37 種族としての差が、俺達家族の差を生むのかもしれないと俺は思った
「この魔物がサーカス団員?」
凍った半人半虫の異形を見ながら、ルーナがそう言った。
「ただの人間が魔物化するのは珍しくないしな」
「・・・そうね」
人が魔物に変じるのは、何もアンデッドに限ったことではない。
人やその他の種族は様々な要因で魔物化することがある。
その原因の大半を占めているのが、ジャームタイプと呼ばれる魔物にある。
germ・・・病原菌という意味だ。
星の汚染化の源であり、同時に魔物の体内に巣くう極小の魔物である。
魔物の血が自然環境の汚染化を促進させる原因は、このジャームタイプの魔物が血中に紛れ込んでるからだと言われている。
命の母と繋がる路から生まれ出た、1番最初の魔物。
地球に住まう動植物に感染し、魔物化を促進させる特徴を持つという。
植物がこれに感染すれば、魔物化に適応出来ず枯れ果てる。
動物に感染すれば、魔物と化す。
人なんかの知性ある生物を食らうだけ食らうと、それは強力で巨大な魔物へと姿を変えていった。
そういった魔物はダンジョンへと帰り、星の守護者として侵入者を迎え撃つ。
だから・・・サーカス団員がアンデッド以外の魔物と化していたとしても、何らおかしくはなかった。
「ハルカ」
「・・・何ですか、クロロ」
「ここで引き返すか?」
俺は涙を流すことなく、ただアラクネの死骸を凝視している彼女に問う。
ここから先へ進む覚悟を確かめるために。
「・・・何でですか?」
「お前は辛くないのか?団員さんがこうなってて」
「・・・そりゃあ、辛いですよ」
「このダンジョン内に魔物化した団員がいるってことは、ここでサーカス団が壊滅してる可能性が高いってことだ。ここから先は・・・分かってるよな?」
「私だって、それくらいは・・・」
「なら、ここでもう・・・」
「でも、行きましょう」
それは、強い決意を秘めた言葉だった。
「この世は、残酷です。人が死んでも誰も悲しみません。だって、みんな悲しむ余裕なんてありませんから。みんな生きることに必死ですから。多数のために、少数を切り捨てる時代なんですから」
「・・・ああ」
「仕方ないことです。そう、仕方ないんです。団員さんがこうなっても、種族全体に影響がなければ、何の問題もないんです」
自分に言い聞かせるような、そんなような。
そうでも思わないと、やっていけないと吐露しているような。
そんな彼女が、痛ましいように思えて。
「確かに、人を笑わすことは立派です。けど、そのために旅をするのなら、リスクがあります。当然団員さん達もそれを分かっていたはずです。夢は、美しいだけじゃない。残酷に捻り潰されることもあります・・・そんなこと、私だってよく分かってるんです・・・」
「それでも引き返さないのか?」
「・・・見たいです。私に優しくしてくれた数少ない友人が、どうなってるのか」
・・・彼女の気持ちは分かった。
そんなに、救われたのか。
人との繋がりに。
そんなに、辛かったのか。
一人の暮らしは。
ああ、そうだよな。
辛い生活の中で誰かに優しくされてしまったら、きっと繋がってしまうよな。
別れても、心のどこかで繋がっている。
死んで生き別れても、心の中にその人との思い出がある限り。
死んだ者を求める人が思うことは、いつもそんなことばかりだ。
だからこそ、繋がりのせいで死に誘引されることも否めない。
俺は、そこを心配している。
「・・・ルーナ」
「なに?」
「この先、サリアを連れて行っても本当に大丈夫なんだな?」
「ガーディアンに会うなら話は別だけどね」
「・・・なら、最深部はなしだな」
俺はハルカに向き直る。
「俺達も一緒に行くけど、最深部までモアを探しにはいかない。命を危険に曝すべきじゃないからな。ハルカは、それでもいいか?」
「・・・ええ、大丈夫」
彼女の一瞬の躊躇いを俺は見逃さなかった。
まだ、心の中で納得していないような。
けど、気付かないふりをした。
・・・してしまった。
「ああ、それじゃあ行こう」
俺達は、まだ歪な家族なのかもしれない。
そう思ってしまった俺がいた。
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ダンジョン内部をひたすら歩く。
通路は段々と坑道らしく土壁へと変わっていき、先は暗闇で足元もおぼつかなくなっていく。
足元に敷かれていたレールはズタズタに引き裂かれ、魔物が頻繁にこの辺りを歩いていることを想像させる。
実際、10匹くらい魔物に出会った。
アンデッドやアラクネが殆どだった。
その魔物達の胸には、団員のバッチがあって。
その度に、ハルカの表情が苦痛で歪む。
・・・見ていられなかった。
早く、モアを見つけたかった。
彼女が一刻も早く心の繋がりを断てるように。
俺の心が痛まないように。
魔物の迎撃は、全てルーナが行った。
圧倒的な氷の魔法で全てを駆逐していく。
彼女は悪魔なので、人間よりも命の残量が大幅に多い。
・・・寿命が長いのだ。
だから、俺ほど体力を消耗せずに魔法を使える。
言ってしまえば、処刑人は使い捨てだ。
魔法を使えば、当然だがいずれは死ぬ。
そして処刑人は、死ぬまで戦うことを強要される。
・・・彼女はもっと命を節約したいとは思わないのだろうか?
好戦的で、魔物を積極的に殺しているようにも思える。
そこに意味を見出すとしたら・・・
「なに私のこと見つめてるのよ?」
15匹目の魔物を凍てつかせたところで、俺の視線に気付いた彼女がそう言った。
「・・・魔法、使いすぎてないか?体力は大丈夫なのかよ」
「まだまだ余裕だわ。氷の出力だって、最低限にしてるから平気よ。それに魔物は、単独でしか行動しないし」
「それでも辛くなったら言えよ?俺が交代するから」
「私のことを心配する必要はないのよ、人間さん?」
スタスタと先を行く彼女。
まだ体力的には余裕そうだった。
てか今、嫌味を言われたような気が・・・
「サリアとハルカは疲れてないか?」
「それを言うなら、クロロの方が疲れてるのでは?」
「うん、お兄ちゃんすごい汗かいてるよ?」
「・・・ルーナの嫌味の原因はこれか」
俺は汗でびしょ濡れになったシャツを摘まむ。
ベッタリだった。
不快すぎて、何で今まで不快と思わなかったのだろうってくらい。
何でって言ったら決まってるんだけども。
要するに、自分の状態をうまく把握出来てない程、俺の体力の消耗が激しいのだ。
「まさか体力で子供に負けるなんてな」
「種族の差が顕著に出てますよね」
「認めたくはないけどな・・・」
黄色人のボクサーと黒人のボクサー。
先天的な肉体の優位性で言えば、圧倒的に黒人に軍配が上がるだろう。
稀に才能で黒人を凌駕する黄色人もいるが・・・明らかに、そして圧倒的に少数である。
人同士でこんなにも先天的で、覆しがたい肉体の差があるのだ。
他種族で体力の差が広がってもおかしくはない。
努力だけでは埋まらない、先天的な才能の差。
それは現実に存在している。
アリが人間に決して勝てないように。
前提としてウェイトが違いすぎるのだ。
肉体面だけで言えば、悪魔や天使は決して人間に負けたりはしない。
「・・・種族が違っても、俺達家族だもんな?」
「でもよくよく考えてみたら、種族としての寿命は違うじゃないの」
前からルーナが指摘する言葉。
これもまた、否定することが出来ない現実ではあった。
「人間はどう考えたって私達より先に死ぬのよ?先立たれて悲しむことが分かっているのに、なんで私達は異種族同士で家族を形成するのかしら?」
「・・・それでも好きになった奴を愛したいと思うから、じゃないのか?」
「愛は種族を超えるとでも言いたいの?」
「まあ、辛い道だってのはみんな分かってるさ。でも理屈だけで決められないことってやっぱりあるだろ?明らかに非効率的なのに、心からやりたいと思うことってあるじゃんか」
「その中に他種族同士での結婚も入ってると?」
「そうだと俺は思ってる。そうじゃなきゃ、俺は種族が入り乱れた家族を作ろうなんて思わなかったよ」
「・・・私達のことを、愛してるって言ってるのと同義だってこと気付いてる?」
「家族として愛してる」
「・・・そんな考えのせいで、いつか家族が破綻しないといいわね」
いつになく、彼女がドライである。
俺を懐疑的に見ているのか?
それとも否定的に見ているのか?
いや、初めっから俺のことを信用するって方がおかしいのだけれど。
ナイフで心の表面を切り付けられるような言葉の感触を覚える。
ギスギスした雰囲気だ。
・・・苛立っているのだろうか?
「今日は女の子の日か?それともただ単にブルーな日なのか?」
「・・・セクハラで訴えるわよ」
「残念ながら、今のこの時代にセクハラなんて概念は廃れてるんだよな。いや、しかし俺はセクハラをしたつもりなんてないんだけど」
「つもりでいるだけでしょ?本人がセクハラって感じたらそれはもうセクハラなのよ」
「それって理不尽すぎね?」
「それはそうね。でも、そうでもしないと男に道具扱いされちゃう女も多かったのよ」
「理不尽は理不尽で追い返すってか」
「目には目をってやつね。だから私は、クロロにこう返すわ。ハルカにも私にも八方美人でいるなんて、とんだ優柔不断野郎よねって」
・・・明らかに、棘があった。
毒もある。
俺の心に染み込んでいる。
じくじくと痛み出す。
「俺は優柔不断じゃないぞ」
「優柔不断じゃないの。クロロはハルカのためにここまでついて行ってる。けど、私はそんなあなたのためにここまでついてきてる。でも、それはハルカのためだからってあなたは思っているんでしょう?」
「・・・つまり、何が言いたいんだよ。なんでそんな急に怒ってるんだ?」
「怒ってないわよ」
「怒ってるじゃないか」
「だから怒ってなんかいないわよ。冷静にしてるもの」
「じゃあ怒っていないとして、何が不満なんだよ」
「私は、あの時のあなたの言葉を信じて同行してるの。あなたの思う家族はこの4人でってことなんでしょうけど、私の思う家族は・・・」
そこでルーナが口を閉じる。
言ってはならないことを噤むように。
ハルカがルーナを申し訳なさそうに見つめていたからだ。
「・・・私だって分かってます。同じ気持ちはあるんです」
「なら、ハルカだってこの状況にイラつかないのかしら?私のこと、邪魔者だって思ってるんじゃないの?」
「でも、家族です」
「何が家族よ・・・どうせ私は家族なんてもの、知らないわよ!!!」
初めて・・・初めて俺達の前で、ルーナが叫んだ。
あんなに冷静な彼女が・・・
ダンジョンに入る前は、いつもと同じだったじゃないか。
どうして?
分からない。
なんで怒ってるんだよ・・・
「私は・・・私はハルカみたいな好きでもない奴のために命を削って戦える程、お人よしじゃないわよ!!」
好きでもない・・・奴?
それはハルカのことなのか?
「お前、それは言い過ぎだぞ!!」
「だってこんなの最初からおかしいじゃないの!ハルカが知り合いの生死を確認したいなら、自分の責任で、自分1人でダンジョンに行けって話じゃない!!なんでそこにクロロと私が同行してるのよ!!」
「それは俺達が家族だからだろ!!」
「こんなの家族じゃないわよ!!私はあなたの言葉だけを信じて外に出たのに!!!」
「俺の言葉ってなんだよ!最初からサリアとハルカが家族に入ってたってのは分かってたことだろ!?」
感情のぶつかり合いだった。
何故か、こうなった。
原因は分からない。
・・・悲しい。
ただ、悲しい。
「・・・あなたはさっき、明らかに非効率的なのに、心からやりたいと思うことってあるって言ってたわよね」
「・・・ああ」
「私はハルカとサリアがいても、それでもあなたを見て、心からなってみたいと思うことが見つかったから、こうして・・・!!」
その激昂は、洞窟内に響き渡っていた。
だからだろう。
周囲からカサカサと音が聞こえてきていた。
・・・魔物だ。
俺達は馬鹿だ。
こんな場所で、ケンカをやってる。
家族なのに。
「・・・今は言い合いは後回しだ!言いたいことがあるなら、ダンジョンを出た後でいくらでも聞いてやる!」
「私はッ・・・ああ、もうっ!!!」
ルーナが声を荒げながら、両手に氷の剣を作り出す。
透明度が非常に高い、クリスタルのような双剣だった。
「分かったわよ!!このダンジョンを出るまでは、ハルカに付き合ってあげるわよッッ!!!!」
坑道内部が氷に覆われ始める。
冷気が空気中を漂い、俺達の吐く息が白くなり始める。
青い世界の中で、彼女は魔物を迎え撃とうとしていた。
直後、坑道の先から魔物が複数やってきていた。
こんな狭い通路だ。
いくら魔物に社会性がないって言っても、そりゃあ鉢合わせにもなるよな。
「ハルカとサリアは俺の後ろに隠れてろ!!」
「・・・」
しかし、2人は動いてくれない。
サリアが怖がって、その場から動かなかったせいだ。
ハルカが背負おうとしているが、サリアがポロポロ涙を零してそこを動かない。
・・・さっきのケンカのせいだった。
ああ。
ごめん、サリア。
本当にごめん。
俺、怒鳴り合うつもりなんかなかったのに・・・
なんで俺達、ケンカしてるんだろうな?
俺でも分からないよ。
サリアはもっと分からないよな。
怖かったよな。
本当に、ごめんな。
「・・・サリアとハルカはそこにいてくれ。俺が守ってやる・・・!!」
前方から魔物を数体確認する。
アンデッドタイプに、アラクネタイプ。
そしてクモが人の2倍くらいの大きさまで巨大化した、スパイダータイプの魔物も紛れていた。
「”雪氷の冷酷を識ること”!!!」
「”何も無いということ”!!!」
そして俺達は、コンビネーションなんてロクに発揮しそうにもない状態の中、魔物と戦闘を開始した。




