3 謁見の場 ––– 王視点
今日は、実に喜ばしい日だ。
あの魔王を討ち果たした勇者一行が、ついに王都へ帰還したのだ。平和を享受してきたこの国が魔王などという存在に脅かされるとは、まして余の治世にこれほどの危機が訪れるとは、正直なところ想像もしていなかった。
各地から届く報告は日を追うごとに深刻になり、魔物による被害だけでなく、瘴気によって人の住めなくなった土地まで現れた。一時は軍を大規模に動かすことも検討されたが、兵の数を揃えたところで、濃い瘴気の中ではまともに戦うことさえできないという。
その危機を救ったのが、勇者とその仲間たちだった。
出立から、およそ1年。昨日届いた知らせによれば、魔王は滅び、瘴気は解消され、一行は全員無事だという。
なんとも喜ばしい。本当によくやってくれた。
ここはやはり、余自ら彼らに言葉をかけてやらねばなるまい。もちろん褒賞も必要だ。国を救った英雄たちなのだから、金貨だけを渡して終わりというわけにはいかない。功績にふさわしい地位を与え、この先の生活にも何ひとつ不自由がないよう取り計らってやるべきだろう。特に勇者には、十分なものを用意せねばならない。魔王をその手で討ち果たした男だ。名誉も、財も、地位も、余が国王としてその功績に報いてやらねば。
さぞ喜ぶことであろう。
◇
謁見は、一行が王都へ到着した翌朝に行うことになった。
長旅を終えたばかりの者たちに、土埃にまみれたまま報告をさせるほど余も無粋ではない。まずは湯を使わせ、腹を満たし、ゆっくりと休ませるよう命じた。特に食事については、十分な量を用意するよう念を押しておいた。
庶民ばかりの一団だったと聞く。温かな湯と柔らかな寝台、十分な食事を用意させたのだから、さぞ満ち足りたことであろう。長い旅の終わりに王宮でもてなされたとなれば、それもまたよい思い出になるはずだ。
そうして一夜が明け、支度が整ったとの知らせを受けて、余は謁見の間へ向かった。大扉の前には近衛兵が左右に立ち、余が近づくと揃って槍を立てる。侍従が一礼し、重い扉がゆっくりと開いた。高い天井から差し込む朝の光が、磨き上げられた床へ長く伸びている。
その先に、勇者一行がいた。ひとりがわずかに前へ出て、その後ろに5人。全員が膝をつき、頭を垂れて余の到着を待っている。
そうか。6人だったな。思ったよりも少ない。わずか6人で魔王のもとまで辿り着いたのだから、大したものだ。
本来ならば、王国の近衛騎士団をはじめとする精鋭たちに活躍してほしかったという思いはある。実際、当初は騎士団を向かわせたのだ。だが、魔王の放つ瘴気を前にしては、訓練を積んだ騎士であろうと満足に身体を動かすことさえできなかった。大軍で進もうとすれば被害ばかりが増え、そのうえ騎士団には貴族の子弟も多い。犠牲が増えるにつれ、これ以上の派遣に反対する声まで上がり始めた。
まったく、あの頃は頭の痛いことばかりであった。
そんな中、聖女を含む少数の一行であれば、瘴気を浄化しながら進むことができるとの話が持ち上がった。そして最も瘴気の濃い場所には勇者がひとりで踏み込み、聖剣によって魔王を討ったと報告を受けている。
結果としては、文句のつけようもない。今ここにいる6人こそ、まさにこの国の救世主なのだ。余はゆっくりと玉座へ向かう。左右には今日のために集められた諸侯や高官たちが並び、その間を抜けていく途中、何人もの視線が勇者たちへ注がれているのが分かった。
皆、興味があるのであろう。
そういえば、余もこうして彼ら全員をしっかりと目にするのは初めてかもしれぬ。出立前にも何かの折に顔を見たような気はするが、あの頃は魔王への対応について軍部や神殿から連日のように報告が上がっていた。誰がどのような顔をしていたかまでは、さすがに覚えておらぬ。
歩みを止めぬまま隣へ目をやると、察した宰相が手元の資料をわずかに持ち上げた。うむ。それがあれば問題ない。玉座へ腰を下ろす。
「面を上げよ」
声を掛けると、6人が揃って顔を上げた。
最初に目についたのは、やはり先頭にいる勇者だ。背はそれなりに高く、身体もよく鍛えられている。顔立ちも悪くない。昨日は王都へ入っただけでかなりの騒ぎになったと聞いているが、なるほど、民衆にも人気が出そうだ。
その後ろ、端にいるのは聖女だろう。白を基調とした神殿の衣装を身につけ、長い髪も美しく整えられている。緊張していないわけではなさそうだが、それを表に出すまいとしているのだろう。顎を引き、背筋を伸ばしてこちらを向いている。ほう。なかなか美しい娘ではないか。
聖女の隣には、対照的な大男がいる。肩幅が広く、腕も太い。こちらで用意させた正装を着ているはずなのだが、服のほうが窮屈そうに見える。資料へ目を落とす。斧使い。なるほど。いかにも、という体つきだ。これほどの男なら、王都へ残して騎士団へ入れるのもよいかもしれぬ。魔王討伐に加わったとなれば腕も確かだろうし、騎士たちにもよい刺激になるだろう。
その隣の小柄な娘が、魔法使いらしい。……ずいぶん幼く見えるな。もう一度資料を見る。うむ。成人しておる。ならばよい。
その隣にいるのが弓使いか。不自然なほど背筋を伸ばしている。余を見たかと思えばすぐに視線を落とし、しばらくするとまたこちらを向く。緊張しておるのだろう。無理もない。
端の男は斥候か。これといって目を引く風貌ではない。ほかの者たちほど緊張している様子もなく、静かにこちらを見ている。
改めて、先頭の勇者へ視線を戻した。ほかの5人と比べても、妙に落ち着いている。王宮へ来ることなど初めてであろうに、辺りをきょろきょろ見回すでもなく、かといって萎縮しているようにも見えない。ただ余の言葉を待っている。
なるほど。
これが、魔王を倒した者たちか。
皆、長旅の疲れは残っているだろうが、顔色は悪くない。一晩休ませたのは正解だったようだ。
「皆の働き、大儀であった。そなたらの働きにより魔王は討たれ、我が国のみならず、周辺諸国をも脅かしていた瘴気は消えた。余は国王として、そしてこの国に生きるひとりとして、そなたらに心より感謝する」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
勇者がそう答え、再び頭を下げた。作法も問題ないではないか。頷いてみせた。
「此度の働きには、当然ながら相応の褒賞をもって報いるつもりである。まず一行には、魔王討伐の功績に対する報奨金を授与する」
金額を告げると、静まり返っていた謁見の間に低いどよめきが広がった。
当然だ。魔王討伐など前例がない以上、褒賞にも明確な基準など存在しない。それでも国を救った者たちへ渡す金額なのだからと、かなり思い切った額を用意させた。貴族にとっても驚くほどの金額だろう。左右に並ぶ諸侯がざわめき、勇者の後ろにいる5人も互いに顔を見合わせている。遠目にも、驚いていることくらいは分かる。
ただひとり、勇者だけはほとんど動かなかった。
……あれ?
聞こえなかったわけではあるまい。もう一度告げるほどのことでもないので、そのまま様子を見る。しかし、やはり特に反応はない。
まさか、期待外れだったのか?命を懸けて魔王を倒した男だ。ただ金を積まれただけでは、自らの功績に見合わぬと考えるのも分からなくはない。
まあよい。これがすべてではない。
「そして勇者よ。そなたには、さらに特別な褒賞を考えておる」
今度は勇者がこちらを向いた。
ほう。やはり興味はあるらしい。
「そなたの功績にふさわしい爵位と、領地を与えよう」
今度こそ、大きなどよめきが起こった。諸侯の間から押し殺した声が漏れ、後ろに並ぶ仲間たちにもわずかな動きがある。何人かが勇者のほうへ顔を向けた。庶民が一代で爵位を得るだけでも異例なのだ。まして領地までとなれば、この男の人生は今日を境に一変する。
勇者もさすがに驚いたらしい。
「……爵位と領地を、僕にですか?」
安心させるために大きく頷いてみせる。さあ、今度こそ喜んだ顔が見られるかと思ったが、勇者はまだ戸惑っているようだ。突然のことで、まだ自分が何を与えられようとしているのか実感が湧かぬのかもしれぬ。
まあよい。具体的に告げてやろうと口を開いたとき、
「ありがとうございます。でも、申し訳ございませんが辞退させてください」
謁見の間が静まり返った。




