はじまり
街の困りごとや国の危機を解決するための依頼……クエスト。
魔物の狩猟から薬草探しまで、その内容はさまざま。時に命の危機に直面することもあれど、クエストを達成することを生業とする冒険者たちは、王国の民の間では憧れの職業である。勇者、魔法使い、賢者、戦士、聖女、格闘家などなど、いろいろな役職やスキルを生かして、冒険者は日々活動している。
今日も、冒険者のパーティが王国の街道を勇ましい姿で歩いていた。青い空の下、平和な『フォーツヒル王国』の街並みの中で、これから冒険に向かう勇者たちの姿を街の人々は熱いまなざしで見ていた。
無骨な剣と頑丈そうな盾、宝玉を付けた杖、マジックアイテムの首飾り、輝く鎧にはためくマントとローブ。それらに身を包んだ4人の男女は、意気揚々と旅に出る。歴戦の猛者を感じさせる彼らの腕には、パーティの印である黒い布が巻かれていた。
果たして、その向かう先は、魔物の討伐だろうか、それとも伝説の秘宝探しだろうか……。
そんな一行の横を、かごいっぱいの野菜を背負う青年がすれ違う。冒険者たちと違って、使い込まれた服や靴には土汚れが染みついている。その平凡な装いから、誰もが畑仕事を生業とする農家だと分かった。
まだ白髪もなければ、顔に皺もない、健康だけが取り柄そうな若者だ。
青年はすれ違う冒険者たちを気にも留めず、街の様子を眺めながら、食材や酒、衣類などの露店や出店が並ぶ街の一角へと向かった。
しばらくして青年は街の中でもひときわ活気のある市場に辿り着いた。そこらでは出店の店主が客を呼び込み、街の住民たちが世間話をしている。時はまだ太陽が天辺を超す前。並ぶ店では、野菜や果物、魚、酒、布などなど、人々の生活に欠かせない食料品や衣類が並んでいた。
「今日も、賑わってるなぁ」
市場の風景を見て笑みを浮かべる青年は、行きかう人々の合間を縫うように歩く。やがて、一つの出店の前に辿り着いた。その店では清潔感のある丸顔で小太りの男が大声で客を呼び込んでいた。
「どうも、ポムおじさん」
「ん? おぉ、リト!」
「今日も持ってきました。今朝ウチで採れた野菜です。買い取ってくれますか?」
「おう、もちろんだ! 待ってたぜ!」
店主のポムに、リトと呼ばれた青年は背負った野菜のかごをおろす。
かごの中には、大きく育った芋がたくさん収まっていた。ポムはそのうちの一つを取り出して品定めをはじめる。持ち前の目利きから、ポムはそれらの芋が出来の良いものだと理解した。
「おぉー、今日も良い感じだな!」
「はい、元気に育ってくれました」
ポムの言葉に、温和な顔つきのリトは、さらに笑みを深めた。
リトは、街の外れ……それもフォーツヒル王国の辺境の草原に住んでいる農家だ。根菜から葉物、豆類など、時期や環境に応じて野菜などを育て、収穫した作物をこの出店で買い取ってもらうことを生業としている。
「よし、そんじゃあ……えぇーと、全部いくつだ?」
そう呟きながら店主は慣れた手つきで、かごに入った芋を取り出して数を確認していく。
店主が芋の買値を算出している間、リトは周辺の店の様子を眺めた。周りでは子連れの主婦や小間使いの少年、暇そうな老人など、さまざまな人々が行きかっている。そして、その中には、旅の途中と思われる冒険者もチラホラ見えた。彼らの装いはとても目を引く。他の住民と違い、その装備のせいで彼らだけはすぐに冒険者だと分かった。
そんな光景を眺めているうちに、ふとリトは何かを思い出したように「あっ」と口を開いた。
「そういえば、ポムおじさん」
「ん、なんだ? 悪いが女は紹介してやれねぇぞ」
「違いますよ」
リトは眉を寄せて笑う。ポムの冗談にも慣れたものだ。
「“ユーちゃん”は見つかりましたか?」
「……あぁ」
ポムの声色が低くなった。
「実はまだなんだよぉ。ご近所さんや周りの知り合いにも訊いてみたが、みんな知らねぇって」
「たしか、白黒の猫でしたっけ?」
「あぁ、今月で2歳になる女の子なんだけどな。嫁や息子達も可愛がっててさ。飯の時も寝る時も一緒でよ、1歳の誕生日にはちょっとしたマジックアイテムの首輪を付けてやった。散歩で近所を歩き回っても、陽が暮れる前にちゃんと帰ってくる賢い子なんだよ」
いつものようにポムは楽しげに語る。だが、すぐに顔を暗くして肩を落とす。
「でも、ある日ぱったりいなくなっちまった」
前に会ったときと同じ話を聞き、リトは視線を下げて小さく頷いた。
「はぁ……もしかしたら、知らない内に病気にでもなってたのかねぇ。猫は死ぬことを飼い主に見せねぇーっていうし」
「何か兆候でもあったんですか? 例えば、ご飯を食べなくなったとか眠る時間が増えたとか大声で鳴くようになったとか」
「えっ? いやぁ、そういうことは無かったけど……」
早口で訊ねてきたリトに、ポムは驚きながら首を横に振った。
「じゃあ、近所で新しく猫を飼い始めた人がいるとか?」
「いいや、そんなことも無いと思うぞ」
今度は思い出すように首を捻るが、またポムは首を振った。
「そうですか……ふーむ」
「何か気になんのか?」
「いえ、別に大したことじゃないです」
期待するような目を向けたポムだったが、リトが首を振ると、また肩を落とす。
「そうかい……なんでも良いが、お前も見つけたら教えてくれ。礼はするからよ」
「…………はい」
ポムの言葉を聞いているのかわからないが、リトは虚空を見つめるような顔のままゆっくりと頷いた。
「はぁぁ……クエストの報酬金に少なくねぇ俺の給料を出したんだけどなぁ」
「えっ、ギルドにクエストの依頼を出したんですか?」
「あぁ。けど、まったく成果がなくてよぉ」
「ちなみに、報酬はいくらなんですか?」
ポムは手を口元に当てて、リトだけに聞こえる声で囁いた。
「ざっと、金貨10枚」
「えっ、そんなにですか?」
リトは目を見開いた。心なしか、瞬きの回数も増えたように見える。
「ちょっとした魔物討伐と同じ額ですよ?」
「あったりめぇだろ。猫とはいえ愛する家族のためだ。それくらい当然だろ」
「いえ、それよりもポムおじさんがそんなに稼いでいた方にビックリです」
「馬鹿野郎。若けぇ頃からコツコツ貯めた金だっての。何かあった時には金がなきゃ家族も守れねぇーからな」
「意外にしっかりしてる」
「意外は余計だっつーの!」
ポムはリトの額をぺしっと叩く。
「そうなんですね……それでも見つからないとなると、迷子の猫探しをしてくれる冒険者なんて、いないんですねぇ」
ため息をこぼすポムの顔を感情の読めない眼で見ながら、リトはしばらく黙って思考した。
やがて、リトは「あのぉ」とポムに目を向けて口を開く。
「そのクエスト、おかしいんじゃないですか?」
「……えっ?」
芋の代金である銀貨を取り出していたポムは、まっすぐ自分を見つめるリトに改めて驚いた。
リトの瞳には、すべてを見透かすような鋭さが宿っていた。
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