第十九章 エンバー
時は遡ること数時間前、裕貴の死体発見から少し立った頃。二番隊隊長室にて、千影、文清、董真の3人は、玄斗と一番隊隊長である貴臣を待っていた。
「これから一番隊会議があるから、それまではここで待ってなよ」と董真に言われるがまま数十分が経過した。
「俺は一段落ついたし、今のうちに寝ようかなぁ」と董真は綺麗に欠伸をして、ソファに横たわった。「そんな変なところで寝ないでください」と困った口調で文清は言い、横に座って董真の頭を自分の膝の上に持ってきた。「せめてここにして」と董真を撫でると、「え、いいの?」と最初は戸惑っていたものの「…じゃあ、お言葉に甘えて」とすんなり眠りに落ちてしまった。
このままの状態で玄斗達を待たなければいけないのかと思うと、千影は少し気が遠くなった。
暫くしてノックの音が鳴った。いつの間にか起きていた董真が「どうぞ」と返事をすると、玄斗と貴臣は沈痛な面持ちで部屋へと足を踏み入れた。
「千影…」
玄斗が唇の端にギュッと力を込め、顔に悔しさを滲ませた。
「玄斗、とりあえず今後の相談。できるか?」
貴臣の大きな手が優しく玄斗の小さな背中をさする。「うん」と玄斗はうなづいて、ソファに腰掛けた。
「じゃあ俺と千影は一番隊の会議に行ってくる。本部にいるから、何かあればまた連絡してくれ。」
そう言って貴臣は千影に目線を落とし、「行くぞ、千影」と優しい声色で呼びかけた。
玄斗に「がんばれ」とガッツポーズを送って、千影は貴臣に続き二番隊隊長室を後にした。
玄斗は一瞬悲しそうな顔をした後、堪えるように眉を尖らせて千影にガッツポーズを返した。
「一番隊、全員いるか?」
一番隊集会室にて貴臣が声をかけると、隊員が辺りを見回す。
「エンラさんがいないよ」と中学生くらいの少年が声を上げた。言われてみれば見当たらない。
「父さんはもうすぐ来るよ、熾火」
そう言って入り口から彼と同い年くらいの少女が入ってきた。熾火と呼ばれた少年は、少女の方を見て顔を顰めた。
「大事な会議に遅刻すんなよ、星火」
熾火は辺りを見渡した後、もう1人の不在者に気がついた。
「そういえば、ヒロ兄もいないな」
周りにいた大人達が俯き、周りの空気が重くなる。貴臣はなんとかその場を収めようと笑った。
「ありがとよ、熾火。星火も言ってたが、閻楽はもう直ぐ来るってよ。
…それで、今日集まってもらったのは皆と考えなきゃいけないことがあるからなんだ。」
熾火と星火は首を傾げる。
「一番隊副隊長の裕貴が亡くなった。あいつの死にを悲しんでいたいところだが今はそうはいかねぇんだ。
これから鳳蝶と愚裏厨離の抗争に備えて、俺達は、後任の副隊長を決める」
貴臣はそこまで言い切って、長く息を吐き出した。
「え…」
裕貴の死を聞かされていなかったのだろう。熾火と星火は暫く呆然と突っ立っていたが、やがて何かを決心した様な顔で、2人同時に手を高く上げた。
「俺が副隊長になる!」
「あたしが副隊長になる!」
ピンとのばした指先には、彼らの強い意志が確かにこもっている。
「こーら、わがまま言わない」
いつの間にか背後に立っていた閻楽が、2人の肩を掴んで引き寄せた。
「あ、父さん!」
星火は閻楽の娘なのだろうか。むっとした顔で「邪魔しないでよ、あたしはもっと強くなって、仙水文清に勝負を挑むんだ!」と怒鳴った。
熾火も負けじと「それなら俺は雷電董真に勝負を挑む、副隊長になって!」と言い返す。
何か恨みを買っているのかと千影は半ば呆れて小さくため息をついた。文清はまだ信頼できるが、雷電とか言うやつの素性はよく分からなず掴みどころがないため千影は信用できないでいた。
「こら、年上のお兄さんだぞ。呼び捨てしないの」と閻楽が嗜めるが、2人は駄々をこねる。
「あー、閻楽兄と貴臣さん、んで総長から1人ずつ指名して貰えばいーんじゃないかな」
腕全体に炎の形をした大きな刺青…に見えるがダークサイドの持つ痣だろうか。があるひょろりとした男が声を上げた。熾火と星火はむすっとして、渋々手を下ろした。
「もうちょい大きくなったらなぁ」と少し悲しそうな顔で閻楽は2人の頭をポンと叩いて、炎の痣の男の方を見た。
「騒がせてごめんな。燼、ありがとう。
じゃあ、隊長と総長の意見、聞いてもいいか?」
話をふられて、貴臣はうなづいた。
「あぁ、わかった。
まず、総長が推したのはそこにいる千影だ。」
そう言って指された千影が驚く。だが周りの隊員達も同じ気持ちらしい。
「なんであんな問題起こした新入りが副隊長なんだよぉ」
熾火が貴臣に問うた。貴臣はまぁ落ち着け、と優しく熾火を宥める。
「俺は閻楽を推したい」
貴臣の一言に賛同が広がる。閻楽は困った様に笑って、じゃあ俺からも推薦していいか、と尋ねた。
「俺は燼を推そうと思ってる」
燼は目を見開いて閻楽を見つめた。閻楽は豪快に笑った後、すっと真剣な目つきになって話し始めた。
「皆が俺のことを推薦してくれるのは嬉しいよ。でも、俺は戦闘が強くない。
一番隊の顔がそう簡単にやられちゃあ、鳳蝶のメンツがないだろ?」
皆が黙りこくってしまう。燼は「閻楽さんは弱くなんて…!」と反論したが、閻楽は力無く首を横に振った。
「二番隊、三番隊、四番隊、五番隊…他の隊見てりゃ分かる。鳳蝶は実力主義でも、年功序列でもねぇけど、上に立つ奴は年齢なんか関係なく一番強いやつだ。きっと総長もそう思って、千影を推薦してる。
だからな、俺も一番強いやつ…例え一番隊が逆境の中にいても、こいつが来れば皆に希望を与えられる様な、そんな強い奴に副隊長を任せたい。…裕貴副隊長のような人に」
閻楽が話し終えると、皆は少し悲しそうな表情をしてから、千影と燼を見た。
「…じゃあ、俺も遠慮する」と声を上げたのは燼だった。千影が燼の方を振り向くと、燼は両手をへらりとあげて、降参を示した。
「強さ…とか、希望とか。そういうのを俺に語る資格はないよ。」
千影も負けじと言い返す。「そんなの俺だって知らねぇよ、いつも守られてばっかだ。玄斗に推薦される程の人間じゃない…それに」
千影は喉元から込み上げてくる想いを抑え込みながら、言葉を紡いだ。
「俺はヒーローサイドだ、鳳蝶一番隊の顔として、相応しくないに決まってんだろ」
他の隊員も顔を見合わせ始める。やはり一番隊にとって、裕貴の抜けた穴は大きいのだろう。
閻楽はそれを聞いて、吹っ切れた様に笑って千影と燼の背中を叩いた。
「何だ、そんなこと考えてたのかお前ら!」
じゃあシンプルに行こう、と言って閻楽は2人をまっすぐ見つめる。
「来たるべき愚裏厨離との抗争。そこでのお前らの活躍を見て、皆に決めてもらおうか」
分かった、と言って千影はうなづいた。燼は少し顔を青くして、「…分かりました」とだけ言った。
そのまま会議はお開きになったが、千影は依然としてその場に突っ立っていた。見かねた閻楽と貴臣が駆け寄るのを制止して声をかけたのは燼だった。
燼は「頑張ろうな、ちびすけ3号」と言って千影の頭に手を置いた。
「ちびすけって…俺そんなにガキじゃねぇよ。それにあのガキどもと一緒にすんな」と千影が言い返すと、「お前高校生じゃん。俺26だから。お前より10歳上のオニイサンね」と言って千影をからかった。
「じゃお前が副隊長やれよ!」と千影が言い返すと、「嫌だねー。俺は気楽にやるのが好きなんだぁ」とにんまり笑って返す。深い焦茶の髪から黒曜石のように黒い瞳がのぞいて、ときどき光が瞳に赤く反射している。最初に見た時は無表情に見えて誤解していたが、燼は結構気さくなオニイサンなのだと千影は思った。
「ここにいるみんなもそうだよ」と燼は続ける。「強くなるため、偉くなるために鳳蝶にいるわけじゃない。守りたい、その一心でここに立ってるんだ」
そう言って、燼は下を見てぽつりと溢した。
「俺は臆病だからさぁ。副隊長になんて慣れっこねぇよ。」
苦しそうに笑う燼に千影ははっきり告げた。
「…燼さん、でいいか。臆病とか恐怖とか、そういうのはどうだっていいと俺は思う。
…大事なのは、どれだけ人を守れるかだ」
燼はまた笑って言った。
「守れたら、いいんだけどなぁ」
さらさらと千影の頭を撫でて、燼は改めて千影に向き直った。
「改めまして、俺は埋火燼。よろしくな」
「俺は切尾千影。こちらこそ、よろしく」
2人はしっかりと差し出しあった手を握り合った。




