28 俺とハルカとサリアは、深く暗い海へと落ちていった
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
サリアの悲痛な悲鳴が、俺の耳に届いた。
その次の瞬間。
俺の首は炎の大剣によって切断・・・されなかった。
まだ、生きている。
痛いし苦しいが、呼吸も出来ている。
・・・どうして?
俺はヴァネールを見た。
彼は、苦しんでいた。
なんでだ?
いや、その理由はすぐに分かった。
彼の目の前に、いたからだ。
彼の胸に手を突き刺す者が。
漆黒の装束を着て、黒い鎌を持ち、宙に浮く恐ろしい般若のような形相の鬼が。
「・・・死神?」
そうとしか思えなかった。
姿形が死神のイメージと合致していたからだ。
生者らしさを感じさせない、無機質な気配。
明らかに普通の生物じゃあない。
こいつは、何なんだ?
いつの間にか現れていたが・・・
「ううぅぅああぁぁぁっっぐうぅぅ!!!」
ヴァネールが苦しんでいる。
おっちゃん達の攻撃をまともに受けて、ビクともしなかったあのヴァネールがだ。
信じられなかった。
「らららら数珠、ダキニ、猛虎、大丈夫?ぜんとぜんとのがぎゃぎゃ僭越の世界」
死神みたいな鬼が、わけの分からないことを言いながら、ヴァネールの胸から何かを引きずり出す。
それは・・・半透明の光だった。
元々光は半透明なものではあるが、この光は・・・・何と言うか、オーロラみたいにゆらゆらと揺らめいていた。
そんな不思議な光がズルズルと引き出されていく。
鬼の手がスルッとヴァネールの胸から引き抜かれるが、血は出ていないし、ケガもない。
だが、炎に包まれている体から光が抜けていく度に、ヴァネールが悲鳴をあげる。
断末魔かと誤解する程の叫び声だった。
「始祖ゲンゲンバ???ルルクスバシャラ魂のララバイ・・・ぃぃひひひ」
鬼が口を開ける。
ヴァネールの体内から出てくる光を掴んだ手を、近付けながら。
そして・・・それをムシャムシャと食べ始めた。
「ぎっ・・・!?あああぁぁぁがああああぁぁぁ!!!!!!」
彼がもがき苦しむ。
それは・・・冷酷無残な光景だった。
鬼が食べているのは、ただの光だ。
なのに、彼の肉体を食べるという行為よりも、酷く気持ち悪く、残虐なことだと何故か思えた。
生理的な嫌悪。
俺はあの鬼を、好きになれそうもない。
いや、それよりも・・・サリアは?
体が動いてくれないので、俺は頭を動かして探す。
彼女は、俺の傍にいた。
ペタリと地面に座りながら、泣いている。
俺の腕を掴んで。
その小さな体は薄く白色に光っていて、元から白髪だったせいかそこらの天使よりも天使のように見えた。
ああ、俺は何となく分かった。
サリアを薄く覆っている光・・・
これは、魔法を使っているんじゃないのか?
あの死神みたいな鬼は、サリアの魔法ではないのか?
かつてノートムが言ったことを思い出す。
"命を憎むということ"という魔法をサリアが持っていること。
その魔法は、本当に憎いと感じた対象の”命を殺す”効果があるということ。
重い想いによって発動する、危険な魔法であるということ。
あの鬼がサリアの魔法だとしたら、彼女が憎んでいるのはヴァネールで、鬼が食べている不思議な光は・・・
「・・・命?」
そう、命。
俺があの光を食べる鬼をとてつもなく険悪する理由。
それは、平然と命をムシャムシャと食べる光景だったからなんじゃないのか?
ライオンが獲物を殺して食べることよりも。
ハイエナが、死骸の食い残しを漁ることよりも。
大量の虫が死骸を食べることよりも。
人が人を食べることよりも。
魂自体を食らうことの残酷さには勝てない。
食われた命はどこへ行くのだろう?
それは誰にも分らない。
ただ、普通に死んでいくことよりもそれは恐ろしいことのような気がした。
「があああああああああああっっ!!!!!」
ヴァネールが全身から炎を噴出させる。
まるで火山の噴火を見ているようだ。
なのに、彼の渾身の攻撃が鬼の体をすり抜けていた。
まるで当たっていない。
そのままヴァネールの魂をボリボリと食らっている。
彼は動けていない。
自分自身が動いて、逃走するという選択肢を忘れてしまっているように。
ただ、この恐ろしい死神を排除することしか考えていないように。
彼は恐怖したように、顔を歪ませる。
よく見ると、魂の光はヴァネールの腕の形をしていた。
彼の胸から引きずり出されている形でだ。
鬼が魂の肘の部分を齧ってちぎる。
それと連動して、彼の左腕が黒く変色して、力なく垂れる。
その部分の魂だけ、殺されたように。
「・・・な、にをっっ・・・これしきっ!!!」
だが、ヴァネールの様子が一変した。
それは一言で言うと、覚悟だ。
彼が炎の大剣を振りかざすと、死んだ左腕に向けて振り下ろした。
黒く変色した部分より、少し上。
まだ生きている部分ごと、彼は自分の左腕を切断した。
「があああぐぅぅぅ・・・!!!」
ジュウジュウと切断面が焼けて煙が上がっている。
だが、出血はない。
焼いて傷を塞いだのだ。
それは普通に腕を切断することよりも、痛みを伴う。
常人なら気絶ものだろう。
同時に鬼が掴んでいた魂も、左腕の切断部分と同じ位置で絶たれた。
魂の死んだ部分は鬼の口の中に。
逆に切断して生きている魂は、彼の胸の穴へスルスルと収まっていく。
彼がやっと苦痛から解放されたように、必死に息を吸った。
溺死寸前まで海の中へ潜っていたダイバーのように。
きっと彼は、死が見えたのだろう。
死が見える瞬間というのは、死ぬ瞬間に訪れる。
元々自分が内包していた死と、外部によりもたらされる死。
以上から考えて、この世には様々な死の種類があるわけだが、実は寿命で死のうが事故で死のうが、そんなことは大して重要ではない。
だって、死んだらそんなことは関係がないのだから。
死について思考出来るのは、生きて残された者だけなのだから。
安らかに、滞りなく肉体から生が離れていくこと。
そこに恐怖を感じようと、生の苦しみから解放されたと喜ぼうと、死は死でしかないのだから。
死を理解することが出来て、かつ死に1番関係なくなること。
それが死なのである。
だから死というものは平等なのだ。
でも、例外はある。
ヴァネールみたいに、命が切り離されること。
それは普通に死ぬのとはまた大きく違う。
部分的に魂の死を理解しているのに、まだ生きていること。
それは・・・苦痛でしかない。
死んでいるのに生きているからだ。
矛盾した表現が出来る現象には、ロクなことがない。
「ぐうううああああああああああ!!!!!!」
ヴァネールが切断した左腕の痛みに叫びながら、よろよろと浮遊していく。
ボロボロな俺達を睨めつけながら、死神を恐れて遠く離れていく。
「殺してやるぅ・・・殺してやるぅぅっ!!!!」
怨嗟の声を発しながら、彼は炎を噴射して飛び去った。
遥か上空へ。
そのまま紅蓮の炎は小さな点となり、どこかへ消えてしまった。
あっという間だ。
これで、撃退したことになるのか?
「・・・サリアぁ」
俺は何とか腕を上げて、サリアの頬に触れる。
彼女の涙は枯れることを知らない。
未だ、泣き続けていた。
脆い体に脆い心。
それを守るなら、泣き続けるしかない。
「もう、大丈夫だから・・・」
「ぅっ、ぅぅ・・・」
背中をさすって、落ち着かせてやる。
これだけで、大分違うはずだ。
少しすると、口に含んでいた魂を食べ切って満足したのか、死神が消えていく。
うっすらと、霊魂が成仏したみたいに。
「・・・俺達までは・・・襲わないみたいだな」
サリアの憎んでいる奴限定で発動する魔法だもんな。
少しすると、サリアはパタリと倒れてしまった。
ちゃんと息はしているから、きっと眠ってしまったのだろう。
魔法は命を削る。
全力で戦った後に眠ってしまうことは良くあることだ。
「はぁ・・・はぁ・・・くそぉ・・・」
周囲は、炎に包まれていた。
しかも、さっきから船が斜めに傾いてる。
船全体が燃えて、沈みかけているのだろう。
このままじゃあ、俺達は・・・死んでしまう。
もう、殆ど熱さを感じない。
感覚が薄れているのだ。
それでも俺は前へ這いずる。
目の前には、気絶したハルカがいた。
サリアも引きずって、彼女の元へ。
そして俺達は3人一緒に固まった。
もう、これ以上どうすることも出来ない。
体がもう動かない。
はは、これ本当に死んじゃうなぁ。
ギシギシと船全体が軋みを上げ、所々でひびが生じる。
もう、船がもたない。
炭になった死体が、爆発の衝撃によって海に落ちていく。
死んでしまった船員達。
良い人達だった。
なのに殺されてしまった。
自然界ではよくあることだ。
これは自然淘汰なのだから、仕方ない。
そんな風に考えても・・・納得出来るわけがなかった。
どうして、デキソコナイの俺達を助けてくれた人達が、死ななきゃいけない?
悪意じゃないのは分かってる。
俺達の生きる現実が、ただ過酷なだけだ。
過酷であらねばならないと、世界はそう定め給うた。
この世界は、温かさが少ない。
だからみんな寄り添うけど、俺には誰も・・・寄り添ってくれはしなかった。
魔法が異常な、障害者だったから。
だから寒い。
凍死しそうだった。
温かさが・・・優しさが欲しいじゃないか。
だったら、自分に寄り添ってくれる者を・・・家族を探すしかないじゃないか。
なあ?
俺は間違っていたかい?
社会的弱者は、死ななきゃいけないのか?
魔法が異常で孤立した者には、温もりも与えられないのか?
俺みたいな障害者は・・・どう生きたらいいってんだ?
そんなこと、誰も教えてくれなかった。
ただただ、俺達みたいな孤立者は傷付いていくばかりだった。
希望の家がそうだったじゃないか。
みんな、心が傷付いていた。
家族を求めていた。
そんな連中の集まりだ。
俺は、そんな閉塞した環境から離れたかった。
だから家族を求めた。
けど、こんな結末はあんまりじゃないか。
残酷じゃないか。
あまりにも、希望がないじゃないか。
空を見上げる。
夜空が綺麗だった。
星が瞬いていた。
けど、何1つとして俺達に興味を示してはいない。
ただ、美しく輝き続けるだけだ。
俺達に何も施しを与えはしない。
美しさとは、孤高であることと似ている。
そして群衆とは、穢れである。
人同士のふれあいの中で、美しいものなどありはしない。
人の営みが尊いものだなんてことを言う奴は、平和な環境を当たり前だと思って過ごしてるただのアホだ。
そんな俺達の汚い在り様に無関心で、どうでもよさそうだから、星は美しくあれる。
神様もまた、同じ理由で美しい。
神様が慈悲深いってことはまずないだろう。
すべからく神はヒトって奴に興味がない。
神様がヒトを救った場面をお前は見たことがあるか?
聖書みたいに、ヒトを導いたか?
・・・ない。
そんなことは、一切ない。
人の希望的観測があるだけだ。
だから俺達は、自分の命を信じるだけだ。
さて、船は中央から真っ二つに割れてしまった。
ゴゴゴと壮大な音を立てながら、船が沈んでいく。
俺達も船の傾きに従って、ゴロゴロと転がっていく。
先には、少しだけ荒立った海面が見えた。
俺は2人を力の限り抱きしめた。
これで2人をどこまで守れるかは分からない。
けど、これが俺の精一杯だ。
ここまでして死んでしまったら、もうこれは仕方ない。
後悔もなく死ぬしかない。
青く暗く、深い海。
そこに俺達は船から無様に落ちた。
いったん沈んで、上へ。
上へ上へ。
そして、海面から顔を出す。
浮いた板があったので、2人を乗せる。
俺が出来るのはそこまでだった。
意識が薄れ、俺は再び海に沈んでいく。
離れていく空。
近付く深淵。
落ちていく。
落ちていく。
意識も我が身も、落ちる寸前。
俺は何者かに片手を掴まれたのだった。




