25 船の上で俺達は、平和な1日を過ごした
翌日。
俺達はゴーマ船長の船に乗り、ルルカスの港から出航していた。
快晴の光が、穏やかな波にキラキラと反射している。
船のマストに取り付けられた巨大な帆が、バサバサと爽快な風を受け止め推進力に変えていく。
さらに船のエンジンが始動し、進行速度が加速されていく。
時速60キロぐらいだ。
順調な航海と言える。
「こうして空域の汚染は、着々と進行するのであった」
「仕方ないだろ?人が生きていくなら、環境から何かを搾取することは必然だ」
海面を見ながらの俺のドライな呟きを拾ったのは、後ろから歩いてきたおっちゃん殿だった。
「自然と共存していくなんてな、自然の摂理を何も理解してない愚か者がいう言葉さ」
「分かってるよ。自然から何かを分捕らなきゃ、あっという間に死に絶えるのはこっちだ」
「そうそう。俺達はこの星から提供された空気や土地を汚染することでしか、生きられないからな」
数百年前。
人は環境汚染の抑制を行っていたらしい。
地球を守るために。
けど、それでも人が排出する”毒”の量を減らすだけで、完全に根絶させることは出来なかった。
当たり前だ。
ヒトという種、そのものが毒なのだから。
人は・・・美しくない。
人は食えるだけ食い、破壊を続ける。
人同士ですら、差別や偏見が絶えない。
頑張れる。
人と人は支えあえる。
それは確かにそうだろう。
だが、その言葉の真の意味を理解していない者が多すぎる。
頑張るとは、犠牲という悲劇があるから相対的に存在する行為だ。
支えあいとは、残酷な世界で培われる生存本能の発露だ。
だって、貧乏という現実がなければ、人は頑張って努力しようとはしないだろ?
ただ単純に頑張りましょう、協力しましょうと言う奴らは、凄惨に解体された死体や、少女のレイプ、自殺の瞬間といった、別に珍しくも何ともない残酷な光景を見たこともないのだろう。
頑張った末に、何の意味もなく死んでいった者達を見ていないから、簡単にそんなことが言えるのだ。
そうだ。
罪のない奴なんかいない。
便利な文明の中で生きている者は、等しくみな重罪だ。
この星を本当に救いたいなら、俺達は今すぐ文明的な生活を捨て、原始的な生活に退行するべきだろう。
それを知らずに、仕事が忙しい、生活が厳しいなんて言ってた時代が数百年前まで確かにあったのだ。
・・・愚かすぎる。
今の、俺達よりも。
そんな簡単なことも考えられないから、未来の時代の俺達に、前時代の人間はアホだという評価を下されるのだ。
「どっかの誰かが言ってたな。人工物もまた、自然の一部であるって」
「おっちゃん疑問だな。数百年かけても自然分解されることのない塩化ビニールや、猛毒のダイオキシンも自然の一部か?」
「塩化ビニールが作れるってことは、自然からそういった物質を作ることが可能だったってことの証明だろ?この世界で作れる物質は、もう”作れるというその時点で極めて自然的”なのさ」
自然と人工物は対義語じゃなくて、イコールだ。
だから文明の発展による星の滅びだって、自然的だと言える。
戦争で、誰かが死ぬことと同じように。
当たり前のことなのだ。
星は俺達を生かしてくれるが、俺達は星に決して相容れることはない。
ま、今の俺達にはどうでもいいことだ。
森林減少も、砂漠化も、資源浪費も。
来るべきところまで、俺達は来た。
後は、飛ぶだけだ。
別の星まで。
「なあ、おっちゃん」
「なんだ、悲観論者の若者よ」
「・・・否定はしないけどさ」
ちょっと突っかかったが、まあいいや。
「最近俺ニュース見てないんだけどさ、トーキョー区でやってる、テラフォーミングの実験ってもう終わったのかなぁ」
「まだだな。でも、後1年で終了だってよ。宇宙航空研究開発機構の会長さんが、つい最近発表したんだよ」
「・・・地球は人類のゆりかごである。しかし、人類はいつまでもこのゆりかごに留まってはいないだろう」
「コンスタンツィンの名言か。先見の明とは、まさにこのことだな」
「同感ですわ」
・・・珍しくおっちゃんと気が合うな。
「でもま、300歳を超えた会長さんが、今も現役で宇宙開発を続けているってのは凄いよなぁ。おっちゃんも見習いてえよ」
「・・・宇宙航空研究開発機構の会長って、誰だっけ?」
「あんちゃん、コンスタンツィンみたいな昔のロケット研究者を知ってるくせに、今の世界で1番有名な悪魔を知らないのかよ」
「生憎、ホームレスなもんですから」
大昔は、自分の国の総理大臣の名前すら言えない若者がかなりいたらしい。
しかも、金に恵まれた若者なのに、だ。
それに比べたら、まだ可愛いもんだろう?
「スーラン・ガープ会長だよ。この名前は常識問題でも出るから、覚えとけよ?」
「あんたは学校の先生かよ・・・」
「もしおっちゃんが先生だったら、保険体育の教師だな」
「ん、実技の体育じゃなくてか?」
「ああ。俺は性的な知識を、まだ未熟な女生徒に教え込むのが夢なんだ!」
「清々しい顔で言ってるけど、それただの変態じゃん!!」
「ノーノー!ノータッチロリボディ!!」
「あんたはセクハラって言葉の意味を知らないのか!!発言自体がもう変態でセクハラなんだよ!!」
「セクハラ?セクシーハラハラの略だろ?」
「もうあんたは勝手にハラハラしながらムラムラしてろよ・・・」
せっかくシリアスなムードを楽しんでいたのに、これじゃあ台無しだ。
おっちゃんの下ネタ発言に俺は辟易しながら、遥か彼方まで続いている水平線を眺めていた。
「ん?」
突然、俺の膝にツンツンと軽い感触を感じた。
見てみると、知的好奇心をランランと瞳に宿らせた、サリアがいた。
「どうした、サリア?」
「ねえねえ、お兄ちゃん何やってるの?」
「海を見ながら、隣のセクハラおじさんとお話してただけさ」
「セクハラってなあに?」
「おっちゃんが教えてあげよう!セクハラってのは、アクセク働く、ゴウハラなおじちゃんの略なんだよ?」
俺の言葉を遮って、おっちゃんは強引に嘘をでっち上げていく。
そんなにこの子の前では紳士でいたいか。
でも、業腹ってすんげえ腹が立ってるって意味だから、余計心象悪くしてないか?
「アクセク?ゴウハラ?」
ああ、そもそも言葉の意味が理解出来てないのか。
「またまたおっちゃんが教えてあげよう!アクセクは、汗くせえクロロの略で、ゴウハラは、ゴミとウ〇チみたいな犯罪ラッパーのクロロって略なんだよ!」
「違うぞ!?全力で俺が否定するぞ!?」
「おお?何をどう否定するってんだ?」
「まず汗くせえクロロって、何で略語の元の言葉に俺の名前が入ってるんだよ!!固有名詞が不自然すぎて、あんたの悪意が見え見えだわ!!いや、百歩譲ってそれだけならまだいいよ?だけど次のゴウハラの略し方が下手で無理矢理すぎる!!あんたどんだけ俺を貶めて自分の株を上げたいんだよ!!!」
「だって事実じゃん?」
「そういう風に堂々と嘘を吐けるおっちゃんが俺はうらやましいね」
「若いもんにはまだまだ負けんよ?」
いや、皮肉って気付けよ。
全力でドヤ顔なんてするなよ。
「サリア、全然意味が分からなかったんだけど・・・」
「いや、分かんなくていいよ。むしろ分かったらダメだ」
「おいおいあんちゃん。遅かれ早かれ、サリアちゃんはこういうブラックな知識を覚えちまうんだぜ?だったら今この場で、おっちゃんが教育してあげようじゃあないの!」
「どうせあんたは、保健体育を教えるつもりなんだろうが!!!」
「正しくは、大人の保健体育だな!!」
「・・・あんた、EDになっちゃえ(呪)」
俺なりにおっちゃんを呪ってみた。
そんな俺の後ろで、サリアがモゾモゾしながら、おっちゃんを見て、「おじさん、気持ち悪いよぉ」と言ったのだった。
「ガーン!!!おっちゃんショック!!!」
「ザマーミロ。サリアはやっぱりいい子だな」
俺はサリアの真っ白い頭を撫でてやる。
サリアは気持ち良さそうに、目をつぶりながら俺の腰に顔をうずめてくる。
顔が耳まで朱色に染まっていた。
きっと頭を撫でられるのが、恥ずかしいのだろう。
けど、気持ちいいからずっとこうしていたい。
そんなサリアの葛藤。
ああ、かわゆいなぁ。
そんな俺達のふれあいを、恨めしそうにおっちゃんは睨めつけていた。
「この船で不純異性交遊は禁止だぞい?」
「おっちゃんは不純異性交遊だって思い込みたいんだろうが、これはただの家族のふれあいだっつの!」
「家族のふれあいだぁ!?おっちゃんジェラシー感じちゃうぞい!」
「あんたにも妻と子供がいるんだろ?」
「妻と子供はアドムにいるわい!!」
「じゃあ黙ってジェラってろ」
俺はますますサリアが愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめる。
綿毛みたいにふわふわで純白のロングヘアーが、とても柔らかくて温かかった。
子供の体温って高いからな。
抱いてるとぽっかぽかになってくる。
どうだ、おっちゃん。
羨ましいだろう?
この小さくてかわいい女の子は、俺の家族なんだぜ?
見下す目で俺はおっちゃんを睨め付けた。
「おっちゃんジェラル民になっちゃいそうだいっ!」
「なんか合金のジュラルミンと間違えそうな造語だな。と言うかおっちゃん、キャラ崩壊してないか?」
「嫉妬で人格まで崩壊しそうなんだよ」
「大丈夫だ、安心しろ。変態でも中々そのレベルまで到達しないから」
おっちゃんは次第にダンゴムシみたいに横になって丸くなり、ブツブツと俺への呪詛を吐き出し始めた。
なんかアブナイ感じ・・・
ま、ほっとくか。
少女愛好家なんかを相手にしていたらキリがない。
「わあ!見て見て!!」
サリアが俺に抱き着きながら、海の向こうを指さす。
指の先を目で追うと、少し遠くに巨大な魔物の姿が見えた。
姿は亀そのもの。
甲羅の大きさだけでも、軽く30メートルは超えている。
シロナガスクジラとタメを張れる大きさだ。
巨大な海亀の魔物・・・アーケロンタイプとギルドに呼ばれている魔物だった。
それにしても、すげえ大きさだな。
遠目から見てると、小さな島に思えなくもない。
あれが巨大な亀だと認識出来るのは、頭部と足が大きな波を起こしながら動いているからだ。
「あれって安全なの?」
「おっちゃんが解説しよう!あの魔物はアーケロンタイプと呼ばれていて、性格はとっても温厚なんだよ」
「いつの間にか復活してたんだな・・・」
傷心のゴーマ船長はどこへやら。
全くいつも通りのおっちゃんなのであった。
質問するサリアに、魔物について教える気満々なおっちゃん。
これはこれで微笑ましい光景と思えなくもない。
まあ、おっちゃんから変態成分を嗅ぎ取ったら、俺がまた言葉で心を潰してやるが・・・
「魔物なのに、やさしいの?」
「それが違うんだな。あの亀は、自分より大きい獲物しか狙わないんだ。小さな生き物にはまるで興味がないんだよ」
「え?あれより大きな魔物っているの?」
「いるんだよ、これが。おっちゃんが海で見た中で1番大きかったのは、クラーケンタイプの魔物で、あそこの亀より2倍は大きかったな」
「すごいね!そんなに大きいんだ!」
「あの時は、流石のおっちゃんもいつパクッと食べられるか分からなくて、気が気じゃなかったなぁ!ガハハハ!」
懐かしみ、それを笑って話すおっちゃん。
少し荒っぽいが、まあ先生と言えなくもない・・・か?
ちょっとした温かい時間。
ぬるま湯に浸かるようで、俺の頭が緩んでいたのかは分からない。
だが、たった今俺は、ちょっとした違和感に気付いたのだ。
「なあ、サリア。ハルカはどこにいるか分かるか?」
「お姉ちゃんなら、自分の部屋で気持ち悪そうにしながら寝てたよ?」
「・・・やべ」
ついうっかり忘れていた。
俺、ハルカが船酔いでダウンしているところを看病中だったんだっけ。
ハルカが汗で気持ち悪いとか言って着替えるものだから、俺は部屋を出て。
ただ待つのも暇だからと、俺は甲板で海を見ながらセンチメンタルな気分に浸り。
そして後ろからおっちゃんがやってきて、今に至る。
わあ~ハルカさん、相当ご立腹だろうなぁ~
ちょっと他人事みたいな感覚で、現実逃避しそうな俺であった。
「なんかね、ハルカお姉ちゃんがね、『クロロ如きがこの私をここまで待たせるとは・・・これは潰すしかないですねぇ』ってゲボボボ言いながら呟いてたよ?」
ナ、ナニを潰すんすか?
何がナニかは、大体予想出来る。
俺のナニだ。
「ご、ごめん!俺、ちょっと用事を思い出した!!」
そう言って俺は揺れる船の上でダッシュした。
ハルカの部屋まで。
結果。
ハルカはやはりご立腹で、俺のビーチクを爪で潰そうとしたのだった。
・・・そこかい!!
俺はそうツッコミを入れたのであった。
そんなどうでもいいような、代替えの出来ない素晴らしい価値があるような。
そういうものを内包した、平和な1日なのだった。




