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『薬草を10個もってきて』





 ギルドの掲示板の前で、リトとアルファは『薬草を10個もってきて』と書かれたクエストの紙を見る。そのクエストに異変を感じたリトだが、アルファは何のことか分からず首を捻った。


「おかしいって、何が?」


 アルファは顔を向けてリトに訊ねた。


「それは」

「お待たせしました」


 リトが口を開こうとしたとき、鈴のような声が割って入ってきた。その声の主である受付人は、二人と掲示板の間に立つと、たった今、奥で作ってきたと思われるリトのクエストを貼り付けた。


「はい。では、採取クエストを発注しました。達成され次第、請負人が依頼品をお渡ししますので、問題がなければこちらの承諾書にサインして、その者へお渡しください。なお、1カ月を過ぎてもクエストが未達の場合は失注扱いとなります。継続して発注する場合は追加料金が発生しますので、ご了承ください」


 説明を終えると、受付人は承諾書をリトに手渡す。そして一礼した後、リトが応える間も与えず、また奥へと去って行った。流れるような案内に、二人はただ黙って見送った。


「それで?」

「あぁ……このクエストですが、不審な点が3つあります」

「なに、その不審な点って?」


 アルファに訊かれ、リトは掲示板に貼られたクエストを2つ交互に指さした。

 ひとつは、『薬草を10個もってきて』というクエスト。もうひとつは『ラミュヒの葉が2枚欲しい』と書かれている、今リトが依頼したクエストだ。


「この2つのクエストを見比べてみて、何か気が付きませんか?」

「うーん……リトさんのクエストの方が報酬が安い。私だったら、薬草10個のクエスト受けるね」

「そうだけど違います。私がケチみたいな言い方しないでください」


 ボケなのか天然なのかとリトは頭を抱えた。アルファは唸りながら首を傾げたが、答えは出ず、やがて降参と両手を上げた。


「分かんない。何か変なところあるかな?」

「まずは、一つ目はここです」


 リトは『10個』という部分を指で押さえた。


「アルファさんからこのクエストについて聞いたときから、この“10個”という書き方に違和感がありました。クエストの名前や題目というのはギルドの人間によって決まりますが、これは依頼人が依頼した際に話した言葉がそのまま使われることが多いんです」

「そうだね」


 実質、リトのクエストも、『ラミュヒの葉が2枚欲しい』と受付人に言った言葉がそのまま使われている。周りにあるクエストも、そんな形の名前のものが多い。


「つまり、このクエストの依頼人も、ギルドの受付で、このように口にしたと考えていいでしょう」

「それがどうかしたの?」

「薬草というのは、どんな種類であれ基本は“1枚2枚”で数えます。このクエストのように“個”という形で表すのは、いささか不自然です」


 アルファは昨日リトが『それはまた、なんともありがちな……しかも“10個”って』と言っていたことを思い出した。


「そうかもしてないけど、でもそれって言うほどおかしなことかな? その薬草ってポイロゼの草でしょ。私もたまに1個って言っちゃうことあるよ?」


 アルファの言う通り、キャベツや白菜などの結球植物……葉が何枚も重なって球状になる、ポイロゼの草であれば、ひとつの塊を捉えて『1個』と見なすこともあるだろう。

 しかし、リトは釈然としていなさそうに眉を歪めた。


「たしかに“個”で表すときもあるでしょう。けど、そうであれば、さらに奇妙なことが考えられます」

「奇妙なこと?」

「この依頼では、毒消し草であるポイロゼの草を“10個”も求めていることになる。葉の枚数で言うと、ひとつにつき10枚としても、100枚くらい必要としていることになる。回数にして100回分。そんな大量の薬草を依頼するなんて一体何に使うつもりなんでしょう?」

「何にって、ポイロゼの草なんだから毒消しでしょ? 冒険者なら魔物の毒の治療のために旅の備えでそれくらい買っておくよ?」

「この依頼人は、ただの街の住人ですよ?」

「……そういえば、そうだね」


 アルファは顔を俯かせ、改めてクエストにある依頼人の欄を見た。そこには『居住下区に棲むディーン』とフォーツヒル王国の住人を表す名前が書かれている。


「2つ目の不審な点は、何故この依頼人は道具屋で買わず、クエストで手に入れようとしているのかという点です」

「リトさんみたいに、道具屋で品薄だったんじゃないの?」

「それも考えられますが、それにしても量が多い。ただでさえ出費がかさむのに、クエストを出す依頼料も加算されます」

「ポイロゼの草は、国や村にもよるけど、1個当たり大体銀貨5枚くらいだから……普通に道具屋で買えば銀貨50枚で買えるね。うわぁ、てことはこの人、倍以上報酬に出してる!」

「クエストの報酬としては妥当でしょうが、たとえ品薄だったとしても道具屋で買えるようになるのを待つ方が良いでしょう。わざわざギルドに依頼してまで手に入れようとしてるのは、なにかよっぽどの訳があるんです」

「何? そのわけって?」

「さぁ、それはまだわかりません」


 リトは口を閉ざして考え込み、アルファも腕を組んで少し考えてみたが答えは出なかった。アルファは杖の先でリトを叩いて、「それで、3つ目は?」と話を進めるように催促した。


「3つ目は、このクエストがこの掲示板に貼り出されてから経過した時間です」

「時間?」

「インクの乾き方や紙の痛み方、そして他のクエストの紙と見比べても、このクエストは依頼されてから、かなり時間が経っています。つまり、これはいつまで経ってもクエストが完了しておらず、おまけにこの依頼人はギルドにお金を払い続けて依頼を出し続けているということです」

「出し続けるって、どれくらい?」

「少なくとも、3カ月は経ってると思いますよ」


 リトはクエストが書かれている字のインクを指先で撫でる。インクの湿り具合に、紙の擦れ方など、どれも長い時間の経過を感じさせる。


「それって、その間、誰もこのクエストを受けなかったってこと?」

「そういうことになりますね」

「なんで? ポイロゼの草を探すのって、そんなに難しいものでもないのに」

「わかりません……ひょっとしたら、ポムさんのクエストと一緒かもしれません」

「あぁ」


 二人は掲示板の隅へ視線を移す。そこには、まだ手付かずになっているユーちゃん探しのクエストが残っていた。地味なクエストは英雄思想の強い冒険者たちからはあまり人気がない。

 乾いた紙の端が、部屋の中のそよ風に流されて揺れている。


「早く見つけてあげたらどうですか?」

「そう言われても、ユーちゃんが見つからないんだよ」


 アルファは誤魔化すように視線を逸らして頬をポリポリと掻いた。


「うぅーん。でも、このクエスト、どうしたら良い? 受けない方が良い?」

「僕に訊かれても。受けるかどうか決めるのはアルファさんですよ。僕には関係ないことですからね」

「えぇー! ここまで話しておいて、そりゃ無いでしょ!」

「まぁ、頑張ってください。僕の用は済んだので帰ります」


 リトはさっさとギルドの出口へ向かって歩き出す。元々リトの目的はラミュヒの葉を買うことだ。不足分のクエストを依頼したことで、もうギルドにいる理由もなければ、アルファのクエスト選びに付き合う理由もない。


「ちょっと待て!」

「待たない」

「協力して!」

「しない」

「このクエスト達成して当面の宿代を稼いだら、ユーちゃん探してリトさんから借りた金貨も返すから、ねっ?」


 リトは足を止めた。アルファの早口な説得に迷っているのか、そのままじっと動かなくなった。アルファも思わず動きを止め、その背中に祈るような視線を向ける。


「……3枚返しでどうかな?」

「はぁぁ、わかりましたよ」


 周りにいた冒険者たちから奇妙なものを見る眼で見られながら、交渉は成立した。







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