39 俺とルーナはダンジョンの中ボスと対決した
俺達が飛び降りた穴の中。
そこはウォータースライダーみたいな細長い空間になっていた。
長い長い岩石の滑り台。
しかし一般のアトラクションの遊具とは違って、ツルツルな材質ではないんだ。
それがどういうことかと言うと・・・
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
ケ、ケツが痛てぇぇ!!!!
摩擦係数が高すぎて、お尻の皮がズル剥けになりそうなんですけど!!
しかもたまに尖った小石がお尻の下を通過して、そりゃもう酷い痛みが、痛みがぁ・・・
しかし、それ以上に耐えられないのが・・・
「ルーナぁぁぁ!!なんでお前だけお尻を氷でコーティングしてるんだよぉ!!!」
「だってお尻が荒れちゃうじゃない」
「だったら現在進行形で荒れつつある俺のお尻も保護してくれませんかね!?」
「あなたのお尻に氷を張ったら確実に壊死すると思うけど、それでもいいかしら?」
「凍傷!?」
「お尻を切除したくはないでしょう?」
めちゃ恐ろしいことを言ってくるな・・・
「じゃあ俺はこのまま岩でお尻を削られていろと!?」
「大丈夫よ。せいぜい痔になるくらいじゃないかしら?」
「いやいやいや!!多分このままだと痔どころか俺の肛門そのものが破壊されちゃうんですけど!!!」
「じゃあ、クロロのお尻の細胞を氷でネクローシスしちゃう?」
「いや、俺の細胞ちゃんはアポトーシスで自然に寿命を迎えさせたいです・・・」
「・・・もう、しょうがないわね」
そう言う割に仕方なさそうにはせず、ツンデレなルーナは俺の滑る斜面の先を氷で凍らしていく。
氷の滑り台だ。
おお・・・お尻が痛くない。
むしろ摩擦でできた擦過傷が冷えて気持ちいい・・・
「通路の長さに比例して私の寿命が減っていくから、その分だけクロロに貸しよ」
「・・・具体的に言うと?」
「1秒につき100ドル私に支払いなさい」
「まさかの秒単位!しかもそれ暴利じゃん!!」
「タイムイズマネーを嚙み締めれて良かったじゃない」
「まーねー」
「・・・尻が痛みから解放されたからって調子に乗ってると、ニードル付きの斜面に氷を変形させるわよ」
「すいませんでした・・・っうおっと!!」
俺にとって喜ばしいやりとりをしていると、細長い穴の出口から投げ出された。
転ばないようにうまく着地する。
「ここは・・・」
「中ボス部屋みたいね」
俺達が出た先は、広いドーム状の空間だった。
野球グラウンド1つ分はあるだろう。
きっと人の作った空間ではない。
ドームの壁面が食い掘られたような模様を描いていたからだ。
この空間は魔物によって作られたのだろう。
その中央に、魔物は1頭で立っていた。
「コォー・・・コォー・・・」
鈍い呼吸音を静寂の中で発している。
体長は3メートル。
形状は人型。
サーカス団員の着る服を着用していて、頭は髑髏だった。
その手には鈴の付いたステッキが握られている。
「アンデッドの上位種・・・リッチね」
魔物は・・・進化する。
下位種から上位種、上位種から覇種・・・すなわちガーディアンと呼ばれる存在へと。
ダンジョン内では中ボスと呼ばれる個体が、上位種に相当する。
上位種になると、魔物はこぞってダンジョン内に息を潜めるという。
「ここにいるアンデッドはみんなサーカス団員なんでしょ?その中でもリッチになれるような潜在能力の高い奴と言えば・・・」
「クラウン・クラウンの団長?」
「服装からしてそうでしょうね」
・・・上位種は魔法を使ってくるし、頭もいい。
普通の魔物には出来ないような戦法も使用するらしい。
かなり厄介な相手だ。
「どうする?」
「私の経験上、こういうのはね・・・」
言いながら、彼女がニヤリと笑う。
スイッチが入った証拠だ。
「先手必勝なのよ」
冷淡な声が反響する。
次の瞬間、俺達のいる場所から急速に氷が出現していた。
それはあっという間にドーム状の空間を覆って、俺の視界に入る全てを青色に染めていく。
「もう1度だけ、安らかに死になさい」
リッチの足元から1本の極太の氷柱が生えて、その肉体を串刺しにしようと襲い掛かる。
続けて10本、50本の氷柱が胴体や頭部、腕、脚を粉々に砕こうと。
容赦のない攻撃。
はっきり言って、やりすぎだ。
しかし、当のリッチは無傷だった。
あの魔物の周囲に薄い膜が展開し、氷からリッチを守っていたからだ。
「結界か!!」
氷柱の圧倒的質量攻撃にもビクともしていない。
かなり強力な魔法だな。
「クロロ。私が抑えてるから、その隙に殺して」
ルーナの指示に従って、俺は精神を研ぎ澄ませる。
俺の魔法なら、どんな魔法だって消滅させることが出来る。
だが、その直後俺の足が何者かに掴まれる。
バランスを崩して転んでしまった。
俺の足を掴んだ者、それはアンデッドだった。
そこらの地面からのそのそと数十体這い出ていた。
くそ、リッチが呼び出したのか!
「こっの!!」
俺は黒剣でアンデッドの腕を斬り付けて脱出する。
慌てて後ろに飛びのくと、着地先にもアンデッドが。
剣で斬って倒すが、地面からは他のアンデッドがどんどん出てきている。
「やばいぞこれ!!」
クラウンクラウンの団員総数は100人を超えているとハルカから聞いている。
ってことは、リッチは100体以上のアンデッドをこの場に呼び出せるわけで・・・
「ルーナ!!」
「やっ!!!」
ルーナが地面全体に分厚い氷を張っていく。
地面から這い出てこようとするアンデッドが纏めて凍てつき、身動きの取れない状態に。
しかしアンデッドは奥の通路からまだまだやってくる。
仮にアンデッドを全部戦闘不能にしたところで、別のタイプの魔物が呼び出されるだけだろう。
やっぱり本体のリッチを倒すしかないか。
俺は中ボスめがけて走り出す。
リッチは頑強な結界に氷柱から守られながら、中でステッキを振っていた。
チリンとここからでも届く綺麗な音を発している。
恐らくあれで魔物を呼んでいるのだろう。
「消えろっ!!」
俺はリッチに黒い魔法を発動する。
リッチは死体だ。
既に命のない魔物なら、その全身が消えてなくなるはずだ。
が、俺の魔法はリッチの結界に阻まれて、魔法同士が打ち消された状態に。
その穴をルーナの氷柱が貫こうとするが、すぐに結界を再形成されて防がれる。
ダメだ。
魔物はダンジョンのコアから命を無制限に提供されるから、即座に魔法を使用される。
実質コストを無視して使い放題なのだから、結界の隙が中々作りだせない。
「これでも喰らいなさい」
ルーナが20メートル規模の巨大な氷塊をリッチの頭上に出現させる。
氷塊がミチミチと天井の岩盤に触れるまで成長し、そして重力に従って落下。
一気に結界ごとリッチを押しつぶす形となった。
余波が周囲の凍結した地面を粉々に砕き、埋まったアンデッドを蹴散らしていく。
とんでもない大技だった。
巨大な氷は勢いよく崩れていくが、隙間から結界が張られているのが確認出来る。
これほどの物量攻撃でも魔法が砕けないのか。
しかし、リッチ本体は氷の瓦礫によって身動きが取れない状態だ。
今が勝機だった。
俺は真っすぐ走り出し、両手に黒剣を出現させる。
このままその体を断ち切ってやる!!
「うおおおおおお!!!!」
俺はリッチの結界手前でブレーキをかけながら、その反動を利用して右手の剣を振りぬいた。
結界が抵抗もなく分断される。
魔法を再使用する隙を逃すことは出来ない。
即座に立ち上がり、左腕に力を込めてリッチの腹部に剣を突き刺す・・・はずだった。
「え?」
リッチの片腕が俺の手を払っていた。
黒剣に触れないように。
自らの腰を引き、俺の攻撃を逸らすと同時に、骸の手が掌打を突き出す。
両足が地面からもぎ取られる。
口から唾液を吐きだしながら、俺は地面にゴロゴロと転がった。
意識が白んで、うまく呼吸が出来ない。
あの魔物、接近戦にも強いのか・・・!
敵が守りに徹しているせいで攻め方を誤った。
リッチが追撃をかけようと、結界を人ほどの大きさのキューブに加工して撃ち出した。
想定外の攻撃方法。
俺は黒い魔法を盾状に展開する。
漆黒の盾に接触した端から、キューブ状の結界が消滅していく。
ルーナがリッチの死角から氷の剣を持って突っ込むのが視界の端から見えた。
意識外からの攻撃にも関わらず、頑強な結界が致死に至る全てを阻んでいく。
それでもルーナは怒涛の攻めを継続して・・・
「消えろぉぉ!!!」
気力を振り絞って、俺は魔法をリッチの防壁にぶつけた。
不安定な魔法の発動だったせいか、結界が虫食い状に穴が開く。
瞬間的な現象ではある。
それでも、彼女にとっては十分だった。
ルーナが自身の足を氷で強化し、脆くなった結界に蹴りをブチかます。
防壁が粉々に散っていく。
衝撃でリッチが後方に吹っ飛んだ。
今とばかりにルーナは手の平から氷の弾丸をマシンガンのように発射していく。
地面を這っている無数のアンデッドごと、リッチに弾丸が着弾した。
「ゴ・・・ァァァァ・・・」
鈍い悲鳴を上げながら、リッチの肉体が穴だらけになっていく。
骨の一片も残さない勢いだ。
しかし神経すらも通っていない肉体が痛みを感じるわけもない。
だからか、リッチは杖を持って鈴を盛大に鳴らしていた。
音に惹かれて、アンデッドが屍の王たる存在の盾になっていく。
氷の弾丸が敵を蹴散らす速さより、魔物の集まる速さが勝っていく。
本来リッチに当たる攻撃も当たらず、結界の展開を許してしまう。
ここまでかと思われた瞬間。
・・・俺はリッチの背後から強靭な防壁を魔法で破壊した。
完全に油断していた屍の王は、俺の黒剣によって体を縦真っ二つに切断された。
「勝った・・・!!」
そう思ったのも束の間。
地面がゴゴゴと地鳴りのような音を立てながらへこみ、崩れていく。
戦闘の熱気で氷が溶け出したせいだ。
さて。
地盤が緩めばどうなるか?
・・・洞窟が崩壊してしまうだろう。
一帯の地面が陥没し、そして文字通り壊れた。
真下から新しい広大な空間が出現する。
無数のアンデッドや本物の骸となったリッチ、そして俺とルーナを巻き込んで岩々が大穴の中に吸い込まれていく。
気持ちの悪い浮遊感。
俺達は飛べない。
従って、世の物理法則に従い落下していく。
全てが、落ちていく。
すぐに底は見えた。
そこも広大な空間。
魔物は・・・いない。
ガラガラと岩が雪崩のように落下していく。
でだ。
「俺達、このまま地面に叩き付けられて死ぬのかな・・・」
そう。
このままでは、俺は死ぬ。
ルーナも死ぬ。
こんなくだらない死に方は真っ平ごめんだというのに。
拒否権がない。
だって俺は飛べないのだから。
飛ぶという権利を、神様はこの肉体に与えなかったのだから。
「死なないわよ」
いつからか、ルーナが俺の隣に並んで落ちていた。
しかも、こんな時まで平静だし。
さっきまでハルカに対して感情的だった彼女はどこへやら、だ。
「・・・人はもちろん、悪魔だって空を飛べないぞ」
「でも高所の落下から生き残ることは出来るわ」
「いやいや、死ぬだろ普通」
「私達には、普通じゃない魔法があるじゃない」
「・・・氷を作り出したところで、叩き付けられて死ぬのがオチじゃね?」
「それも工夫次第よ」
そう言って彼女は真下に向かって魔法を使った。
手から放出されたものは氷ではなく、雪だった。
ああ、なるほど。
雪は氷の結晶の集合体だもんな。
氷の魔法の出力を下げれば、そういうことも出来るのか。
そういうわけで、下にふかふかの新雪が出現した。
ぼふっと俺達は雪に埋まる。
新雪はクッション代わりに衝撃を吸収し、俺達の体を守った。
「・・・俺達、生きてる」
「私は危険指定者なのよ?こんなことで死ぬわけないじゃない」
「めちゃくちゃ頼もしいな、お前」
「これ以上の危険を冒したことなんて、数えきれないくらい経験してるわ」
「女性に頼りっぱなしの俺、ねぇ・・・」
「頼られる男にこれからなればいいのよ」
「なれるかね?」
「実際精神面ではさっき助けてもらったから、大丈夫よ」
「・・・そっか」
何とも言えないむず痒い気持ちになりながら、俺は雪から出ていく。
衣服に付着した雪をほろい、周囲を確認する。
周りはアンデッドの死体や岩石だらけだ。
俺達以外に生きている奴は・・・いないな。
リッチの死体については、どこにあるのかさえ分からない。
一応団長であるかどうかぐらいは確認しておきたかったが・・・
「まあ、いいか」
俺は目の前の、石で出来た左右一対の巨大な扉を見ながらそう言った。
「この扉は・・・」
「ダンジョンの最深部に繋がる星門ね」
その扉は全長30メートルはある大きな扉だった。
しかもその巨大さに似合わず、扉の表面には細かい文様が描かれている。
「この模様、ガーディアンが描いたんだって話を聞いたことあるな」
「ここのダンジョンの主が誰であるか、ガーディアンが魔物に示すために掘るらしいわね」
「野生の動物のマーキングみたいなものか」
「ま、そんなものね」
俺達は扉まで歩いていく。
ある程度近付くと、扉が勝手に開きだした。
それはガーディアンに挑もうとする命の意思に呼応しているようだと、ダンジョン攻略者の誰かが言った。
過酷な試練に挑戦する者を歓迎するように見えるのだと。
ああ・・・
かつて修道女であったマザーテレサはこう言った。
God doesn’t require us to succeed.
he only requires that you try.
神は俺達に成功など求めてはいない。
ただ、挑戦することを望んでいるだけなのだ、と。
この星も、同じことを望んでいるらしい。
俺達は星から試されている。
偉大なる母の元から飛び立ち、外の世界へと旅立てるかを。
扉の奥の通路は神々しい光で溢れていた。
20メートル級のタイタンタイプの魔物ですら通れそうな、スケールのでかい通路全体がだ。
この強烈な光の源の傍で、きっとハルカとサリアは待っている。
「・・・行こう」
「もちろんよ」
そして俺達は2人の彼女を連れ戻す為、歩き出した。




