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第十六章 早贄

雷電董真…董真?

千影が最近どこかで聞いたような気がするトーマという名前が誰なのか必死に思い出そうとしていると、朝焼けの奥からすっと誰かが現れた。

「董真、大丈夫ですか?」

文清と幹部会で見た四番隊の大男だ。

「こりゃ酷いなァ」

死体を見て大男は顔を顰める。よくみると大男の顔には深い切り傷やネジで治療した様なあとがあり、より一層反社会的な雰囲気が漂っている。

「第一発見者は?」と文清が問うと、董真は「あの子だよ」と言って千影の方を指した。

「千影君…どうしてここに?」

文清が驚きを隠せない顔で問いかけた。事情を聞いた後も口元に手を当て黙って考え込むばかりだったが、董真が「文清」と声をかけた瞬間に文清の纏っていた硬い雰囲気が一気に崩れた。相変わらず冷静には見えるものの、声色に柔らかさが足されている様に感じるのは、董真が文清にとって信頼できる特別な存在であることを表していた。


「…文清さんの機嫌を左右できるトーマって、あの人か…。」

どう見たって正反対なタイプに見える。人を見かけで判断してはいけないと、落ち着きを取り戻し始めた千影は心に刻んだ。



何分か待って警察が到着し、この事件が警察が介入しない件として断定された為、遺体は一時鳳蝶の方で預かる事になった。親族が呼ばれ、今は六番隊の人から説明を受けているそうだ。

千影と董真は鳳蝶二番隊の隊長室でことの成り行きを見守っていた。

「久しぶりに来たかも、二番隊エリア。」

そう言ってソファに座り込むと、董真はファイルをとペンを取り出した。

「早っ…」

さらさらと事件の状況を書き込んでいく様からは、この作業に手慣れていることが感じ取れた。

「いつもこの仕事、してるからね」

「普段何してんすか」

千影が目をじとりとさせて疑り深く見つめると、董真は苦笑いをした。「何か誤解してるでしょ。玄斗から聞いてない?四番隊は戦闘部隊と公偵部隊がいるの。

戦闘部隊は四番隊隊長の拾矢さんが仕切ってる、抗争終結部隊。手のつけられない荒くれ者の四番隊ってのはここのイメージだね。それで、公偵部隊は事件が起こった時に鳳蝶として公に調査する部。あんなガタイがいい大男たちばっかだけど、皆優秀で頭の切れる奴等だよ。」

そう説明した後、董真は資料と睨めっこを再開した。目を萎ませ、品良く欠伸をする。

「千影くん、寝れるうちに寝といた方が良いよ。こっからがキツいから」

「こっからって…」

正直言って、千影はまだ状況を完全に飲み込めていなかった。副隊長である裕貴が亡くなっていて、これからどうなるのかすら分からない為千影は死んだ裕貴について考える余裕すらなかった。

「そういえば、ルイは…?」

ルイという言葉に反応して、董真は資料から顔を上げ、また目を伏せて俯いた。「今文清が伝えてる頃だと思うよ。直にここに来るかも」

千影が受け入れられない「裕貴が死んだ」という事実を、ルイは受け止めることができるのだろうか。咀嚼することができるのだろうか。ルイと裕貴は高校時代の友人で、歩んできた道のりもきっと長い。

…こんな時に、千影は幼い奏恵の笑顔を思い出さずにはいられなかった。

「ルイ、大丈夫かな」



「ルイ君。今から僕がいうこと、落ち着いて聞いてくれますか」

落ち着いて、なんてただのあやし文句だ。この状況でルイが平静を保っていられるなんて思っていない。

文清は覚悟を決めて、ルイの目を見る。

文清の表情を見たルイは、悟ったような、でもどこかまだ夢の中にいるような顔で文清を見つめ返している。

文清はゆっくりと口を開いた。

「裕貴君が…」


全てを伝え終わると、ルイは目を見開きしばらくその場から指一本も動かなかった。しかし、やっと事態を理解したのか「…そうですか」と一言言って踵を返した。「今日は…ちょっと、家で休んでても良いですか」いつものルイからは想像のつかないようなか細く、今にも消えそうな声に、文清も頷かざるを得なかった。


ルイが鳳蝶本部を出ようとした時、誰かが手を伸ばしルイの肩を掴んだ。

華奢で白い手にそぐわず、掴む力はありえないほど強い。ピンクと黒のネイルがきらりと光って、ルイはのろのろと振り返った。

「ルイ…!」

長いブロンドの髪をハーフツインにし、大きな黒縁の眼鏡をかけた女性。身長はルイよりいくらか高いが、顔立ちにはいくらか幼さが残る。


「…リリスさん」

ルイは力無い声で彼女の名前を呼んだ。

三番隊の副隊長で、ルイの高校の先輩であるリリス・バートリーは、眉の先をぐっと下げて唇の端に力を入れた。


「その様子だと、聞いたみたいね」

「…隊長から」

リリスはルイを引き留めたものの、どう言葉を紡げば良いのか迷っているのか、俯き加減で話す。

「裕貴に会いたいんだけどさ。死体安置室だっけ、センパイはもう行ってきた?」

無理にへらへらと笑顔を作ってリリスを安心させようとするルイを「そんな顔しないで」とリリスは一蹴した。

「あたしは気を使って笑ってもらうためにアンタに声をかけたわけじゃない。

…あと、今のアンタに安置室に行くのは勧めらんない」


強い口調でリリスは返す。元々言葉は強くて尖っているところもあるが、心が強くて、根はすごく優しい人なのだ。


「…そんなにひどいんだ」

ルイがギリギリで言葉を紡ぐと、リリスははーっと深いため息をついた。

開いた口の隙間から、鋭い牙がよく見える。

「…そう、じゃなくてね」

そのまま思い切り地面を蹴ったリリスは、一瞬で間合いを詰めルイの顔を覗き込む。

「え…」

急に目の前にリリスの高い鼻先と、光に反射して時折七色に煌めく真っ赤な瞳孔の尖った瞳が現れ、ルイはたじろいだ。


「アンタはまだ、裕貴とお別れなんてできてないでしょーが!」


リリスはそう言って、ルイの両頬を両の手のひらでむぎゅっと包んだ。

「アンタはあいつとの記憶も、悲しみもしまい込んで別れられたフリをしてるだけ。仕舞い込んでおけばいつまでも取って置けると思ってる」

「なんでそにゃことがわかりゅのさ」

少しムッとしてルイは言い返す。頬を押されている為口がモゴモゴして喋りにくい。段々目の前のお節介な先輩に腹が立ってきた。

「でもね、取っておいたっていつか思い出も、感情も消えていく。新しいものに塗り替えられる。…それなら。

今取り出した方が、きっと良い」


リリスが何を言っているのか最初は全く理解できていなかったルイも、次第に彼女の言葉の真意が浮かんできた。

…今のうちに思い出して泣いとけってか。


昔から,なんだかんだ世話焼きで、面倒見が良いのか悪いのかよくわかんない人だけど。

「ありがとよ、センパイ」

ルイが笑うと、リリスはきょとんとして「そんな素直にされると気持ち悪い」と言い放った。



ルイは家への帰り道、長い長い走馬灯のように、映画のエンドロールのように一つ一つ裕貴との記憶を思い出していくことにした。





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