第十四章 狂ひ鵺に凶
「遅くなったね、2人とも大丈夫?」
その声で裕貴ははっと上空を見る。五番隊コンビが来ている安心感でホッとして、つい気を抜いてしまい、大橘渡稀の爆撃を受けそうになる。
「油断禁物だよ、裕貴くん」
そう言って上空から迷いなく信長は銃を撃った。弾丸は寸分の狂いなく大橘の手から放たれる爆撃砲へと命中し、攻撃が不発弾となった。
そうだった。
実力派五番隊コンビ。パワーを持たない2人だけど。
龍ヶ崎信長と斬魔剣裂。
世界一の、銃と剣の使い手だ。
「応援を呼んだか、蝶よ。だが何匹いても同じ事。斬り伏せるまでだ」
不知火がそう言うと、「ならボクがいこう」と剣裂が前に出た。
剣裂が腰に携えた剣に触れた瞬間、不知火は圧倒されて思わず仰け反りそうになった。
「何なんだ、この殺気は…」
「刀をかまえろ、剣士」
そのまま陣地を超えた速度で剣を抜き、剣裂は迷いなく不知火に切り掛かった。
前線から身を引いて裕貴とルイは2人の様子を見ていた。先程まで自分たちがなんとか食い止めようとしても食い止めきれなかった相手を、まるで赤子の様に翻弄する。流石としかない戦いぶりだが、見ているこちらの自信もなくなるものだ…と裕貴はため息をついた。
「よーし、こちらに勝機はなか!撤退しよっ!」
大橘はそう言って我を忘れる不知火の襟ぐりを無理やり掴んで空へと引き上げた。
「はなせっ、放スんダ橘…!」
吠える不知火を気にも留めず、またフルーツの様な形の足場を作って大橘は飛び上がる。
「まずい、逃げられる…」
信長が焦って手を伸ばす。しかし、それより先に手を伸ばしたのは裕貴だった。
「逃すかよっ…!」
宙へ飛んだ裕貴は短刀を勢いよく振り上げ、素早く下ろした。
ビシャッ。
血飛沫が飛び散り、紅い一筋の線が不知火の目に刻まれた。
不知火はダラダラと溢れる血を手で抑え、何が起こったのかを飲み込もうとしていた。
「目的を見失い、あの子を傷つけた罰だ」
裕貴はそう言い、地面へと落ちて行った。
「ひろ…き…?」
ルイが唖然とした様子で裕貴を見つめる。いつもの裕貴ならば頭に血が上ったとてこんな事はしない。そう思って裕貴の瞳を見つめると、その瞳は白眼まで光を呑むような暗黒に染まっていた。
「まずい、これじゃあいつが暴走しかねない」
そう言うルイに、剣裂は「一回キゼツでもさせたほうがいいか」と返す。信長が頷くのを確認して、剣裂は裕貴の首元に手刀をお見舞いした。
「仲間割れ…とね。今のうちに脱出そう!」
体勢の安定しない不知火を何とか掴んで、大橘は夜闇へと消えていってしまった。
寺の境内から信長と剣裂が姿を表すと、また歓声がわぁっと沸き上がった。千影もそばによって、「副隊長達は!?」と尋ねる。
「あそこだ」と答える剣裂が指差した方を見ると、ルイにおぶわれた裕貴がぐったりしている様子を見つけた。
「…大丈夫。少し気絶しているだけだよ」と信長は微笑んで、自己紹介がまだだったと切り出した。
「改めて、僕は五番隊隊長、龍ヶ崎信長。銃の腕前なら鳳蝶一、いや世界一の自信があるよ」
そう言って爽やかに笑う信長はとても銃を使うようには見えないが、先ほどの戦闘で傷一つついていないところを見るに相当な実力者なのだろう。
「ボクは斬魔剣裂。五番タイ副タイ長だ。…刀を使う」
こちらは剣士らしい出で立ちだ。いつもむっと口を真一文字に結んでこちらをじっと見つめてくるが、こちらに敵意はないのだろうか、ただの好奇心といった感情が顔から読める。
「さて、君が例の千影君だね。会議でも見たけど、鳳蝶にはもう慣れた?」
「…まあ。悪くはねぇと思う」
思ったより素直な反応だったのか、信長はしばし固まっていたが、やがてふっと口元を緩めて言った。
「君みたいな素直な子、僕も鳳蝶のみんなも好きだよ。…もちろん玄斗くんもね」
にまにまとする信長に嫌気がさして千影が剣裂に視線を向けると、剣裂はさっきとは打って変わってありったけの眼力で千影を睨みつけていた。
…やはりただの忠犬なのかもしれない。
「うぅ…ここは?」
裕貴が目を覚ましたのは、鳳蝶医務室のベッドの上だった。
「裕貴!」「副隊長!」
ルイと千影が切羽詰まった声で裕貴を呼んでいる。その様子を見ながらまったく…と言った顔で鳳蝶専属医の若い女性は肩をすくめた。
「医務室で騒がないって、何度言えば分かるのよ」
ハッとした顔で口元を押さえる2人に、思わず裕貴は吹き出してしまった。
「すっかり仲良しじゃん、妬けるなぁ」
「ハイハイ。んで、体調はどう?」
しっしっと手で払うような仕草をして、ルイは手慣れたように聞いた。
「お前昔から自分が正しいと思ったことに突っ走るし、今更何も言わないけどさ。
…今日のお前は、変だった」
裕貴は俯く。ルイの言う通りだ、今日は何かがおかしい。普段の裕貴ならば、どんなに気が触れていても相手の目に傷をつけることなどしない。
…これでは不知火と同じじゃないか。
頭を抱えた裕貴に、千影がポツリと言葉をこぼした。
「…香さんの能力のせいじゃないか?」
きっと一時的に凶暴になっちゃっただけだ、と千影は裕貴を励ました。
ルイは不安そうに裕貴を見つめた。
「そう言う顔する時、お前の勘よく当たるんだよね、輝石くん」
あいあい、と返事をしたルイを見て、千影が混乱した顔で「…輝石?」と言った。
「あぁ、こいつの名前。本名は小鳥遊輝石なの。初対面の時に自分の名前が気に入らないーなんて言うから、俺があだ名つけたんだ」
「言ってなくて悪かったな、今まで通りルイでいいよ」
まだ混乱の残る千影に、ルイと裕貴は顔を見合わせてクスッと笑った。
「じゃあな、裕貴」
「副隊長、また明日!」
「お前俺のことは呼び捨てなくせに裕貴は副隊長なのかよ」
そう言って笑う姿は何だか兄弟みたいで、思わず裕貴が2人の頭をわしゃわしゃと撫でると「撫でんな」と千影が睨みつけてきた。
「ありがとうね、俺の家の前まで送ってくれて」
「流石に怪我人1人にしちゃまずいだろ」とルイは微笑んだ。ルイの持つさりげない優しさが、疲弊していた裕貴には沁みる。裕貴は口をきゅっと吊り上げて笑顔を作った。
「ありがとう、じゃあね!」
千影とルイは、来た道を引き返し始める。
しばらく歩いたところで、遠くから「ドスッ」という鈍い音がしてルイは振り返る。
「何かあったか?」
千影がルイの顔を覗き込む。ルイはなんとも言えないような表情をして、じっと音が鳴った方を見つめていた。
「今、変な音しなかった?」
へんなおと、と聞き返した千影に、自分の勘違いだと安心してルイは「何でもねぇよ」と返した。
嫌な予感は、拭えなかったが。




