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元勇者は帰宅したい ――魔王を倒したから、もうよくないですか?  作者: ロケマロ


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10/11

10 翌夜 ––––– 聖女セシリア視点


 気づけば、ルカがいなかった。


 夜会はまだ終わっていない。楽団は演奏を続けているし、広間ではあちらこちらで笑い声が上がっている。魔王を倒した勇者一行の帰還を祝う宴なのだから、今夜はまだまだ続くのだろう。

 その主役がいなくなっていることに気づいたのは、たぶん私くらい。

 嫌な予感がした。広間を出て、王宮の玄関へ続く廊下を急ぐ。


 いた。


 今日の主役だったはずの男が、通用口で旅用のブーツの紐を締め直している。夜会用の上着はもう脱いで、見慣れた旅装に着替えていた。荷物もまとめてある。準備は万端らしい。

 こちらの気配に気づいたのか、ルカが振り返って笑った。

「帰るの?」

「うん」

 やっぱり。驚くより先に、そう思った。


 夕方、国王と宰相のところから戻ってきたルカは、「帰っていいって」と言っていた。それでも夜会には出ていたから、いつ帰るつもりなんだろうとは思っていたけれど。

「今から?」

「門が閉まる前に出たいから」

「みんなには?」

「シドには言ったかな。ちょうど話してたから」

 ブーツの紐を結び終えると、ルカはすっくと立ち上がった。

 迷いがない。憎らしい。


「どうやって帰るの?」

「馬。シドが手配してくれてさ」

 ルカの胸元には、今日も青い石が下がっている。旅の途中、何度あれを見ただろう。皆から少し離れたところで、ルカが胸元から取り出して眺めていた青い石。

 最初に見たとき、一瞬だけ、私の瞳と同じ色だ、なんて思った。私の瞳は緑なのに。笑っちゃう。

 婚約者がいることは、かなり早い段階から知った。それでもどこかで思っていたのだ。長い旅で、毎日一緒にいて、命懸けで戦っていたら、そのうち私のほうを見てくれるかもしれない。というより、そうなると思っていた。でも、そうはならなかった。


 今なら分かる。私が近づこうとすると、誰かを呼ぶ。2人きりになりそうになると、いつの間にかダリクやエリオがいる。夜番を一緒にしようとすれば、なぜかシドと交代している。

 気づいてたのかしら。私が狙ってるって。


 ……ムカつく。

「何か怒ってる?」

「別に」

「そっか」

 こんな人のどこがよかったんだろう。真面目なだけで面白みはないし、変なところで頑固だし、なんだかわけの分からない人。私には合わない。絶対に合わない。


 ――ああ。そっか。

 私、この人のこと、ちゃんと好きだったんだ。なんか悔しい。好きになってもらえなかったことが。私じゃなくて、ずっと遠くにいる誰かのところへ、こんなに嬉しそうに帰ろうとしていることが。

 なんてね。


 私は聖女セシリアだ。魔王の瘴気を祓いながら、あんなところまで行って帰ってきたのだ。男1人に振られたくらいで、うつむいてたまるものか。

「じゃあ、行くね。元気で」

 ルカが言った。そして、この旅で見た中でも一番なんじゃないかと思うほど、いい笑顔をした。

 腹が立った。本当に、心から腹が立った。

 だから私は顎を上げた。精一杯偉そうに、上から見下ろすようにルカを睨む。

「じゃあね」

 絶対に後悔させてやる。私を選ばなかったことを。もっと綺麗になって、今度会ったときには驚かせてやる。見る目のなさを嘆くがいい。

「セシリア」

「何よ」

「ありがとう。君がいてくれて、本当によかった」


 一瞬だけ、言葉に詰まった。最後にそれを言うのは、ずるい。

「……当たり前でしょ。誰があんたの瘴気を祓い続けたと思ってるのよ」

「うん」

 ルカが笑うから、仕方なく笑ってあげた。


「早く行きなさいよ。待ってるんでしょ」

「うん」

 その返事だけは、本当に早い。ルカは軽く手を上げ、そのまま通用口の向こうへ消えていった。たぶん、シドが用意した馬のところへ向かったのだろう。

 その背中が見えなくなるまで見送ってから、私は大きく息を吐いた。



 なんだか、終わったんだって改めて思った。

 魔王との戦いも。長かった旅も。私の、ちょっとした恋も。


 さて。

 夜会はまだ終わっていない。王都中から、これでもかというほど人が集まっている。

 勇者には見る目がなかったけれど、世の中の男が全員そうとは限らない。


「さあ、いい相手でも探しに行こうかな」


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