第十三章 護る為の蝶
千影が寺を出るとすぐに、一番隊の腕章をつけた人達がわらわらと集まってきた。
「お前が千影ってやつか!?」
「救急車呼んでおいたからな、もう大丈夫だぞ」
「その人が例の怪我人?応急処置しておくから私の方に回して!」
「AED準備完了!電気ショック入ります!」
矢継ぎ早に飛ぶ質問に、テキパキと進んでいく処置。千影は焦って思わず尋ねた。
「ま、待って。何で中のこと知ってるんだ?外からだと状況、わからないだろ」
そう言った千影に、隊員の1人が自分の耳たぶを引っ張って答えた。
「俺の能力、『地獄耳』なんだぜぃ」
なんでも聞こえちゃうんだ、と茶目っ気たっぷりに言ったその男は、千影の頭をぽんぽんと叩いた。
「お前、すげぇ強いんだな!頑張りゃあ副隊長達に届くレベルじゃねぇか?…俺は戦いはあんましでさ。お前みたいなのがいると、ちょー心強いんだよ。」
…腹立たしくは、ないのだろうか。
自分より強い若僧が好き勝手暴れ回って、傲慢に振る舞って。そもそも俺はヒーローサイド。憎いという感情を、彼らは持ち合わせていないのだろうか。
「何で、って顔だな」
男は優しい顔で千影を見つめる。
「お前が何であれ、俺達と目的を同じにして人々を守ってくれるんだ。こんな嬉しいことはないよ。…それにな、」
男は目を閉じてすっと笑みを消し、続けた。
「俺達が憎いのはヒーローサイドでも、お前でもないんだよ」
千影はハッとした。ダークサイドが憎い、ヒーローサイドが憎い。ずっとお互いが言い合って、いたちごっこだけど。俺が憎むべきは奏恵を奪った奴らなのであって、こいつらじゃない。
…何でずっと、その事実に目を背けていたんだろう。
憎しみに塗れた世界の中では、それすらも気づけなかった。それが、悔しかった。
「俺たちは仁義に熱い一番隊。俺は一応、今一番隊で貴臣さんの次に年上やってる兄貴分、聞々耳閻楽だ。もう37のおっさんだけど、伊達に歳食ってるわけじゃねぇ。気軽に頼れよ」
そう言って閻楽は再度千影の頭を撫でた。
暫くして救急車が到着し、香が運ばれていった。助かるかと心臓マッサージをしていた隊員に尋ねたら、「危険な状態だが回復の可能性はゼロじゃない」と返された。自分の役目は終わったと一息ついた千影だったが、中で戦っている2人のことが気がかりでならなかった。
「閻楽さ…」
中の様子がどうなっているのかと尋ねようとして、千影は眉間に皺を寄せた閻楽の顔を見つけた。
「副隊長達、大分まずいんですか!?やっぱ俺、行ったほうがいいか?」
「確かに戦況は良くないな。相性が悪いし、さっき郡長が応援に来ただとよ。数の利で確実に倒すつもりだ」
千影が何か言おうとするのを閻楽が諭し、落ち着かせる。
「だが問題ねぇ、もうすぐこちらの応援も来るはず。
…鳳蝶きっての実力派、五番隊コンビだ。」
「僕達をお呼びかな。」
その瞬間、待ち構えていたかの様にどこからともなく降り立った二つの人影が、千影達の前に姿を現した。
「「「信長隊長!!」」」
信長と呼ばれた茶髪の青年が出て来た瞬間、周りがどよめき、歓声をあげた。大きな金縁の丸眼鏡をつけたその姿は温厚な文学青年を想起させるが、肩に羽織った隊長服と腰についたベルトからぶら下がる銃がその印象を否定する。
「さてと、あのはちゃめちゃ相棒コンビを助けに行かないとだね。剣裂、準備はいい?」
「ジュンビはできてる。センパイは大丈夫か」
信長の後ろを怖い顔をしてついていく剣士は副隊長なのだろうか。無表情で無愛想に口を結び、見た目とはどこか幼さを感じる喋り方だった。文清にも似た光のない瞳だが、片方だけが紅に染まり切っている。上までボタンを閉めたハイネックのシャツに隊員服を着て規律正しく歩く姿は、まるで信長の忠犬そのものだった。
2人は地面を思い切り蹴って中に舞い上がると、寺の境内へと消えてしまった。
時を同じくして、鳳蝶本部。
四番隊隊長室前へと辿り着いた文清がドアをノックしようとした瞬間。
「文清」と聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
足音で気づかれてしまったのだろうか。…鋭い彼には何でもお見通しなのだろう。
とはいえノックをしないのも失礼に当たるので、律儀にノックをしてから文清はドアを開けた。
「こんにちは、四番隊の皆さん」
部屋の中央に置かれたソファと隊長のデスク。デスクチェアにゆったりと座る大柄な男性に会釈した後、文清は目線を少し下げてソファに腰掛ける青年へ微笑んだ。
「気づいていたのですか、董真」
「待ってたよ、文清」
董真はそう言って、妖しげに微笑んだ。




