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第十七章 記憶の咀嚼

ルイから見た鵺野裕貴の第一印象は、「馬鹿真面目で口うるさい優等生」だった。

いくら隠していたって、自分がダークサイドなことなんてほんの数日でバレる。それでもなお、学級委員、ひいては生徒会に入った裕貴にルイはうんざりしていた。

彼はいつだって正しかった。ピアスを開け髪を金に染め、好き勝手にするルイを見ては、いちいち「風紀が乱れる」と言うような口煩い人間だった。

しかしダークサイドは徒党を組まねば生きていけないという学校側の誠に勝手な方針により、ルイと裕貴は「バディ」となってしまった。最低限の学校生活を一緒に過ごさねばいけない。正反対の2人がいがみ合いながら、時は着々と過ぎていった。


2人が出会ってから色んなことがあった。狂ってしまったルイの幼馴染の暴走を止め、ついに幼馴染を殺したり。裕貴が新生徒会長となる為に、前生徒会長に心理戦をしかけたり。生死をも分けるような事件を経て、2人の関係はいつしか、信頼できる相棒へと変わっていった。



ルイの家庭は決して良好とは言い難い代物だった。狂った父による暴力に、ルイも母も怯えきり精神を病んでいた。妹が2人生まれてからはマシになったかと思ったが、そうではなかった。

父親は、娘をも手にかけようとした。

妹達に危害を加えまいと、その日から小柄だった輝石が妹達の()()()()になった。

精神的、肉体的苦痛。心の奥深くに植えられたトラウマは拭い去れない侭積もっていく。

だからルイは、家に帰るのが憂鬱だった。


そんなある日、ルイが学校で怪我をした。後になってみれば大したことのない怪我だったのだが、心配した裕貴が家まで送っていくと言い出した。

ルイは焦った。あんな家の有り様は他人には到底見せられないし、何より家にいるかもしれない父親が怖かった。でもそんなことを伝えたとして、裕貴は分かってくれるのか。臆病だと笑われるかもしれない。

冷や汗がだらだらと止まることなく流れていく。ルイには暑いのか寒いのかもうよく分からなかった。

「ルイ?」

そんなに具合が悪いならやっぱり送っていかなきゃダメだと言い出した裕貴に、ルイは意を決して声を出した。

「…わるい、ほんとに…だいじょうぶだから」


事情を全部話しきったルイは、へなへなと床にへたり込んだ。力がうまく入らない。手がぶるぶると震えて、制御が効かない。

縋るような目で裕貴を見ると、裕貴はまっすぐとルイを見つめ返した。

「なら尚更、ついていくよ」



ルイと裕貴は家までのずしりと重い坂道をゆっくりと歩いた。少しでも手を離したらふらりと倒れてしまいそうなルイを、裕貴がしっかりと支えていた。

暫くして、街の外れにある住宅地の、小さな年季の入った一軒家の目の前にやってきた。

「…ありがとう、もうだいじょうぶだから」

そう言って強引に手を離そうとするルイを、裕貴は引き留めた。

「そんな状態でほっとけないよ。

家にお邪魔してもいい?」

ルイには最早拒否する余力すらも残っていなかった。


「お兄ちゃん、おかえり。ってあれ、友達?」

ドアを開けると、ルイの妹の琥珀(こはく)が居間のテーブルに座って勉強をしていた。

裕貴が初めまして、と返したのを無視して、琥珀は目尻をキュッと吊り上げルイを見た。

「連れてきて、大丈夫なの?」

今日お母さんは夜まで仕事だけど、あいつはもうじき帰ってくるよ、と言い捨てる。

ルイが俯く。顔がさらに青くなって、膝の上に置いた握りこぶしがかたかたと小さく震える。見かねた裕貴がルイの背中をさすりながら、代わりに答えた。

「…だから来たんだよ」

琥珀が目を見開いて顔を歪めた。裕貴を睨みつけて、「正気じゃない!あんたはあいつの怖さを知らないからそんなこと言えるんだ」と怒鳴った。

さっきまでは年以上にしっかりしていた様に見えたが、今度はまるで怯えきった子鹿だ。

「ねぇね、どうしたの?こわいよ」

奥の方から下の妹、瑪瑙(めのう)が顔を出した。まだ小学生で、小さな体でぴょこぴょこと歩きながら琥珀に近づく。

「うるさいなぁ、静かにしててよ」

琥珀が癇癪を起こして怒鳴りつけると、瑪瑙は泣き出してしまった。

「あああもう、うるさいうるさい…!」

ついに瑪瑙に手を上げようとした瞬間、裕貴は琥珀の振り上げた手首を掴んだ。

「駄目だよ、それは正しくない。

…君がやっていることは、君のお父さんがやっていることと同じだ」

琥珀がハッとする。解放された瑪瑙はルイの元へ駆け寄り、兄の小さくて暖かい膝の上へと飛び乗った。

「ルイ…お兄ちゃんは今日、ちょっと具合が悪いんだ。休ませても大丈夫かな。」

()()という言葉に一瞬怪訝な顔をしてから俯いて、溜息をついた。

「…いいけど、そしたらアイツは瑪瑙に手を出すよ」

裕貴は自分の耳を疑った。そんな裕貴には目もくれず琥珀は続ける。

「同族嫌悪かなんだか知らないけど、アイツは口答えするあたしを毛嫌いして、無抵抗の瑪瑙ばっか狙うんだ。この子はまだ小学生だよ?狂ってる。

お兄ちゃんもちっちゃくてお母さんによく似てるからって食べるんだ。止めようとしたってあたしには力がなくて逆に足手まといになっちゃうし。あたしもうどうしたら良いかわかんないよ…」

ぼろぼろと琥珀の瞳から涙が溢れ出した。

「あんなやつ、死ねばいいのに。ろくに働きもしないくせに、うちらのことボロボロにしてさ。母さんだって疲れ切って、お金だけ渡して家にあんまり帰って来なくなっちゃった。」

確かに家の中はぐちゃぐちゃで物が乱雑に置かれていた。それでもまだ家庭機能を保っていたのは、ルイと琥珀の弛みない努力によるものなのだろうか。

「アイツなんて…!」

そう琥珀が嘆くのと同時に、玄関の方から音がした。


ピンポーン。

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