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第二部 第三章


    第二章 HとVの物語 2006年

Hは撮影前にVの部屋の前にいた

Hはヴァンテージではなく、当然のことだが、愛車を見せびらかし、日々パフォーマンスしている人間が本意女性のいる部屋にそれを足には使えない。

とはいうものの、Bとシビックで来たのは初めだった。

「私も入るんですか?」

Bは当惑の渦の中で溺れそうな声で聞いた。

「ああ、証人ってのはいるといないでは全く違う、たとえそいつが一見完全に此方側の人間としても」

Hは

「しかし、プライベートの事ですし」

Hは目を閉じて、首を振ってこたえた

「たとえば、俺の私生活が違法行為でまみれていてもか?」

Bは呼吸をするたび、のどを針で刺されるような痛みで倒錯するのをこらえながら。

やはり、Vの悪い噂は偽りでなかったか、

「つまり、Vさんとのことを清算したいと」

「俺は変わった、だからAとは関係を断つ、それ以上の意味には発展してほしくはないが、あの女はどうだろう、どう出るかだ、その時お前のいる意義もあることになる」

Hは言い終わる前にすでに、オートロックインターホンの数字四ケタをダイヤルした

扉が開かれた瞬時にVのすべての男を発情させるような官能の塊のような肢体がHに飛びついた

だが、Bの姿が目にはいいた時、そのやわらかそうな官能的な躰が、硬く無機質に変わってHに訊いた

「ナニ?だれ?」

「俺のマネージャーだ」

HがVの体をゆっくりと濡れたシールを破らないようにはがすように、その手をほどいて下ろしながら言った

「ああ・・そうなの」

VはHに背を向けて、キッチンに向かい、棚からスコッチのビンをクリスタルでできた傷一つもないテーブルに、今までなぜ傷がつかなかったのか不思議になるような強度でドスンと置いた。

「まあ、大体の事は察したけどさ」

Vはすでに前提という名の防波堤を用意していた

Hにいきなり抱きつきながら、こんな発言もいとわない、女はこういう矛盾を逆手に取るから扱いがやっかいなのだ、特にVほどの虚栄心の塊ともなると矛盾という言葉は女性らしさのために用意された、矛と盾の両立しえる武器そのものにさえなり得る。

Hほどこのことを知っている男も他にいないだろう。

Bは絶対的に低頭していながら、この広々とした部屋の隅々にいきわたる病的な不健康さをスコッチの香りが一層増長させていることに身震いした、

違法行為・・・そうか、だろうな・・・Bは最早先取的認識を持っていた。

「単件直入に言う」

Hが言い終わるか同時に

「いや!」

Vの絶叫が交差した

その時、Hが背中のBに向けて左の薬指だけをを動かした

「俺が、左の薬指でお前を指さしたら、俺の背後に立ってマイクロレコーダーを立ち上げろ」

BはHの真後ろにじりじりと回り込んでいく、1ミリ、むこうはかなりというか感情的になっている5ミリ、いやもっと7ミリ!8ミリ!!!

そうして完全にHの後ろに完璧に回り込むことに成功した

Bは幸い著しく背が小さかったためHの陰に完全に覆われた、そして、ぶるぶると震える手でレコーダーの背面ボタンを中指の腱一本のみで押すようなイメージで静かにかつ素早く一縷の無駄もなく押した。

微かに聞こえたボタンの音を確認したHが言う。

「俺は間違っていた、Vお前とでなく、物事が何も見えていなかったんだ」

自分の生き方は自分で決めてきたつもりだが、何一つ自分で決められていなかったのさ、何一つ物事の本質を知らず、ただ、五月人形のようだった、だが、KもSも俺をいや、俺に自我を与えることを許した、つまり一人前になることを、20過ぎになってやっと・・・」

「つまり、新しい自分、その一人前になったあなたに私は必要ないと」

Vはスコッチをクロスで幾度となく磨かれたであろう光をまばゆく反射させるグラスに注ぎながら言った

「でも、Hあなたも知ってるでしょう、私たちの関係はもはや白日の元にある、マスコミ、ネットもいつ結婚かと騒いでる、そこで、スクープされたら」

Vがグラスを揺らすとまるで琥珀色の色の中を日の光が右往左往してもはや結晶のように煌めいた

「その時は、それはそこまでだと割り切る、当事者でしか説明しえない事を不特定多数に説明する義務はない」

HはBへのサインがしっかり伝わっているかを確認しながら毅然と言った

「そう、ならこれは?」

Vはすくって立ち、寝室の扉の前にある小さな、しかし明らかに高価であろう小物入れのお蓋を開けて、頭上のランプに透明な5センチ平方のポリエチレンの袋を掲げた。中に白い細粒が見えた。

「これをマスコミに、いや警察に持って行けばあんたは終わるわ、それでいいの」

Bは汗が纏わりついて、ノリのように体を固めてしまっているような思いに耐えるのがやっと、綺麗な空気、今欲しいのはそれのみ、永久に扉があかない地下室で監禁されている気分だった。

「やるならやれ、撮影後に逮捕されるぐらいにはSさんも手をまわしてくれる」

Hが言い終わると、Vは高らかに笑い出した。

「あんた、さっき一人前になったって言ったのに、まだあの狸に期待している、ちっとも一人前になってないわ、笑わせないで」

実際のところ、女というのは、自身の矛盾した言動をペンディングして相手の矛盾を指摘し勝ち誇る、まあとどのつまり、どこまでもVは女なのだ

「お前も無論おとがめなしってわけにはいかない、それでいいのか」

Hは努めて落ち着いて聞く、今までの軽薄なHしか知らぬBから見るともはや超人的な落ち着きだった

もう、本当にあの空虚で、キラキラして、偶像そのもののHではなく、確固たる人格という核を持ち合わせた精悍という言葉を突き詰めているHがいた。

BはHのこれほどまでに揺るがい芯を初めて見た。

VはHから視線を逸らしスコッチをあおった。

「なら、少なくとも、世間にあなた自身が言って、私は全面的被害者で、あなたが加害者だと、あなたの都合で私たちが別れると」

「つまり、自身のアカウントブログで発表すると」

「そう」

Vはスコッチを飲み干すと、空になったショットグラスとともにふり向いて言った

無論、光の結晶も消滅していた

「わかった約束する、明日中に俺の公式ホームページで発表する」


HとBはマンションから出た、二人とも思いっきり深呼吸した、西麻布の空気はこんなにうまいのか、二人とも無意識にこのイレギュラーな感覚を共有して顔を見合わせた


「ホームページのこと頼むよ、とにかく俺を悪人だって思わすように書いてくれよ」

Hは満面の笑みでBに指示した。

無論、Hにはこれにはある意味、算段があった。

今回の撮影において、真っ白でクリーンで美しい自分の虚像は一度ちりあくたの類になるまで破壊しといたほうがいいからだ

それが、K、Sの、そしてJが自分に求め実践した確固たる男だということなのだ。

「了解しました」

Bは利益相反行為をするというのにHの歓喜を完璧に感じ取って、自分の担当の悪口を書くという任務に心躍っていた。

2人は一瞬だけ目を合わせ、口角を上げBのシビックに乗り込んだ。


Vは部屋の中で、今まで経験したことのない二面的感情に不思議な幸福感を感じていた

Hの言うとおりなのだ、これから私より孤独と闘うのはH、あの人なのだ。

自分は恋に破れたが、これからいばらの道を選ぶHは人生において負けるために私に勝ったにすぎないのだから。

勝負を逃げ回るおかま野郎じゃなかった、まあ、その潜在性があるから自分は彼を愛した、あの時化学反応が生まれた。

でも、いざ内在していた願いは成就すると、悲しいもの、本人が消えてしまう、自分はいい女なのではなく、出来のいい全能的ダッチワイフの要素で埋められた子守でしかなのか。

自分を「かわいそう」という人間は今後降ってわくように男どもはあまた現れ、Hの影を殺せる男の出現も期待はできる、そんな見込みのある人間もいるかもしれない、けどそれもただのままごと、自分は全能な子守でありながら、実存の中では稚拙な子育てさえ許されないまま終わるのか

空っぽな男相手のままごとのプロ・・・

いまは、そうしておく、

そもそも、Hの陰から自分が知っているH自体削除された、戦う男になった。

もはや彼は、無論

麗しくも・・・ない

好青年でも・・・ない

クリーンでも・・・ない


「これも化学反応ね」


スコッチを開けると、Vは半ば眠りについた。涙が彼女の透き通るような肌に同化していた。


      第三章 KとDの物語

そして、遂に撮影が開始された。

何も障害はなかった。

Hのホームページで自白したことで、彼は大バッシングを受け続けた。

だが、どんな罵詈雑言も関係者たちにかすり傷一つつけられなかった。

ゆえに本当に何も障害はなかった、気遣いという言葉は撮影中一切存在しなかった。

Hは無論、現場の誰も傷ついていなかったのだ。

DはHとこれほど真剣にかつ演密に顔をつい合わせて話し合ったことはなかった。

もう、高下駄は不要であり、

逆に、女優にはその演者にもっとも適切である衣装を用意した、ひつようがあれば、ミュールもピンヒールも。

女性を見上げることになるHの絵はほほえましさとリアリティにあふれ、あの偶像でしかなった彼が正君あふれた弱さを符合し克服した音音いて訴えかけた

Kは時々ロケを見に来て、満足そうに空を見上げ、やがて消えた

Dもこんな充実した撮影は初めてだった、


1年半にも及ぶ撮影の後、ひたすらな編集作業が始まった。

Dはここ1年のルーティンのように、朝5時にソファから起き上がると、相変わらずモニターとの格闘を始めた。最終編集、いよいよ大詰めである。

「チーン」ショートメーセージのピアノ線があまりの張力で千切れたようなあの不愉快な音が編集室にさすように鳴り響いた。

「ちい、だれや?」

だが、わしづかみに握った携帯を開いた寸時、Dはしばらく何かを、人生で大事な何かを思い出した、笑顔である。

Kからだった。

「話したいことがあります、明後日そちらへ伺います」

Dは理解した。

Nか、あのポンコツPも役に立つものだ、つれてきたのは結果としては意義が有った。

あの時、あの原宿での顔合わせの時、Nに最も人生を揺るがされたのは誰だろう?

S、H、D、K、Pあの五人の中、考えるだけKさんに笑われるわ。

と、Dは笑顔でスマホを眺めた。

今、撮影所の大部屋で、男たちの酒盛りなぞ感官にさえいれぬかのように、それでいて大部屋にオブジェのようになじんでいて部屋の隅で満足げに眠るあの子、

Nはなんにでもなりうる、そういう人間がこの世界に、この社会に必要かはまだわからないが

だが、そういう人間の行く末を見たいのは自分だけではないだろう。

          

しかし、その明後日がKと最後に言葉を交わす日になるとは、その時のDが予見し得るはずはなかった

そしてあの日の会話が、笑顔がDのその後の人生にひたすらかかずらうことになるとは。


三条寺町の老舗をうたった割烹

あまりにもったいぶった仰々しい格子戸の玄関をくぐると、一介の守銭奴を覆い切れぬ笑みの女将がDを案内した。

京都人という理由いぜんに、Dはいくつになっても相手は不問に、誰であってもこういう表情を本能が拒絶するのだった。

人間が畜生に劣るのを見るようなこの瞬間はDにはひたすらにただただ忌々しい

隣りの新京極の本能寺の向かいの寂れた窮屈な飲み屋、酒を飲む店をそう定義していたDにはまるで未体験な店、そしてまるで世俗的に嫌悪を覚える店だった、その感覚収入が増えても不変と思っていた。

しかしそんな人生観という前提さえ水泡のように消滅する大前提が今日はあった、Kとさしで飲める

ならその場所に何かの注文を付けるのは無粋に過ぎる。

Kの後ろに自分の行くべき道がある。

もはやDにとってKはそういう存在となっていた。


KはDを見るなり、「N君のところへ」

彼にしては奇特に何かにつかれたようにと急かすようにDの手を引いた


管理人つき駐車場に、Dのハマーがあった

その後部座席にNがいた

Kから連れてくるように言われていたのだ。

Dは初めてKに困惑し、ハマーまで急いだ

席に乗ると

「N君をここに!そんではよエンジンかけて」

Kはかつてないほどに尋常ならざる昂奮な中でたきつけた

Dは困惑を超えたもはや焦燥と格闘しながらNを助手席に乗せ、その得体の知れぬ緊迫感に圧倒されつつエンジンをかけた。

その時、後部座席にいたKはうなづいた、柄にもなく目をぎらぎらさせこの究極のインテリが、全く道理でない。

「やはり・・・・」

Kは静かに言った。

「何がですか?」

焦燥感がもはや怒りに相似から同化してきているDが押し殺した声で伺った。

「アラートランプですよDさん、シートベルトアラートランプ、運転席側はついてる、さて助手席のN君側は・・・」

Dは何か冷水を浴びたようにパネルを見た、強力な磁力、あんときのNが太秦の監督室で醸したあの場、決して逃れられぬあの場、今のこの状況も一つの現象化なのか?

「間違いない、少なくともこの車はN君を人間として認識してない、ならこれはどうだろう」

Kはゴルティエの外套から抗菌オブラートにくるんだ小さな細粒を迷うことなくとり出した、シートの後ろからDの左耳にささやいた

「これは乾燥水仙です、医学的致死量の半分、5グラム、これをNに飲ませてみましょう」

その言葉にDは激烈な拒絶的化学反応を示した。

先ほど浴びた冷や水で青白く血の気がうせた肌が一瞬で気化させるほどにその持っている熱量で酷暑日の紫外線を浴びたように真っ赤にし、Kに初めて心底から沸き立つ憤怒に迷うことなく隷従し仮借なしに意見した、Kという智慧、見識、知識の理想的有機体のような人間が、知能の在り方として理想形の男のK、なぜか今はその前提に当然にある貞操観念、幼稚園児にもあるアプリオリな理念までを失念しているのか。

「もうなんなんや!あなたさっきから何言ってる!Kさん、あんた何があった?おかしすぎる、一体どうしたんです!」


Nはといえば何の気もなくガラスの向こう、先斗町を行きかう人々をただみていた

ナタを目の前にした鶏さえ恐怖を感じるはずだというのに。

が、Nは何も変わらなかった


別れ際KはDにまた初めてかと思うほどの笑顔で言った

「本当にいい本がかけた、自分がたどり着けた真理、生まれてよかったとおもえたほどの、映像楽しみにしてます」

Dは先刻の喧噪をまるで無効化、遡求して虚無化するほどそのKの笑顔にまたしても面食らった

激情が色を変えてこの数分間において夥しく押し寄せたDのもはやこわばる躰では会釈するのが精いっぱいだった


踵を返して、というよりくらみそうなモーメントに合わせて体を回転し、ハマーのエンジンをかけた、Nがいる助手席のアラートランプは依然としてその点滅を拒否していた

Dは総体的に正負に著しく背反する事象の訪れ、その啓示のような中におぼえる悪寒だけを感じ太秦へ車を走らせた。


1ヶ月後映画「アプリオリ」は封切りされた。


やがて、映画は公開され、あの無数の誹謗中傷という空砲虚しく、華々しさが時間とともに結果禍々しいほどの興行収入を記録した


評論家達はその稚拙な語彙にてただただ絶賛した。


Hはスーパースターが新境地を開拓!

Kは誰もが驚く終盤の伏線回収の美しさに脱帽!

Dの脚本を完璧に映像として見せるさまはまさに阿吽の呼吸が生む職人芸!


この映画史上に名を残すアイコン、揺らぐことない芸術、そうマイルストーンに遂にたどり着いた!


だが、完全な勝利などない

その代償は軽いとは言えなかった


Kにとっては完全な勝利故か

Kが白金の自宅にて自害した。




                  第二部 了



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