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ディーンの妻、メイガン





 居住下区から移動して、ここは中央区にあるフィロ商店。


「あぁーーーっ、もうぅ! ムカつくぅーーっ!」


 腹の底から響かせるような声を上げながら、アルファは乱暴に床を踏んだ。

 その姿を見て同情した視線を向ける者が二人。リトと店主のフィロだ。店のカウンターを挟み、二人は目を見合わせる。

 リトとアルファが来店して、フィロはすぐにアルファがしかめっ面でいることに気が付いた。昨日の時とは違う、態度の変わりように、フィロは「何かあったの?」と二人に訊ねた。そしてリトは、先ほど起きたディーンとのやり取りをフィロに話した。その話を聞いて、アルファも怒りが再燃したらしい。

 そんな彼女を見ながら、フィロはため息をついた。


「それで、アルファちゃんが怒ってるのは分かったけど、どうしてウチにぃ?」

「えぇまぁ、そんなわけで、せっかく集めたポイロゼの草が無駄になってしまったので、フィロさんに買い取ってもらおうかと」

「なるほどねぇ。良いわよぉ」


 リトは麻袋に入ったポイロゼの草をカウンターに置いた。


「なんだか、あなたはあまり怒ってないみたいね。話を聞く限り、あなたが一番トサカに来てそうだけどぉ?」

「そんなことないですよ。これでもそれなりに頭に来てるんです」


 そう言って、リトは笑みの皺を深めた。まるで闇を秘めたような曇った眼と、その笑みの不気味さに、フィロは背筋に寒気を感じたような気がした。

 あまり深くは聞かず、フィロは査定用の手袋を両手につけ、麻袋の中身を取り出していく。


「ねぇリトさん! ホントにあの人、クエスト依頼してないの?」


 アルファが怒り混じりの口調で訊いてきた。


「分かりません。ですが、無関係というわけじゃないでしょうね」

「何かたくらんでるってこと?」

「というより、利用されてるだけな気がします。あんな人ですから、周りから恨まれているのは間違いないでしょうし」

「無理もないよ……あぁーーっ! 今思い出してもムカつくよぉ!」


 自分の頭を両手でわしゃわしゃ掻きながら、アルファは一人騒ぐ。リトに比べて素直な子だなと、横目で見ていたフィロは思う。


「……あれぇ?」


 ふと、フィロは首を傾げた。気のせいかと再度確認するが、やはり間違いない。


「ねぇちょっとぉ、数が足りないんだけどぉ?」


 リト達から聞いた話だと、彼らが集めたポイロゼの草は10個。しかし、麻袋には9個しか入っていなかった。

 1個足りないと、フィロは二人を見る。


「あぁ、それですね。実は途中で譲ったんですよ」

「譲ったぁ?」


 リトはゆっくりと頷いた。


「何かあったのぉ?」

「そうだ、聞いてよフィロさん! あのディーンって人、ホント最低なヤツでさぁ……」


 杖を肩に乗せるように持ちかえ、今度はアルファが口を開いた。




 ***




 時間を少し戻して、まだリトとアルファがディーンの家の前にいた頃。

 ディーンに追い返された二人は、家から離れて怪訝な目で外観を見ていた。

 アルファがリトに顔を向けながら薄汚れたディーンの家を指さす。


「何あれェーー!」

「声がデカいです」


 リトは念入りに額を拭っていた。唾を掛けられた不快感が消えた時には、肌が少し赤くなっていた。


「リトさんは悔しくないの! せっかく薬草持ってきたのに、あんなにコケにされてさぁ!」

「だからって、ここで大声出して騒いでも仕方ないですよ。少し落ち着いてください」

「にゅぅぅ!」


 アルファは唸り声をあげ、ディーンの家を睨む。


「しかし、これでなんで今回のクエストが誰も完了しなかったのかが分かりましたね」

「ホント、あんなヤツの依頼なんて誰もやらないよ!」

「いえ、そうではありません」


 アルファはリトに目を向ける。口では平然としているが、彼も冷めた顔になって眉間を寄せていた。


「人柄はどうであれ、どうやら今回のクエストは、あのディーンという人は覚えがないようです。あの口ぶりからして、すでに他の冒険者もポイロゼの草を持ってきたみたいですけど、僕たちと同じように追い返したのでしょう。ということは、あのクエストを依頼したのは、別の人物ということになる」

「お酒の飲み過ぎで忘れてるだけなんじゃないのぉ」


 アルファの顔が苛立ちまじりの懐疑的な表情になる。


「どちらにしても、このままじゃクエストを完了することができませんね。どうします? このまま諦めますか? この集めたポイロゼの草を道具屋で売れば、金貨1枚とまではいかなくてもそれなりの値段になると思いますが?」

「むぐぐぅ!」


 アルファは悔しげに唇を噛む。ディーンへの苛立ちもあるが、彼によってクエストが未達になることが納得いかなかった。

 二人が話していると、突然ディーンの家の扉が開いた。

 てっきり自分たちの話し声が聞こえて、またディーンが突っかかって出てきたのかと思い、二人は反射的に身構えたが、意外にも中から出てきたのは、人当たりが良さそうな女性であった。

 茶色の長い髪を後ろでまとめ、シミの付いたエプロンを身につけている。

 女性は二人と目が合うと、申し訳なさそうに頭を下げた。リトとアルファもゆっくりと会釈した。その後、どこへ向かうかと思えば、女性は二人の元へ歩み寄ってきた。


「あの、さっきウチの主人が失礼を働きませんでしたか?」

「「はい?」」


 二人は首を傾げたが、女性はそれを肯定の返事と受け取ったようで、やっぱり、と弱った表情になる。


「どうもすみません! 主人がご迷惑を! あの人に変わってお詫びします! すみません! すみません!」

「えっ! ちょ、ちょっと待って!」

「そうです、とりあえず頭を上げてください」


 急にぺこぺこと頭を下げる女性に、二人は困惑した。

 そのあまりの謝罪の勢いに、アルファは言葉を失い、リトは、やけに腰の低い女性だなと、彼女の白髪交じりの頭部を見ながら思った。





 リトとアルファになだめられ、女性はようやく頭を上げた。


「それで、あなたは?」

「メイガンと言います。先ほどお迎えしたディーンの妻です」

「アルファだよ」

「……リトです」


 二人は揃って小さく片手をあげて名乗り返す。


「この度は主人が冒険者さんたちにご迷惑を!」

「いやいや、メイガンさんが謝ることないよ!」


 メイガンは申し訳なさそうに暗い表情で俯いた。痩せた顔がさらに青白く見えた。

 アルファはリトの方をちらりと見て、どうしようと目で訴える。リトは目を細めてメイガンの様子を見ていた。


「あのディーンって人は、いつもあんな感じなの?」

「え、えぇ、まぁ……ここ最近は特に不機嫌になることが多くて」

「どうして?」

「冒険者さんたちが心当たりのない薬草を届けるようになったからです。それに主人はうんざりしてて、冒険者さんが来る度にさっきみたいに怒鳴って追い返してるんですよ。冒険者さんも冒険者さんでせっかく持ってきたのに嘘をつくなって言い出す人もいて、人によっては主人と喧嘩になることもあるんです」


 そりゃあ無理ないよ、とアルファは同情した。もちろん“冒険者に”である。


「ちなみに、ここ最近っていうのは、いつから?」

「3カ月くらい前からです」


 メイガンの言った日数は、ちょうどリトが予想したクエストの紙が出ていたと思われる日数と同じであった。

 アルファがまたリトの顔を見る。リトは腕組みをして思考していた。


「……あ、あの、何か?」


 リトからの視線に気づいたメイガンは、自分が気に障るようなことを言ったのかと不安になり恐る恐る訊ねた。


「3カ月くらい前というのは確かですか?」

「は、はい。主人が薬草を持ってきた冒険者さんと家の前で殴り合いの喧嘩をしましたので、よく覚えてます」

「今までに冒険者は何回くらいいらしたんですか?」

「えっと……9回くらいです。リトさん達みたいに二人組や数人でいらした方もいました」


 そうですか、と相槌を打ち、リトは唇を舐める。


「ディーンさんはその度に喧嘩を?」

「い、いえ、いつもってわけじゃ……でも、日に日に増えていってます」

「メイガンさんも、その度にこうして謝罪されに出て来られてるんですか?」

「え、えぇ、少しでも冒険者さんたちの怒りがおさまればと思って」


 メイガンは両手を前で組み、愛想笑いを浮かべた。

 彼女の意図とは正反対に、自身の態度について妻に謝罪させているのかと思うと、またディーンへの怒りが二人の内心に湧いてくる。

 リトは一瞬、ディーンの家に視線を向けた。


「お客さんの対応は、いつもご主人が?」

「えぇ、大体は……」

「ちなみに、あなたは先ほどまで、どちらに?」

「えっ! お、奥の台所で食事の用意をしてましたけど……ごめんなさい」

「いえいえ、ついでに訊いてみただけですから」


 質問の意図が分からず不安がって反射的に謝るメイガンに、リトは笑いかけた。


「どうして冒険者が薬草を持ってくるのかはご存じで?」

「はい。なんでも主人の名前でポイロゼの草を持ってくるよう依頼が出ているとか」

「その通りです」


 リトは頷いた。


「ギルドに連絡しなかったんですか? このクエストは誰かがご主人の名前を語ったものだと」

「実は何度か言って取り下げてもらったんですけど、その度にまた繰り返し出されてるみたいで」

「ギルドへの取り下げには、あなたが?」

「えぇ」


 メイガンは小さく頷いた。


「大変だねぇ」

「まったくです」

「いえいえ、そんな!」


 二人が同情すると、メイガンは両手と一緒に首を横に振った。その際、リトの視線が一瞬下に向いた。


「謙遜すること無いですよ。本当に日々大変だと思います。あなたも彼から相当強く当たられているようで」

「えっ!」

「その手の甲にある青痣と切り傷……酒瓶でもぶつけられたんですか?」


 メイガンは右手にあった青痣を左手で隠す。しかし、左手の甲にも痛々しい青痣があった。


「うわぁ、これは酷いよ」

「気にしないでください。私は大丈夫ですから」

「大丈夫じゃないよ。こんなになるまで暴力を振るうなんて!」

「いいんです。見た目ほど大した怪我じゃありませんから」

「でも……ッ!」


 傷を撫でながら無理やり笑うメイガンに、アルファは今にもディーンの家に殴り込みに行こうとしたが、杖を持つ手をリトに掴まれ、足を止めた。

 リトは真剣な顔つきでアルファを見つめながら、ゆっくり首を横に振る。

 なぜ止めるのか、それはアルファも理性では分かっていた。ここでディーンを懲らしめても、何の解決にもならない。むしろ自分がお尋ね者になってしまう。

 アルファは煮えたぎるような怒りを胸の内に抑え込み、杖を下した。


「ありがとうございます。優しいんですね」

「別に、そんなこと……」

「あの、持ってきた薬草ですけど、ひとつだけでも良いので銀貨7枚で買い取らせてはくれませんか?」

「えっ?」


 メイガンの提案に、アルファは驚いた。リトも首を傾げた。その値段は相場より2枚分高い言い値だった。


「良いですけど、薬草っていっても、これは傷や痣の治療には使えませんよ?」

「構いません。少しでもお詫びがしたいんです」

「別にお詫びなんて」

「お願いします」


 メイガンは頭を下げる。

 アルファは麻袋を持っているリトに目を向けた。リトは怪訝な顔でメイガンを見ていたが、やがて、決めるのはあなたですよと彼女を見返した。


「……うん、わかったよ」

「ありがとうございます!」


 ほんのわずかにメイガンの表情が明るくなった。

 リトがポイロゼの草を取り出すと、メイガンもズボンのポケットから取り出した銀貨を手渡す。

 銀貨を受け取ったリトは、それを手のひらで広げたが、どれも本物の銀貨だった。


「それでは、私はこれで」


 ポイロゼの草を手で抱えたメイガンは一礼して、家の中へと戻って行った。

 アルファは、メイガンの入っていた家をしばらく見つめていた。あの中で、今どんなやり取りがされているのかと一人考えていたが、あまり良い光景は想像できなかった。


「メイガンさん、よくあんなのと結婚したよね?」

「こらこら」


 ド直球に言うアルファに、リトは小突いた。注意はすれど、リトも同じことを思っていた。






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