコントロールしなくてはならない。
しかし、ナーシャは、生まれながらに優れたバランス感覚を持っており、幼い頃は、器械体操にも優れた才能を見せていた。
そうした素質にも恵まれていたお陰で、強烈な加速Gも物ともせず、一般的には合計340時間、年月にして2年以上の期間を要する戦闘機の飛行訓練を、わずか3か月という驚異的なスピードで成し遂げていた。
*
「普通の新米パイロットなら、操縦桿を握っているだけで精一杯だけど、ナーシャの場合、飛行しながら、観光バスのガイドよろしく、雲の形や空の色、近くに見える島とか海の色とか、周囲の状況まで逐一伝えてくるんだぜ」
その日、ナーシャの最終訓練を見守っていた管制官のレオンは、ナーシャの帰投報告を受けて、傍らにいた同僚のビトに、彼女のエピソードについて語って聞かせていた。
「おいおい、随分とご執心だな」
「いや、素直に天才っているもんだなと、感心しているだけさ」
「聞いたところだと、パイロットにしとくには勿体ないぐらい、頭脳の方も明晰らしいぞ」
「それを言っちゃあ、パイロットに失礼だろ」
「いやあ、14歳で、すでにバルセロナ大学を飛び級で卒業してきたらしいからな」
「本当かよ、それ」
「ああ……。
……って、おい、そのナーシャさん、ちょっと飛行方向ずれてないか」
ビトが指摘したので、レオンはレーダーに映るナーシャの機影に目をやった。
「うむ、確かにちょっとズレているな……。
どこに飛んでいく気だ」
〈××-602(ナーシャ機)、応答せよ。
現在、帰投方向とズレているようだが、問題ないか〉
〈こちら××-602、数分前より、当機体の操縦桿がコントロール不能。コントロールを試みているが、アウト・オブ・コントロール状態に陥っている模様〉
〈××-602、機体のトラブルか?〉
〈こちら××-602、今のところ、フロントパネルの計器類に異常は見られず。
操縦不能の原因は不明。
引き続き、コントロールできるよう、トライする〉
〈××-602、計器に異常がないか、もう一度確認したし〉
〈こちら××-602、たった今、エンジン出力が上昇し始めた。
こちらも原因不明……〉
〈××-602、エンジン出力が上がっているのか?
出力を下げることは可能か?
……××-602、応答せよ……〉
「まずいな、交信が途絶えた……」
ナーシャの機体は飛行方向が変わっただけでなく、スピードをどんどん上げて行き、最高速度のマッハ2に達しようとしていた。
「おい、このまま真っすぐ進んでいったら、ヤバイぞ」
レオンが交信のためのヘッドセットをずらして、焦った声を上げた。
「この方角にあるのは……、日本列島だ」




