南の森
フォーツヒル王国を出て南へ行くと、豊かな森が広がっている。緑の葉が青空の陽に照らされ、樹々は風に揺れ、小鳥と虫たちが鳴く、穏やかな気候の森だ。森の恩恵によって草木が生い茂る。キノコや薬草も取れるため、それ目的に足を踏み入れる者も多い。対して、危険な獣やモンスターも出現する。
新米冒険者にとっては、修練や金策に適した場所でもあることで王国内では有名だ。
そんな南の森の中で、アルファが自身の杖を構えている。杖の先に付いた宝玉が青い光を帯び、魔力が周りに広がる。
「探索魔法、発動!」
綺麗な幾何学模様を描き、光の線が走る。魔法陣の矢印の先がアルファの求めるものを指し示す。
「次は、こっちだよ」
「魔法って便利ですね」
魔法陣が消え、アルファは魔法が示した方へ歩き出す。リトもその後を追う。
今、リトの手には麻袋が握られ、その中には二人が集めたポイロゼの草が入っていた。二人が手に入れたポイロゼの草は、8個。あと2つでクエスト達成だ。
『よし。じゃあ早速、ポイロゼの草を取りに行こう。リトさん、この近くで薬草が取れる森や草原って知らない?』
『それなら、王国の南にある森で取れると聞きますね。あそこなら日が暮れる前に行き来できるでしょう。ただ、森には人を襲うモンスターも出るので街の住人はめったに近づかないですが』
『それなら大丈夫! モンスター退治なら私に任せてよ!』
『別に退治する必要はないですけど……大丈夫ですか?』
『問題ないない! さぁ、行こう!』
ギルドでクエストを確認した二人は、そんなやり取りをした後、目的のポイロゼの草を集めるため、そのまま南の森へと向かった。探すのに苦労するかと思っていたリトだが、アルファの探索魔法のおかげで、収集はかなり楽に進んでいる。
「このペースでいけば、今日中にクエスト達成できそうですね」
「私のおかげだね」
「えぇ、そうですね。ラミュヒの葉みたいに旬の時期じゃなかったらどうしようかと思いましたけど杞憂でしたね」
「目的の数まで、あと少し。ちゃちゃっと終わらせちゃおう!」
「このまま何事もなければ良いんですけど……」
さらに森の奥へと進みながら、一抹の不安を覚え、リトは顔を強張らせる。リトの住む草原と違い、この森には人を襲うモンスターも生息している。
そんなモンスターに今にも遭遇しないかと、リトは警戒していた。
「あっ! リトさん、あったよ!」
何度か探索魔法を繰り返しながら歩いていると、アルファがまたポイロゼの草を見つけた。アルファが指さした先には、茂みにまぎれて球状になった葉が顔を覗かせていた。
リトは周りの雑草を掻き分けて、持っていたナイフでポイロゼの草を刈り取る。さすが農家とあって収穫作業は手慣れている。いま採ったポイロゼの草もよく育っており、艶があって質の良い葉だ。
「これで9つ目。あと残りひとつですね」
「よーし。じゃあ最後に行くよぉ!」
アルファがまた魔法を使おうとした瞬間、ふと空気が変わった。
「ん?」
「どうしたの、リトさん?」
鳥の声が止み、ぬるい風が木々の間を流れる。
その変化に気づいたリトは眉間を寄せた。そして同時に、近くの茂みが大きく揺れた。
「っ!」
「えっ?」
激しく揺れる葉音に、リトとアルファは揃って顔を向けた。すると茂みの中から“奇妙な生物”が現れた。
その土色の体はウネウネと動き、軟体動物のように柔らかそうだが、背中は光沢のある甲羅のような皮膚で覆われている。顔か首か分からない太い頭部からは2本の触手が生え、その先端に目玉のような球体が付いている。ナメクジのような外見だが、大きさは熊よりも大きい。その生物は、まぎれもなく人を襲うモンスターだ。
「あれは!」
「“メタルマイマイ”だね」
反射的にリトは持っていたナイフを構え、アルファは杖を握る。
アルファが“メタルマイマイ”と呼んだ、その生物は森や沼地に生息するカタツムリ型モンスターだ。鈍足だが、その皮膚は鉄のように硬く、半端な剣では傷つけることもできない。
「ここは大人しく逃げましょう」
「まぁ、待ちなさいな。ここは私に任せてよ」
アルファは杖の先をメタルマイマイに向けた。
「別に無理して倒す必要もないですよ?」
「いやいや、こんなモンスター、楽々倒せなきゃ冒険者の名折れだよ」
メタルマイマイは目玉をギョロりと回して、二人を見た。その頭の下部には筒状の口があり、棘のような歯が返しのように並んでいる。
――グキャアアァァァァッ!
二人を獲物と認識したメタルマイマイは獣のように鳴き声を上げる。見た目は大きなカタツムリだが、その声と動きには魔物特有の獰猛さがあった。
アルファは杖を構えて精神を集中し、魔力を込める。
「火炎魔法、発動! ファイアブレス!」
呪文を唱えると、アルファの前に現れた赤色の魔法陣から真っ赤な炎が放射された。放たれた炎は辺りに熱を広げながらメタルマイマイに向かって飛ぶ。リトは自分の方へ伝わってきた熱風を手をかざして避ける。まるで鍛冶屋にある炉の火が目の前に現れたようであった。
――ウニャアアァァァァッ!
炎はメタルマイマイの体を燃やし、黒い煙が立ち上る。メタルマイマイは耳をつんざくような悲鳴を上げながら地面の上を転がった。
悲鳴はあっという間に止み、生き物の焼ける焦げ臭さがリトの鼻腔をくすぐった。メタルマイマイの体の一部が灰となり、残り火が風に吹かれて消える。
「ふぅぅ……ふふん、どうよ?」
「おぉーー」
アルファは一息ついた後、得意げな顔をリトに向けた。魔法の失敗もなく、ちゃんとモンスターを倒したことに、リトは感嘆した声をこぼした。
魔法が苦手だと言っていたが、あれは本人の勘違いだったのではないかと、リトは目を見張った。
「……あっ!」
「えっ、なに?」
感心したのも束の間、リトの顔が一瞬にして青ざめた。何事かとアルファもその視線の先に目を向ける。
するとそこには、周辺の茂みや木の陰から、数匹のメタルマイマイが顔を出していた。
倒した個体が発した最後の悲鳴が仲間を呼んだのか、地面を這いながら現れたメタルマイマイ達は揃ってリトとアルファを敵と認識して威嚇する。
「うわっ、キモッ!」
目の前の光景に、アルファは顔を引きつらせた。その横で、リトは手に持っていたポイロゼの草が入った麻袋を肩に掛ける。
「今度こそ逃げましょう!」
「う、うん。これは仕方ないよねぇ」
二人は振り返って同時に駆け出した。メタルマイマイ達も二人の後を追うが、鈍足のおかげで捕まることはなかった。口から毒液を吹いて浴びせようとする個体もいたが、毒液が地面につく頃には二人はすでに射程外まで走っていた。
「幸い、足は遅いみたいですね」
「そうだね。いくら大きくても、所詮カタツムリ。逃げ足で負けるわけ……えっ!」
背後を確認して、このまま逃げ切れると思った二人だが、突如その目を見開いた。
二人が見たのは、メタルマイマイが歩みを止め、その背中の殻に体を引っ込める光景だった。まるで追うのをやめたようにも見える動きだったが、今度はその殻を回転させて、タイヤのように転がってきた。
平地の森にも関わらず、そのスピードは速く、まるで狼が追いかけてくるようだ。今まで開いていた距離がどんどん縮まっていく。
「なにアレ! あんなのアリぃ!」
「今は考えてる暇はありません! いいから走って!」
二人は息を切らしながら全速力で走った。不安定な土の斜面や木の根を踏み込み、茂みの枝葉をナイフと杖で掻き分けた。
心臓が脈打ち、額に汗が浮かぶ。湧き上がる体の熱と死の緊張感が、二人の呼吸を速めていく。しかし、追ってくるメタルマイマイとの距離は、いつまで経っても広がらなかった。
「「ッ!」」
やがて、二人は足を踏ん張って急停止した。目の前の木の陰から別のメタルマイマイが現れたのだ。背後から追ってきているものとは大きさと雰囲気が異なり、一目でレベルが高いことが分かる。
二人がその個体に目を奪われている内に、追ってきたメタルマイマイが二人を囲う。
「げっ!」
「囲まれた!」
メタルマイマイの群れと周りの木々によって、二人の逃げ道は塞がれた。モンスターとあって、その辺の野生動物とは違うらしい。まるで知性のあるような襲撃の仕方に、リトは奥歯を噛んだ。
「火炎魔法、発動! ファイアブレス!」
アルファの魔法が、また一匹のメタルマイマイを焼く。しかし、一匹を倒しても、すぐに別の個体が道を塞いだ。心なしか先ほどより火の威力も弱い。
「あわわわ、どうしよう!」
「くっ!」
自身の魔法が効かず、アルファは慌てて冷静さを失う。対して、リトは顔をしかめながらも、落ち着いて思考を巡らせた。
「……そうだ! アルファさん、いつか言ってた“眠り魔法”!」
「えっ!」
「魔法で眠らせるんですよ。その隙に逃げましょう」
「でも、あれは……」
いつもの明るい態度が失せ、アルファは怯えたように強張った表情を見せる。その脳裏には、かつて敵のモンスターを眠らせようとして味方を眠らせてしまった苦い記憶が過っていた。
アルファは杖を握る力を強め、魔法を使うことを躊躇した。
――グキャキャァッ!
アルファが渋っている間にも、メタルマイマイたちは今にも襲い掛からんと殺気立つ。すぐ目の前の個体が口元をモゴモゴと奇妙に動かしている。リトはその個体が毒液を吐こうとしているのだと察知した。
「やれッ!」
「は、はい!」
怒号のようなリトの指示に、アルファは背筋を伸ばして杖を構えた。やぶれかぶれに、アルファは自分が持っている魔力のすべてを杖に注ぐ。
「催眠魔法、発動!」
杖の宝玉が輝き、周辺に蛍火のような怪しい光を広げた。木陰の闇すら照らすその光は、見たものの意識を一瞬にして眠りへと誘う。
光が消え、森の中に一陣の風が吹き抜ける。
一瞬の静寂の後、周りにいたすべての生物がその場に崩れ落ちた。メタルマイマイの群れが地面に倒れ、周りの落ち葉を吹き上げる。
「ぐぅぅ……」
「……すぅぅ」
森の中には二人分の人間の寝息が響いた。




