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第三部 各々の回想



 

       第三部 各々の回想


第一章  Dの回想1


翌日からKの死の真相についてマスコミが群がった

「日本映画史上最高の脚本家急逝!彼にいったい何が!?」

「超人気脚本家自殺!何が?出演者に直撃取材!」

下世話で低俗な見出しが街中に、ネットの海にあふれ

映画評論家と称する者たち、著名な脚本家、東大にて元同期の国会議員まで、マスコミ、ネット掲示板の喧噪が阿鼻叫喚をひたすらに連鎖させ、とめどないうねり、大波となって電波という電波に同期していた。


そのフィーバーはKの葬儀の中継にて頂点に達し、その熱量が生み出す熱波がテレビ越しに波及し、視聴者までを飲み込むかのような、あまりに巨大な質量を持つ呈の現象となっていた。


そしてこの公開中に原作者の死というスキャンダラスな出来事がヒットにさらに拍車をかけたそのさなか


新時代のアイコニックとして祀り上げられ、メディアに聴衆に右へ左へ揺らされたNは、自分に注がれる愛欲、情欲、欲動という欲望、少年の性的シンボルという下世話すぎるその「欲」の塊の視線が負の連鎖にとめどなく行われる化学反応により、毒々しい色の染め上げられた人間の業の洪水の喧噪に対し、Jがあらかじめ用意したあの「世俗の皮」をうまく扱えなかった。


いや、鎧にするには「その皮」は脆弱に過ぎた、

彼の熱狂者たちは彼をモノにせんとあらゆる手段を使用した、Nの初めての女となるために、彼の初めてを奪う為に。その初めてを強奪して何かを始める為。

Nは眼前の空間全方位にただひたすらな肉欲の毒々しさ、あのOがあばら家で出したあの「ニオイ」の激しい増幅にやがて押しつぶされていった。


Nはある舞台挨拶のさなか、その悲鳴に似たというより悲鳴そのものでしかない共鳴に両耳を力の限りふさいで、その卑俗な叫びを相殺する為、のどが引きちぎるような悲鳴とともに崩れ降りた、

そしてあの白い繭のようにぐったりと横たわってそのまま病院に搬送された。

ヒクヒクと喘いだ口から、アブクと共に白い物体を吐き出していた。

それは、彼の下顎の右奥歯だった。


Sは誠意を以て可及的工作をすべて施した

工作の疾しさよりNへの罪悪感にまみれていた

それはDも同じだった。


結局、この映画はマイルストーンであり、だれも触れられない禍根でもあり、芸術の畏怖を後世に伝える不世出な作品として誰もが評価した。

最終的には、それ以上を語るを禁ずる雰囲気が創出され、禁忌として、神話のように扱われる事に収斂した。


そして、「演技派俳優H」とSは残り、生業を続けた

残りはみな去った。

無論、PもSにデモテープを聞いてもらう機会なとうとぞあるはずがなかった。


Dの顔がうっすら見えた。

自分が病院のベッドにいることに気づいたNの眼、この静寂さに身を委ねていた。

Dは何か不思議と安どしていた。

映画監督して生きていけなくなって、この故郷に戻って、Pとともにこの少年と生涯を歩もうとするこの欺瞞的だが、予定調和的人生の終わりを。

Pはまだ未練があるようだが、無駄なあがきを・・・


        Dの回想


自分がこの仔ぐらい時代・・・・

田舎の桃農家の長男として生まれたDは与えられすぎて不自由でしかない少年時代を過ごした。

小学校の入学式、母親は8みりのビデオカメラを誇らしげに三脚に建て、わが子の晴れ姿を堂々と、いや優越感というかりそめの高みの中で誇らしげに記録した


田舎の名士というのはすべからく金持ちで優秀でなければならなかった、子供たちは何より優秀でなければならなかった。

Dの両親にとって、可視化できる数字以外は何も意味をなさなかった。

桃の売り上げ、つまり金銭が地位に替わり、常に誰よりも上にいる優越さの中にいる自負、農村というこの極めてゲマインシャフトなコミュ二ティーのなかで、誰よりも優位であり続けるための土台であり、手段であり、それは自他ともに認めるゴールだった。

そして、Dが陽の光をたくさん浴びて成長するにつれ、いささか名士を名乗るには都合の悪い事実が太陽にあぶりだされるように浮かび上がってきているのがみてとれた

Dの成績が思うような上昇曲線を描かない・・・

両親は「特別」な家庭教師を用意した。

その家庭教師、

その胡散臭い男が名前を名乗ることはなかった

母から「今日から家庭教師します、よろしく」

眉毛とまつ毛の間くらいの長さの髪を真ん中できれいに分けた優男の彼が教えたのは、勉強ではなかった、偽計、偽善、虚偽、おしなべて偽造。

結局、偽という名のつくありとあらゆることだった。

テスト前になると彼は自作の予想問題集と言ってDにとかせた

「それ、しっかりあたまにいれといてな」

次の日、試験の問題はその予想問題と寸分たがわぬものだった。

一字一句、それこそフォントの形、大きさまでも

Dは違和感の中にいながら当該問題を解く、というより思い出して回答した。

無論、全て100点

学校中の誰一人として彼を認めないものはいなかった。


「文武両道の鏡」

そこの人間たちは、あの家の子なら然る

それ以外の感情を持ち合わせることはなかった。


体育はゴマかしようがないはずだが、この村社会では其れさえも捻じ曲げられた。

いや、捻じ曲げる気などない、Dと対峙すると「あの家の子」ゆえに無意識に、ほかの連中は手を抜いてしまうのだ。

もはや子供達も知っている、知ってしまっている、村社会においては強さは財力、その家の者に勝つのは、このコミュニティーへの明確な反逆、謀反なのだ。


県下一の進学校に入学したとき、Dはみずからのすべて、いや、家の生まれた家のすべてが崩れ落ちていく、あの雪崩のような人生をみた。

彼はその学校で何一つ「1位」になることなぞ出来なかったのだ。

あの家庭教師は高校には「潜入」出来なかった、いや必要なかった。

それは理解の余地があること、なぜならあの「偽」はすべからくゲマインシャフトに於ける体裁の為だ、電車で1時間かけて行く県下最高の進学校には用はない、はずだった。

簡単な事だ、朝早く電車に乗ったらあの忌々しく憎悪なゲマインシャフトからひたすらに離れていくわけであるから。

それは村民も同じだった。

結局、離れれば誰もDには興味はない、この事実はあまりにフラットにやりきれないリアルだった

彼はその15年の人生で何一つ得られず、なにも構築できてないことに気づいた。

築けたもの、それは「偽」それだけであった。嘘の城のみ。


己が偽でしかないと認めることはあまりに残酷、卑劣、そして何より自責の重さが過ぎた

己は何もなせないと。


彼は毎朝、脳のエンジンがゆっくりと回転数が下がりやがて停止していくのを感じるようになった。

電車が駅に近づく、運転士がゆっくりブレーキをかける、速度が下がる、慣性走行が重力に屈してフェードアウトするとき、そう、確信的に、日常的に停車するあの時、彼の思考もシンクロするように停止した

あのカメラに映るPの姿のみ、その虚像のみが真理だった、この盲目的で窒息的な現においてこれこそすがるべき仮象でない確固たる現象に思えた。


           

       Sの回想 2002年

     


彼は景観美しい故郷の輪島を後にして、のし上がりたい、特別に不遇な人生、青春だったというわけではない、ただただ、凡庸で退屈で、ステレオタイプにゲマインシャフトな村の中の構成員でいることの嫌悪とバランスを取る、成人した彼はそのバランスを一生保つことの果てしない虚空な営みという任務から解放されたかった。

そして、自由と金が完璧に不可逆なほどにリンクする世界を知りたかった。

それが、大都会が大都会足り得る唯一の意義に思えた。

自分は器量も悪い、いや、それがどうにも都合がいい、であるからこそ自分に対し割り切れた、黒子として、影こそ自由だ、影の中を自由に泳ぎ、金というあまりに明瞭すぎな目標を手に入れたい。

それが、彼にゆるされた自由、野望だった

雷鳥から降りたとき、その世界は大阪かもしれないと思った。

梅田駅のきらびやかな迷宮のようで銀河鉄道999の発射シーンのように放射状のプラットホーム

そのホームの上品さを前面に出しておきながら、地下街の迷宮には欲望をまるで隠そうとしない、ふしだらな匂いに満ちたその二面的な様に見せられた。

美男美女がいなかったわけでは決してない、ただ、目を丸くするような人間には出会えていなかった。

曽根崎、難波、驚くほどの美男も話す言葉があの関西訛りにかかると、何ともかすんでしまうような、その客体をそのまま見ることができなくなってしまうような、フラットに相手を見ることができない、そんなフィルターへの違和感に苛まれ、予定通り一週間ほどで東京へ向かった。


東京についてある事務所を訪ねた、演歌歌手として名声を得ていたZの個人事務所である。

いうまでもなく門前払いを食らったが、SはZ宛に投書をしたためた。

Zはそれを大変気に入ったようで、Sを所属タレントの放送作家として採用したいとの返答を受けた。

これにはSはどうにもならない困惑に包まれた

ただひたすらに誠実で真摯に筆を走らせて、心の内に秘めた野心は純情で朴訥なオブラートに包んだ、何も面白いことなどなかったはずだ。

だが、Zには面白くて仕方なかったのだ、ぎこちない文章、心を込めたのがゆえに気付かぬ致命的な誤字が多数、挙句の果てにSの結論はもはや、もろい比喩とさえも言えないオブラートに似たなにかにしか包まれていなかったため、可視的に過ぎZには不惑だった

Zは素直に吹き出してしまったのだ。

その低能さがタレントの体能に必ず化学反応を起こすと確信した

そうして彼は、己のキャリアを放送作家としてスタートすることになった。

Sは仕事をしているうち、この仕事はスポークスマンなのだ、タレントの代弁者なのだ、それはなんと奇特な体験だろうと思っていた。

タレントがいかにウケるか?いかにかっこよく見えるか?ひたすらに低俗に幼稚に、何より低能な目線で思索しつづけた、その思索に入る時は苦痛以外の何物でもなかったが。

よってSはその苦痛な思索を監禁部屋と思っていた、したがってその世界には普段扉をかけておき、夜そっと鍵を開けて入った、入るのは一日1時間と決めていた。

性的な体験、刑事罰すれすれの、つまり正当防衛という名の過剰防衛的でしかない武勇伝、不倫、複雑な三角関係、教師と禁断の恋、ドラッグの気分、もはやすべからくくだらないものすべて、糞尿のようなものすべて、宇宙の塵にもなれないものすべて、それをすべてかき集め、そうそれが下衆の喜ぶ話をすべてかき集め、取捨選択し、タレントに差し出した。

結果タレントの人気が急上昇すると、能登の田舎の不格好なこの自分までがまるで万雷の白手を浴びている様で、体が浮き上がるほどに軽くなるのを感じ、その浮き上がらせようとする力を給与の重みが押しとどめた。




その数年後、彼は複数のタレントのマネージャーのチーフとして業界きっての売出屋として認知されていた。


つまり、Sはスポークスマンからプロモーターに変わった。


無論、その事実と完全リンクして、Zの地位を大きく引上げ、Zプロは業界の、いや、日本の有数の巨大な法人グループとなっていた。


そして、Sが東京へ来て10年の節目、Zが病魔に倒れた、後継はSになることは誰も異を唱えなかった、Zの弁護士と親族と家裁で遺言状を開封したとき、それは客観的にな事実として確定した。

「財産においては、自らからの設立法人及びその株式にかかる一切はSに遺贈、ほかの私的財産相続手続きについては民法の法定相続に従う」


Sは大手芸能事務所の社長となった。

プロモーターからプレジデントになったのである。


そう、彼が望んでいたことだ。

もっと言えば、あの寒々しいさびれた輪島の田舎のちび坊主がプレジデントになったのだ。


だが、タレントも世代交代の時期ではあった、いつまでも高級なカツラ、矯正下着でごまかしていくわけにはいかない

そういう昔の名前で出てるタレントだけではこの業界はすぐ飲まれる。


それで、彼は自分の足で新しいヒーローを探すことになった。


条件は言葉でいうのはたやすく、貧相だった。


容姿端麗


下衆な価値観の最大公約数を必ず回収する美しさ


ローリングストーンズでなくビートルズのような存在

ブラッドピット、キアヌリーブスではなくレオナルドディカプリオのような存在

ロベルトバッジョではなくデヴィッドベッカムのような存在


嫉妬以外の嫌悪は催すことはゆるされない、下衆達の美的感覚の共通項のような存在。

Sは大々的なプロモーションを打って募集をかけた、

自身の会社が製作するバラエティ番組にてオーディションをする運びとになった。

だが、身もふたもないが、それに応募してくる自体、その者の自惚れ以外何物でもないというフィルターの中でしか彼らを見ることはできなかったし、本人も自らを疑わぬただの世間知らずの田舎者、Sにとっては不本意ではあるが、東京は究極的には田舎者のゲゼルシャフトなのだと、ゲマインシャフトでしかない輪島とは向きはまるで正反対にもかかわらず、同じ色の寒々しさを感じて、もはや薄情となって形骸化した旅愁と虚脱感に襲われた。

無論、プロモーションをかけてそれをエンターテインメントにしてる限りは誰かを選ばねばならないのだが


そんな憂鬱を晴らすのもかねてSは自分の足で「原石」を探していた

もったいぶった番組収録が終わると彼は様々な場に足を運んだ。

だが、出来レースへの嫌悪感から、探索よりも一杯飲みたいのが本音だった。

だらだらと渋谷から代官山の街へ闊歩し、やがて中目黒を越え、自宅のある目黒に向かおうと、権之助坂に差し掛かった時、その坂の上に靄のような蜃気楼に似た熱気が立ち上っているのを感じた。


  


  


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