ポムの依頼
アルファが叫んで生まれた静寂も、すぐに普段の賑わいでかき消えていった。さっきまで腹を立てていたアルファも態度を変え、現れたリトを見て、首を傾げた。
「リトさん、何してるの?」
「市場に野菜を卸しに来たんです。アルファさんこそ何やってんですか?」
「私はクエスト完了したところだけど」
「往来で叫ぶことがクエストですか?」
「違うよ……あっ、そうだった」
アルファは何かを思い出したように手を鳴らした。
「モーリさん、またねぇ!」
「…………おう」
アルファが手を振って礼を言うと、店の奥にいるモーリが小さく手を振り返すのが見えた。
「よし。あとはギルドで報酬を受け取るだけ」
「鍛冶屋のモーリさんからのクエストだったんですか?」
「うん、魔石を取ってきてほしいって依頼だったんだよ」
「なるほど」
そんなやり取りをした後、二人は歩みを進めた。二人は横並びになって、中央区にいる住民や冒険者たちとすれ違いながら、ギルドへ向かう。
ふと、アルファは自分についてくるリトに疑問を覚えた。
「あれ? リトさんもギルドに行くの?」
「えぇ、少し用事がありましてね」
「用事?」
アルファは首を傾げた。
「実はさっき市場に野菜を卸したんですけど、その時、ポムおじさんから頼みごとをされましてね」
市場で出店を構えるポムについてはアルファも知っており、何度かリトの野菜を買い取っている時に居合わせたことがある。直接的な接点はないが、今ではすっかり顔見知りになっていた。
リトはさらに口を開く。
「ペール村にいる友人に野菜を届けてほしいとのことです」
「ペール村……あぁ、たしか西の方にある村だったね」
アルファは顔を上げて思い出したように言った。
フォーツヒル王国周辺の地理については、アルファもある程度記憶している。ペール村は西の小高い山を越えた先にある小さな村だ。これといった名物は無いものの、山の恵みが育む自然豊かな森に囲まれ、村人は長い間その森と共存するようにつつましく暮らしている。
「でも、なんでそんなところに?」
「えぇ、なんでもポムおじさんはペール村出身だそうで、今回の友人とは幼少からの付き合いだそうです」
「へぇー。その友達の人にもリトさんの野菜を食べさせてあげたいってこと?」
「いえ、残念ながらそういう話ではないようです」
リトは眉間を寄せつつ横に振った。
「ペール村は今、ちょっとした食糧難になりつつあるようです」
「食糧難?」
「食べ物が足りないそうです」
「それくらいわかるよ!」
声を大きくして返したアルファだが、すぐに神妙な顔になった。
食糧難の理由として考えられるのは、自然災害や戦争、モンスターによる獣害、盗賊による強奪などがある。いずれにしても、あまり良い理由ではない。
「何が原因なの?」
「ペール村の食べ物は自作しているものの他に、フォーツヒル王国や周辺の村々からの交易で買い取っているものがあるらしいのですが、最近、王国を行き来する商人がめっきり減ってしまったそうです。そのおかげで、村の食べ物が入ってこなくなっているそうです」
「商人が? どうして?」
「さぁ、そこまでは」
リトは首を傾げたまま口を閉ざした。彼がポムから聞いた話はそれまでで、なぜ商人が減った理由については聞かされていなかった。
「そんなわけで、お得意先のポムおじさんの頼みですから、無下にもできませんので、私がペール村に野菜を届けに行こうと思いましてね」
「ふーん、そうなんだ」
そんな話をしている内に、二人はギルドへとたどり着いた。木造の大きな建物だが、相変わらず冒険者で賑わっているのが入口からも分かった。
「でも、なんでギルドに?」
「情報収集ですよ。もし商人の方がいれば何か話を聞けたりするかもしてませんので」
リトの言葉に納得しつつ、アルファは一緒にギルドへと入った。
ギルドの中は仕事を終えたと思われる冒険者のパーティで賑わっていた。
「なんだが、人が多いですね」
「そう?……言われてみれば多いかもね」
雑談する人や酒を飲む人、武器の手入れをする人など、様々な冒険者がそれぞれの時間を過ごしていた。そして皆それぞれの役職を象徴するような格好をしている。剣を携えた青年や教会の紋章の入った聖帽を身につけた女性、ローブを目深にかぶる男性など。そんな彼らを一瞥しながら、アルファはリトと別れ、一人受付へ足を進める。
ちょうど冒険者の対応が終わったところで、アルファは受付に着いた。カウンターに立っていた受付嬢が微笑みながら一礼した。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「クエスト達成してきました」
「かしこまりました。それでは承諾書を」
「はい」
アルファは受付嬢に承諾書を手渡した。そして承諾書を受け取った受付嬢は、紙面に目を通すと、流れるように手を動かして書類を処理し、棚から指定の報酬金が入った袋を取り出した。
「確認できました。では、こちらが今回のクエストの報酬です」
「ありがとうございます」
小さな袋の中から金属の擦れる音が鳴る。報酬金を受け取ると、アルファの口元が自然と緩んだ。
「金策ですか?」
「えっ?」
ふと受付嬢に訊かれ、アルファは思わず声をこぼす。
「あなた、ここ最近ずっとクエストを受けてますから。何かお金が入用なのかなと」
「い、いやぁ、別に大した理由は……!」
アルファは返答に躊躇った。流石に借金を返すためとは言いにくかった。
「冒険者としてクエストを受けるのは当たり前のことですから!」
「そうですか? 確かにクエストを受ける人のほとんどは冒険者ですけど、大抵、路銀を稼ぐためですから、あなたみたいに、いくつも小さなクエストを受ける冒険者は珍しいですよ」
「えっ! ほんと?」
「え、えぇ。ここひと月くらい王国に来る冒険者が増えてますけど、みんなもっと大きなクエストはないかって聞いてばっかりですよ……まったく、そこに出てなきゃ無いってのに」
ボソッと漏らした受付嬢の愚痴も耳に入らず、アルファの顔が少し曇る。
そんな彼女の反応に、受付嬢は首を傾げた。
「どうかしました?」
「う、ううん。なんでもない」
アルファは取り繕うように微笑しながら手を振った。
「まぁ、私はあなたみたいな冒険者は嫌いじゃないですよ」
「あははぁ……ありがとう。じゃあねぇ」
本音か社交辞令か分からず、アルファは受付嬢に苦笑いを向け、逃げるようにその場を後にした。アルファがその場を去った直後、受付嬢は次の冒険者の対応に移っていた。
***
受付で用を済ませたアルファは、途中から別行動をとっていたリトを探す。
キョロキョロとギルド内を眺めると、ふと隅にいた見覚えのある服装が目に留まる。周りが冒険者しかいないとあって、平凡な服装はかえって浮いて見える。案外すぐに見つけることができたなと思いつつ、アルファはそリトがいる方へ向かって歩く。
リトはギルドの隅で、なにやら初老の男と話していた。見たことない顔だが、男のそばに置かれた大きな鞄から商人であることが分かった。
アルファが寄っていくと、リトは横目でチラリと彼女を見たが、すぐに男へと視線を戻す。
「それで、今ペール村の周辺で何が起こってるんです?」
「なんでもペール村に向かう途中にある山に、凶暴なモンスターが住み着いたらしい」
「モンスター?」
「あぁ、そのせいで西へ向かうには山を迂回しなきゃならなくなったってんで、みんな困ってんだよ」
商人の男はカラッとした声で言った。
「そのモンスターというのは?」
「さぁ。どこかの土地から流れついたとか、元々そこにいたのが凶暴化したとか、いろんな噂が流れてはいるが、詳しくは知らん。だが、そのモンスターが山の街道を通る人を襲ってるって話だ」
だからペール村に行き来する商人が減ったのかと、リトは内心で納得した。
「ギルドに冒険者が多いのは、そのモンスターが理由ですかね?」
「あーいやいやいや、ここにいる奴らの大半は、まったく関係ねぇよ」
男はわざとらしく片腕を振った。
「ひと月前からとある貴族が高額なクエストを出すって噂が流れてんだ。ここの奴らは皆それが狙いだよ。モンスターの噂が出るよりも前からこの国にいる連中だ」
「……なるほど。であれば、直近でそのモンスターが倒されることは考えにくく、今ペール村に行くにはその街道を避けていくしかないってことですか?」
「まっ、そういうことだな」
男は頷くと、そっと自身の鞄に手を伸ばした。
「腕に覚えのある奴やパーティを組んでる冒険者なら自分たちで何とかできるんだろうが、俺たち商人や戦うすべのない人間は、当分あそこを通るのは無理だわな」
「……分かりました。ありがとうございます」
ひとまず聞けたいことは聞けたと、リトは男との話を切り上げて席を立った。男は去っていくリトにキョトンと目を丸くする。アルファもいそいそとリトの後を追う。
「良いの? まだいろいろ聞けたかもしれないのに?」
アルファは口元に手を当てながら訊いた。
「良いんですよ。あれ以上つづけると、商売の話になりそうなのでね」
それを聞いてアルファが振り返ると、男が苦虫を噛み潰したような顔でこっちを見ていた。
「それに、大体のことは聞けました」
「モンスターが出たせいで商人がペール村に行けなくなってるってことだよね?」
「えぇ、どうやらそのようですね」
リトは相槌を打ちながら、思考する顔つきを浮かべた。
「でも、どうするの? 冒険者に依頼して届けてもらう? なんなら私が行ってこようか?」
「いえ、僕が直接行きますよ」
「……えっ?」
そのあっさりとしたリトの返事に、アルファは一瞬耳を疑った。
モンスターの危険性は、南の森での“メタルマイマイ”との戦闘で分かっているはずだ。冒険者でない人間では到底かなうはずはない。頭の回るリトが分からないはずがないと、アルファは思っていた。
「いやいや、でもモンスターだよ。この前みたいな目に合うかも知れないんだよ?」
「えぇ、分かってます」
リトはいつもの落ち着いた口調のまま頷き、背負った野菜の籠を持ち直した。
「でもモンスターがいようが魔王がいようが届けなきゃならないので」
「危険だよ! いくらポムさんからの頼みだからってリトさんが行かなくても、冒険者に頼めば良いじゃん」
「そうですね……でも、自分で作ったものは、なるべく自分の手で届けたいんですよ」
「どうして、そんな……?」
アルファに訊かれ、リトは少しの間、顔を俯かせた。二人の間には静寂が流れ、不思議と周りの冒険者たちの賑やかな声がかすんでいくように感じられた。
「ぼくは農家ですからね」
リトはアルファの顔を見ながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「自分が育てた美味しい野菜を食べてほしいんですよ。お腹が空いた人達がいるなら、なおさらね」
そう言って、リトは目の前にあるものを見上げた。いつの間にか二人はクエストが貼り出される掲示板の前までやってきていた。
アルファは心配そうにリトの横顔を見つめる。
「でも、やっぱり危険だよ」
「えぇ、だから僕ひとりで行くつもりもありませんよ」
「えっ?」
アルファは目を丸くした。緊張で強張っていた表情の力が一気に抜ける。
その彼女の反応を横目で見て、リトはクスリと笑った。
「最近ポツポツ返済してくれてますが、アルファさんの借金はまだ金貨2枚と銀貨70枚ありますから」
「え、えぇッ!」
今度は大きな声が響いた。周りにいる冒険者の数人が振り返っていたが、アルファは構わず話を続けた。
「た、たしかにリトさん一人で行かせるくらいなら、私も付いていくつもりだったけど……」
「なら、問題ないですね」
「いやいや問題おおありだよ! たしかに最近やっと南の森にいるモンスターを一人で倒せるようになったけど、もしそこにいるモンスターよりも高レベルなモンスターだったら私一人だけじゃ倒せないよ」
「倒す必要はありません。ペール村に着けば良いので」
「でも、どんなモンスターかも分からないのに……」
「確かに正体が分からないのは気になるでしょうが、そこまでレベルの高いモンスターではないようなので、その点は心配ないでしょう」
「どうしてそんなことが分かるのさ?」
「それは……」
突然、リトの言葉が途切れた。
どうしたのかと思い、アルファが顔を覗き込むと、彼は眉間の皺を深くしていた。
「……変ですね」
「ど、どうかしたの?」
さっきよりも低い声でリトは呟く。その口調の変化に、またアルファは緊張で声をどもらせた。
リトは目の前の掲示板を指さした。
「このクエスト……」
「クエスト?」
アルファはリトが示したクエストの紙に目を移した。そこには『旅の護衛をお願いします』と書かれていた。詳細を見ると、依頼には商人のようで、ペール村への商品や預かりものを運ぶ際の護衛をしてほしいというものだった。報酬は銀貨500枚と、リスクにしては報酬が低い依頼だ。
「護衛の依頼だね。モンスターが出たからこんな依頼もあるだろうけど、これのどこが変なの?」
庶民や貴族が旅をする際、盗賊やモンスターに襲われても防衛できるように、冒険者や傭兵を雇うことはよくあることだ。よって、ペール村への街道にモンスターが出没しているとあれば、このようなクエストが出ていても、何ら不思議ではない。
アルファはリトの言う違和感の正体が分からず首を傾げた。
「そして、そのクエスト」
「ん?」
今度は隅にあるクエストを指さした。それは『マジックアイテムを配達して』というクエストだった。運び手を護衛するわけではなく、請け負った冒険者が品を目的地まで運ぶ方式のクエストだ。
こっちのクエストは、護衛のクエストよりも詳細な内容が記載されていた。
配達するマジックアイテムは“チカラの実”。口にすると永続的に筋力が向上する不思議な木の実だ。冒険者たちの能力上昇アイテムとしても使われている。特定の環境でのみ育つ特殊な木から取れるため、店に並ぶことは珍しく、極たまに市場に出た時は高値で取引されている。依頼人は王国の隅に住んでいる“リア”という老婆らしく、『たまたま手に入った貴重な木の実。ぜひ隣の国にいる孫にあげたいのだけれど、足が悪くて自分ではとても行けないの。しかも最近は西に向かう街道にモンスターが出るって聞くし、代わりに届けてほしいわ』とあった。
配達先はフォーツヒル王国の西方にある隣国の街。報酬は金貨5枚と、そこそこ高い。
「こっちは配達の依頼だね。内容がすごく詳しく書かれてるみたいだけど……」
クエストの詳細に目を通し、アルファは首を傾げた。彼女から見て、記載された内容に不審な点は見当たらなかった。
「でも、それが?」
「この二つのクエストは依頼人は違いますが、おそらく“つながって”います」
「えっ!」
「いずれにしても……」
リトは神妙な顔つきのまま顎に手を当てた。
「そのクエスト、おかしいです」
冒険者たちのざわめきが聞こえている中、リトの抑揚のないトーンの声がアルファにははっきりと聞こえた。




