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第一部 第三章


第三章 

    

      Pの物語1 2005年


「もうすぐ着くで、次の次の駅や」

Pは車内の電光掲示板にその視線を括り付けられているかの様なNにぶっきらぼうに言った。

「もうすぐってもホンマにすぐやぞ」

果たして山手線は原宿駅に3分足らずで到着した。

「ほなな、頼むで」

ビル入口にて、Dは俯きつつボソッと言うと、Sの親愛なる「下僕」が故に、哀愁と言うより悲哀と言うべき言葉でも宿したかの様に背中を丸め、一足先にKのいる社長室に向かった。


この、着飾った上辺だけが輝く街には、その内部にて、エンタメの質料すべてを抱合している、そしてこの街にHが所属する、この業界の原子核たる芸能事務所がある。

演歌歌手Zの付き人から、Zを比肩する者なき富と力を持った大物に仕立て上げ、このビル、つまり当該Sグループは、この芸能界に於いてのみならず、政界、財界、ましてや学術協会にまで及ぶ程の毛細血管のように張り巡らされたコネクションを持つ巨大プロダクション企業となっていた。

まさに、人材マスプロダクションの源泉そのもの。

その長がSである。

SはNのことなぞそれ程には気にかけてもいない、監督、脚本、そして演者の初顔の読み合わせは、Sにとっては形骸的だが、相撲の仕切りのようで、なにか湧き上がる昂揚を覚えるものだった。彼は他の権力者にある傾向のご多分に漏れず、こういう儀式的な事が何より好きなのだ。

Pにとっては重鎮Sに自身の名を覚えてもらうチャンス、Nは・・・こいつを利用してなどとは考えながらも、何か呵責に苛まれた気分で憂鬱だった。Nに対してではない、P自身に対しての呵責だった。

無論、いざという時の為に自分のデモテープは持ってきている、それをSに聞いてもらえば・・・しかし心の核にへばりついてるかの様なこの呵責と対峙するうち、ロックは反骨心そのものだという信念への翻意という認識が彼の後ろめたさを増長させていた。

「社長は13時にお見えになります、それまでお待ちください」

受付の女性は可憐かつこなれていて、所謂アイドル崩れなのは一目瞭然だった。

広々とした玄関ホールに屹立する柱に掛けてあるロレックスの大時計を見ると、まだ1時間近くあった。

ロビーで待っている間、Pはアイポッドを取り出し、何とはなしに音楽を聴き始めた。

ローリングストーンズのレットイットブリード

Pはこの日は後ろから聞いた、「無情の世界」

「お前のほしがるものはいつも手に入らない」

「お前のほしがるものは仮初にしか手に入らない」

「だが、いつかなんか見つかるかもな、本当にほしいもんが」

ミックの声がPの脳内に問いかける。

今日がその「何か」を見つける日になるんか?

そして、Pはミックジャガーとともに脳内で反芻してした


PのこれまでなどP自身にさえそう無情という以外言いようはない。

今更振り返ること自体がそのすべて空虚で虚無。

母親は商売女だったらしい、客と何らか間違えて、結果Pが生まれてきてしまったらしい。

Pは物心ついた頃には既にDが隣りにいて父のようで兄のようで、いやもっと畏れ多い何かの圧力を持って抑圧された仲間だと認識した。

毎晩、Dとその父、母と4人で黙々と飯を食う。

毎晩、朝も夜も、会話は一切ない。4人それぞれに不可視な衝立てがあるが如く、したがって、自分の内部に存する根源的な問いは、このベールのようで嘆きの壁のような不動の圧力に抗うことだと頭の末端に追いやり、何も聞けなった。あの日までは。

その根源的な問いの回答、つまり自らの出生を鈴ヶ森の孤児院にて知り、Yと言うロックンロールアイコンに出会い、やがてギターを弾き、歌った時、自分の現を、生を感じる事が叶った。

だが、その孤児の歌はあまりに悲しく、聞く人々は、現実逃避のつもりに聞きに来たロックンロールに現実を突きつけられ、次から次へ離散していった。

だが、自分はロックスターになるために生まれてきたと信じて疑わなかった。

こんなにロックが似合う境遇の身なぞ全国探しても見つかるものではない。

やはり、彼の歌はやはり悲しすぎた、いや、リアルすぎた、当初は熱狂的な支持を、だが、次第にその激しさ、痛烈さ、あまりに直接的真摯さが人々を乖離させ、やがて離散させた。やはり、Pは孤独でしかなった。

Pの歌は、聞き手に一切の現実逃避を許さなかった、規律がない世界がいかに不自由かを痛感させるだけだったからだろう。

つまり生々しいまでに現実的に過ぎた。

生まれもってロックで、さらに自らの人生のロックンロールの加速度は増すばかりだというのに、

追従者は皆無、それはパラドックスでしかない。

だが、Pにはこの事象に対しある程度、諦念を芽生えていた。

そもそも、質的には、母親がいないのと同じような諦念の観。

「太い客」

そう、彼に投資し断固としてその拡散を踏みとどまることのない強い意志である。

それは、下世話に言うならスポンサーという存在だった。

その事実にPは抗ってきた、ロックは抗うことにしか意義はないのだから、だが、抗うほどに対バンしていた知り合い達は、大河の流れにのって大海原のように明るくきらめいたステージに立つのを見て、Pにやはり妥協という諦念が生まれていた。

無論、今日行く川は黄河やナイルのような川だ。

この川の船頭たるSが一隻の船を用意さえしてくれれば自分もあの朝日がきらめき、歓声が波しぶき音のようで、それでいて、自分だけのものでしかないようなあの海へ行ける。

後ろめたさは依然として消えないが、それも男の陰りの糧になれば・・・

そしてこの船は、あのYが乗り損ねた船でもある。

その時はそうやって自分を慰めるのだろう、と漠然と思いを纏める事しかできなかった。

己を分析すればそんなところであった。

畢竟、ロックスターしか未来が見えない、矛盾とか、背反とか、Pには考えるだけ無粋、そういう結論の元にいた。というより、その結論から逸れるなと、自らを戒めた。


先の美しい受付けが含み笑いを隠そうともせずこちらに歩みよった。

「社長戻られました」

Pはあわててイヤホンをはずし、まず右、そして左耳へ、という時、女は吹き出してしまった。

ハッとなってNを探した。

Nがなんといつの間にかPの隣で左のイヤホンを自分の左耳に装着し、仲良く一緒にローリングストーンズを聞いてわけだ、どおりで受付けの声がよく聞こえたわけだ。

Pは「このがき!」と言おうとNを睨み付けたが、受付があまりに上品にかつ美しく、素直に含み笑っているので気恥ずかしくなって自重した。

Nは何事もなかった様に爛々と体と心を躍らせつつ耳を澄ましていた。

もう、ギミーシェルターが鳴っていた。

「俺に逃げ場をくれ!」とミックが叫んでいた。


9階建てのビル、ここが日本のショービジネスの中核にして中枢、ここからすべてのアーティストと言う名の娯楽芸術がつながっていった。

その最上階の左奥、Sのいる社長室へ向かった。

「こほん」

柄にもなく、Pはドアをノックした、Pがドアをノックしたのはコンビニやインターチェンジで長々と用を足している客にトイレを借りる時くらいだった、そして、あの撮影所に呼び戻されたDの部屋以来か、

まあ、Dにノックした以外は、された方はノックというより取り立て屋の様な脅しでしかなかったろだうが。

トイレの「ノック」について言うなら、

出すべきものを早急に諦めて、客が慌ててトイレから出てきた様を見るに、あれは強要、脅しに限りなく近似していたのだろう。

さて、Pの前にあるこの披露宴会場の様な厭に仰々しく重々しい扉を開くと

奥の椅子に、すっかり禿げあがった頭がブラインド越しの日差しにギラギラ光った。

その前のラブホテルのダブルベッドのように過大で、向かい合う2つのソファー

そこに、KとDが向かい合っていた。


「Sさんこちらが先に申しました少年です」

Kが慇懃に言う。

「なるほどな、もう少ししたらHもくる、それまで待とう」

ここで、Sはもはや見透かしたように尋ねた。

「こちらは?」

「この少年の兄です」

Kが声をやや歪ませながら言う。

「ということはD君の弟でもある?この間言っていた騒ぎの?」

Sのこの言葉はどこか棘があった、達観の中で恩着せ、貸なぞ超越し、嘲笑しているような、挑発するような。

Pのこともやれ見透かされていた。

「そういえば君、どこかで見た顔だ」

一同の緊張がそれぞれ糸となって、この50人は余裕を十二分に持って出入り可能な広大な社長室の空間の隅から隅へ瞬時にくまなく駆け抜け張り巡らされた。

このビルの空き部屋に張り巡らされている赤外線センサーのように。

何人も身動きをとれないような。

「あれは確か難波に、Vを見に行った時、君に似た男が裸でステージを走り回っていたような・・・」

Sが追い打ちをかける

「髪は出来の悪い人参みたいにまだらに赤くて、まゆげをごっそり剃ってあったから、その時の青年と完全に一致しないが、似てはいる、あの男にいきなり接吻されて、ズボンを下ろされていきなりな・・・男と接吻されたのは私の人生最初で最後だった」

一同はもはや呼吸だけで赤外線センサーが発動してしまうような緊張の中にあった。

Sは周り視線の緊張の頂点にて、依然として不動、下から上がってくるその視線をもてあそぶ様に続けた。

「まあ、自分もまだマネージャーでしかなかったから、仮にその人物と同一としても、今日は不問にしておく、そもそもライブハウスに背広でいく自分にも非はある、社会人として、あーつまり常識、相応でなかったのがいけなかったのだろう、しかしD君の弟、そうか君か」

Sは口角の左をきっとあげた

「このP君の騒ぎ、この間の梅田の件、D君ねえ、私だっていつまでもそんなに面倒は見きれんからね」

Dは絶句し将校を前にした小隊長のごとく、全身が硬直し、充血させた瞳は瞬きを忘れ、疼痛に耐えるが如く顔をひきつらせた。


一方Pの内観はと言うと、どうやら今日はデモテープ持参した意味はなかった、うつむきながらも、こんな時まで安堵感が先走っている自分にいら立って、しかしそれでいて笑わねばならない、安堵と落胆、悔恨と微笑、このパラドックスの板挟みの中でにいた。

先程、決めた自らへの戒めは容易く消え、また戻った。

もはや自分のシェルター、つまり「逃げ場」が諦念だとも言うのか?

また、「諦念概念」のバリエーションが増えたのだ。質的には全く同じ、、、基体は、親を知らぬという本質そのものだ。

堂々巡りしていつも一点で停止している、自分の人生はただ空回りな回転、空転と諦念はPには同義語になっていた。

Pは緊張を装いながらも、いや、眼前にいるSへの緊張は解こうとして解れるはずはないのだが、虚炉にSを眺めていた。内と外の全く分離した背反な姿、今のPそのものであった。


場に居る各々の研ぎ澄まされた種々の緊張感の織りなす枠によって仕切られたこの社長室の滾った空間を突き破る様に、突然ビルの下で怒涛のように黄色い歓声が沸き起こり、ビルの周りに壮大な花火に魅入られるかのように人が人を呼び込んで、その歓声の極めて短波長な音波が地鳴りとなり、この最上階まで揺らすかのようだった。

見下ろす窓から、轟音鳴らすダークグリーンのアストンマーティンから白く長い指そして長い髪がゆらゆら揺れるのが見えた。

そのHの駆るヴァンテージの轟音は、歓声と相殺どころか共鳴し合う中と共にビルの地下の立体駐車場に消えた。

歓声は悲鳴のようにもに変化しつつ未だ健在に鳴り続けた。







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