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気まぐれモットー!フィロ商店





 リトの家から街までは、むき出しになった土の道がまっすぐ続いている。分かれ道もなく、モンスターも出ず、穏やかな草原が広がる道を、リトとアルファは並んで歩いた。

 今朝、日の出と共に起床したリトはいつもの農作業を終わらせ、遅れて起きてきたアルファと朝食を済ませた後、二人で家を出た。

 青空の下、リトは最低限のお金が入った財布袋と買った薬草を入れるための小さな荷袋を腰に携え、アルファはいつもの黒いローブを羽織り、青い宝玉のついた杖を持っている。陽の光に照らされ、彼女の綺麗な空色の髪が輝いていた。


「うーーん、やっと体がほぐれてきた気がする」

「野営は慣れてるんじゃなかったんですか?」

「慣れてるけどさ、凝るものは凝るよ」


 昨晩、リトは自分の家で唯一鍵のついた物置にアルファを泊めた。その物置は蝋燭や薪、古びた書物などが置かれた狭いスペースだが、布団を敷けば人ひとり寝られるくらいの広さがあった。しかし、手狭な部屋で身を小さくして寝たアルファの身体はすっかり強張っていた。

 首や肩を回したり腕を伸ばしたりと、アルファは体をほぐしながら歩く。


「くしゅん!」

「風邪? 大丈夫?」

「別に、ただのくしゃみです」

「……そう?」


 ちなみに、布団を渡したことによってリトが寒い思いをしたことを、アルファは知らなかった。




 ***




 街に着くと二人は、まず薬草を売っている道具屋へと向かった。

 いつものように人で賑わい、今日もフォーツヒル王国の街は活気で満ちている。街の住民や冒険者、エルフやドワーフ、獣人たちとすれ違いながら、二人は店がある街の中心地へと進む。気が付くと、街道には石が敷かれ、舗装された道に入っていた。


「リトさんって、いつもどこで買い物してるの?」

「ものにも寄りますけど、薬草は“フィロ”の店で買ってます」

「“フィロ”?」

「まぁ、行けば分かりますよ」


 そんな会話をしながら、二人は街道を進んでいく。リトは知った道の角を曲がり、アルファはその後に続く。道中の景色は、ユーちゃん探しで街を探し回ったアルファにも見覚えのある建物や風景だった。

 やがて、目の前に“気まぐれモットー!フィロ商店”と描かれた看板が見えた。改めて見る店の佇まいに、アルファは目を大きくした。


「あぁ! ここか!」

「知ってるんですか?」

「うん。ユーちゃん探しの時に、店の前を何度か通り過ぎただけだけど、やけに“変わったお店”だったから印象に残ってたんだよね」

「……まぁ、そうですね」


 人々がこの街道を歩けば、皆がその店に目を向けるだろう。

 アルファの言う通り、店の外観は特徴的だった。周りの建物が中世ヨーロッパを思わせる建築……三角屋根と四角い窓、部分的なレンガ造りの家屋が並んでいるのに対して、その店は、まるで“草の建物”のようだった。

 出入口の玄関扉に、立てかけられたランタン、店の名前と『店内での飲み食いはご遠慮願います』と書かれた看板は見て取れるのだが、それ以外の屋根や外壁はすべて黄緑色の草で覆われている。

 屋根には白い煙が立つ煙突があり、瓦の代わりに茂みのような植物が広がっている。そして、外側の壁には植物の蔦が滝のように垂れ下がっている。

 これは道具屋であるゆえか、それとも家主の趣味か。いずれにしても隣に並ぶ家屋よりも、ひときわ異彩を放っている。

 そんな異質なデザインに臆することなく、リトは扉を開けて店の中へと入った。外観に見入っていたアルファもその背中を追う。


「……ん?」


 店に入る直前、ふとアルファは妙な視線を感じた。背後を見渡すと、周辺にいた住民らしき人々が不穏な目でこっちを見ていた。まるで警戒されているような視線に、アルファは疑問を抱くが、彼女が顔を向けると同時に、全員は何事もなかったように顔を逸らして日常の様相に戻っていった。

 その一瞬だけ垣間見えた住人の様子が気になったが、アルファはそのまま店の中へと入った。

 二人が店に入ると、扉の内側に付いた呼び鈴が鳴った。


「わぁぁ……」


 目の前に広がった店の内装を見て、アルファは思わず声を漏らした。同時に、自然豊かな森のような爽快な香りが鼻腔をくすぐった。

 店内には棚が並び、そこに雑貨や日用品、武器、防具、見慣れないアイテムなどなど、様々な商品が置かれている。置かれている物は綺麗に整頓され、床には埃ひとつ落ちていない。さらに店内の一角には、鉢に植えられた様々な植物が並んでいる。あるものは天井にまで茎を生やし、またあるものは紫色の花を咲かせている。他にも、球のように丸まった植物や生き物のように蠢く植物もある。レジカウンターには年季の入った天秤や水瓶が置かれ、その奥の壁には重厚そうな剣が一本飾られている。

 まるで子供の秘密基地みたいな店内に、アルファは目を奪われた。


「はぁーい、いらっしゃい」


 ふと、リトとアルファに気づいた店主らしき人物の声が、店の奥から聞こえてきた。けだるそうな抑揚だが、透き通る女性の声だ。そして間もなく、奥から店主が出てきた


「っ!」


 現れた店主の姿に、アルファは息を呑んだ。

 艶のある短い黒髪に、眠そうな細い目、ふくよかな胸、垣間見える口元の白い牙、背後に見える丸い胴体、光沢のある六本の脚、その先に付いた鋭い爪。顔と上半身は美人のそれだが、下半身の特徴は蜘蛛そのものだ。

 半人半虫のモンスター、“アラクネ”と呼ばれる種族である。


「ご用はぁ?」


 アラクネの店主は、着けていたエプロンを外してカウンターに立ち、やってきたリトとアルファに柔らかい笑みを向ける。胸元だけを隠したような色っぽい服装は、彼女の体の曲線を強調する。

 長身の高い店主に、アルファは顔を見上げる形となった。


「あなたがフィロさん?」

「あらぁ、私の店ははじめてかしらぁ?」


 店主は腕を組んで、アルファを見る。その色っぽい表情に悪意や敵意は感じられない。見た目のインパクトとは対照的に、その性格はかなり穏やかなようだ。


「はじめましてぇ、私がこの店の店主フィロよぉ。うちは気まぐれがモットーの道具屋で、日によって店が開いてたり閉まってたり、商品が置いてたり置いてなかったりするけど、置いてる物はどれも一級品ばかりよぉ。売るだけじゃなくて買い取りもしてるから、今後ともよろしくねぇ」

「どうも、はじめまして」


 にっこりと笑うフィロに、アルファは小さく会釈した。フィロの所作はひとつひとつが妖艶に見え、同性のアルファも思わず見とれてしまいそうだった。

 リトも店主が目当てでいつもここで薬草を買っているのだろうかと、アルファはリトへ視線を向けるが、リトはフィロに興味を示さず並べられた商品を見ていた。


「ラミュヒの葉はありますか?」

「ラミュヒの葉……うーん、どうだったかしらぁ?」


 ラミュヒの葉は、出血した傷に効く薬草の一種だ。葉を湯で浸して患部に付けると、消毒と治癒促進の効能がある。薬草の中でも傷薬として最も知られた薬草だ。

 残念ながら、並べられた棚にはリトの目的である薬草はなかったようだ。フィロは首を傾げて、カウンターの後ろにある棚を確認する。棚には引き出しが並び、いくつかは錠前で施錠されている。


「あっ、あったあったぁ」


 フィロは棚の引き出しをいくつか開閉した後、深い緑の葉っぱをトングで摘んで取り出した。


「あなたたち運が良いわねぇ。あと1枚だけ残ってたわぁ」

「1枚だけですか」


 リトは落胆したように息をついた。欲を言えば、保管用にあと2枚くらい欲しいと内心で思っていた。


「まぁ、時期がねぇ……ラミュヒの葉が茂る旬までは2月くらい早いから、今の時期はどこも品薄だと思うわぁ。どうしても怪我を治したければ、教会の僧侶に頼んだ方が早いわよぉ」

「そうですか」

「へぇ」


 それなら仕方ないと諦めたように頷くリトの横で、興味深そうにアルファは声をこぼした。

 教会では信仰活動と同時に、治癒魔法を使える僧侶や聖女が怪我や病気の治療を行っている。ちょっとした病院代わりの場所だ。腕は確かだが、道具屋で売っている薬草やポーションより値段が高い。


「それ下さい」

「はぁい、銀貨10枚ねぇ」


 フィロは慣れた手つきで、ラミュヒの葉を紙で包む。包装されたラミュヒの葉を受け取ったリトは、言われた分の銀貨を支払った。


「それにしても、変わったお店だよね?」

「それは店の見た目がかしら、それとも私がぁ?」

「両方かなぁ」

「あらあらぁ、失礼ねぇ」


 言われ慣れているのか、アルファの冗談めかした素直な感想に、フィロはクスクスと笑う。


「外の草はディーカリ草っていって、虫よけ効果があるのぉ。ここは虫を寄せる植物も置いてるから商品を保護するために生やしてるのよぉ」

「へぇぇ」


 アラクネ(蜘蛛)は大丈夫なのだろうかと疑問が過ったが、アルファは口をつぐんだ。


「あなたは魔法使いかしらぁ?」

「うん。アルファだよ」

「フィロよぉ、改めてよろしくねぇ」


 フィロと挨拶を交わしながら、アルファは握手しようと手を差し出した。しかし、フィロは握手に応えることはなく、困ったような笑みだけを返した。

 アルファは不思議に思いつつ、素直に手を引っ込める。下手をすれば、気まずい空気になりかねないやり取りだが、アルファもフィロも、お互いに気を悪くした様子はない。

 どうやら波長が合うようだと、リトはそんな二人を横目で見ていた。


「ここには魔法使いがよく使う精神力を高めるアイテムも置いてるわぁ。呪文効果を高める指輪もあるしぃ、そこのマントはモンスターの攻撃を防ぐことができるわぁ。あそこにある“セルトラの花”は精神を整える効果があるから、ポーションの代わりに魔法使いが常備していることもあるのぉ。よかったら見て行ってぇ」

「ありがとー」


 アルファは礼を言うと、店の中にあるアイテムを眺め始めた。フィロの言った“セルトラの花”は、花ではなく緑の葉が何重にも重なり、まるでひとつの花のようになっている植物だった。珍しい植物に、アルファは目を輝かせる。

 いくら眺めたところで買えないだろうに、とリトは内心で呟いた。

 そんなアルファから目を移して、フィロはリトを見た。


「あなたは……たしか前にも何度か来てくれたわよねぇ?」

「えぇ。覚えてるんですか?」

「こんな店だと来てくれるお客さんも限られちゃうからねぇ、何回も来てくれるお客さんの顔は覚えてるわぁ」


 フィロは片目でウィンクする。その妖艶な仕草を躱すように、リトは顔をそらして指先で頬を掻いた。


「あなたも冒険者なのかしらぁ?」

「いいえ、僕はただの農家ですよ」

「あら、そうなのぉ?」


 リトとアルファを見比べながら、フィロは首を傾げた。


「どうして農家さんが冒険者と一緒にぃ?」

「まぁ、成り行きといか、なんというか……」


 軽い疑いまじりの眼を向けられつつ、自分にもわからないと言うように、リトは口の端を引きつらせて苦笑いした。







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