3つ目の証拠
魔法陣の光が散り、部屋の中はまた薄暗くなった。埃臭い空気に、どんよりと湿っぽい雰囲気が漂う。そんな狭い部屋に6人もいると、どこか息苦しささえ感じられる。
そんな中で、リトは手に持った紙を広げて、表に書かれた文字を見せるようにメイガンへ向けた。
「これが何の紙なのか……説明は要りませんよね?」
「……っ!」
もはや戸惑いの表情は消え、メイガンは気まずそうに奥歯を噛んでいた。アルファやハイド達も、今更その紙の正体を訊ねることはしなかった。
「そんなボロ紙が、一体何だっていうんだよ!」
しかし、この場で唯一、ディーンだけがその紙が何かを理解していなかった。彼は嘲笑まじりの口調で、リトに言葉を投げた。
メイガンの表情がさらに暗くなる。
ディーンのためだけに一から説明するのも馬鹿らしいと思ったが、このまま騒がれることも面倒だと、リトは仕方なく口を開いた。
「これは、僕たちが引き受けた……いえ、これまであなたの家を訪れた冒険者たちが引き受けた、クエストの承諾書です」
「ハァ?」
まるで意味が分からないと言うように、ディーンは大きなため息とともに首を傾げた。
「なんで、そんなものがウチに!」
「メイガンさんが、この紙に書かれたクエストの依頼人だったからですよ」
メイガンは自分の心臓がギュッと握られたような感覚を覚えた。額には冷や汗が浮かんでいる。まっすぐ彼女を見つめるリトとアルファと目が合ったが、すぐに逃げるように視線を逸らす。
途中、リトは彼女の背後に回り、静かに部屋の奥へと消えていった。そのあまりの静寂さとさりげない動作に、彼へ気を向けるものはいなかった。ただ、アクア一人だけが彼の背中を横目で追っていた。
「ど、どうして、分かったのかしら?」
メイガンが震えた声で訊ねる。
「初めてここに来た時、メイガンさん言ったよね? 『何度か言って取り下げてもらった』って。けど、ギルドに貼り出された紙は一度も取り換えられていなかったから」
「それだけ?」
「あと、メイガンさんが家から出てきた時、まっすぐ私たちのところに来て、剣も鎧も持ってないリトさんを冒険者だと思ってた。あれは私たちとディーンさんのごたごたを家の中で見てたってことだよね? そして外でのやり取りも、謝罪するのが目的じゃない。ホントの狙いは私たちが持ってきたポイロゼの草を集めることだったんだよね?」
アルファが落ち着いた口調で返した。リトが話していた推理を、彼女は優しく言い聞かせるように話す。この人達は一体どこまで気づいているのかと、メイガンの心中に焦燥感が渦巻いていた。
「おい、ちょっと待てよ!」
そんなメイガンの内心を知るよしもなく、眉をひそめていたディーンは嘲笑するように鼻を鳴らした。
「わけわかんねぇ。なんでそんなことしなきゃいけねぇんだよ!」
「ポイロゼの草から毒薬を作るため」
アルファは手短な言葉で返した。
「さっき、ここから近くにある馬小屋のそばに豚の死骸が埋められてたのを見つけたよ」
やはり彼女はすべてを理解しているのだと、メイガンは悟った。しかし、ディーンは首を傾げて舌打ちをする。今にも癇癪を起して掴みかかってきそうだ。
「毒なんて作って何になるってんだよ! いい加減なこと言ってんじゃねぇぞ!」
「ポイロゼの草から毒薬を作り、あなたを殺すためですよ」
いつの間にか奥へ行っていたリトが戻ってきた。
「ハァ? 気は確かか、お前?」
「ご生憎、確かも確かですよ。おまけに、現物も見つけました」
ハッと驚き、メイガンがリトの方へ顔を向ける。
リトは手に小瓶を持っていた。その手のひらサイズの小瓶には、何日も煮詰めたような濃緑色の液体が入っている。いくつものポイロゼの草の毒を抽出した液体は、魔物の血が付着したように気味悪く黒ずんでいる。
「えっ、いつの間に……!」
「早いですね。もう見つけたんですか」
ハイドが物証を見つけたことに驚き、アクアはその速さに驚く。
「キッチン棚の奥に壺やカップで隠すようにして置いてありました。日頃ディーンさんがキッチンに立つことがないので、見つからないと踏んだんでしょうが、頻繁に取り出したり置いたりしてたおかげで、すぐに分かりましたよ。そこだけ埃がなく擦れた跡が残ってましたからね」
リトは小瓶を握り、メイガンに目を向ける。彼女は震える手を撫でながら、必死に平静を保とうとしていた。怯えている様子だが、リトの眼に同情の色はない。
クエストの承諾書。
豚の死骸。
毒入りの小瓶。
この3つの証拠が揃った今、リトの予想は確証へと変わった。
「メイガンさん。もしあなたがやましいことを考えていないのであれば、一体この毒薬を何に使うつもりだったのか、教えていただけますか?」
リトはメイガンの前に立って、小瓶を彼女に見せる。
しかし、メイガンは顔を向けることはなく黙って俯いていた。アルファ達も黙って彼女の様子を見守ったが、ディーンはメイガンやリト、アルファ達と視線をチラチラと向けて一人混乱していた。
束の間、室内に冷たい静寂が支配した。やがてメイガンの震えが止まり、彼女は口元を大きく釣り上げた。
「ふっ……ふふふっ、あはははははは!」
普段は決して見せない彼女の甲高い笑い声に、ディーンは戦慄した。
自分の息が切れるまで大口を上げて笑ったメイガンは、まとめていた後ろ髪を解いた。そして垂れた前髪を掻き上げる。人当たりの好さそうな顔は一変して、狂気に染まっていた。
「はぁぁ……まさか、殺す前に気づかれるなんてね」
その歪んだ表情を見て、アルファは息を呑んだ。




