第八話 茜色の公園
〈目次〉
・第一節 追い討ち
・第二節 奇襲攻撃
・第三節 茜さす
〜前回のあらすじ〜
気分転換のため、お散歩がてら公園に行く四人。公園に着くと、そこには結衣の親友茜がいた。結衣と茜は出会うや否や、女のマウント合戦を始める。最初は茜に有利に展開していたが、果歩のアシストもあり結衣は反撃に転じる。
〜登場人物〜
・山崎結衣(19歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長女。意義人の姉。国立白鳥大学文学部1年生。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。
・山崎意義人(17歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長男で、結衣の弟。高校2年生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。
・山崎弘(45歳)
山崎義郎・文枝夫妻の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。
・山崎美佐子(42歳)
田辺寛夫・優美子夫妻の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。
・山崎百合奈(18歳)
山崎龍(弘の弟)の後妻。16歳の時、龍と結婚して果歩を産んだ。果歩の出産と育児で疲労しており、大学で青春を謳歌する結衣に羨望の眼差しを向けている。
・山崎果歩(2歳)
山崎龍と百合奈の娘で、結衣の従妹にあたる。幼稚園児。可愛がってくれる魅力的な従姉の結衣にいつも懐いている。
・山田茜(大学1年生)
結衣の高校時代からの親友。髪型は黒いショートヘアで、生意気な顔をしている。悪戯好きな性格。
第一節 追い討ち
果歩は、茜の反論には耳を傾けず、結衣の胸元にちょこんと顔を近づけた。そして、まるで結衣の豊かな胸と茜の平坦な胸を比較するように、茜をじっと見つめた後、とどめの一言を放った。
果歩「私、あかねちゃんみたいになりたくない!」
その言葉は、まさに茜の心臓をぶち抜く一撃だった。茜は、まるで雷に打たれたかのように、動きを止めた。顔は、先ほどよりもさらに赤くなり、怒りとも恥ずかしさともつかない表情で、果歩と結衣を交互に睨みつける。
茜「か、果歩ちゃん、そ、それは、ちょっと…お、お姉さん、傷ついちゃう…」
茜は、しどろもどろになりながら、両手で自分の胸元を隠すように抱きしめた。結衣は、果歩の無邪気な一言に、笑いをこらえるのが必死だった。肩を震わせ、砂山に顔を埋めるようにして、声を出さないように耐えている。
結衣「ご、ごめん…茜…。果歩ちゃんは、まだ、小さいから…」
結衣は、何とか謝罪の言葉を口にしたが、その声には、隠しきれない笑い声が混じっていた。茜は、結衣のその態度に、さらに苛立ちを募らせる。
茜「結衣!あんた、本当に楽しんでるでしょ!うちのこと、バカにしてるでしょ!」
茜は、砂まみれの手で、結衣の腕をバシバシと叩いた。しかし、結衣はまだ笑いが止まらない。果歩は、そんな茜と結衣のやり取りを見て、なぜか得意げな顔をしている。自分の言った言葉が、こんなにも大人たちを面白がらせるとは思っていないのだろう。
百合奈は、そんな三人の様子を微笑ましそうに見守っていた。美佐子は、もう笑いをこらえきれずに、ベンチで声を上げて笑っている。夕暮れの公園に、子供と大人の、様々な笑い声が響き渡っていた。茜にとっては、屈辱的な一幕だったかもしれないが、結衣にとっては、最高の仕返しとなった瞬間だった。
茜「で、でも食いしん坊の結衣と違って、うち少食だもん!」
茜は、なおも悔しそうに抵抗する。必死に反論しようと、震える声で絞り出した言葉は、結衣の食欲に関するものだった。茜は確かに華奢で、体重も結衣よりかなり軽い。一方、結衣は食欲旺盛で、そのことを少し気にしている部分もある。
茜の言葉に、結衣は一瞬「うっ…」と、たじろいだ。図星を指されたように、言葉に詰まる。しかし、先ほどの果歩の完璧なアシストが、結衣の背中を強く押していた。この流れは、絶対に譲れない。結衣は、一瞬の動揺を隠し、ニヤリと口角を上げた。その顔は、まさに女性が持つ、勝ち誇ったような表情だった。
結衣「あら、茜、何を言ってるの?たくさん食べて、ちゃんと栄養摂らないと、成長するものも成長しないわよ?」
結衣は、わざとらしく自分の胸元を強調するように腕を組み、茜に向かって挑発的な視線を送った。その言葉には、先ほどの茜の「食いしん坊」発言に対する、完璧なカウンターが込められていた。茜は、結衣のその言葉に、再び顔を真っ赤にする。
茜「なっ…!結衣!あんた、本当に性格悪いっ!」
茜は、もう反論の言葉も見つからず、ただ悔しそうに結衣を睨みつけることしかできなかった。結衣は、そんな茜の様子を見て、満足げに微笑む。果歩は、何も分からず、ただ二人のやり取りを面白そうに見上げている。
砂場には、再び笑い声が響き渡った。結衣は、果歩の無邪気な一言のおかげで、茜のからかいに完勝することができそうだ。夕暮れの公園で、女子たちの、少し意地悪だけど、どこか可愛らしい攻防は、まだしばらく続きそうだった。美佐子と百合奈は、そんな二人の様子を優しい眼差しで見守りながら、楽しそうに談笑している。公園全体が、幸せな空気で満たされているようだった。
第二節 奇襲攻撃
「グウゥ〜」
勝利の余韻に浸っていた結衣と、悔しさに顔を歪める茜。その均衡を破るように、突然、茜のポケットから、あの猛獣の唸り声のような音が鳴り響いた。それは、まさしく結衣のハプニングの瞬間を録音した、茜のスマホの着信音だった。
結衣は、一瞬にして固まった。さっきまでの勝ち誇った顔はどこへやら、みるみるうちに青ざめていく。茜もまた、予想外のタイミングで鳴り出した自分の着信音に、ギョッとした表情でポケットからスマホを取り出した。
茜「あ、やべっ!」
茜は、慌てて着信を切ろうとしたが、時すでに遅し。美佐子と百合奈は、何を言っているのか分からず、きょとんとしていた顔から、一瞬にして何が起こったのかを察したように、吹き出してしまった。果歩は、目を輝かせながら、結衣のお腹と茜のスマホを交互に指差す。
果歩「ライオンさん!ほんとだ!」
果歩の無邪気な声が、結衣の羞恥心をさらに煽る。結衣は、顔を両手で覆い、砂場にうずくまってしまった。まさか、こんな形で、自分が放ったブーメランが自分に返ってくるとは思ってもみなかっただろう。
結衣「あ、あか、茜ぃぃぃ!!!」
結衣の叫び声が、夕暮れの公園に響き渡る。茜は、バツが悪そうに笑いながら、結衣の背中をポンポンと叩いた。
茜「ごめんごめん!まさかこのタイミングで電話かかってくるとは思わなくて!しかも着信音、変えるの忘れてた!」
茜は、形ばかりの謝罪を口にしながらも、その表情には隠しきれない笑みが浮かんでいた。美佐子と百合奈は、涙を流しながら笑っている。夕暮れの公園は、猛獣の唸り声と、それを上回るほどの女性たちの笑い声で満たされていた。結衣にとっては、今日一番の屈辱的な瞬間だったが、この出来事は、きっと彼女たちにとって、忘れられない思い出となることだろう。そして、茜と結衣の攻防は、まだまだ終わりそうにない。
第三節 茜さす
茜は、結衣との攻防で最後に少し挽回できたことに、心底満足しているようだった。満面の笑みを浮かべ、砂場で遊んでいた果歩に向かって手を振る。
茜「まったねー!果歩ちゃんもまた遊ぼ!」
果歩も、茜に向かって小さな手を振り返す。茜は、美佐子と百合奈にも軽く会釈をして、公園の出口へと向かっていった。その足取りは、どこか軽やかで、スキップでもしそうな勢いだ。
茜が公園から姿を消すと、結衣は深いため息をついた。まだ顔は少し赤いが、先ほどまでの絶望的な表情は和らいでいる。
結衣「もう、茜ったら…本当にあの着信音、やめてほしい…」
ブツブツと文句を言いながらも、結衣の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。美佐子は、そんな結衣の様子を面白そうに見守りながら、立ち上がった。
美佐子「さ、私達も帰りましょうか。もう随分と冷えてきたし、果歩ちゃんもそろそろお腹が空いたでしょう。」
美佐子の言葉に、果歩は「お腹すいたー!」と元気いっぱいに返事をした。百合奈は、果歩の手を取り、結衣は砂場の道具を片付け始める。
四人は、再び肩を並べて、結衣の家へと歩き出した。夕焼けに染まる空の下、公園での出来事を思い出し、時折、くすくすと笑い声が漏れる。結衣は、もう一度深呼吸をして、先ほどの羞恥心を振り払うように頭を振った。茜との攻防は、確かに不意打ちを食らった形になったが、こんな風に気の置けない友達と笑い合える時間は、何物にも代えがたい。
家に着くと、美佐子は早速夕食の準備に取り掛かり、百合奈は果歩の手洗いと着替えを手伝った。結衣は、リビングで果歩に絵本を読み聞かせながら、今日の出来事を思い出していた。茜のからかいはいつもエスカレートするけれど、それも彼女なりの愛情表現なのだろう。そう思うと、少しだけ温かい気持ちになった。温かい夕食の匂いが、家中に広がり始める。家族と友達に囲まれた、賑やかな夜が始まろうとしていた。
『山崎結衣の憂鬱』第九話につづく




