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依頼人はだれ?





「ふーん、そんなことがあったのぉ」


 二人の話を聞き終え、フィロは腕を組みなおす。彼女の動きに合わせて蜘蛛の足もコツコツと木の床を鳴らす。


「そうなんだよ! フィロさんも酷いと思わない?」


 アルファは、また声を荒げた。

 そんなアルファに、フィロはポイロゼの草9個分の買い取り金である銀貨45枚をカウンターに置く。二人が話している途中で、すでに査定は終っていたらしい。どれも商品として出しても問題のない出来のものだった。

 だが、アルファの怒りはおさまらず、彼女はカウンターに置かれた銀貨に目もくれず、手をついて前のめりになった。その衝撃で、銀貨の山はジャラジャラと音を立てて崩れた。


「あのままじゃ、メイガンさんの命も危ないよ!」

「でも、だからといって何かできるものでもないでしょぉ?」

「衛兵に通報して、あのディーンを捕まえてもらうとか」

「それは難しいでしょう」

「そうねぇ」


 アルファの提案に、リトとフィロは揃って首を横に振った。


「なんで!」

「奥さんが助けを求めているならともかく、他人の私たちが通報したところで衛兵は動いてくれないわぁ」

「じゃあ、私がディーンをボコボコにする!」


 アルファは投げつけるように言った。対して、リトは神妙な顔で静かに見守り、フィロは癇癪を起した子供を見るような笑みを向ける。


「そんなことしたら、あなたが衛兵に捕まっちゃうわよぉ。それに根本的な解決になってないわぁ」

「なら、メイガンさんをどこかで保護してもらうとか!」

「どこかってどこぉ? 教会だって無条件で保護なんてしてくれないわよぉ。それとも、アルファちゃんがこれからずっと奥さんの面倒見るぅ?」

「むぐぐぐっ!」


 アルファは肩を震わせながら口をつぐむ。


「大体、助ける必要あるのぉ?」

「えっ!」


 思ってもみなかったフィロの言葉に、アルファは口を開けて瞬きした。

 フィロは口元を緩めつつ、冷めた眼でアルファを見据える。


「その奥さんは確かに気の毒だけど、その辺にいる奴隷の方が、よっぽど酷い扱いを受けてるわぁ」

「でも、メイガンさんは奴隷じゃないし」

「それに、ひょっとしたら表に出てないだけで、居住下区にはその奥さんと似た境遇の人はごまんといるかもしれないわぁ。虐待だけじゃなくて貧困や飢え、病に苦しむ人達。その人たちは助けないのに、どうしてそのメイガンさんだけ助ける必要があるのぉ? それともアルファちゃんは下居住区にいる住人全員の家庭問題を解決するつもりぃ?」

「それは……」


 アルファは俯き、フィロから目を逸らす。杖を握った手が小刻みに震えている。

 フィロの言ったことは残酷だが、的を射ていた。クエストならともかく、衛兵でもない冒険者がたまたま知り合った住人の事情について首を突っ込む理由はない。おまけに、アルファにはメイガンを救う考えや力も無い。中途半端にかかわっては、むしろ事態をより悪化することもあり得る。

 事の大きさと複雑さに手も足も出ず、アルファは悔しさで顔を歪めた。


「まぁ、これはある意味、魔王を倒すことよりも難しい問題よぉ。だから、そう落ち込むことないわぁ」


 直前の詰問する口調とは変わって、フィロは慰めるような穏やかな口調で言った。

 店内に妙な静けさとどんよりとした重い空気が支配する。


「……でも」


 束の間の静寂を破り、アルファは口を開く。手の震えを止め、しっかり握りなおしている。


「でも、私は諦めたくない。暴力に怯えている人がいるなら助けてあげたい。それが私が冒険者になった理由でもあるから」

「そうは言ってもねぇ」


 志は立派だけどね、とフィロはため息をついた。いくら気持ちは強くても、解決策がないのでは理想論に過ぎない。

 続けて、何といったものかと、フィロはアルファからリトへ目を移した。リトはただ静かにアルファを見つめていた。フィロには彼のその眼が、何か遠くを見ているように感じられた。


「あなたはどうなのぉ?」

「……そうですね」


 フィロが声を掛けると、リトの目つきが変わり、フィロの素性を見抜いた時のような無機質なものとなった。


「僕はあくまで協力している立場ですから、クエストが終わったなら、これ以上何かする理由は無いです」

「っ!」


 アルファは青ざめ、息を飲んだ。


「けど、まだはっきりしていないことがひとつ」

「えっ?」


 リトはアルファの方を向いて人差し指を立てた。そして同時に、アルファは目を見張った。


「結局、今回のクエストは誰が依頼したんでしょうか?」


 ディーンに追い返されてから、ずっと残っていた謎をリトは口にした。


「それを確かめるのも、請け負った冒険者の仕事なんじゃないですか? そして、その依頼人を突きとめればメイガンさんを助けことにつながるかもしれない……」

「ほんと?」

「ならないかもしれません」


 コテッと、アルファは肩を傾けた。フィロはクスクスと笑った。


「フフッ……その口ぶり、まるで心当たりがあるみたいねぇ」

「そうなの?」


 するとリトはかすかに笑みを浮かべた。





 入店を知らせるベルが鳴った。アラクネが経営している店と言っても、フィロ商店もちゃんとした店である。リト達の他に客が来ても不思議ではない。だが、その来店した二人の客を見て、リトとアルファは目を見開いた。


「あらぁ、いらっしゃーい」

「「あっ!」」


 フィロの声の後に、アルファと男の声が重なる。

 二人の客は、綺麗な鎧を身に付けた衛兵だった。一人は大柄な体格をした髭面の男で、もう一人は短い金髪の女である。


「あなた達は……!」

「これはまた、偶然だね」


 見覚えのある顔に、お互い感想を呟く。

 その衛兵の二人は、つい先日、リト達と知り合ったハイドとアクアだった。


「あらぁ、知り合いなのぉ?」

「まぁな」


 フィロに訊ねられ、ハイドが明るい口調で返す。


「あなたたちは、確かリトさんにアルファさんだったわね」

「えぇ、先日はお世話になりました」


 二人を一瞥するアクアに、リトは一礼した。


「君たちもフィロと知り合いなのかい?」

「いえ、僕たちはただの客ですよ」

「そうそう。私なんて、つい昨日あったばかりだよ。ハイドさんたちは?」

「私たちはフィロの旦那さんと古い付き合いでね、この商店にもよく通ってるんだよ」

「ウチの数少ない常連よぉ」


 フィロはハイド達のほうを見る。


「それで、今日は何をお求めなのかしらぁ?」

「近々、大きな仕事が入りそうでね、回復用のポーションをいくつか欲しいんだ」

「はいはい、ちょっと待っててぇ」


 カウンターの後ろにある棚から、フィロは色の付いた液体が入ったガラス瓶をいくつか取り出した。彼女がその小さなガラス瓶をカウンターに置くと、ハイドが金貨を数枚置いた。交わす言葉もなく、無駄のないやり取りだ。


「フィロさんの旦那さんって、確か亡くなったんじゃ?」

「あ、あぁ。フィロの旦那さんと私は元同僚でね。幼馴染でもあるんだ」


 アルファの呟きに、ハイドは肯定しつつ目を見開いてフィロを見る。


「話したのかい?」

「というより、見破られた、というべきかしらぁ」

「へ?」

「……なるほど」


 フィロの返しに、ハイドは目を丸くして首を傾げたが、横にいるアクアは数回頷いた後、察した顔つきでリトを見た。そして、フィロは昨日の出来事を二人に話した。


「あっそうだ、ハイドさん達も聞いてよ!」


 話の流れで、アルファは『薬草のクエスト』と『ディーンとメイガン』について、ハイドとアクアに話す。二人は先日の一件の時と同じく彼女の話に耳を傾ける。






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