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26 ある日、強襲者が俺達を殺しにやってきた

 あれから1日が経過した。

 依然トラブルもなく、快調な航海が続く。


 平和な1日。

 またそれがやってくる。

 そう俺は思っていた。

 思ってしまっていた。

 サリアが指名手配されているという現実を、忘れてしまっていたからだ。


 俺の心に雑草が生えてしまっていた。

 普段なら根っこから抜こうと思うだろう。

 だが、平和で幸せだと思える日々が、俺から危機意識を奪ってしまっていた。

 ・・・雑草を取り除く努力を怠ってしまっていた。


 だからだろうか?

 俺はこの日の深夜、後悔をすることになる。



 ---



 午後1時頃。

 見張り以外殆どの船団員が暗闇の抱擁に紛れてやってきた睡魔に、意識を預けている頃。

 俺は自分の部屋で寝ていた。

 グッスリだ。


 熟睡。

 ノンレム睡眠。

 何でもいい。

 とにかく、何の不安もなくリラックスして就寝していた。

 ホームレスらしからず。


 だが。

 外からの凄まじい爆発音が、俺を覚醒させた。


 咄嗟に飛び起きる。

 今のは何だ?


 衝撃・・・ということは、衝撃が発生するような原因があったってことだ。

 ・・・魔物だろうか?

 海の上で、爆発を発生させる魔物?

 そんなのは聞いたこともない。


 ・・・襲撃者。

 そんな単語が頭の中で浮かび上がった。

 俺は部屋を出て、船上へと急ぐ。


 動悸が激しい。

 悪い意味で興奮していた。

 今夜、誰かが死ぬかもしれない。

 そう直感的に思ってしまったからだ。


 船を揺らす程の爆発を起こしたのなら、相応に強いだろう。

 サリアを連れ戻しに来たのなら、相応に強者なのだろう。

 もし、襲撃者が処刑人だったら。

 ・・・恐ろしい予想を止められない。


 希望の家でルフェ先生に聞いた話。

 処刑人は、種の裏切り者に対して、一切容赦などしない。

 殺すか、捕獲するか。

 その2択しか結果を残さない。


 抵抗すれば殺される。

 逃げれば殺される。

 一般人を盾にしても、諸共に殺される。

 建物に立てこもっても、それごと破壊して殺される。

 死なない方法は、一切抵抗しないこと。

 それだけが、生き延びる道。

 けど、それは・・・サリアを裏切ることと同義だった。


 俺は甲板へと飛び出した。

 そこで目にしたのは・・・船上に転がる、無数の死体だった。


 「・・・嘘だろ?」


 ほんの少し前まで、仲良く話していた船員達だった。

 なのに、死んでいた。

 見張り役という役目だったがため、外に出ていたから。

 ただ、それだけのために。


 死亡。

 もう、動かない。

 話せない。

 笑えない。

 命の抜け殻。


 ・・・死んでしまったのだ。

 心臓が痛い。

 心の痛みは、心臓の痛みとして現実に反映される。

 心の痛みが、心臓を叩いていた。


 ・・・でも、まだだ。

 目の前に、ハルカとサリアはいない。

 まだ、生きている。

 俺は必死に冷静になりながら、状況を把握することに努める。


 見ると、船のマストの中間部分が焦げ付いた状態で焼失していた。

 凄まじい爆発は、その周辺で発生したことは明らかだ。

 誰が、こんな酷いことを?


 その直後。

 ・・・吐き気をも及ぼす、無機質で残酷な殺気が上空から感じられた。

 俺の本能が逃げろと叫ぶが、無視して俺は空を見上げる。


 ああ、それは・・・火の神のようだった。

 姿形は人そのものだが、その者の周囲が・・・”空が燃えていた”。

 広大な炎の海が、俺の立っている船の上で浮かんでいるのだ。

 物理的にあり得ない現象。

 紛れもない、強大な魔法だった。


 その赤く燃えた海の中央に、彼は立っていた。

 中世の時代を連想させる、時代遅れな深紅の甲冑に身を包んでいる。

 頭部に大きな角が2本生えているから、悪魔なのだろう。

 顔はまだ若そうなのに、深いしわが刻まれているせいで、日本の郷土信仰に度々出てくる鬼のようだと思った。


 その表情から、感情らしきものは見いだせない。

 だから、神々しい。

 感情とは、本来命にとって穢れた不純物だ。

 俺達は、心に宿した感情に日々振り回され、穢れていく。

 喜びや、悲しみは、全て心の不純物だった。

 そして完全なる無感情とは、穢れのない神性だと俺は実感した。


 「・・・危険指定者を誘拐した者だな?」


 ギョロリと俺の方に目が動いたかと思うと、深紅の甲冑を着込んだ悪魔の男はそう言った。

 まるでゴミを見るような目だ。

 敵視すらされていないように感じてしまう。

 そこら辺の小石を蹴っ飛ばすように、命を散らせるとでも思っているような。

 そんな傲慢な視線だった。


 「・・・そうだと言ったら?」

 「我は”教会”に所属している処刑人・・・ヴァネール・アウナス・クリセレンプス2世。執行者として今ここに名乗りを上げる決まりを成した故、対象者と執行妨害者を殺す特例を、教皇を代理してここに宣言する」

 「お前、俺を・・・殺すのか?」

 「今回の任は殺しだけだ。この船に乗る従業員共々、共犯者だということは聞いている」


 それを耳にして、1つの疑問。

 ・・・誰から聞いたんだ?

 俺の思考を読んだように、彼はニヤリ笑った。


 「最初、我はこの船に危険指定者が乗っていることしか知らなかった。だから少し情報を聞きたくて・・・そこで焦げている者達の”体に聞いた”のだ。燃やす前にな」

 「・・・」


 その瞳に悪意なんてものはなかった。

 ただ、聞く必要があるから聞いただけ。

 きっと彼はそう思っている。


 殺しとは、本来悪ではない。

 自然の摂理だ。

 人の勝手な社会道徳のせいで、殺しは悪だという認識を大半から持たれたが、本当は違う。

 彼の・・・ヴァネールと名乗った男の態度が正しい。

 何故かって?


 命の営みは、必ずしも尊いわけではないからだ。

 命は命を食い潰して、初めて存続出来る。

 生存本能の前では、命の尊さなど風前の灯だ。

 肉を食い、植物を食い、生命は循環され果てまで殺し合い、食い合う。

 そう。

 本来命は・・・もっとリアルで、薄汚いものだった!


 だからこそ、仲間の死に嘆かない。

 今は、生きている者を大事にしなければいけない。

 死んだ者は死んでしまっているから、もうどうすることも出来ない。

 そういう割り切りが必要だ。

 この世界では、至極当たり前のことだった。


 「さて、こうして話をしている間に、結構な人数がここに集まったようだ」


 空中に浮かんでいるヴァネールは、俺の周囲を見てそう言った。

 部屋で寝ていたであろう船員達が、いつの間にか甲板に立っていた。

 その中には船長のおっちゃんとパダシリもいた。

 死体を見て、悲しむ者はいない。

 これを異常だと思うか?

 俺は、思わない。

 決して。


 一瞬にして、みんなが警戒態勢に移る。

 それはおっちゃんも例外じゃない。

 キリキリと、顔が真剣なものへと変化していく。


 「・・・もしかして、ヴァネールなのか?」


 おっちゃんの声が、ゴウゴウと燃える炎の海の音に混じって、周囲に拡散した。


 「そういうお前は、船長のゴーマ・フォカロルか」

 「サリアちゃんを狙うのは、炎の処刑人だったのかい。いやはや、これはまた・・・」

 「・・・初対面のはずだが、初めて会った気がしないな」

 「全くだ。先祖の因縁ってやつだな」

 「前世界のことだ。我には関係のないこと」

 「おう、同感だ」


 何だ?

 こいつら、何を話してるんだよ。

 まるで、おっちゃんとヴァネールに何か繋がりがあるような・・・


 「さて」


 そんなヴァネールの言葉と同時に、火の海がうねる。

 船全体を熱気が包む。

 ゆらゆらと視界が歪み、汗が吹き出す。

 周辺の海面が、熱気によって蒸発していく。

 白い霧が発生するが、上空に滞留した炎の海がそれごと霧散させる。

 この一帯は熱が支配する、原始的な地球の姿に酷似していた。


 「このまま酸素を燃やしてやるから、大人しく中毒死しろ」

 「嫌だね。おっちゃんは簡単には死なねえんだよ」

 「・・・」


 後は、もう語ることなどなかった。

 おっちゃんは刀を握りしめて、叫ぶ。


 「ガイダイ!!セルト!!奴の炎に向かって、水を浴びせろ!!」


 船長の命令に従って、船員2人が素早く前に出て魔法を唱えた。


 「”形無きを形作ることデストロイオブカーレント”!!!」


 魔法によって、蒸発している海水が大量に持ち上がっていく。

 半径5メートルはあるだろう巨大な海水の柱が10本。

 それが全て、ヴァネールに向かって放たれた。


 激しく燃え盛る炎の海に柱が接触した直後、連続で大爆発が発生した。

 水蒸気爆発だ。

 激しく熱せられた海水が、爆発的な膨張速度で気化されていく。

 ダイナマイトの威力を10倍にしたような衝撃が、絶えず巻き起こった。


 「氷担当おおおお!!!!」

 「”万物流転を止めること(ダイアモンドフロスト)”!!!」


 轟音響く爆発の中、船長の怒号に合わせて、別の船員数名が魔法を唱えた。

 海の上に浮いているヴァネールよりも、更に上に、氷山のような巨大な氷塊が出現した。

 突如発生した氷塊は星の引力に従い、今も水蒸気爆発が絶えないヴェネールのいる場所に向かって落下する。

 ダイアモンドのように美しく輝く巨大な氷は、爆発に巻き込まれ砕け散る。


 「ぐあっ・・・!?」


 閃光が視界を覆い、爆発の衝撃が船を襲う。

 もう無茶苦茶だ。

 目も開けていられない。

 苛烈な攻撃であるにも関わらず、まだ威力が足りないと思ったのか、加えて船員が魔法を唱える。


 「”大地の怒りを知ること(アタックオンアース)”!!!」」


 氷塊が出現した位置に、新たに巨大な岩石が出現した。

 命の等価交換によって、この世の法則を無視した方法で生成された巨石。

 それは水蒸気爆発や氷塊の破片、全てを下敷きにして、海面に叩きつけられる。


 海、そのものが揺れた気がした。

 遅れて水飛沫が天を目指して巻き上がる。

 岩石の三分の一が海水に沈んだところで、船長とパダシリが動き出した。


 「”見えぬ流れを掴むこと(パワーオブクリア)”」


 船長とパダシリが同時に魔法を叫んだ。

 船長の大剣とパダシリの刀に風が纏う。

 それはいつか見た、透明な脅威。


 2人は海面に沈んでいく岩石へ向かって跳躍し、遠距離から斬撃を繰り出した。

 異常な力で振られる剣が、不可視の斬撃を次々と飛ばしていく。

 巨大な岩が細切れになるまで、斬撃が終わることはなかった。

 時間にして、約6秒。

 2人の跳躍による運動エネルギーが消失し、船に着地するまでの短い間隔の出来事だった。


 「・・・終わったか?」


 船長が一応とばかりにそう言った。

 ヴァネールは岩の下敷きになったから、海中にいるはずだ。

 空中で燃えていた火の海も、今はなくなっている。

 海面には、岩の破片や氷の残骸がプカプカと浮かんでいる。

 反応はない。

 これで・・・本当に終わったのか?

 そうだったらいいな。

 俺がそんな楽観視をした、その数秒後。

 海面が爆発した。


 「”灰燼一切が灼けること(プロミネンスバーン)”」


 炎の処刑人とおっちゃんに呼ばれたヴァネールが、その深紅の甲冑を燃やしながら上空へとゆっくり昇っていく。

 無傷だった。

 あれだけの攻撃を受けながら、無傷。

 どうして?

 そんな疑問を口にする暇もなかった。


 彼が手を上空へ向けると、再び炎の海が創り出されたからだ。

 紅蓮の空の中、火の体現者は背中に背負われた大剣を手に取った。

 その大剣もまた、彼の燃える甲冑から引火して業火の剣と化した。


 空の炎が船を囲む。

 高さは10メートル程。

 炎の防壁と呼ぶに相応しいものだった。

 これで、俺達はもう逃げられない。


 火、火、火。

 もうそれしか見えない。

 地獄のようだった。


 酸素が燃焼され、呼吸が乱れていく。

 熱気で意識が朦朧とする。

 もう既に、極限状態だった。


 「おい、あんちゃん」


 おっちゃんが俺に話しかける。

 表情は・・・至って普通の笑顔だった。


 「今すぐこの船を捨てて、逃げろ」

 「・・・へ?」

 「へ?じゃねえよ。しっかりしろ」


 おっちゃんにバシッと背中を叩かれる。

 それで、ちょっと冷静になれた。


 「俺達じゃあこいつに勝てねえ。俺達が時間稼ぎしてやっから、逃げな」

 「お、おいおい。おっちゃんはどうするんだよ」

 「あんちゃんは、ハルカお嬢ちゃんとサリアちゃんを連れて逃げろ」


 俺のセリフを完全に無視していた。

 ・・・聞いていないのではなく、無視した。

 それは・・・


 「俺達のアイドルを死なせたりしたら、許さんからな」

 「何言ってんだよ・・・ぐっ!!!」


 俺がおっちゃんに向かって叫ぶ途中、船上で爆発が多発した。

 ヴァネールの火が船に燃え移ったのだ。

 爆風で船員達が吹き飛んでいく。

 燃えていく。

 死んでいく。

 命が、軽い。

 そんな世界を否定したい俺が、どこかにいた。

 でも、否定出来なかった。

 ハルカやサリアを死なせたくなかったから。


 だから、走った。

 おっちゃんの言葉を肯定して。


 「うおあああああああああああああああっ!!!!!!」


 おっちゃんとパダシリがヴァネールへ突貫した。

 風と炎の激突。

 燃え盛る戦場と化した船上。

 俺が見たのは、そこまでだ。

 おっちゃん達に背を向け、俺は全力でハルカ達のいる部屋を目指す。


 背後で轟音が聞こえた。

 1秒たりとも戦闘音は途絶えない。

 船員達がわが身を焼かれる悲鳴と重なっていく。

 苛烈な争いが、個人の命を大量に破壊しながら過酷さを増していく。

 そんな全てを捨てるように、俺はただただ大切なもののために走った。



 ---



 「ハルカ!無事か!?」


 俺はハルカの部屋を勢いよく開け、室内を確認する。

 部屋の隅に、サリアを抱いて守るハルカの姿があった。

 傷はない。

 無事だ。


 「あ・・・クロロ?」


 ハルカが呆然とした様子で、俺に近付いてくる。

 俺を抱きしめ、その後涙を流した。


 「船員の人にサリアちゃんとここにいるように言われて・・・それでしばらく待ってたら、今度は外から悲鳴が聞こえて、私、怖くて・・・」

 「大丈夫だ、大丈夫。もう怖くない。俺がついてる」


 彼女の背中を軽く叩き、落ち着かせる。

 でも、今は悠長にハルカをケアしている余裕はない。

 俺はハルカをすぐに離して、サリアを見た。


 サリアは落ち着いていた。

 極めて、冷静。

 全く子供らしくない。

 が、施設育ちの子供らしい感じはした。


 「サリアも、ケガないな」

 「うん、大丈夫」

 「よし。そしたら、俺と一緒に逃げるぞ」

 「・・・逃げるの?」

 「サリア、お前を狙って、処刑者がこの船に襲撃を仕掛けてきた。みんな命懸けで戦ってる。俺達を逃がすための時間を作ってくれてるんだ」

 「・・・おじさんも?」

 「そう、みんな、みんなだ」


 子供に聞かせるような話ではない。

 残酷なことだ。

 けど、それが世界だ。

 それが現実だ。

 教育に良くないから。

 そんなゆとりのある時代は、もう終わってしまった。

 だからせめて・・・俺はこんな混沌とした世界のことを、正直に伝えようと思う。

 喜びも、悲しみも、ありのままに。


 「・・・分かったよ」


 サリアは寂しそうに、ただ一言そう言った。

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