毒の真相
「あと少しだったのに」
メイガンはため息をこぼす。そして恨みまじりの眼で、リトとアルファを睨みつけた。そんな彼女からの視線に、リトは無表情で見返し、アルファは杖を握る力を強めて思わず身構えた。普通であれば、ただの人間であるメイガンが魔法使いのアルファにかなうはずはない。しかし、彼女の雰囲気にはアルファを怯ませるほどの凄みがあった。
「あなた達さえ来なければ、うまくいったのになぁ……」
メイガンはその眼をディーンへ向ける。その顔を見て、ようやく彼も本当にメイガンが自分を殺そうとしていたのだと自覚した。
「マジかよ……マジでお前、俺を殺そうと!」
「えぇ、そうよ」
ディーンの驚いた顔を見て、メイガンは鼻で笑う。
「ふふっ。毎日キッチンに立ってずっと擂ったり煮たりしてたのに、あなたったら、ちっとも気づいてないんだもの。マジで間抜けって感じぃ」
「この女ァ、よくもッ!」
「ちょっと! やめなさい!」
ディーンが殴り掛かろうとしたが、寸前のところでハイドに止められた。ハイドに羽交い絞めにされながらも、ディーンは鬼のような形相でメイガンに向ける。普段ならその彼の態度に怯えていた彼女も、今は軽蔑の眼差しで見ていた。
「テメェ、どういうつもりで!」
「どうもこうもないわよ!」
メイガンは荒々しく声を上げ、ディーンの言葉を遮った。
「アンタと結婚してから私は毎日毎日、炊事洗濯に掃除と豚の世話ばかり。それなのに、アンタは酒飲んで寝て、それどころか腹を立てる度に八つ当たりしてくる! 殺して当然よ!」
「このッ!」
ディーンがまた殴り掛かろうとしたが、ハイドに押さえ付けられた。
「誰のおかげで飯が食えてこの家に住めると思ってんだ! 全部俺のおかげだろうが!」
「なにを偉そうに! 働いてた時の貯金を使い潰してるだけじゃない!」
「チッ! このあばずれがァ!」
顔を真っ赤にしてディーンが暴れると、いよいよハイドの拘束を抜け出した。そのあまりの力強さに、ハイドは目を見張る。
このままメイガンに掴み掛かるかと思われたが、寸前、彼の身体が前のめりに傾いた。
「アァっ!」
倒れた衝撃と足の痛みに悶え、ディーンは低いうめき声をあげる。その顔には彼のそばに立つリトの影が差していた。
リトは自分が蹴った足を押さえて横たわるディーンを見下ろしていた。
その有り様を見て、メイガンは心底いい気味だとにやけ顔になる。
「フフフっ、無様ね」
「黙れ」
嘲笑うメイガンに、リトが低い声で言い放つ。その彼の一言には、彼の人柄の良さや敬意がまるで感じられなかった。ただただ吐き捨てたリトに、思わずメイガンの眉が跳ね上がった。
ディーンが襲い掛かるのを止めたリトだが、それは決してメイガンを守るための意図ではなかった。
「この男と結婚する選択をしたのは、あなたです。この男を捨てて逃げることもできたのに、殺すことを選んだのもあなたです。そして人殺しのために、たくさんの薬草を無駄にして豚を殺したのも、あなたです」
「はぁ? だから何?」
まるでなぜ自分が非難されなければならないのが分からないと、メイガンは不愉快そうに目を細めた。
「メイガンさん」
アルファがそっと声を掛けた。静かな怒気を放つリトに対して、アルファは憂いを帯びた顔で彼女を見ていた。
「ディーンさんから受けた仕打ちは酷いと思う。だけど、毒薬を作るための知恵と行動力があるメイガンさんなら、この男から逃げることもできたはず。衛兵に通報することも、クエストで助けを求めることもできた。けどそうはしなかった」
そして一呼吸置き、アルファは意を決した面持ちで口を開いた。
「つまり、メイガンさんはわざと自分を弱い立場に身をおいたんだよね。ディーンさんに復讐する大義名分を得るために……」
アルファの脳裏に、ギルドの掲示板に貼られたクエストを、ほくそ笑んで見るメイガンの姿が思い浮かぶ。空想ながらも、その光景はアルファが思っていた本来のクエストのありようとはかけ離れているものだった。
「そして、クエストの制度を悪用して冒険者たちの労力を私利私欲の殺人のために利用した。それって、クエストを受けた冒険者を、要らない危険に晒して、殺人に加担させることなんだよ。今回ポイロゼの草を集めるために、私とリトさんもメタルマイマイって魔物に襲われた」
今回のクエストで、アルファ達は魔物に殺されていたかもしれない。そして、もしかしたら自分たちの知らないところで冒険者が命を落としているかもしれない。薬草の採取といえど、命の危険が伴うのがクエストだ
本来、人々の命を救うためのクエストが、実は殺人に使われていたことに、アルファは胸の内で深い怒りと悲しみを覚えていた。
「人を傷つけるディーンさんもだけど、私はそんなメイガンさんが許せない」
いつもの明るい口調ではなかった。だが、そのアルファの淀みのない言葉は、重々しい空気の室内でやけにハッキリと聞こえた。
「……だから?」
「えっ!」
しかし、アルファの気持ちは理解されず、メイガンは珍妙なものを見る眼を返す。人の心が感じられない彼女の態度に、アルファは戦慄し、口を閉ざすことしかできなかった。
「メイガンさん。あなたのやったことは、不法遺棄と殺人未遂にあたります。我々とご同行いただけますか?」
「ふん!」
メイガンは鼻を鳴らし、ゆっくりと歩みを進めた。アクアに促され、不遜な態度なまま部屋を後にする。
「クソっ! この野郎!」
メイガンの後姿を睨みつけながら、ディーンが立ち上がった。
「おい! なに勝手に出ていこうとしてんだ! まだ話は終わってねぇぞ!」
「あなたとは始まってすらいませんよ」
「なんだと!」
ディーンは振り向いてリトを睨む。だがリトは動じずに見返し、さらに続ける。
「過去の貯金か栄光か知りませんが……」
リトはいっそう険しい眼でディーンを睨み返す。
「とっく錆び付いてんだよ」
「ッ! てめぇッ、殺してやる!」
血が頭に上ったディーンは強く握った拳を振り上げる。
リトは受け流そうと身構えたが、しかし同時に、横で見ていたアルファが杖を向けた。
「催眠魔法!」
アルファが呪文を唱えると、杖の先に付いた宝玉が青く光る。幻想的な光は、ディーンの意識をまどろませ、一瞬にして彼を眠りにつかせた。光が消え、ディーンの身体が床に倒れる。
いびきを鳴らすディーンを見て警戒を解いたリトは、アルファへ目を向けた。
「魔法……うまくできたじゃないですか」
「う、うん。そうみたい」
魔法を放っていたアルファ本人も、目の前の結果に驚いていた。
***
「じゃあ、ひとまず私達は先に失礼するよ」
「えぇ。お付き合いいただき、ありがとうございました」
ハイドとアクアがメイガンを連れて行き、部屋にはリトとアルファだけが残った。気が付けば、空は茜色に染まり、部屋の窓から夕陽が差し込んでいた。
静まり返った部屋の中に、ディーンの寝息だけが響く。思ったよりも眠りが深く、このまま朝まで眠ってしまいそうだ。翌朝に目を覚まして、その後、彼がどういう生活を送るのかなど、リトには知るよしもないことだった。
「ふぅぅ」
クエストの謎を解き明かし、ようやく一段落したと、リトは脱力すると同時にため息をついた。眠るディーンをよそに、アルファは半ば放心しながら、マジマジと自分の杖を見ていた。どうやら先ほど魔法が失敗しなかったのが、まだ信じられないらしい。
「私、ちゃんと魔法使えたよね?」
「えぇ。この男の姿を見ての通りですよ」
「……そっか……そうなんだ」
杖に付いた宝玉を見ながら、アルファの口元が自然と緩む。探索魔法を初めてものにした時と同じ胸の高鳴りが彼女の心を満たしていた。
「……ところで、何してるのリトさん?」
「ちょっと気になったことがありましてね」
アルファがなんだろうと首を捻る。リトは部屋の中にある棚や机の戸や引き出しを開いては中を探っていた。
「メイガンさんのクエストですが、今回それを受けた冒険者はみんなディーンさんが追い返していたと、彼女は言っていました」
「それが?」
「僕やアルファさんのような非力な人相手なら良いでしょうが、冒険者の中には戦士や格闘家といった腕に自信のある人や力のある人もいたでしょう。それを全部あんな喧嘩腰の態度だけで追い返すことが、果たしてできるでしょうか?」
「それは……まぁ、うん、難しいかもね」
アルファは小さく頷いた。冒険者は、街のチンピラどころか、日頃から凶暴な魔物を相手にしている。ただの住民が喧嘩を吹っ掛けられても、軽くあしらうことができるだろう。
「でも、たまたま穏和な冒険者しか来なかっただけなんじゃない?」
「9回も冒険者が来て、その全員が穏やかな人だったってことはないでしょう。悪く言うつもりはないですけど、冒険者の中にはなかなか気性の荒い人が少なくありませんし」
アルファは気まずそうに視線を逸らして口を結ぶ。自身が冒険者であることもあり、それを素直に肯定することはできなかった。
「では、なぜディーンさんはあんなに態度でいられたのか。この家の中に、その“証拠”があると僕は踏んでます」
「“証拠”って……ただディーンさんが無鉄砲だったってだけじゃないの?」
「こっちは寝室かな?」
「って、ちょっと!」
リトは部屋の各所を一通り捜索して、次の部屋へと移った。思わずアルファもその後を追う。
そこはディーン達の寝室らしく、部屋には作業机とクローゼット、大きめのベットがひとつずつ置かれていた。リトは中へ入るとそのまま机の引き出しとクローゼットの中を見たが、思ったものがなかったのか、すぐに閉めた。
「もし僕の考えが当たっていたとしたら、どうして今回メイガンさんが毒殺という回りくどい方法を選んだのかも説明がつくんです」
「えっ!」
次にリトはベットの下を覗き込んだ。そこには四角い箱のようなものが置かれていた。
「考えてみて下さい。もしメイガンさんがディーンさんを殺すだけなら、わざわざ毒を作って飲ませるなんてことしなくても良いんですよ。寝てるところを包丁で刺すとかすればいいんです。そっちの方が手間も物証も少なくて済みます。それをしなかったのは、真正面から手を掛けても殺人が成功しないと分かっていたからだと思うんです」
自身の推理を述べながら、リトはベットの下に置かれていたものに手を伸ばした。床の擦れる音を響かせながら、とても重量感のある箱を外に出す。
それは木製の収納箱だった。表面に乗っている埃の量から見て、相当前からベットの下に置かれていたらしい。
「一体、何を探してるの?」
「それは……ありました」
収納箱を開けて中を覗き込むと、リトは自分の考えが間違っていなかったと確信した。そして、アルファにも見えるように収納箱の蓋をすべて取り外す。
中には、何枚かの写真と書類が入っていた。しかし、それよりもアルファの目を引いたのは、それらと一緒に入っている金属製の道具だ。
ちょうど指が入りそうな穴のついた道具は、アルファにも見覚えのあるものだった。
「これって、“ナックル”?」
「みたいですね」
その道具は拳を守るための武器、ナックルだった。冒険者の中でも、格闘家が装備しているのを、アルファは何度も目にした。街の武器屋でも剣や弓と一緒に普通に売られている。しかし、およそ豚の家畜で生計を立てている家には似つかわしくないものに、アルファは眉を歪めた。
リトは一緒に入っていた、古びた写真と書類に目を通す。
「それは?」
アルファも写真を覗き見る。そこに写る人物と、見覚えのある姿に、アルファは目を大きくした。
「え、この人って!」
「えぇ、昔のディーンさんですね」
写真に写っているのは、鎧を着た筋肉質な男とその男に抱き着いている女性の二人の姿。どちらも幸せそうに笑っている。その男女こそ、先ほどの出来事が嘘に思えるほど、仲睦まじい様子のディーンとメイガンであった。
「そしてこっちの書類は、クエストを達成した証の承諾書。どれも高額な報酬金です」
「これ全部ディーンさんが受けたの?」
「そのようですね。言うなれば、ディーンさんは成功した冒険者の成れの果て、というところでしょう」
「そんな……」
格闘家として冒険者をやっていたディーンさんの過去を知り、また彼女の冒険者への理想に影が差す。
『フォーツヒル王国』を照らす薄暗い夕暮れの日が、アルファの作る影を色濃くしていた。




