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一流の冒険者




 アルファが南の森から王国に戻ってきた頃には、太陽はすでに地平線に向かって落ち始めていた。もうすっかり見慣れたフォーツヒル王国の街並みを眺めながら、人通りの賑やかな中央区の街道へと入る。

 通りには宿屋や飯屋、市場、道具屋など、数々の店が並び、住民たちで繁盛しているところもあれば、閑古鳥が鳴いている店もある。


「こんにちはぁ!」


 やがてアルファは一軒の店に入った。

 開きっぱなしになっている出入口をくぐると、開放的な作りの店内が広がっている。だが、その中はいやに熱気が漂っていた。あまりの暑さに、アルファは思わず顔をしかめる。


「うわぁ、やっぱり暑ぃ!」


 それもそのはずで、今アルファが足を踏み入れたのは、“鍛冶屋”。剣や鎧を鍛える場所である。店の奥では金属を熱するための炉に轟々と火が立っている。

 表の看板には剣と金槌の絵が描かれ、この店が鍛冶屋であることを表していた。


「モーリさん、いるぅ?」


 アルファは大きな声で店主の名前を呼んだ。


「おのぉーー、モーリさーーん!」

「あぁ、聞こえちょる! 聞こえちょるから、そうデケェ声出すな!」


 アルファの呼び声をかき消すように、店の奥から太い声が聞こえてきた。

 奥から出てきたのは、背筋がまっすぐ伸びているにも関わらず、大人の腰ほどの背丈しかない老人だった。一見、小人のようだが、彼の腕や脚は、丸太のように大きい筋肉がついている。そして、その顎には、そんな屈強な体にも負けないほど目を引く、立派な髭があった。

 老人の名前は“モーリ”。鉄鋼や鍛冶を得意とするドワーフ種族の老人である。


「依頼の魔石とってきたよ」

「ふん、そこに置け」


 モーリが不機嫌そうに鼻を鳴らす。気難しそうな態度だが、アルファは気にした様子はなく、言われるままアイテム袋から取ってきた魔石をそばにあった作業台の上に置いた。


「それにしても鍛冶屋で魔石なんて、何に使うの?」

「お前みたいな魔法使いには関係ないことだ」

「いいじゃん、教えてよ」


 モーリがめんどくさそうに睨むが、アルファは好奇心の眼を止めなかった。


「剣を鍛えるのに使ったり、炉の火を調整するのに使ったりな」

「普通の石や薪じゃダメなの?」

「ボロ剣や鉄クズなら別に構わん。じゃが、魔力の込められた剣や鎧となると、魔石を使わんと鍛えることはできん」

「へぇぇ」


 魔石の質を確かめるモーリを、アルファは物珍しそうに眺める。その見る眼や触る手つきはこなれており、まさに職人のものである。


「……ふむ、よかろう」

「やった!」

「それじゃあ、承諾書を渡そう。ちょっと待っておれ」


 そう言って、モーリは近くの机に置かれていた紙の束の山から一枚を取り出した。その紙はクエストを依頼したものに与えられる承諾書だ。その承諾書の依頼人の欄にサインをして、モーリはアルファへと渡す。

 これでモーリの出した依頼は完了したことになった。この名前入りの承諾書をギルドに持っていけば、正式にクエストを達成されたことになり、アルファはギルドから依頼料を受け取ることができる。

 アルファは受け取った承諾書を広げ、掲げて見上げた。


「よっしゃゲット! 私の報酬!」

「たった銀貨50枚で、えらい喜びようじゃのう」

「良いの。私にとっては大事な持ち金なの」


 現在、アルファの持ち金は少ない。おまけに金貨3枚と銀貨55枚と多額な借金を抱えている。例え銀貨50枚でも、彼女にとっては大きな報酬だった。

 アルファはお菓子を貰った子供のように笑い、その場でクルクル回る。彼女にとって、いま手に持っている紙は、いまだ数少ない自分自身の手でやり遂げたクエストの証である。


「ちょっとゴメンよ、お嬢ちゃん」

「あっ!」


 だが、急に横から伸びてきた手によって、アルファが持っていた承諾書が取られてしまった。






 ***






 承諾書を横から取られ、アルファは驚いた。顔を横に向けると、マントを羽織った長身の男が立っていた。年齢はアルファよりも一回り上に見える。


「ちょっと、返してよ!」

「あぁ、こいつは失敬」


 男が差し出した承諾書を、アルファは荒々しく取り返した。


「お嬢ちゃん、冒険者か?」

「そうだよ。これはただの紙じゃなくて、大事な書類なんだから」

「くくっ、そうかい」


 男は鼻で笑い、小馬鹿にしたような顔でアルファを見下ろす。

 アルファが不機嫌そうに頬を膨らませて睨み返したが、男は無視して店のカウンターに立った。


「おい鍛冶屋、頼んでいたものは?」

「あぁ、できちょるよ」


 モーリはそばに置かれた武器のひとつを取って、男に渡す。その武器はモーリが依頼されて鍛えた男の剣だった。鞘の形からロングソードであることがアルファには分かった。

 自身の剣を受け取ると、男は鞘から抜いて刃を見る。使い込んで刃こぼれしていた剣はモーリの手によって完璧に仕上がっていた。磨かれた刀身が室内の明かりを反射して男の顔を照らす。

 鋭利な刃を得た自分の剣に、男はニヤリと笑う。


「流石、ドワーフだな」

「世辞はいいから、とっとと代金払いな」

「ふん。愛想が悪いのも流石だな」


 男は投げ捨てるように金をカウンターに置いた。


「良いかい、お嬢ちゃん。一流の冒険者になるにはなぁ、道具と仕事にはこだわらなきゃダメだ」


 男はアルファの杖に目を止めた後、彼女の頭から足に掛けて舐めるように見た。嘲笑うような値踏みの視線に、アルファは思わず眉間に皺を寄せた。


「お嬢ちゃんは身につけてる杖は立派だが、他の装備は平凡。金も大して持ってなさそうだし、強者としての威厳もない……おまけに女としての色気もな」

「むっ!」

「それに、その程度の報酬のクエストで喜んでるようじゃ、まだまだ新米だな」

「ちょっと、黙って聞いてれば偉そうに!」


 アルファは声を上げて目の前の男を指さす。


「誰だか知らないけど、あなたに冒険者の何が分かるっていうの!」

「受け持ったクエストの報酬を見れば、その冒険者のレベルが分かるってものだ」


 男は身をひるがえしてマントをなびかせ、腰に剣を差した。そして、自分の佇まいと剣を見せつけるように胸を張った。そこでアルファは、男が自分と同じ冒険者なのだと気が付いた。


「あなた、戦士なの?」

「ま、そういうことだ」


 剣と魔法でモンスターを倒す戦士。冒険者の中で最も多い役職だ。そして、最も花形のポジションでもある。


「冒険者として名を上げたきゃ、仕事は選ばなきゃな。報酬の高い仕事を取って有能な仲間とデカい手柄を立てる。それが一流の冒険者ってものだ」

「ハァ?」


 男の聞き捨てならない言葉に、アルファは裏返った声を漏らす。


「お金や手柄のためじゃないでしょ! 困ってる人を助けるのが冒険者でしょ!」

「……ははっ!」


 きょとんとした後、男は心底馬鹿にしたように鼻で笑う。アルファも負けじと男を見返した。


「いるんだよなぁ、たまに。英雄譚や冒険小説に影響されて青臭いこと言うヤツ」

「うっ!」


 アルファは唇を噛んだ。


「冒険者の本質は多く金を稼ぐことだ。より難度の高いクエストはそれ相応の報酬金が掛けられる。だからいかに大金を稼げるかどうかが、その冒険者の実力(レベル)になるってわけよ」

「それはどうかなぁ。人から感謝されてこその冒険者でしょう」

「感謝じゃレベルは上がらないぞ。金があれば強い装備や良いアイテムも買える。お嬢ちゃんの好きな英雄にも近づけるってもんよ」

「成金の英雄なんてイヤなんだけど?」

「得てして勇者や英雄なんて成金だよ。じゃあ、お嬢ちゃんはクエストを選ぶのに報酬金は見ないと?」

「それはぁ……べ、別に私はお金のためにやってるわけじゃ……」


 アルファの声に段々と力がなくなる。やがて口をつぐんだ。

 黙り込んだアルファに、男は得意げに笑みを浮かべる。そんな男のニヤケ面を、アルファは奥歯を噛みながら睨みつける。しかし、その態度は男の自尊心を助長させるだけに終わった。


「どうやら言っても無駄のようだな。せっかく親切に助言してやったのに」

「余計なお世話だよ」


 男はアルファの横を素通りして店の外へと向かう。


「まぁ、せいぜい頑張りな。おじょーちゃん」


 嫌味ったらしい言葉を残して男は店を後にした。その間延びした言い方はアルファの耳に残った。


「偉そうなこと言うなァ、バカヤローー!」


 アルファは急いで店を出て、頭の中の言葉を振り払うように、去っていく男の背中に向かって叫んだ。

 その大きな声に通りすがりの人々が一斉に振り返ったが、周囲の視線も構わず、アルファは荒い息を吐く。


「往来でなに叫んでるんですか?」


 アルファの背後から呆れた声が聞こえてきた。


「えっ……リトさん?」


 振り返ると、そこには野菜の入った籠を背負ったリトが立っていた。








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