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36 俺達はダンジョンの中へと侵入した

 この世界には、命の母と繋がる路(ダンジョン)と呼ばれる場所が複数存在している。

 ダンジョンとは、魔物が生まれ出る特殊な環境のことだ。


 原則として魔物は交配して生まれない。

 この星(スティーラ)が魔物を直接生み出しているとされているからだ。

 新しく誕生した魔物は、ダンジョン内にて自身の力を蓄えた後、外界へと進出し俺達を滅ぼそうと襲い掛かるわけだ。


 結果として、ダンジョンは魔物が巣くう魔窟と化している。

 しかも成長途中の魔物しか内部にいないってことでもなく、母なる意思を守るため、強力な魔物達や守護者(ガーディアン)が最深部にて鎮座しているという話だ。

 だからダンジョンには殆ど誰も近付かない。

 それは俺達も例外じゃない・・・はずだった。


 「着いたな・・・」


 俺達が追いかけっこをしている内に、ベメント地区の鉱山入口へとやってきた。

 昔ここはオップ鉱山と呼ばれていたらしい。

 今サリアの持っているインカローズの産出地であった場所で、地球がスティーラへと新生した時期に、魔物が大量に潜むダンジョンと化したらしい。

 荒廃したベメント地区の中でも、1番の危険地帯である。


 「クロロ、さっきまで走ってたから疲れてませんか?」

 「ああ、疲れたよ。お前のせいでな。お前のせいでなあ!!」

 「うっ・・・だからさっきも謝ったじゃないですか。もうクロロを必要以上にイジったりしないって」

 「必要以上にイジらないってことは、必要な分ならイジるってことか!!」

 「当たり前です!イジりとは円滑な人間関係を築くためのコミュニケーションなのですよ?」

 「しかしやりすぎれば、それはイジメになることをご存知ですかね!?」

 「ええー・・・女の子にイジメられるクロロの立場って・・・」

 「おいぃ!!なんで反省するべきはずの相手に哀れんだ目で見られなきゃならないんだよ!!」

 「実際に哀れなんですもん。ルーナとサリアだってそう思いますよね?」

 「クロロは哀れだものね」

 「お兄ちゃんはかわいそうだよ」

 「誰か俺の味方はいないんすかね?」


 ぜぇぜえ息を切らしながら、妬むような目で3人を見る。

 彼女達はそんなに疲れた様子は見せていない。

 せいぜい呼吸のペースが少し早くなっているくらいだ。

 俺と一緒に結構な距離を走ってきたのに・・・


 女性陣に体力で劣っているこの事実に、軽くしょげそうになるところで気付く。

 そういえば、4人の中で人間なのは俺だけだったもんな。

 悪魔や天使の種族は、人間の肉体よりも数段強靭でタフだ。

 子供のサリアですら、成人した俺より体力があるというこの始末。

 なるほど、俺が哀れまれる訳だ。


 「あんまり興奮すると、疲れが取れませんよ?」

 「誰のせいだよ誰の・・・」

 「あ、もしかして3丁目の川田さんのせいですか?」

 「本当に誰だよ!?と言うか川田さんって、第8話で名前だけ登場した謎の人名じゃん!!結局謎なままで終わったけど!」

 「当然ですよ。だって適当に言ったことですもん」

 「本当にお前は、その場のノリで何でも言うよな・・・」


 しかしまあ、もう許してもいいかって思っている俺がいる。

 ルーナの指摘していたことも、あながち間違いではなかったってことか。


 「さてと」


 俺は前を見る。

 崖に穴が開いていた。

 ここから鉱山の中へ・・・ダンジョンへと入っていくのだろう。


 一見すると、ただの洞窟だ。

 しかし、直に見たからこそ分かる。

 この不気味な雰囲気。

 魔物の出す強烈な殺気が、穴の中で木霊しているのを感じる。

 明らかに、人の身で入っていい場所ではなかった。


 「俺、ダンジョン初めてなんだけど」

 「大丈夫よ。私がいる」


 そう言って先導するのは、ルーナだった。

 自然とつられて後に続く俺を含めた3人。

 町の廃屋に放置されていた懐中電灯にスイッチを入れて、暗い通路を照らす。


 足元にはトロッコを走らせるためのレールが敷かれていた。

 ここから採掘された鉱石を外界へ出していたのだろう。

 洞窟の奥は真っ暗で、静寂に包まれている。

 先に進むのが躊躇われる空気だ。


 通路は人が5人横に並んでもまだ余るぐらいには広かった。

 元々は狭かったんだろうけど、魔物が穴を広げたんだろうな。

 ダンジョン化が進むと、魔物によって地形の変化が激しくなると聞いたことがあるし。

 そこにズカズカと、そして堂々と入り込む元処刑人のルーナ。

 すごい慣れてるって感じで、頼もしい限りだ。


 ダンジョンは命を落とす危険性に満ちているため、実はどうしても俺はここに入ることを前日に否定していた。

 ましてや俺達のパーティーには小さなサリアまでいるのだ。

 とても魔物の巣窟まで連れて行く気にはなれない。

 だが、『それでも絶対に大丈夫』という豪然たる意思を宿した言葉が、俺をここまで連れてきた。

 強大な力を秘めた魔法を持つ、ルーナの言葉に。


 「お前、ダンジョンは行ったことあるのか?」

 「危険指定者の監視に使うガーディアンを捕獲するために、何回かね」


 そう。

 旅の休憩中に聞いたことがあるが、ルーナはダンジョン攻略者だった。

 処刑人としての立場から、ダンジョンに入る機会があったらしい。


 「・・・ガーディアンって、あの最深部で特異点(コア)を守ってる魔物のボスですよね?」

 「そうよ、ハルカ。それがどうかしたの?」

 「魔物のボスを使役するなんて、未だに信じられないんですけど」


 魔物の凶暴性を近くで見てきたハルカにとっては、とてもじゃないが信じがたいことなんだろう。

 俺だって最初は同じような反応をしたし、気持ちが分からないこともない。

 けども、あえてここは口出しさせてもらおう。


 「つっても、お前ガーディアンを1回見てるじゃないか」

 「・・・サリアを閉じ込めてた、あの施設でですよね」

 「そう。あのドラゴンタイプの魔物さ」

 「でも、あれはただ私達を襲ってただけのように思うんですけど。使役されてたようにはとても思えませんでしたし」

 「お前も見たはずだぞ。ドラゴンは施設に住んでた子供達には襲ってなかっただろ?」

 「・・・確かに」

 「何故かと言えば、あのドラゴンが処刑人の洗脳魔法にかけられていたからさ」

 「洗脳?」


 不思議そうに首をかしげるハルカ。

 無理もない。

 魔物の知識について、まだ学んでいないことが多すぎるからだ。


 「世の中には、魔物を使役出来る魔法の持ち主もいるってことよ」


 ルーナの淡々とした補足が入る。

 しかしまあ、よく暗闇で視界があまり利かない場所で魔物を警戒しながら話せるよな。

 尊敬に値する程の余裕を見せてくれやがるよ、ホント。


 「へぇ~魔法で魔物を操れるんですか?」

 「コントローラーって呼ばれてる連中でね。知能の低い生物の脳を洗脳魔法でいじくって、凶暴性を失くしたりして魔物を飼い慣らすのよ」

 「なら、コントローラーの手にかかれば魔物を操り放題ってことですか?」

 「そうでもないわ。魔物の洗脳には時間がかかるのよ。1頭につき10年くらいかしらね」

 「・・・随分と手間がかかるんですねぇ」

 「だから、出来るだけ強力な魔物を選抜したいわけなのよ」

 「それが・・・」

 「ガーディアンってことだな」


 俺は言いながら、通路の先に目を光らせる。

 奥に蠢く魔物の影が見えたからだ。

 もちろんルーナも気が付いていたみたいで、戦闘態勢に入る。


 ルーナは前線のアタッカー。

 ハルカとサリアは後方のサポーター。

 俺が後方2人を守るシールダーである。

 それぞれがやるべきことを想定して、身構える。


 「あれは・・・アラクネタイプか」


 アラクネ・・・ギリシア神話の女性のことだ。

 オウィディウスの転身物語によれば、彼女は女神アテナに技比べを挑み、そして負けた。

 そして命を落とす際に、クモへと姿を変じられたという。


 通常のクモ型の魔物であれば、スパイダータイプと呼ぶのだが・・・

 目の前にいる魔物は、異質な姿をしていた。


 「・・・あの魔物、上半身が人間の女性で、下半身がクモなんですけど」


 おぞましいモノを見る目でハルカが呟く。

 いや、実際におぞましいな、あれは。


 その魔物の上半身には、見目麗しい姿の女性の肉体があった。

 生気が抜けたかのように肌が青白いが、そこはさして問題ではない。

 問題なのは、へそから下が・・・人の10倍の大きさもある巨大なクモであることだ。


 硬化した幾千本の体毛がびっちりと体を覆い、総数8本の足がギシギシと動いている。

 クモの口からは紫色の毒がしたたり落ち、異臭を放っていた。

 上半身の淫らな姿もあってか、美しい狂気をそこに感じる。

 人とクモが混ざった生物・・・それがアラクネタイプと呼ばれる、比較的強力な魔物なのであった。


 「ああいうのを洗脳してもいいけど、処刑人ならすぐに殺せてしまうわ。だから使役するなら、最深部に潜むガーディアンを倒して操るのよ」


 ルーナがクモ女の前に出る。

 彼女は手ぶらだった。

 何も武装はしていない。

 なのに、不気味なくらい薄く笑っていた。

 目の前の魔物より、狂気を感じるくらい。


 クモ女がこちらに振り返る。

 上半身の女体が、ギョロリと眼球を動かしてルーナを視認した。

 同時に巨大なクモの体も口を大きく開く。

 凶悪な2本の牙が姿を現した。


 「ルーナ!!」


 いてもたってもいられず、俺は叫ぶ。

 しかし彼女は・・・


 「大丈夫よ」


 その一言で、戦闘が始まった。

 魔物の姿がブレて、次の瞬間ルーナに肉薄していた。

 巨躯の割に俊敏な動き。

 俺でもギリギリ見切れるかどうかの速度である。

 毒をまき散らしながら、2本の牙が彼女に・・・突き刺さらなかった。


 「”雪氷の冷酷を識ること(アイス・エイジ)”」


 ルーナが手の先に、氷の柱を作り出していた。

 しかも一瞬で。

 クモの牙は大きな氷に食い込んで離れない。

 そのまま氷はパキパキとクモの体を凍り付かせる。

 数秒経たない内に、下半身全体が氷結していた。


 「・・・強い」


 思わずそう言った。

 彼女はその場から1歩も動いていない。

 動く必要がないからだ。

 それだけ彼女の魔法が、強力なことを示していた。


 「キャアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 身動きのとれないクモ女は、仲間を呼ぼうとしたのか甲高い叫び声をあげた。

 洞窟内部に声が反響して響いていく。

 しかしルーナは、通路の両サイドに氷の壁を張っていた。

 声が漏れず、結果的に通路の奥にいるであろう魔物には異常を察知されていない。


 「無駄よ。あなた、弱っちいもの。仲間を呼びたくなる気持ちも分かるけど・・・相手が私で、運が悪かったわね」


 冷えた声が聞こえた。

 それは冷酷な冷たさだった。

 ルーナの氷がクモ女を浸食し、ついに全身を覆った。

 完璧に、負傷もなく、強力な魔物を彼女は鎮圧した。


 クモ女の氷像は、苦痛と恐怖と怒りで満ちているように見えた。

 魔物に感情はないはずだが・・・抵抗も出来ずに氷漬けにされたからだろうか?

 俺がそう思うのも無理ない鮮やかな戦闘手順だった。

 ・・・化け物、だな。


 「ね?大丈夫だったでしょ?」

 「・・・心配したのが損だと思ったくらい、な」


 処刑人とは、ここまで強いのか。

 しかしよく考えてみれば、かつて戦った炎の処刑人・・・ヴァネールだってこれくらいはやれたはずだ。

 船一隻を丸々燃やし尽くしたのだから。

 俺がそれを止められたのは、異質な黒い魔法があったからなんだよな。


 俺は凍った魔物を改めて眺めてみる。

 ピクリとも動かない。

 きっと即死だろう。

 恐ろしい魔法だな。


 「・・・ルーナは氷の魔法を使うんですね」


 俺の背後から、ひょこっと顔を出しながら言うハルカ。

 つんつんと禍々しい氷像をつついて、興味深げに観察していた。

 なんか隣でサリアもハルカのマネしてつついてるし。


 「人や魔物を殺すことしか出来ない欠陥魔法よ。なんの生産性もありはしないわ」

 「でも、あのヴァネールとケンカも出来そうですよ」

 「したわよ、ケンカ。私の方が殺される前に逃げたけどね」

 「あら、負けたんですか」

 「それだけ彼が異常に強いってことよ。処刑人の強さはランキング化されてるけど、その中じゃあトップ10に入ってたもの」

 「具体的な順位は?」

 「6位よ。ちなみに私が元7位ね」


 げっ・・・

 あいつの上に、まだ5人も強い奴がいるのかよ。

 処刑人ってのは凄い連中だな。

 そんな凄い彼女が、凍らした魔物を見て会話を止める。

 ・・・何かあったのだろうか?


 「・・・ねえ、ハルカ。魔物の腰に付いてるの、クラウン・クラウンのバッチじゃない?」

 「えっ・・・」


 その言葉に動揺しながらも、ハルカが魔物の腰辺りを注視する。

 そこにキラリと光る物があった。

 俺が殺したアンデッドが持っていたバッチと同じものだった。


 「嘘でしょ・・・」


 ハルカが目を見開く。

 ああ、そうか。

 この魔物・・・


 「サーカス団員だった奴か・・・」

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