38 それでも2人は手を取り合った
「うおおおおおおおおお!!!!」
大声で叫ぶ。
勇気を出す為に。
命を懸ける為に。
魔群が俺達へ襲い掛かってきていた。
俺達を力の限り殺し尽くそうと、本能に身を任せた突撃だった。
正直、怖い。
死ぬかもしれない。
もうこのダンジョンから一生出ることが叶わなくなるかもしれない。
だが、俺の家族は絶対に死なせない。
唯一それだけが俺の戦う理由として成立していた。
抜刀する。
正面から、アラクネタイプが一体。
俺は迷うことなく突撃する。
先手を取り、戦況を少しでも優位にしておきたいからだ。
巨大なクモの凶悪な牙が俺を襲う。
俺は牙ごと大きな顎を切り落とし、クモの脳天に黒剣を突き刺す。
下半身が崩れ倒れ、上半身の女が呻く。
クモを足場にして女へ一気に近付き、その首を刎ね落とした。
直後、何かが俺の眼前に飛び込んできた。
反射的に屈んで、ソレを躱す。
クモの糸だった。
射出先を見ると、スパイダータイプの魔物が攻撃を仕掛けてきていた。
糸を吐いて俺を捕らえようとするが、黒剣で分子レベルから攻撃を切り裂いていく。
攻撃の隙を見抜いて、黒剣を横にスイングして投げつける。
投じられた剣によって、クモの上半身と下半身が血を吹き出しながら断たれた。
飛び出す血を浴びないよう距離を取る。
バックステップしながら後方を確認すると、背後からカゼルタイプの魔物が迫ってきていた。
スピードと攻撃力に特化した、俺の3倍くらいの体格をほこる鹿のような魔物だ。
頭の両端に生えた巨大な角を俺に向け、串刺しにしようとしていた。
俺は敢えてバックステップの力に逆らわず、慣性の法則に身を任せる。
俺は両手に黒い槍を生成し、ガゼルタイプの脳天に向けて突き出した。
瞬間、爆発したみたいなエネルギーが俺の手を襲う。
必死に槍を握り、魔物の力に押されないように踏ん張る。
黒槍が魔物の頭部から胴体へと貫通し、横に倒れた。
新しい黒剣を1本紡ぎ、目の前を見る。
3体のアンデッドが、俺を食らおうと飛び掛かってきているところだった。
殆ど条件反射で横に転がり、攻撃を回避する。
立ち上がりから一気にダッシュして、1体のアンデッドの首を切り落とした。
剣を振り抜くと同時に、回し蹴りを近くのアンデッドに食らわせる。
魔物は打撃系の攻撃に強く、たかが人間の蹴りで致命傷は負わせることは叶わない。
だから蹴り飛ばしたアンデッドの先の地面を魔法で消して、落とし穴を作り出した。
魔物が頭から穴へ落ちたことを確認した直後、後ろから殺気を感じ取る。
ノールックで前へベリーロールして攻撃を避ける。
残した1体のアンデッドが殴り掛かってきていた。
俺は魔物に肉薄して、乱雑な殴打を受け流し、うまく背後を取る。
そのまま首をねじ切って、戦闘不能へ持ち込んだ。
「・・・嘘だろ?」
更に洞窟の奥から、10体の魔物が突撃してくるのが見えた。
・・・キリがない。
怒涛の進撃。
あまりの勢いに、戦慄を通り越して笑いそうになってしまう。
そんな俺をよそに、ルーナが1人で魔物達を迎え撃った。
大量の氷棘を魔群の足元から出現させ、串刺していく。
色濃く通路を埋め尽くしていた魔物の群れが一気に瓦解した。
しかし、それでも黒い進軍は止む気配を見せない。
第2波が洞窟の奥から馳せてきていた。
ギチギチと牙の擦りあう音が聞こえる。
・・・それは狂気でしかなかった。
「はぁぁぁッッ!!!!」
ルーナが氷の出力を上げ、魔群と俺達の間に分厚い氷壁を作り出す。
自身の命を捨ててまで特攻する魔物達が、一斉に氷壁に噛り付いた。
ガリガリと氷は急速に削られていき、体積を減少させている。
防壁が崩れ落ちるのは時間の問題だった。
「クロロ!!」
「分かってる!!」
ルーナの叫びに応じながら、俺は精神を集中させる。
瞬間、どこかで取引が行われ始める。
・・・命と呼ばれるものを使って。
寿命との等価交換。
それは敵の命を殺すことを目的としている。
これ以上なく残酷で、同時にこれ以上なく格安のコストだった。
本来の寿命と引き換えに行われる、危険排除による命の延命。
死の境界が曖昧に線引きされるこの戦場で、俺は確かに命を懸けていた。
相手の命を奪うという意味でも、自身の命を注ぐという意味でも。
目を開ける。
魔物の真上に広がる天井1キロに渡って、岩盤の中核を魔法で消した。
ゴゴゴと天井から崩壊の音が響いてくる。
魔物の走行による振動も助けてか、天井の崩落はすぐに始まった。
巨石が魔物を押し潰していく。
頭や体を潰され、血が噴き出していく。
それですら岩が覆い隠してしまう。
天井一杯まで岩が積み重なるまで、崩落は止まらなかった。
「・・・これで終わり、か?」
通路を埋め尽くす岩を見ながら、俺は呟く。
もし岩が少しでも動いたら、すぐに応戦出来るように警戒ながら。
「・・・先に進めなくなっちゃったわね」
ルーナの淡々とした声。
いつもの声のトーンに戻っていた。
戦闘で高ぶってた感情が落ち着いたのか?
「もうこの先に進むのは無理だ。諦めるしかない」
「そうね・・・」
「・・・」
先ほどまで、ハルカのことを否定していたルーナ。
彼女が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。
・・・分からなくなってしまった。
だから何て声をかけたらいいのか、全く分からない。
彼女は、モア探しを諦めることを喜んでいるのだろうか?
それとも、自分が言ってしまったことを反省しているのだろうか?
いずれにせよ、ダンジョンを出た後に話の決着をつけなきゃいけないだろう。
・・・気が重くなる。
胃が痛いな。
前日まではあんなに楽しくやってたのに。
理想がまた遠のいて、叫びたくなってくる。
現実とは、こうもうまくいかないものなのか。
しかし、そんな考えですら甘かった。
何故なら・・・
「きゃあああああ!!!!」
それは聞き慣れた女の悲鳴だった。
すぐに反応して後ろを振り返る。
ハルカとサリアが、何者かに拘束されていた。
「・・・!!!」
俺が何者かを見た瞬間、戦慄を覚えた。
そいつは小柄な人間の男だった。
ボロボロのマントに身を包んでいる。
身体は貧弱そうで、肉弾戦で負ける気がしない。
しかし・・・その男の表情は凶悪そのものだった。
そこにあるのは悪である。
身の毛もよだつような、歪んだ顔面。
・・・卑しく笑っていた。
笑いながら、隣にいるアンデッド2体に彼女達を拘束させていた。
「ボクの魔物がバタバタ騒ぐからと来てみれば・・・君達はもう来たのか」
疑問を投げかけながら、彼は拳銃を俺達に向ける。
同時に俺達も黒い剣と青い剣を持ち構える。
明らかに敵だったからだ。
でも、好戦的なルーナも俺も戦闘を仕掛けない。
何故なら・・・
「ボクに危害を加えるなよ?攻撃した瞬間、この子が死ぬよ」
「ひぃ・・・」
隣のアンデッドがサリアの首を軽く握る。
・・・許しがたい行為だった。
軽く殺意を覚える。
しかし、耐える。
冷静に。
冷たく、静かに。
「・・・誰だお前」
「ここのダンジョンのボスだよ」
「・・・?」
ボス・・・ガーディアンのことを言ってるのか?
ガーディアンと言えば、それは魔物のボスのことを指す。
ただの人間ではない。
ますます奴のことがよく分からない。
「まあ、大体の察しは付くだろ?ボクはこうしてアンデッドを使役してるわけだし」
・・・何故、この男がアンデッドを操れているのかはよく分からない。
もし仮に彼が洗脳魔法を持っていたとしても、アンデッドを洗脳するメリットは一切ないだろう。
知能こそ低いから洗脳は1年ぐらいで完了するだろうが、こんな雑魚に1年を費やす奴がどこにいる?
狙うならもっと大物を洗脳するはずだ。
しかし、俺の中でもっと大きな疑問が残っている。
それは・・・
「・・・お前、サーカス団がこの地区にいたこと知ってるか?」
「知ってるよ。ボクがサーカス団の死体から魔物を作ったんだから」
「お前がサーカス団員をアンデッドにしたのか・・・!!!」
「・・・ボクにも事情が色々あってね。自分が生き残るためには必要なことだったし」
ニタリと彼が笑う。
まるで俺を挑発しているかのようだ。
何の理由もなく、ただ好奇心のみで。
俺はそういう異常な心を有した者達を知っている。
危険指定者の子供が集められた希望の家でも、確かにそういう奴はいた。
・・・危険だ。
「ボクのパートナーはこのハルカって天使が気になってるみたいでねぇ」
「パートナーって・・・」
「モアって言うんだ」
「モアは・・・生きてるのか」
「それは自分の目で確かめてみな」
彼は自分の真下に手をかざす。
すると彼の周囲半径2メートルに大穴が誕生した。
その穴からはセンチピードタイプ・・・人ほどの太さもある大型ムカデの魔物が顔を出していた。
「なっ!?」
「じゃあね、ハルカの家族さん。もし彼女を取り戻したかったら、この穴から追っておいで」
ムカデの魔物がハルカとサリアと主人である彼に巻き付いていく。
そして穴の中へと姿を消した。
段取りの良い誘拐。
それが意味するところは・・・計画的な犯行。
どうしてサーカス団をゾンビにしたであろう彼が、モアのパートナーを名乗ったのかは分からない。
普通に考えるのなら、団員である被害者のモアは彼を憎んでいいはずだ。
だから彼が言ったことは嘘だと思うのが妥当。
しかし・・・何故そんな嘘吐く?
俺達をこの穴に誘うための罠だろうか?
でも、この通路の両サイドは魔物に満ちている。
もはやこの状況では、行きも帰りも命のリスクを背負うことになってしまう。
先ほどの規模で魔群に襲い掛かられたらと思うと、ゾッとしてしまう。
だから脱出の方法はどっちみちこの穴しかないのだ。
その上で、彼が嘘を吐くメリットなんてものは存在するのだろうか?
いや、今考えるべきは・・・
俺達は彼を追うべきか否か、だろう。
もちろん答えは決まっている。
「アイツを追うぞ」
「・・・」
「おい、どうしたんだよ」
そういえば、さっきからルーナはだんまりだったな。
「・・・私、なんであんなこと言っちゃったのかなぁ」
それはルーナらしからぬ弱気な言葉だった。
「それ、ハルカに辛辣にあたった時のことか?」
「ええ」
「後悔、してるのか?」
「してない。けど、反省はしてる。だから、追っていいのかどうか分からないのよ・・・」
「・・・じゃあ、単純な話だ」
「なによ」
「仲直りしようぜ」
バキバキと背後の崩れた岩が砕かれる音が聞こえる。
岩の向こうから、魔物がもう少しでここまでやってくる。
けど、それよりも大切なことが目の前に提示されてしまったら・・・
俺はここで彼女と話しをするしかないじゃないか。
「仲直りなんて、無理じゃない?あんなに酷いこと言ったのに」
「もし喧嘩してそれっきりの人ばかりなら、人の社会は成り立たないよ。謝罪があるから、関係は続いていくんだ」
「・・・人は既成事実の積み重ねだものね。分かってるわ、そのくらい。でも・・・殺すか殺さないか以外の関係性って・・・私には難しいかったみたいね」
「だったら、なおさら家族の関係性を積み重ねなきゃな」
「クロロは傷つくことが怖くないの?私みたいな辛いことを言われたらって思わないの?辛いことだけの積み重ねばかりが残ったら・・・それはとても悲しいことでしょう?」
「・・・傷つけあっても、それでも他者に寄り添いたい気持ちがあるから・・・その先に家族があるんだと俺は思う」
「寄り添いたい?」
「要は、自分の気持ちの問題じゃないのか?」
ルーナの瞳が見開かれる。
冷たい目線だ。
しかし、澄んでいる。
冬の夜空が美しく見えるように。
彼女はただ、純粋だった。
人間関係というやつに、ほんの少しだけ慣れていないだけだ。
・・・少しだけ分かったよ、お前のこと。
「謝るの、怖いわ」
「さっきまで魔物をたくさん殺してた奴が何を言ってるんだよ」
「殺し殺されの関係は、ある意味楽よ。生かし生かされの関係を継続していくのは・・・簡単じゃないわ。私・・・ハルカにちゃんと謝れるかしら」
「俺も一緒にいるよ」
「・・・本当?」
「本当さ」
証明出来ることなんて、何1つありはしない。
裏切りを経験している彼女も、それは分かっていることだろう。
でも、それを凌駕して信じたい気持ちが勝っていたならば。
また俺達は、歩み寄れるかもしれない。
その先で寄り添いあえることを、希望にすることが出来るかもしれない。
だから俺達は・・・手を取り合っているのさ。
「・・・馬鹿みたいね、私は。自分の過去のことに囚われて、せっかく出来た家族に酷いこと言って」
ルーナがキュッと口を結ぶ。
彼女の面構えが変わっていた。
「ハルカに謝ってこなくちゃいけないわね」
「・・・ああ」
安心した。
怖かったからだ。
このままルーナがまた1人ぼっちに戻ってしまう気がしたからだ。
でも、彼女がそう言ってくれるのなら。
ハルカだって、仲直りしてくれるに決まっている。
「じゃあ、問題を全部解決しにいこうか!」
「ええ!」
刹那、後ろの崩れた岩が砕かれて、隙間から魔物達が顔を覗かせた。
俺達は走る。
手を繋いで。
人は寄り添えるのかどうか、恐る恐る手を取り合って確かめるように。
そして俺達は、ハルカとサリアを追って穴の中へと飛び込んだ。




