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泣いた魔法使い





 翌日、太陽が地平線から顔を出すと同時にリトは目を覚ました。そして洗顔、手洗い、着替えと、一日の始まりとしての日課を済ませ、農作業のため畑へと出かける。

 玄関扉を開けると、木が擦れた甲高い音が鳴った。牧歌的な風景に囲まれた草原にポツンと建ったリトの家。東の空は明るく染まっている。澄んだ風が流れ、今日も心地の良い朝だ。

 気温や雲行きを見て、リトは今日一日の天気が晴れだと予感した。天気予報などない、この世界では天候や気温の変化は自身の知識と感覚で測るしかない。予想が外れることも少なくないが、リトは自身の体感に従って、今日も活動を始めた。


「うぅーーん」


 穏やかな空気に包まれながら、リトは体をほぐす。


「はぁぁ……よし。今日も一日、頑張りますか」


 農家の朝は早い。日の出前の涼しいうちに、ある程度の仕事を済ませるため、リトはいそいそと働く。雑草を抜き、実った野菜を収穫し、畑を耕し、種と苗を植え、水や肥料を与える。そんな作業を、リトは一人でこなしていく。

 最初は大変だった農作業も、今となっては、むしろ楽しげだ。当然すべての収穫がうまくいくわけではないが、それも含めて、リトは楽しんでいる。

 晴耕雨読。街での暮らしのような『時間に』ではなく、『お天道様に』従った暮らしはリトの性にあっていた。


「ふぅぅ……よし。今朝はここまで」


 朝の仕事を終え、リトは道具を片付け、簡単な朝食を取った。

 自分で育てた野菜と乾燥したパンで作った朝食を食べながら、ふとリトは昨日の市場での出来事を思い出した。


「あれでホントに良かったのかなぁ」


 昨日、リトは店主にとある助言を行った。自分の考えはおそらく当たっている。だが、その助言の結果が吉と出るか凶と出るかが少し気になっていた。


「また今度、様子見に行ってみよう」


 そう言って、リトは家を出た。この後はいつも通り、水や食糧、道具など家の備えや畑に必要なものを確認して、また作物の収穫だ。日もすっかり上って、空は青々としている。


「……ん?」


 外で畑の様子を見に行こうとしたリトは、ふと見慣れないものを目にした。

 草原の小道に何かがいる。最初は野ウサギか何かかと思った。しかし目を凝らすと、それは小道のど真ん中でポツンと座り込んでいる人間だった。ローブに包まれていて背格好や顔は見えないが、手に持った特徴的な杖から、その人間が魔法使いであることが分かった。

 リトの家のすぐ目の前にはフォーツヒル王国の街から国境沿いまで続く道がある。道と言っても、草が生えておらず土がむき出しになっているだけの野道だ。その小道に人がいることは何ら不思議ではない。

 リトが生まれるはるか昔から、その小道は街から出てきた冒険者がよく通行していた。


 しかし、不自然なのは、その様子だ。魔法使いは僅かに震えている。まるで何かに怯えているようだ。

 リトは細い目を向けて、観察するようにその魔法使いを見つめた。怪我でもしているのだろうかとも考えたが、リトの家周辺は崖やぬかるみのある危ない地形でもなければ、魔物が生息するエリアでもない。出たとしてもせいぜいウサギや鹿などの野生動物くらいだ。

 だが、人を罠に嵌めるタイプの魔物という可能性もゼロではない。リトは警戒しながら、ゆっくりと魔法使いへ歩み寄る。周りに他の人影や動物の影もない。


「……ぐすっ……うぅ……うぇ」


 そばまで近づくと、嗚咽とすすり泣く声が聞こえた。リトは静かに様子をうかがう。

 目の前の魔法使いは、膝を抱えるようにしてうずくまっていた。組んだ両腕に顔を伏せ、表情を見ることはできない。身に着けている質が良さそうなローブには傷もなく、争ったような外傷もない。あるとすれば、右腕にある小さな痣くらいだ。

 アイテムボックスなのか、腰には麻の布でできた巾着袋のような入れ物をつけている。手に持っている杖は、柄のデザインや先端についた宝玉から上等なものであることが分かる。宝玉はサファイアの類だろうか、深い青みを帯びながらも陽の光に照らされて輝いていた。


「……あのぉ」


 リトは魔法使いの顔を覗き込むようにしながら声を掛けた。

 魔法使いは伏せていた顔を上げて、リトを見る。


「っ!」


 リトは思わず一歩後ずさりした。綺麗な瞳をした少女だった。泣き腫れているが顔だちも整っている。ローブの隙間から見える艶のある髪は彼女の肩ほどまで伸び、色はリトの黒髪と違い、明るい空色をしていた。

 少女は顔を向けるが、その意識は自分を捉えていないように、リトには思えた。


「何かあったんですか?」


 リトは内にある警戒心を隠しつつ、できるだけ優しい口調で彼女に尋ねた。


「ぐすっ……うぅ……ぐぅぅっ……うわぁぁーーん!」


 リトの問いに少女は答えない。代わりにまた顔を伏せ、声を上げて泣くだけだった。


「えぇぇ! あ、あの、人の家の前で泣き崩れるのはやめてください……迷惑なので」


 リトが早口になって泣き止むよう言っても、少女の涙は止まらない。むせび泣く少女に、リトはしばらく目を丸くして、ただ見守ることしかできなかった。

 辺境の閑静な草原で、魔法使いの少女の泣き声はよく響いて聴こえた。







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