依頼人と薬草と、豚?
「なるほど、わかりました」
「なにが?」
リトは納得したように頷いた。しかし、アルファは首を捻った。
「勿体ぶってないで教えてよ」
「別に勿体ぶってるわけじゃ……まぁいいです」
半ば苛立っているアルファをなだめようとしたが、リトは諦めて本題に移ることにした。
「まず、このクエストを出した依頼人の目的についてですが、それが今のフィロさんの話で、ようやく確証を得ることができました」
「目的って?」
「つまり、ポイロゼの草を集める理由です」
「というと、なにかな……この依頼人は、誰かを殺そうとしているってことかい?」
「はい」
ハイドに訊かれ、リトははっきりと答えた。それを見て、ハイドは眉間に皺を寄せた。治安を守る衛兵として、聞き捨てならない話だった。
「穏やかじゃないな。そこまで言い切るには相応の証拠があるんだろうね?」
「残念ながら、まだ証拠はありません。ただいくつかの事実を総合すると、その可能性が高いと思います」
「何だい? その事実って?」
「1つ目は、依頼に出しているポイロゼの草の量です。ポイロゼの草を“10個”、回数にしておよそ100回分。解毒に使うには多すぎますが、毒薬を作ることを考えれば、致死量として十分な量でしょう。そして2つ目の点は、依頼人はポイロゼの草を道具屋で買わずクエストで手に入れようとしている点です」
「それって!」
そこでアルファは気が付いた。今リトが言った2つの点は、リトがギルドで言っていた、このクエストの不審な点のことだった。
「これには入手経路を分からなくする狙いがあります。道具屋で買えば、店主に依頼人の顔を覚えられる恐れがありますが、クエストならその心配はありません。冒険者と依頼人の接触は基本的に一回切り。数日もすればクエストを請け負った冒険者は他の地へ旅に出ます。おまけに、この依頼人はクエストで他人の名前を使っています。もし犯行を行った後で衛兵に捜査されても、記録上に自分の名前が残らないようにしているのでしょう」
リトの見通すような眼が、カウンターに置かれたポイロゼの草に向く。
アルファとリトが依頼を受けなければ、この依頼人の計画が明るみになることはなかった。もし依頼を受けた全員がただの冒険者であれば、こんな面倒なクエストに、これ以上、首を突っ込むこともなかっただろう。
「この依頼人は、恐ろしく計画的に対象を毒殺するために用意しています」
「一体、その依頼人って誰なの?」
「メイガンさんです」
「えっ!」
リトが明かした人物に、アルファは目を見張る。ハイドも意外そうに瞬きし、フィロとアクアは神妙な面持ちで耳を傾けている。
「そんなはずないじゃん。確かにメイガンさんの旦那さんは、ちょっと……アレな感じだけど、メイガンさんは良い人だし、クエストの取り下げにも行ったって言ってたよ?」
「どうしてそう思うんだい?」
アルファはやや狼狽した様子で言い、ハイドは事情聴取でもするように淡々と訊ねた。
二方向から異なる口調で疑問をぶつけられながらも、リトは平然としたまま、小さく息を吸った。
「彼女がギルドに取り下げに言ったっていう話ですが、あれはまぎれもない嘘です」
「嘘ぉ?」
フィロが小首を傾げた。
「アルファさん、僕が昨日ギルドで言った、この『薬草のクエスト』の不審な点を覚えてますか?」
「う、うん。たしか“薬草の数え方”と“道具屋で買わないでクエストで集めようとしていること”と、あと“クエストが貼り出されてからの時間”だよね?」
「そう。そして嘘と言える理由は、その3つ目の不審な点です。ギルドの掲示板に貼ってあった紙の痛み方は、とても新しいものとは言えず、貼り出されてから3カ月は経っていました。確かにこの日数はメイガンさんが言っていた時期と一致しますが、その間、紙が剝がされた痕跡はありませんでした」
「なるほど。もしメイガンさんがクエストを取り下げたなら、その度に掲示板にある紙も新しくなっているはず。クエストの紙が変わっていないということは、メイガンさんが取り下げたと言うのは嘘、ということか……」
ハイドは納得したように頷くが、その横にいるアクアが腑に落ちていない顔でリトを見る。
「しかし、だからといってメイガンさんが依頼人ってことにはならないのでは?」
「そうですね。ですが疑わしい点は他にもあります」
リトは迷いのない口調で続けた。アルファは背中にイヤな汗が流れるのを感じた。
「ディーンさんに追い返されたとき、家から出てきたメイガンさんは、まっすぐ僕とアルファさんのところへ来て声を掛けました。そして、僕たちに向かって『この度は主人が冒険者さんたちにご迷惑を!』と言いました」
「それが?」
「おかしいと思いませんか?」
「「なにが?」」
ハイドとアクアの声が重なった。
「冒険者さん《《たち》》、ですよ? アルファさんは分かります。杖とローブを見れば、彼女が魔法使いであることは分かりますし、冒険者と分かるでしょう。でも、剣や鎧もない僕の服装を見て、冒険者と言うのは、いかがなものでしょうか?」
「あっ!」
ハイドは面食らったように口を開け、アクアも同じように驚いた後、なぜ気づかなかったのかと奥歯を噛んだ。
「つまり、メイガンさんは僕たちがポイロゼの草を持ってくることを知っていたか、僕たちがディーンさんと揉めていたところを見ていたということです。事前に知っていたとは考えにくいので、おそらく後者でしょう」
「それじゃあ、あの時メイガンさんが奥で食事の支度をしてたって言ってたのも嘘ってこと?」
「そういうことになりますね」
アルファはハッとして、リトがメイガンに質問していた時のことを思い出す。あの時にはすでに、リトはメイガンの違和感に気づいていたらしい。
「メイガンさんは人知れずコツコツとポイロゼの草を集めています。道具屋を使わずクエストを出しているのも、クエストの依頼人に自分の名前を使わないのも、そして、追い返した冒険者にそれとなく近づいてポイロゼの草を買い取っているのも、すべて自分がそれを集めていることに気づかせないためです。なぜそんなことをして集めているのか、たくさんのポイロゼの草を使えば簡単に毒薬を作れることを考慮すれば、誰かを毒殺しようと考えるのが自然です」
まるで駆け足で走るように、リトはスラスラと推理を述べる。よく噛まずに言えるものだと、フィロは一人感嘆とした。
「ちょっと待ってください。確かにポイロゼの草から毒薬を作れるのかもしれませんけど、メイガンさんはなんでそれを知ってるんですか? ポイロゼの草が毒薬になるなんて、フィロさんみたいに薬草やポーションの知識を持つ方くらいしか知らないんじゃないですか?」
「いえ、フィロさんはポイリゼの草を大量に食べれば体に害を与えることを知っています。それは飼っている“豚”とディーンさんの言葉からわかります」
「豚?」
「ディーンさんとメイガンさんが飼ってる家畜の豚です。家の前に囲いを作って飼っていました」
首を傾げるアクアに、リトは説明を補足した。家の前で大きな声で鳴き、どれも痩せこけていたのを、アルファも覚えていた。
「生活の稼ぎとして飼っているのでしょうが、アルファさんがクエストについて訊いたとき、ディーンさんはこう言ってました。『なんで豚の餌にしかならない草を、わざわざ俺が頼まなきゃならないんだよ』と。つまり、日頃からポイロゼの草を豚に与えていたと分かります。豚は雑食ですから、ポイロゼの草も餌にできると考えて与えてたんでしょう」
「それがどうしたというんです?」
「囲いの広さのわりに頭数が不自然に少なかったんです。これはポイロゼの草を与えすぎて豚を死なせたと考えられます。偶然死なせてポイロゼの草の毒性に気づいたのか、毒性があると分かって試したのか、どちらが先かは分かりませんが、いずれにしろ、メイガンさんは死なせた豚からポイロゼの草に毒性があることを知っています」
「数だけで決めるのは無理があるでしょう。広さ分の頭数を買う余裕がなかったとか、あるいは直近に買い取ってもらったとか理由はいくらでも考えられるでしょう」
「確かに、その可能性もあります」
それだけ言って、リトは口を閉じた。アクアは怪訝な顔を浮かべたが、そのまったく動揺していない態度に、フィロは対照的にクスクスと笑った。
「いずれにしろ、今のリトさんの話には証拠がありません。すべてリトさんの想像でしょう。それに、仮に毒薬を作っていたとしても、殺人を計画していると、どうやって証明するんです? たしかに動機はあるのでしょうが、そのメイガンさんがディーンさんとグルってことも考えられます」
「えぇ、アクアさんのおっしゃる通りです」
首を縦に振るリトに、アクアは落胆して肩をすくめる。しかし、やはりリトの態度はブレなかった。
むきになる素振りも見せるでもなく、残念そうに顔をしかめるでもなく、リトは静かに俯いて真摯な表情で腕組みしていた。
「フフッ。けどぉ、リトさんは見当がついているのでしょぉ? 証拠がどこにあるのかもぉ」
「そうなの?」
フィロの言葉を聞いて、アルファはリトを見る。リトは顔を上げて、組んでいた腕を解く。
「いいえ。クエストの依頼人がメイガンさんであること。メイガンさんが毒薬を作っていること。メイガンさんがディーンさんを殺そうとしていること。現状では一つも証拠がありません」
あっさり否定され、アルファとハイドは肩すかしを食らう。だが、さらにリトは続けた。
「しかし、すべての証拠を見つける方法はあります」
そう言って、リトは店の出口へ足を進め、扉に手を掛けて振り返る。
リトはアルファの顔を見つめた。
「それじゃあ、証拠を見つけに行きましょうか?」
店主のフィロを除いて、アルファ達は当惑したように揃って首を傾げた。




