第六話 家族の形
〈目次〉
・第一節 愚痴
・第二節 果歩の絵
・第三節 家族の闇
〜前回のあらすじ〜
結衣の家に遊びに来た百合奈と果歩。リビングは美佐子・結衣・百合奈・果歩の女性四人の華やかな空間となった。リビングは、結衣の大学生活の話や果歩の好奇心で賑わう。百合奈は、結衣の友人とのエピソードと、自分を比較して少し孤独を感じてしまうが、結衣と美佐子の優しい手に慰められた。
〜登場人物〜
・山崎結衣(19歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長女。意義人の姉。文学部の女子大生。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。
・山崎意義人(17歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長男で、結衣の弟。男子高校生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。
・山崎弘(45歳)
山崎義郎・文枝夫妻の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。
・山崎美佐子(42歳)
田辺寛夫・優美子夫妻の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。
・山崎百合奈(18歳)
山崎龍(弘の弟)の後妻。16歳の時、龍と結婚して果歩を産んだ。果歩の出産と育児で疲労しており、大学で青春を謳歌する結衣に羨望の眼差しを向けている。
・山崎果歩(2歳)
山崎龍と百合奈の娘で、結衣の従妹にあたる。幼稚園児。可愛がってくれる魅力的な従姉の結衣にいつも懐いている。
第一節 愚痴
リビングで昼食を食べる四人。テーブルには、美佐子が作った彩り豊かな手料理が並んでいる。その中でも、ひときわ目を引くのは、結衣のご飯の量だ。茶碗に山盛りになったご飯は、他の三人の倍近くあるように見える。
百合奈「結衣ちゃん、ご飯すごい量だね!そんなに食べられるの?」
百合奈は、驚いたような顔で結衣のご飯を見つめた。結衣は、そんな百合奈の視線も気にせず、もぐもぐと口いっぱいにご飯を頬張っている。
結衣「うん!今日はお腹ペコペコだから!お母さんのご飯、美味しいからいくらでも食べられちゃう!」
結衣は、満面の笑みで答えた。隣では、果歩が結衣の食べっぷりに目を丸くしている。
果歩「ゆいちゃーん、いっぱい食べるね!」
美佐子「ふふ、結衣は昔からよく食べるのよ。特に、お外でたくさん遊んだ日とか、頭を使った日とかは、すごいのよ。」
美佐子は、嬉しそうに結衣を見つめる。結衣は、美佐子の言葉に「そんなことないよ〜」と首を振りながらも、箸を休めることなくご飯を口に運んでいる。
結衣「だって、今日だって、課題で頭使って、お母さんと喋って、百合奈ちゃんと果歩ちゃんと遊んで…って、すごくカロリー消費したんだもん!これくらい食べないと、もたないよ!」
結衣は、冗談めかしてそう言った。百合奈は、結衣のその言葉に、またクスッと笑った。
百合奈「確かに、結衣ちゃんは毎日忙しそうだもんね。でも、そんなに食べて、スタイル維持できるのがすごいよ。」
百合奈は、結衣のすらりとした体型を見て、感心したように言った。結衣は、少し照れながらも、得意げな表情を浮かべる。
結衣「えへへ。まあ、一応バレーボールやってたし、運動はしてるからね。それに、いっぱい食べる分、しっかり動くようにしてるんだ。」
結衣は、そう言って、また一口ご飯を頬張った。リビングは、女性たちの賑やかな会話と、食欲をそそる料理の香りで満たされていた。食卓を囲む四人の女性たちの笑顔は、家族の温かさを感じさせる、穏やかな昼食の風景だった。
四人は、昼食を食べ終える。美佐子が淹れてくれた温かい食後のコーヒーを飲みながら、美佐子と百合奈はそのままテーブルの椅子に座って、話に花を咲かせている。話題は、育児の苦労や、夫の愚痴へと移っているようだ。百合奈にとって弘は義兄にあたる。二人の話は、共通の話題も多く、尽きることがない。
百合奈「龍さん、本当に子供みたいで…。果歩が熱を出した時も、あたふたするばかりで全然役に立たないんですよ。結局、私が全部やっちゃって…」
美佐子「あらあら、男の人って、いくつになってもそうなのよね。うちの夫もそうよ。ちょっと熱が出ただけで、大袈裟に騒ぎ立てて、私が看病しなきゃいけないんだから。」
二人の話は、夫への愚痴と、それでも憎めない夫への愛情が入り混じった、女性同士ならではの共感と理解に満ちている。
第二節 果歩の絵
美佐子と百合奈が夫や育児の話題で盛り上がる一方、結衣と果歩は、リビングの床で一緒に人形遊びをしている。果歩が持ってきた可愛らしい動物のぬいぐるみたちが、結衣の手によって生き生きと動き出す。
結衣「わぁ〜!ゾウさん、お腹空いたの?よしよし、お姉ちゃんが美味しいご飯作ってあげるね!」
結衣は、ゾウのぬいぐるみに向かって優しい声で話しかけ、ミニチュアのお皿におままごとのご飯をよそってあげる。果歩は、結衣の遊び方に目を輝かせながら、隣で真似っこをしている。
果歩「パンダさんも、お腹すいた!」
結衣「うんうん!パンダさんもだね!じゃあ、この美味しい葉っぱ、どうぞ!」
結衣は、果歩が持ってきたパンダのぬいぐるみに、緑色のフェルトで作られた葉っぱを差し出した。果歩は、それを見てケラケラと笑う。結衣と果歩の間には、穏やかで温かい空気が流れている。美佐子と百合奈の会話は、時折笑い声に変わり、リビング全体が女性たちの優しい雰囲気に包まれている。
果歩は、一心不乱に遊びに興じていたが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
果歩「ゆいちゃーん!みてみて!私のゆいちゃん!」
果歩は、興奮した様子でそう叫ぶと、リビングに置いてあった幼稚園のバッグに駆け寄った。ゴソゴソと中を探り、取り出したのは、一枚の画用紙だ。その画用紙には、果歩がクレヨンで一生懸命描いたと思われる、青いワンピースを着た女性がいる。髪の毛は長く、結衣によく似ている。
結衣「わぁ、果歩ちゃん!これ、私なの!?」
結衣は、果歩が差し出した絵を受け取ると、目を丸くして驚いた。青いワンピースは、まさしく今日自分が着ているものとそっくりだ。そして、特徴的な長い髪も。
果歩「うん!ゆいちゃんだよ!かわいいでしょ?」
果歩は、得意げに胸を張った。結衣は、その絵をじっと見つめ、思わず顔がほころんだ。子供が描いた絵とは思えないほど、結衣の特徴を捉えている。何よりも、果歩が結衣のことをどれだけ慕っているかが伝わってくる絵だった。
結衣「うん!可愛い!とっても可愛いよ、果歩ちゃん!ありがとう!」
結衣は、果歩を抱きしめ、頬にキスをした。果歩も嬉しそうに結衣に抱きつく。
テーブルで話していた美佐子と百合奈も、果歩の絵に気がつき、笑顔で近づいてきた。
百合奈「あら、果歩!結衣ちゃんを描いたのね!とっても上手よ!」
美佐子「本当ね。結衣の特徴をよく捉えているわ。青いワンピースに、長い髪。結衣、果歩ちゃんに愛されているのね。」
美佐子は、そう言って結衣と果歩を優しい眼差しで見つめた。結衣は、果歩の純粋な愛情が込められた絵と、家族の温かい言葉に、胸がいっぱいになった。普段、意義人とは喧嘩ばかりしているけれど、こんな風に慕ってくれる家族がいることの幸せを、改めて実感した。結衣は、この絵を大切にしようと心に誓った。そして、いつか、意義人にも昔のように自分のことを思ってくれる日が来たらいいのに、と、少しだけ切ない気持ちになった。
第三節 家族の闇
リビングの床では、結衣と果歩が無邪気に人形遊びを続けている。果歩の笑顔が弾けるたびに、結衣も自然と笑顔になる。その光景は、まるで絵本の世界から飛び出してきたかのようだ。
一方、テーブルに戻った美佐子と百合奈は、再び話し始めた。百合奈は、自分と歳の近い結衣よりも、やはり自分と同じく母親である美佐子の方が共感できる部分が多いようだ。子育ての悩みや、夫への不満など、共通の話題は尽きない。
百合奈「結衣ちゃんも、ああやって果歩と遊んでくれると助かるんですけどね。私一人だと、なかなか目が離せなくて…龍さんも仕事が忙しいから、家ではほとんど寝てるか、疲れてるか…」
美佐子「そうよね。男の人って、子供が生まれても、どこか客観的というか、外の世界との繋がりを優先しがちよね。もちろん、仕事があるから仕方ないんだけど…」
百合奈の表情に、微かな陰りが差した。そして、少し間を置いて、百合奈はゆっくりと話し始めた。
百合奈「私、父親の顔、知らないんですよ。母が16の時私を産んで、すぐに別れたから。だから、物心ついた頃には、母と二人きりでした。母は、私が寂しい思いをしないようにって、本当に必死に働いてくれたんですけど…やっぱり、父親がいないって、どこか心の片隅に穴が空いてるみたいで。」
百合奈の言葉に、美佐子は静かに耳を傾ける。百合奈が20歳以上歳の離れた夫の龍と結婚したのは、父親の愛情が欲しかったという理由もあったのかもしれない。美佐子には、百合奈の心情が痛いほど理解できた。自分だけが百合奈に悲しい話をさせるのは申し訳ない。美佐子は、意を決して、自身の抱える過去を話し始めた。
美佐子「百合奈ちゃん…そうだったのね。私、百合奈ちゃんのそんな辛い経験も知らずに…ごめんなさい。でもね、私も、実は、弟と妹とは、もう何年も連絡を取っていないの。絶縁状態なのよ。」
美佐子は、そう言って、遠い目をした。その表情は、深い悲しみと、諦めが入り混じっていた。
美佐子「私、弟と妹が可愛くて仕方なかったの。でも、私が結婚して、山崎家に来てから…少しずつ、すれ違うようになってしまって。ほんの些細な喧嘩が、積もり積もって、もう取り返しのつかないことになってしまったの。私から連絡しても、向こうからは何の音沙汰もなくて。もう何年も、彼らの声を聞いていないわ。」
美佐子は、言葉を選びながら、ゆっくりと語った。その声は、震えていた。美佐子にとって、それは決して癒えることのない傷なのだ。
美佐子「結衣や意義人が、仲良くしているのを見ると、本当に羨ましくて、同時に、胸が締め付けられるような気持ちになるのよ。私の子供達には、こんな思いをさせたくないって、強く思うわ。」
美佐子は、そう言って、テーブルの上の自分の手をじっと見つめた。百合奈は、美佐子の話に、静かに涙を流していた。歳の離れた二人の女性の間には、言葉にならない深い共感が生まれていた。それぞれの抱える家族の複雑な事情が、二人の心をそっと繋ぎ合わせていた。
美佐子「ごめんなさい、こんな暗い話をしてしまって。せっかく百合奈ちゃんが来てくれたのに。」
美佐子は、百合奈の顔を覗き込み、申し訳なさそうに言った。
百合奈「いえ、そんな…美佐子さんの気持ち、少しは分かったような気がします。私も、いつか、龍さんと、そして果歩とも、すれ違う日が来るのかなって、時々不安になるんです。だから、美佐子さんの話を聞いて、もっとちゃんと、家族と向き合わないといけないなって思いました。」
百合奈は、そう言って、涙を拭った。二人の間には、言葉以上の理解が流れている。
(美佐子の兄弟には、弟妹の他に兄の修司がいる。修司とは今でも仲良しで、親しく付き合っている。しかし、今は百合奈がいる手前、その話はできなかった。百合奈に、自分だけが家族に恵まれていると思わせてしまわないか、と配慮したからだ。)
美佐子「百合奈ちゃん、ありがとう。そう言ってもらえると、少し気持ちが楽になるわ。」
美佐子は、百合奈の手に自分の手を重ね、優しく微笑んだ。その表情には、少しだけ安堵の色が浮かんでいる。
リビングの床では、結衣と果歩の笑い声が、再び聞こえてくる。
結衣「わぁ!果歩ちゃん、ゾウさんがね、お空を飛べるようになったんだって!すごいね!」
果歩「ほんとー!?ゾウさん、すごいねー!」
二人の無邪気な声が、美佐子と百合奈の心をじんわりと温めていく。家族の形は様々で、それぞれの心には、喜びも悲しみも、複雑な感情が入り混じっている。それでも、こうして皆で食卓を囲み、語り合う時間は、何物にも代えがたい大切なものだ。美佐子は、もう一度、百合奈の手をぎゅっと握りしめた。そして、遠い昔、自分と弟妹がまだ仲が良かった頃の、楽しかった記憶をそっと思い出していた。いつか、また、あの頃のように、皆で笑い合える日が来ることを、密かに願っていた。
『山崎結衣の憂鬱』第七話につづく




