アラクネの店
まるで美術館の絵画でも見るように、アルファが店内にある物珍しい商品を眺める中、リトとフィロはカウンターを挟んで雑談に花を咲かせていた。何度か顔を合わせたことのある二人だが、こうして言葉を交わすのは初めてのことであった。
リトは自分が領土の隅で農家をしていることと先日アルファと出会った時のこと、そして今日どうしてこの店に来たのかの経緯を話した。フィロが聞き上手なせいか、思ったよりも長い時間を過ごし、途中、店の商品を見終わったアルファも話に加わった。
「フフフっ。それで二人はここに来たのねぇ」
「えぇ、そういうわけです。まったく、金欠なのになんで見てたんだか」
「別に良いじゃん。見るだけならタダなんだし」
「そうねぇ。でも店主としては見るだけじゃなくて買ってくれると嬉しいわぁ」
「……あ、あはははぁ」
遠回しに冷やかしを指摘され、アルファは気まずそうに笑う。フィロはカウンターに寄りかかり、買うことを促すような眼でアルファを眺める。
会話の最中、リトは鼻先を指で搔いた。香水だろうか、微笑むフィロから甘い香りがほのかに漂う。
「そ、それよりも……フィロさんは何故、この場所でお店を?」
目をキョロキョロと泳がせた後、自分から意識を逸らすようにアルファは話題を振った。その見え見えの魂胆に、リトは呆れ、フィロはクスクスと笑う。
「ふふふっ、ひみつぅ」
「えぇー、なんで?」
「ウチで買い物してくれたら教えてあげるかもねぇ?」
「むぅぅ……リトさんは知ってるの?」
「いいえ。私がこのお店を利用するようになったの、つい1年くらい前からのことですし」
アルファは不服そうに口を尖らせる。フィロが子供を揶揄う大人のように微笑むが、ふと何かを思いついた様に瞬きしてリトに顔を向けた。
「そうねぇ、そんなに気になるならぁ……リトさん、良かったら当ててみてぇ」
「はい?」
「さっきの話だと、あなたは一目でアルファちゃんの素性を見抜いたそうじゃない?」
「えぇ、まぁ……」
リトは眉間を寄せつつ頷いた。フィロの期待するような眼が、少し煩わしく感じられた。
「あなたのその洞察力に、興味があるわぁ」
「たまたまですよ」
「ものは試しによぉ、やってみてぇ」
「そうだよリトさん、やってみてよ」
フィロはにっこりと笑って、まっすぐリトを見た。曲がった蜘蛛の脚がちょうどリトの頭の高さと同じくらいになるところで止まる。アルファも杖の端でリトの肩を突っついて駆り立てる。
リトは渋々、挑発的な笑みを浮かべるフィロを見返した。そして、その黒い瞳を覗き込みつつ、しばし思考を巡らせる。
束の間、静寂が店内を支配し、やがてリトの眉間の皺が深くなり、目の端がピクリと震えた。
「……すぅぅ」
リトは目を閉じて、ゆっくりと息を吸った。これから彼が一体なにを語るのか、アルファは無意識に息を止めて見守っていた。
やがて肩を落として、リトは大きく息をついた。
「やっぱり、やめておきませんか?」
「えっ!」
期待したものと違うリトの言葉に、アルファは驚く。
「あらぁ、どうしてぇ?」
「推測であれなんであれ、人様のプライベートを探るのは良くないと思いまして」
「ふふ、気にしなくていいのよぉ」
渋い顔をするリトに、フィロはクスクス笑う。その顔はどこか小馬鹿にしているようにも見える。
「あまり良い気分にならないと思いますよ?」
「結構よぉ。むしろ、一体どんな推理が出たのか気になるわぁ」
「……それじゃあ」
改めて、リトはフィロに目を向ける。無機質な眼差しが、妖艶な笑みを浮かべるフィロに向けられた。
「“旦那さんのこと”は、御気の毒でした」
「ッ!」
リトは淡々とした口調で言った。そして一瞬、フィロの笑みがぎこちないものに変わったのを見逃さなかった。
「そう……リトさんは“彼”に会ったことがあるのかしらぁ?」
「いいえ、私が初めてこの店に来たときは、すでにこの店は“フィロ商店”でしたし、旦那さんにお会いしたことは一度もありません」
「へぇ。じゃあどうして、この店が“元々夫の家だった”ってわかったのかしらぁ? 街の誰かに聞いたのかしらぁ?」
「それも違いますよ」
「なら、どうしてぇ?」
フィロは自分に夫がいたことは、初めて来店したアルファは当然だが、リトにも話していない。
どうして夫の店だったと分かったのか、フィロは平静を装いながら訪ねた。
「他種族の女性が何のコネもなく人間の国の中心地に店を構えるのは難しいです。あるとすれば、かなりの大金を積んだか、冒険者として国の繁栄に貢献したか。もしくは配偶者がこの国の住民だったか。それも、王宮とつながりの深い騎士の配偶者。今回の場合、その騎士があなたの旦那さんですね? アラクネの種族は住処の森から外に出ることはあまりないと聞きますが、騎士なら遠征や他国への外遊の際に出会う機会もあるでしょう」
「あらぁ、ロマンチックねぇ。まるでおとぎ話みたい」
肯定はせず、かといって否定もせず、フィロは笑みを深めた。相手に迷いを与えるような言い方であるが、リトの確信は揺るがなかった。
そんな二人の横で、アルファが首を傾げた。
「どうして旦那さんだって分かるの? お金を払った可能性もあるんでしょ?」
「あそこにある“剣”」
アルファに訊かれ、リトはカウンターの奥に飾られた重厚そうな剣を指さした。指先に沿ってアルファも目を移す。だが、そこにある剣は、一見ただの剣にしか見えなかった。どこにでもありそうな両刃のロングソードだ。国の衛兵や騎士だけでなく、新米冒険者の戦士が持っているのを、アルファはよく目にしている。
「あれは旦那さんが持っていたものでしょう」
フィロは黙ってリトを見つめ、次の言葉を待った。
「売り物にしては年季が入っているし、あまり手入れもされていない。飾り物にしては派手さに欠ける。過去に実用として使われていたものです。そして、なんの思い入れもない剣を自分の店の、あんな目立つところに飾りはしません」
「私が護身用に置いているということは考えられない?」
「無いですね」
フィロが試すように訊ねるが、リトはすぐに否定した。さらに、リトの早口は止まらない。
「あなたにあの剣を振るえるような力があるとは思えない。蜘蛛の脚なら別ですが、その爪で剣を握ることはできないでしょう」
リトはフィロのすらりとした細い腕を見ながら言った。彼の言う通り、その腕に重い剣を振るほどの筋力はない。蜘蛛の脚や糸で荷物や樽を運ぶことはできても、剣を扱うことは難しいだろう。
だが、アラクネだからといって、フィロは美しい顔立ちの女性には変わりない。別に人間のパートナーがいても不思議ではない。アルファが気になったのは、別のことであった。
「その旦那さんが御気の毒っていうことは、つまり?」
「えぇ。旦那さんは、すでに故人です」
「なんでそこまで分かるの?」
「この家の作りは、人間に合わせて作られていますけど、商品はどれも視点が少し高くなるように置かれています。そして店内だけでなくカウンターの奥も、床や棚の上の掃除は行き届いていますが、足元より上、腰より下の高さの手入れは拙い。これは長い間この家の管理が身長の高いフィロさんがやって、他の人間が住んでいない証拠です」
「なるほど」
アルファは小さく頷いて、そのまま顔を俯かせた。
「旦那さんの死後、この家を受け継いでフィロさんは店を開いた……違いますか?」
リトは無表情のまま、笑みを浮かべるフィロを見つめていた。何とも言えない緊張感が二人の周りに漂っている。
「……ふふっ、正解よ」
やがて、フィロは目を閉じて両手を上げる。色っぽい仕草がなくなり、穏和な雰囲気だけが残った。
「いやぁ……あなた、想像以上の観察眼と洞察力ねぇ。敗けたわ」
蜘蛛の脚の付け根が動き、腕を組んだフィロは上体をいつもの高さに戻す。彼女を見るリトとアルファは自然と顔を見上げる体勢となった。
「旦那さんとは、あまり“良い別れ方ではなかった”ようですね?」
「えぇ。王様が隣国に外遊に行く時に護衛として付いてたんだけど、それから帰る時に魔物に襲われて……」
「ごめんなさい。イヤなこと思い出させること聞いちゃって」
「気にしないで。あの人が亡くなったのは、もうずっと前のことだから」
申し訳なさそうに謝るアルファに、フィロは笑みで返す。しかし、その微笑を浮かべるフィロの眼にはどこか寂しさが宿っているように、アルファには見えた。
「あなた達は、気味が悪いとは思わないの?」
「「えっ?」」
「アラクネと人間が結婚なんて……それに私はこの国から見ればよそ者だし」
「それは、別に……ねぇ?」
「えぇ、素敵だと思いますよ。フィロさんもアルファさんと一緒で、根は悪い人じゃなさそうですし」
「“根は”って何さ、“根は”って変な含みを持たせないでよ」
アルファに訊かれ、リトは共感するように頷いた。
「……そう」
軽口を交わす二人に、フィロは目を見開き、やがて優しい笑みをこぼした。
ブックマーク追加と評価をよろしくお願いします。




