42 それでも俺は壁を登った
拳と拳がぶつかり合う爆音と衝撃が重なる。
氷像と骸の王が戦っていた。
キングリッチが氷像の顔面を殴りつける。
氷で構成された頭部の形状が砕けて、歪になってしまう。
ガラガラと足音に落ちる巨大な氷塊。
足元のそれを骨の足で踏みつけて、二撃三撃と連続でパンチを繰り返すキングリッチ。
しかし、どんなに殴られても氷像は立ち続けている。
欠けた氷の部分が急速に再生しているからだ。
骨の拳の速度より、再生の速度が上回った瞬間。
氷像が入れ違いで、ダイレクトにアッパーを顎に食らわせる。
カウンターだ。
キングリッチの体が一瞬だけ浮き、そして重力に引かれて落ち始める。
それに合わせて氷像が骸骨の顔を掴み、地面に叩きつけた。
ただでさえ自重が半端ではない体が地面に勢いよく接触し、周囲の地面がひび割れる。
ズシンと部屋全体が振動した。
そのまま氷像がキングリッチに馬乗りして、殴る、殴る、殴る。
しかしマウントポジションからのラッシュはガードされ、次第にもがかれて氷像が突き飛ばされる。
更に地震。
すかさず立ち上がり、殴り合いの再開。
巨人サイズのあいつらからすれば、米つぶみたいなサイズの俺。
当たり前のことだけど、ルーナには加勢出来なかった。
加勢したら巻き込まれて犬死だ。
俺だって役にも立てずに死にたくはない。
だから・・・俺は俺のやるべきことを全うすべきだろう。
俺はコアの目の前まで来ていた。
聖石。
全ての魔物の胎盤。
星の殺戮衝動の具現。
母なる意思を宿す石。
中二的な呼び名が数多いこの石だが・・・
そんなネームに恥ずかしくない程の存在感だった。
実際、世界中のどんな宝石よりも美しい。
そして巨大で、純度が高く、内部構造も未だ把握には至っていない。
そこに未解明の・・・未知とも呼べる、神秘があるからこそ。
俺達はこの石に対して、特別な呼び名を贈りたいと願うのだろう。
そんな石の中に、彼女達はいた。
「ハルカ・・・サリア・・・」
石の中に、彼女達が・・・!!
「どうして・・・」
何故、コアの中にハルカとサリアがいるんだよ・・・
どうして、その中で眠ってるんだよ。
なんで死んだように眠ってるんだよ!!
「待ってろ・・・今出してやる!」
俺は即座に魔法を発動して、コアを黒い粒子で包み込む。
この黒色の霧は、俺の魔法が高密度に重なったことで生じる世界の歪みだ。
歪みが可視化される時点で、もうすでにこの世に発生する数多の自然現象とは一線を画している。
世界に歪みがあったとして、そんなものを観測出来るような状況はおかしいからだ。
むしろ世界の歪みなんてものがこの世にあること自体が異常だ。
しかし、そんなものを生み出しでもしなければ、コアのような高密度の命を消すことは難しいだろう。
俺の魔法と命の光が相殺して、透明になっていく。
無が相殺されて無に還るというのも変な表現ではあるが・・・
ギリギリと俺の心臓が激痛を訴える。
俺の寿命が持っていかれていることに対しての危険信号だった。
しかし、続行。
肉体のシグナルを無視して、自分の命をよく知りもしない現象に差し出す。
ありったけだ。
「・・・っ!!!」
殺気が俺の真上から迫るのを感じて、後ろへ飛ぶ。
遅れて目の前に何者かが落ちてきた。
ガンッと大きな音と土埃を立てながら、ソイツはゆっくり立ち上がる。
俺とコアの間を阻む形で。
「・・・またかよ」
落下してきた者はリッチだった。
全身が骨のみで構成されている。
だが、背中の肩甲骨に羽の支え骨が付いていた。
羽の生えていた二足歩行の生物と言えば、大体検討は付く。
「お前が処刑人の天使か」
「・・・」
もちろん魔物は黙して語らず。
ただ、この魔物・・・違和感がある。
骨となった天使の全身が、鋼鉄のように黒光りしていた。
金属的な光沢だ。
上の階層で戦ったリッチとは、また違う特徴。
そういえば、さっき高所からの落下に難なく耐えていたな。
「コォー・・・コォー・・・」
生きた骨が、肺もないくせに呼吸し始める。
戦闘の合図だろう。
そして・・・
「・・・!!!」
俺は前触れもなく、黒剣を生成して片手突きを繰り出す。
攻撃はあっけなくリッチの頭部に突き刺さるが、それが致命傷でないことくらいは分かる。
更に斬撃を浴びせようと、頭部を切断する瞬間。
リッチが自身の胸から胸骨を引き抜いた。
一瞬だけ意味が分からず、隙を生じさせてしまう。
俺の肩に黒い骨が叩きつけられ、横に吹っ飛ばされた。
受け身を取りながら地面を転がり、リッチを再補足する。
「!!」
敵は眼前まで迫っていた。
黒骨の連続打撃。
振りかぶる動作から次の攻撃に生じる時間差が、殆どなかった。
縦に振り終えた武器の余勢の一切を自身の踏み込みで打ち消し、黒い骨が振り上げられる。
体術の常識を無視していた。
必然、回避に専念するしかない。
俺は背後に飛びながら、黒い魔法を発動する。
しかし俺の手の仕草で察知したのか、リッチが人外の脚力で横へ馳せた。
オリンピック選手ですら追いつけないであろう、その速さ。
俺の魔法が当たるはずもない。
黒い魔法が連続で発動するが、周囲の地面を消すだけで肝心の敵に接触することはなかった。
リッチが急に直角へ曲がり、俺へと接近してくる。
等速かつ、不規則な軌道。
遅れて俺の魔法がリッチのいた空間に生じ、消える。
くそ、速すぎる・・・!!
こっちの魔法は当たれば一撃必殺なのだが・・・その一撃が当たらない。
当たらなければ意味がない。
希望があるとすれば、それは接近戦になるだろうことを俺は咄嗟に悟る。
黒剣を両手に生み出す。
左手の剣で盾代わりにリッチの打撃を防ぎ、右手を振り抜く。
だが、俺の右手首が地面から突き生えた鉄の柱に弾かれた。
腕が軋み、痛みが走る。
強制的に腕のみが上方向に曲がり、肩から脱臼しかける。
痛みに顔を歪めながら、更に背後に飛んだが、隙を逃すまいとリッチも畳みかけてくる。
リッチが手を突き出すと、俺の背後に鉄の柱が地面から生えてきた。
あれが・・・リッチの魔法か。
鉄の柱を魔法で打ち消し、後退する。
更に柱が俺の真下から生え続ける。
避け続けていく俺。
魔法を使用しながらなので、著しく体力を失っていく。
対して魔物の命は無尽蔵。
ジリ貧は目に見えている。
反撃するなら、今しかなかった。
俺は両手を地面に叩きつける。
黒い魔法が掌から広範囲へ広がり、リッチの圏内を侵食していく。
そこで一気に地面を消滅させた。
半径20メートル、深度30メートルの大穴。
浮遊する手段もなく、成すがままに落下する俺とリッチ。
そこに勝機は存在した。
落下先の地面一帯を俺の魔法で覆っていく。
触れた瞬間から全てを殺す消滅の闇が、リッチを消すだろう。
リッチが地面から鉄の柱を生やそうとするが、俺の魔法に阻まれる。
恐らく奴の魔法は無から鉄を生成するのではなく、地面の鉄を操作して攻撃に転用していたのだろう。
地中深くであるここダンジョンで使用するのなら、その威力と質量は計り知れない。
だから、今の内に、潰す・・・!!!
俺は自分の着地先にだけ、魔法をキャンセルする。
そこに俺が落ちていくのを見て、リッチが俺へ肉薄してきた。
落下までの残り十数秒。
超至近距離からの、猛攻が始まった。
リッチが鉄の拳で俺を殴る。
半端ではない衝撃が俺の顔全体に伝わる。
このまま黙る俺ではない。
両手を黒い魔法でコーティングして、殴り返した。
拳がヒットした個所からリッチの存在が消えていく。
そんなダメージすら意にも介さず、リッチは俺を殴打し続けていく。
負けじと俺もカウンターを入れていく。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
中空で殴り、殴られるこの現状。
途中から自分の状態が分からなくなる。
たった数秒の出来事なのに。
時間は縦方向に引き伸ばされ、相対的な関係性を持って感覚が鋭敏化した。
それはつまり。
俺が落下する瞬間を、スローモーションで認識出来たということだった。
このまま落ちれば、落下エネルギーで俺は死ぬ。
死ぬわけには・・・いかないだろう。
本能的に魔法を発動した。
落下先の地面の中層に、黒い魔法で細かく断面を入れていく。
その数三十層。
薄く板状に岩盤は脆くなり、その分落下エネルギーに対する緩和の底上げがなされる。
俺の真下、半径2メートル程の狭いスペースのみ、ではあるが。
このままリッチとの殴り合いに負ければ、俺は場外に弾き飛ばされて死ぬだろう。
俺自身の魔法に飲み込まれて。
ハルカや、サリアを救えずに。
ここが、正念場だ。
ここで、彼女達を救うのだ。
・・・救うしかない。
俺ならやれる。
やってやれないことはない。
さあ、拳を握りしめて。
俺とリッチのラッシュが始まった。
「ああああああああああ!!!!!」
顔面を殴られ、奥歯が欠ける。
頬が裂け、血が吹き出る。
鼻が叩き折れてしまう。
こめかみに衝撃が走り、意識が一瞬飛ぶ。
それ以上に俺はリッチの体を文字通り削っていく。
殴られて削って蹴られて殴られて。
殴られて蹴られて削って削って。
削って削って削って削って・・・!!!
そしてリッチの頭部は完全に消滅した。
もう治癒することすら不可能だろう。
死を超えた消滅の概念から復帰出来る者は存在しない。
だから、リッチはもう動かなかった。
・・・俺の勝ちだ。
俺は脆くした地面に背中から落ちた。
ガラガラと岩の地面が崩れ、段階的に衝撃を吸収していく。
もちろん、痛い。
けど、死ぬわけじゃない。
死ぬよりはだいぶマシな痛み。
だから耐えられた。
「はぁ、はぁ・・・」
くそ、視界が霞む。
全身が痛い。
でも、行かなければ。
行かなくてはいけないのだ。
彼女達の元へ。
俺が守らなくちゃ。
彼女達の為に。
俺の為に。
だって・・・俺達はいつだって手を取り合って生きるべきなのだから。
でも、この岩壁をよじ登る体力が・・・ない。
手がうまく握れない。
心はこんなにも滾っているのに、体が言うことを聞いてくれない。
なんというもどかしさなのだろう。
穴の上では絶えず轟音が響いている。
ルーナがまだ戦闘を続けている証拠だ。
悪魔と人間の身体能力の差。
生まれながらの絶対的な壁。
こんなに俺は、弱い。
弱いヒト。
知識で肉体の脆弱性を克服してきたヒト。
しかし、同じ知恵を持ち、人間以上に寿命が長く、肉体も強靭な悪魔と天使。
他種族に比べて、なんと人間の弱きことか。
耐えがたくみじめだ。
俺は、ただここで息をすることしか出来ないんだ。
ああ、そうだ。
ルーナも言っていたじゃないか。
人間とその他の種族は、根本からして違うのだと。
寿命からして、人間である俺が先に死ぬことは確定しているのに、ハルカやサリア、ルーナと普通の家族関係を築けるわけがないのだと。
どうして気付けなかったのだろう。
何故?
俺は気付きたくなかったのだろうか?
残酷な現実を直視したくなかったのだろうか?
俺は今まで・・・現実逃避をしていたのだろうか?
「・・・」
それでも岩壁を登っていた。
気力の限り、指に力を込めて。
種族としての差を鑑みたとしても、譲れないものがあるから。
何故だか分からないが・・・とても大切なものがこの先にあると分かっていたから。
少しずつ、壁をよじ登っていく。
指の爪が剥がれても。
手のひらが切り傷だらけになろうとも。
登っていく。
登っていく。
登っていく。
体はこんなにも傷だらけなのに。
旺然たるこの心。
世界の理不尽に抗うには十分だ。
けど、その心に体がついていかないから・・・
俺の命を彼女達の為に燃やすのさ。
「・・・」
そして、岩壁の淵に手をかける。
ふと、誰かに片手を握られた。
それは冷たい手だったけど、その手の意味は温かかった。
「・・・遅かったじゃないの」
「ああ。でも、勝ったよ」
「当り前よ」
「はは、相変わらず手厳しいなぁ」
「だって家族、するんでしょう?」
「もちろんさ」
お互いボロボロの手を握り締めて。
俺は穴を登りきった。




