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薬草の効果





 アルファの話を聞いていくうちに、ハイドとアクアは神妙な顔になっていった。そして話を終えた時には、ハイドは唸り声をこぼし、アクアは顎に手を当て眉間の皺を寄せていた。


「ねぇ、ハイドさんとアクアさんで、ディーンを捕まえることってできないかな?」

「うーん。残念だが、それは無理だな」


 ハイドは渋い顔になって頭を搔いた。


「衛兵が動くには、決定的な証拠が必要だ。そのメイガンさんって人には気の毒だが、暴行された証拠となると現行犯で捕まえるしかない。仮に逮捕したとして、何日か牢に入れば、すぐに出てくるだろう。そしたら、元通りになるどころか事態が悪化しかねない」

「そんなぁ……!」


 俯いたアルファの顔に影が差す。返ってきた回答は、おおよそフィロが話したものと変わりなかった。暗い顔になった彼女に、ハイドは申し訳なさそうに眉をひそめた。アクアも同意見らしく、黙って目を伏せる。


「でもぉ、リトさんには何か考えがあるんでしょぉ?」

「あ、そうだった。どうなのリトさん? このクエストの依頼人について何かわかったの?」


 この場にいる一同がリトに向けられた。リトは困ったように眉をひそめ、大きなため息をつく。


「分かりました。それを答える前に、まずひとつ重要な確認を」


 リトはフィロへ目を向けた。


「フィロさん、聞きたいことがあります?」

「あらぁ、何かしらぁ?」

「ポイロゼの草ですが、健康な人が食べたらどうなります?」

「……どうして私にぃ?」


 フィロの目が少し細くなった。


「あなたは……“毒”についても、かなり熟知されてますよね?」


 リトは一瞬、ハイドとアクアを一瞥した。二人とも、特に驚くことなく静観している。アルファだけが、イマイチ理解できていないようで、ひとり首を傾けていた。


「それは、私がアラクネだからかしら?」

「いいえ、根拠なら別にあります」


 リトは唇を舐め、さらに続ける。


「まず、表にある『店内での飲み食いはご遠慮願います』という看板です。あの看板については、私もこの店に初めて来た時から不思議に思っていました。普通、道具屋に来てまで飲み食いする人間はいません。そしてこの店には、パンや肉魚、お酒などの食べ物や飲み物と呼べるものは売っていない。なのに何故わざわざ断っておく必要があるのか?」

「なんだろう……過去に、そういう迷惑客がいたとか?」

「であれば、『迷惑行為はご遠慮ください』と書くはずです。飲み食いという一つの行為だけを挙げているのは、何かわけがあるはずです」


 リトの言い分に、アルファは頷いた。


「次に、昨日この店に来た時です。フィロさんが奥から出てきたとき、フィロさんは付けていたエプロンを外していました」

「あらぁ、何か変かしらぁ?」

「エプロンを付けるなら分かります。道具屋と言っても薬草などの商品もあるので、衛生管理として身に付けることもあるでしょう。でもそれなら、普通は逆じゃないですか? 奥から出てきた時にエプロンを外したということは、フィロさんは店の奥にいる時にエプロンを付けるような、“何かの作業”をしていたということです」

「料理とか?」


 アルファの呟きに、リトは首を横に振った。


「その可能性もあります。でもそれなら、次のことが説明がつきません」


 静かに見守るフィロを、リトは見返した。その薄い笑みから、これからリトが何を語るのか、彼女が期待しているのが見て取れた。


「その後、アルファさんがフィロさんに自己紹介した時、アルファさんが握手しようとしたにもかかわらず、フィロさんはそれに応じませんでした。エルフとドワーフのように仲の悪い種族間なら、まだ分かります。でもフィロさんは人間の旦那さんを持つ方です。そんな対立意識や差別意識があるはずありません」


 アルファは大きく頷いて異論がないことを示す。ハイドも同意するように頷いている。


「では、なぜか……これは握手を拒否したのではなく、接触を避けていたと考えると筋が通ります」

「接触を避けるって?」

「もし“良くないもの”が手に付いていたまま握手したら、それがアルファさんにも付いてしまう可能性があります。それを避けるため、フィロさんは接触を避けていた……」

「良くないもの?」


 その含みのある言い方に、アルファは首を傾げたが、リトは淡々とした口調のまま続けた。


「フィロさんは、この店の奥で、ポーションの他にも“毒薬”も作ってますよね?」


 リトの問いに、アルファは驚き、息を呑んだ。

 “毒薬”と聞いて、不穏な予感が過る。この世界において、毒薬やハイポーションを作るには、国への届け出と許可が必要だ。もし無許可で作っていたなら、重罪として逮捕される。作っていることを隠していたとなれば、もしかしたらフィロは違法に毒薬を作っていたのではないかと、アルファは考えた。


「……フフッ。えぇ、あまりイメージが良くないからぁ、常連さんにしか教えたくなかったのだけどねぇ」


 フィロは口元に手を当てて笑った後、素直に頷いた。


「毒薬って……そんなの、何のために?」

「主に対魔物用の痺れ薬や睡眠薬よぉ。ちゃんと承認は取ってるけど、アラクネが毒を作って売ってるなんて広まったら、良い目で見ない住人もいるじゃない? だから黙ってたのぉ」

「なんだ、そういうことか」


 ごめんなさいねぇ、とフィロは苦笑する。ちゃんと許可を取っていると聞いてアルファも胸を撫で下ろす。ハイドとアクアは知っていたようで、特に動揺した様子はない。もしかしたら、日頃から彼らも彼女が作った毒薬やハイポーションを買っているのかもしれない。


「まさかそこまで見破られるなんてねぇ。昨日時点で分かってたのかしらぁ?」

「えぇ、旦那さんについて分かった時に、もしかしたらと思いました。薬やポーション特有の甘い香りもしてましたし」

「へぇぇ」


 そこまで分かってたのかと、アルファは目を丸くした。リトの慧眼に、ハイドも目を見張り、アクアは観察するようにじっと見据えている。


「質問に戻りますが、ポイロゼの草を健康な人が食べたらどうなります?」


 リトが再度質問すると、フィロは「あぁ、そうだったわねぇ」とぽつりと言った。


「ポイロゼの草は、何もないのに食べるとお腹を壊しちゃうから、あまりおすすめはしないわねぇ」

「えっ、なんで?」


 アルファが訊ねた。


「解毒草っていうのも、いわば毒草なのよぉ。毒を以て毒を制すってわけぇ」

「つまり、ポイロゼの草を大量に食べれば死ぬこともありえると?」

「まぁねぇ。でも致死量を食べるよりも先に胃袋が限界を迎えちゃうから、ポイロゼの草を食べ過ぎて命を落とすなんてことは考えにくいわぁ」


 フィロは腕組みをして、少し真面目くさった顔で言う。その口元にはアラクネ特有の白い牙がのぞき見える。

 しかし、リトの眼は揺るぎなかった。


「つまりそれは、何かしらの手を加えれば、ポイロゼの草から毒を作ることも可能ってことですね?」

「……えぇ」


 フィロは右手を頬に当てて思案した後、首を縦に振った。


「ちなみに、その毒の作り方は素人でも簡単にできるものですか?」

「そうねぇ……大量のポイロゼの草を煮詰めて濾して水分を飛ばすことを繰り返せば、時間は掛かるけど専門知識や器具、魔法を使わなくても作れるわぁ。でも、ポイロゼの草の毒は魔物やモンスターには効果が薄くてねぇ、冒険者や衛兵の間でも使われることはほとんどないわよぉ」

「けど、人は殺せる……ですよね?」

「そうねぇ」


 なんの躊躇いもなく確認するリトに、フィロはまた首を縦に振る。

 その無感情な会話は、聞いていたアルファたちに殺気めいたものを感じさせた。





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