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41 モアは自身の過去を語った

 それは10年前の話だった。


 ベメント地区のゴーストタウンに、あるサーカス団が立ち寄った。

 クラウン・クラウンと呼ばれる、人気のサーカス団。

 次の目的地であるイームル地区までの休息だった。


 サーカス団は流浪の旅を続けていた。

 世界中の子供達を笑顔にすることを、団員全員が夢見ていたからだ。

 団員の殆どが孤児院出身で、親のいない子供の気持ちが痛い程分かっていたからだった。

 だから、魔物が闊歩する危険な陸路を荷物を背負いながら歩いていた。


 その町には誰もいないはずだった。

 しかし、誰かがいた。

 サーカス団員以外に、2人だけ。


 ボロボロのマントを着た子供の人間と、屈強な男の天使。

 天使は子供の髪を掴んで引きずり、どこかへと歩いていた。

 途中で出くわす魔物を物ともしていない。

 強力な魔法で文字通り、天使が八つ裂きにしていた。


 そんな2人を、モアが見つけた。

 天使の方は、明らかに処刑人だった。

 当然子供を引きずる天使を放っておけるはずもなかった。

 団員達はみんな、その2人の後をつけていった。


 すぐに天使が処刑人であることに気が付いたが、それでも団員達は子供の様子を見守る。

 だが、見守ることしか出来ない。

 処刑人に関われば、まず命はないと思った方がいいからだ。

 それでも、見守る。


 子供と天使は荒れ果てた鉱山の中へと入っていった。

 ・・・ダンジョンだ。

 そこは獰猛なアラクネタイプの魔物が巣くう、危険な場所。

 それでも団員達は見守るためについていく。


 彼らは難なくダンジョン最深部へ到着した。

 そこには強大な力を持つガーディアン・・・キングリッチがいた。


 そして、戦う。

 死闘だった。


 天使はガーディアンに勝ったが、その代償として両足と片腕を失った。

 ・・・食われたのだ。

 そのままでは失血死してしまうだろう。

 だから彼は子供に頼んだ。

 両腕と片足を直せ、と。


 そう。

 人間の子供は治療魔法の持ち主だった。

 腕や足はもちろん、死体さえアンデッドとして蘇らせるほどの危険指定者だった。

 子供は天使の処刑人の傷を癒す為にと、無理矢理連れてこられたのだ。


 逆らうことは許されない。

 危険指定者が処刑人に逆らえば、待っているのは死だけだ。

 それは子供だけじゃない。

 天使の処刑人とて、同じことだった。

 ダンジョンでガーディアンを狩ることを強要されていた。

 どうしようもない、この現実。


 ・・・そして、目の前には傷ついた天使の処刑人。

 彼は今、子供には何も危害を加えることが出来ない。

 子供は迷っていた。

 このまま逃げれば、もしかしたら自由になれるのではないかと。

 このまま彼を放置すれば、勝手に死んでくれるのではないかと。

 そんなことを思った矢先。


 ガーディアンが起き出した。

 キングリッチは致命傷を負っていなかった。

 処刑人は当然動けない。

 そして・・・蹂躙が始まる。


 処刑人は残った足をもぎ取られ、目を潰され、喉を切り裂かれ、苦しみの内に絶命した。

 残るは、人間の子供ただ1人。

 だからだろう。

 見守っていた団員達が、子供の目の前へ駆けだした。


 それぞれが魔法を使うが、ガーディアンの命を刈り取るまでには至らない。

 結果。


 果敢に攻撃を仕掛けていた団員の1人が死んだ。

 それを見て助けようとした無防備な2人が攻撃で死んだ。

 そこでパニックになった5人が死んだ。

 連鎖的に10人死んだ。

 連携が瓦解した時点で、一気に30人が死んだ。

 50人が無意味に死んだ。


 ・・・団長を囮に、遂にガーディアンが倒される。

 モアが仕留めていた。

 でも、生き残ったのはモア1人と、子供だけだった。

 ほか・・・全滅。


 絶望。

 後悔しかなかった。

 中途半端に子供を助けようと思った結果がこれだった。


 死んだ。

 みんな、尊い仲間だったのに。

 みんな、夢を持っていたのに。


 全てが残酷に色褪せていく。

 価値のあるもの。

 美しいもの。

 全部、汚くなっていく。

 ・・・穢されていく。


 叩き潰された。

 全てを。

 ・・・憎かった。


 憎い。

 憎いんだ・・・

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いッッ!!!!


 ガーディアンに憎悪を抱いた。

 ここに子供を連れてきた処刑人の天使を恨んだ。

 処刑人をここに送り込んだ全ての処刑人と上層部を呪った。

 その原因を作った、処刑人を犠牲にする社会のシステムを嫌悪した。

 そして何より・・・そうせざる負えない状況を作り出した、この星(スティーラ)を・・・殺したかった。


 そうだ。

 いつも、危険指定者が虐げられるこの世を憎んでいた気がする。

 そうした鬱屈を子供の救済にぶつけていた気がする。

 その全てが無意味だったわけだが。


 悲しみに打たれて、慟哭する。

 叫ぶ。

 無意味だった。

 モアがいくら世の絶望を嘆いても。

 現実は何も変わらない。


 こうした悲劇を、旅の中で何回も見聞きした。

 結局救えなかった子供も何人かいた。

 だがしかし、実体験したのはこれが初めてだ。

 誰かに、救ってほしかった。

 宗教でも何でもいいから、何かに縋りたかった。

 救済を求めていた。


 夢なんか、最初から叶うわけがなかった。

 ただの理想でしかなかった。

 空想や、妄想。

 そんなものでしかなかった。


 うずくまる。

 もう、どうでもいい。

 死にたい。

 このまま静かに死んでいきたい。


 ・・・モアの手に、仄かな温かさが感じられた。

 子供の手だった。


 「・・・悲しいの?」

 「苦しいんだ。憎くて、泣きたくても、起こってしまったことは変えられない。みんな、死んでしまった。私のせいで・・・」

 「死んでしまったことが悲しいの?」

 「ああ。それに、私の夢が現実に適いっこないってことが、分かってしまったから・・・もう、ダンジョンから出られない。出たら、すぐそこは現実だ。もう、現実を見たくない。疲れた。疲れたよ・・・」


 本音だった。

 子供に言うことではない。

 でも、もういいんだ・・・

 ここで人生を・・・旅を終わらせたかった。


 元々、生きることが辛かった。

 私だって危険指定者だったのだから。

 こんなことが起きなくても、いつかは人生に絶望していただろう。


 「みんな、生き返らせれば・・・喜ぶの?」

 「・・・そんなこと、出来っこない。死んだ者は生き返らない。時間が巻き戻らないことと一緒だ。不可逆なんだよ。元通りになることなんて、なに1つないんだ・・・」

 「・・・」


 子供は黙って立ち上がる。

 モアに恩を感じていたかは分からない。

 しかし、モアの為に立ち上がったような気がした。


 「ボクね、あのベメント地区の町に、捨てられたんだ」

 「・・・捨て子?」

 「うん。ボク、ずっとあそこで暮らしてた。1人ぼっちだった。ずっと寂しくて、苦しかったんだ。たまに通りがかる人がいても、ずっとはいてくれない」

 「・・・だろうな」

 「でもね、昨日処刑人の天使さんがやってきたんだ。」


 子供が天使の成れの果てを指さす。


 「天使さんに死ぬほど殴られて、蹴られた。痛かった。歯が欠けて、鼻血が出てきた。それで天使さんが言ったんだ。お前は危険指定者だ。だから、殺されたくなかったらついて来いって」


 そうか・・・

 きっと、ベメントで子供に会った奴から情報が流れて・・・


 「ボク、本当はここで死んでもよかったんだ。このまま生きてても、ずっと1人で生きるのは寂しすぎるし、何にも意味がないと思ったから。けど・・・全てを捨てて、ボクを助けてくれたあなたなら、友達になれるかなって・・・思ったんだ」

 「友達・・・」

 「うん」


 その言葉に、温もりを感じた。

 感じてしまった。

 求めていた救いが、そこにあった気がした。


 「ボクの名前はネロ。あなたの名前は?」

 「・・・モア」

 「モア。ボクは、あなたの為に今日から・・・生きたいな」


 そう言って、ネロは目を閉じた。

 祈り、自分の魔法を行使する。


 ダンジョン最深部の部屋に転がる無数の死体に、魔法の光が降りかかる。

 奇跡が必然的に発生した。


 死体が・・・

 死んだ仲間達が、動き出す。

 欠けた腕や足が元通りに復元されて、立ち上がる。


 ただし、肌はみんな青白かった。

 呼吸はなく、目の焦点が合わない。

 ああ、私はこれを知っている。

 これは・・・


 「アンデッド・・・」


 目の前で、禁忌が執り行われていた。


 「・・・これで、モアは喜んでくれる?」

 「ぁ・・・」

 「モア?」

 「ぁあ・・・」


 これは、間違っている。

 亡くなった者はそう簡単には生き返らない。

 全く道徳的ではない。

 断じて善と呼ばれるようなものではない。


 アンデッド達が唸りを上げる。

 それは生を感じさせない産声だった。

 産まれたばかりだというのに、死んでいるとは・・・


 この子供が行なったことは、狂気でしかない。

 それは分かっている。

 分かっているが・・・

 現実は、理想だけじゃ変わらない。


 「・・・私は、仲間達をゾンビにされたって喜びはしないよ」

 「なら・・・怒るの?ボクを殴るの?」

 「殴らない。蹴らない。だから、泣かないで。安心して」


 私はネロを抱きしめる。

 同時に、ある考えが思い浮かんでいた。


 「・・・私は、世界を壊したい。その為に生きたい。だから、その為に・・・その夢に、私の仲間を連れていきたいんだ」

 「夢?」

 「ああ、夢だ」

 「ボクも・・・ついて行っていい?」

 「いいよ」

 「本当に?」

 「ああ」

 「嘘、吐いてない?」

 「本当のことしか言わないよ」

 「じゃあ・・・ボクのパパになってくれる?」


 唐突な子供の要求。

 ・・・パパ。

 父親。

 そうか。

 この子、家族いないんだったな・・・


 「なら、家族を作ろう。私がパパで、ネロが息子だ」

 「いいの?」

 「・・・ダメなのか?」

 「ううん、そんなことないよ」

 「なら、今から私達は大切な家族だ」

 「・・・うん!」


 お互いがお互いを抱きしめる。

 ああ。

 私は、世界がこんなにも残酷で、家族の温もりがこんなにも温かいことを・・・

 仲間を皆殺しにされてから気付いたのか・・・


 「一緒に世界を壊そうか」

 「それが、夢?」

 「そうしてまで夢、だな」

 「・・・ボクも行くよ」


 私の頭は狂っていたけれど。

 それでまた生きていけるのなら・・・

 だから・・・



 ---



 「だから私は、ここにいるのだ」


 モアの語りが終わった。

 ・・・酷く陰鬱だった。

 しかし、これ以上なく現実だった。


 「・・・世界を、壊すってか」

 「それが私達の生きる理由だからな」


 俺の問いに、モアは見下しながら答える。


 「特異点(コア)から発生したばかりの魔物は、知的生命体に対する殺戮衝動もまだ薄い。故に私の魔法によって、魔物が従僕になる期間も極端に短くなるということだ」

 「その間にボクが操るリッチとアンデッドで、ダンジョン内に元々いた既存の魔物を掃討したんだよ」

 「・・・アンデッドが蔓延っていた原因はそれか」


 おおよその疑問が、頭の中で連結した。

 こいつら・・・


 「大勢の魔物を使役して、処刑人を束ねてる統括ギルドに攻撃をする気か」

 「ピンポーン。正解。ま、ボクはモアについて行ってるだけなんだけどね」

 「お前は・・・それで自分が死ぬことになってもいいのか?」

 「いいよ。モアがいなかったら、ボクはそれ以前に死ぬことになってたんだから」

 「そういうことだ。私達の意志は固い」


 ・・・説得は無理か。


 「で、結局私達に何を求めるのよ?さっき貴方は、話し合いで私達が敵にも味方にもなるって言ってたけど?」


 ルーナの冷たい視線に晒されてもなお、彼らは動じない。

 それは彼らがある程度の実力を有している事実を示しているわけで・・・


 「仲間にならないか?」


 と、モアがストレートに伝えてきた。


 「・・・私とクロロが貴方達の仲間になるメリットはあるのかしら?」

 「貴様らも、私達の同類だろう?」

 「・・・だからなに?」

 「やはり同類か。ならば、分かるだろう?私達危険指定者が、どれほど社会から圧迫を受けていたかを。社会が・・・健常者達が、どれほどの不安と苦痛を私達障害者に与えてきたのかを」

 「だから、私達も社会が憎いんじゃないかって?」

 「そういうことだ。あと数年もすれば、洗脳したダンジョンの魔物は数千を超える。社会に復讐することも、夢ではない」

 「もし仮に成功したとして・・・復讐するだけした後は、どうする気なのよ?」

 「危険指定者、全滅指定者及び、処刑人を開放する。処刑人制度をなくすのだよ。魔物による武力で、差別をなくすのだ」


 言っていることは理解出来る。

 俺も、1度は考えたことがあるからだ。

 危険指定者であるならば、誰だって1度は考えること。

 ・・・社会が憎い。


 それは痛いほど分かる。

 でも・・・

 モアが言ったことは、俺にはなんだか建前のように聞こえていた。


 「ハルカを誘拐したのも、自分の仲間に入れたかったからか?」

 「私は障害を持つ者を、差別しない。あの子は魔法が使えない、不憫な子だ。だから私の家族に入る権利がある」

 「・・・無理だな」


 俺はハッキリと言ってやる。


 「ハルカのことを不憫な子だとか同情してるような奴に、あいつはついていかねえよ。あいつは・・・そんなこと考えずに、ただ対等に笑って、おちょくって、ふざけあっていたいだけなんだ。そんな重い家族の関係なんて・・・断るさ」

 「・・・貴様は、ハルカのなんなのだ?」

 「家族だ」

 「・・・」


 俺は彼女を100%知っているわけじゃない。

 所詮、人は他者を知ったつもりでいることしか出来ない。

 他者を理解することなんて、出来やしない。

 それでも。

 それでいいんだと俺は思う。

 他者との触れ合いの基本は、衝突や傷つけあいなのだから。

 傷つく過程で、ゆっくり他者と自分は違うんだという事実を、認識すればいい。

 なればこそ、自分以外の温もりを初めて感じ取れるのだから。


 けど。

 モアの中にあるソレは復讐だ。

 彼の人生の果てにあるのは、確実に死でしかない。

 復讐に憑りつかれた者は、必ず不幸な死に方をするのだから。


 でも、一方で見て分かる。

 モアとネロの絆の繋がりを。

 綺麗だった。

 見事な信頼関係。

 家族というより、共同体と言った方が良いレベルだ。


 しかし同時に歪でもある。

 モアとネロは依存しあっている。

 お互いの存在を失えば、心の損失となってしまうような。

 そんなモアとネロを見る俺の気持ちは・・・


 「仲間には、なれないのか」

 「ならない。なれもしない」

 「・・・分かった」


 俺の答えを聞くと、モアが一瞬だけ溜息を吐いて・・・ネロに視線で合図した。

 直後、ネロが足元のガーディアンに手を触れる。

 チョン、と。

 たったそれだけで、ガシャリと巨大な骸が動き出す。

 死んだはずのキングリッチが立ち上がっていく。


 「天使の処刑人に倒されて、右腕を失ったとはいえ・・・これでもこのダンジョンで最強のガーディアンだ。貴様らに殺し切れるか?」


 守護者が立ち上がる。

 巨大な髑髏は、全長20メートル程だった。

 殆どタイタンタイプの魔物と同等の大きさだ。


 「・・・クロロ。モアとネロの魔法自体はサポート系よ。だから援護射撃が飛んでくる可能性はないと思っていいわ」

 「キングリッチの攻撃だけ注意して、それから2人を倒せって?」

 「半分当たりよ」


 半分?


 「援護射撃なしなら、私1人でガーディアンを抑えることくらいは出来るわ」

 「なんでお前1人・・・」

 「ここにクロロがいたら、私が全力を出せないでしょ?それに・・・まだ他に、厄介な魔物も奥にいるみたいよ?」

 「・・・天使の処刑人?」

 「察しが付いたなら、さっさと行ってくれるとありがたいんだけど?」

 「てかお前・・・」


 戦闘する気満々だな・・・とは言えなかった。

 だって、彼らが悲惨な過去を背負っているからって・・・同情することなんか出来ない。

 俺達は俺達。

 彼らは彼ら。

 お互いの利害が衝突したからこそ生じた、対人関係の結果だ。

 一旦戦闘が始まってしまえば、そうした一切の感情は闘争の渦に飲まれて消えてしまう。

 だから、ルーナの判断は正しい。


 「来るわよ」


 そして、キングリッチが歩き出す。

 ルーナは氷を広範囲に展開しながら、キングリッチと同等サイズの氷像を作り出す。

 それは怪獣映画を見ているような光景で・・・


 「行って!」

 「ああ・・・けど、死ぬなよ!!」


 その言葉を聞いたルーナは微かに笑っていた。

 余計なお世話だと・・・言いたかったのかもしれない。


 2つの巨大な質量がぶつかり合う音と同時に。

 俺はコアへと走り出した。

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