薬草
鍋に残っていたシチューは、まだほんのり温かかった。温かいシチューを目の前に置かれ、アルファは目を輝かせた。野菜の旨味が溶け出したスープとスパイシーな匂いが食欲をそそる。
リトが「どうぞ」と口にすると同時に、アルファは匙を手に取って口に運んだ。
「あっ、美味しい!」
柔らかく味が染みている野菜に、アルファは驚き、素直な感想をこぼす。そしてすぐに二口三口と食べ進め、あっという間に完食してしまった。
「美味しかったぁ。リトさんって料理上手なんですね」
「慣れてるだけですよ」
大したことじゃないように言うリトだが、顔を背けて人差し指で後ろ首を搔く。自分の料理を初めて褒められ、まんざらでもなさそうだ。
「……あれ?」
その時、アルファはリトが指に包帯を巻いているのに気が付いた。その古布を割いて作られた包帯は、血が滲んで赤く染まっている。
「リトさん、その指どうしたの?」
「ん? あぁこれ、さっき作業してたら針で刺してしまって」
「大丈夫?」
「えぇ、大した怪我じゃないです……地味に痛いですけど」
リトは痛む指を見ながら、煩わしそうに奥歯を噛んだ。
「あとで、水で清めて薬草でもつけておきますよ……あっ!」
「どうしたの?」
突然、何かを思い出したように目を見開いて顔を上げるリトに、アルファは首を傾げた。
リトは席を立って部屋の奥にある棚の前へと向かう。何事かと気になって、アルファも目で追う。棚には壺や瓶、箱といった様々な入れ物が並んでいる。
そのうちのひとつを手に取って、リトは中を覗き込んだ。
「あぁ、しまった」
中に入っていると思っていたものがないことに、リトは困って眉を歪めた。いつもなら、そこには出血の傷に効く薬草が入っているはずだが、今は平らな壺の底しか見えなかった。
「薬草切らしてたの?」
「えぇ、前回使ったのが最後の一枚だったのを、すっかり忘れてました」
「あらら。ちなみに私は持ってないよ?」
「まぁ、魔法使いは魔法で治せるからいらないでしょうね」
「残念だけど、私の回復魔法でも治せないかなぁ」
「魔法苦手ですもんね」
「うっ!」
アルファがわざとらしく胸を押さえるのをわき目に、リトは肩を落とし、壺を元の場所に戻した。
「はぁぁ……明日、街に買いに行きますか」
「あっ。薬草と言えば!」
そう言ってアルファは、けろっと表情を変える。
「ギルドでクエスト探してるときに、『薬草を10個もってきて』ってクエストが出ててさ」
「それはまた、なんともありがちな……しかも“10個”って」
リトは小ばかにしたように呟き、怪訝な顔になる。
モンスターを狩る討伐系クエストと同じくらいに、採取系クエストは、ギルドでよく依頼されるクエストだ。リスクも低いので、戦いに慣れてない冒険者やソロ活動をしている冒険者が受けることが多い。
「確かによくあるクエストだけど、報酬も変に高過ぎないでそれなりだったから、受けてみようかなって」
「そうですか。別に受けようが受けまいが、それはアルファさんの勝手ですけど……」
ふとリトの頭に疑問が湧く。リトは再度テーブルに座ってアルファに目を向けた。
「アルファさんって“目利き”できるんですか?」
「えっ! う、うん。まぁ、冒険者だし、多少はね……」
大きく頷いた後、アルファの目が泳ぐ。薬草を集めるには、見つけた野草が雑草か薬草かを見分けるのはもちろん、それが何の薬草なのか見分ける必要がある。一言で薬草って言っても、その種類は多種多様だ。
傷口の消毒や毒消し、痛み止め、滋養強壮、精神安定などの効能に加え、用法も、樹液を患部に塗るのか、葉を煎じて飲むのか、ポーションとして調合するのかなど、さまざまである。
何かと怪我の多い冒険者という職業では、旅の途中で薬草を見分けることは重要な必須スキルと言って良い。あまり自信は無さそうだが、どうやらアルファも薬草の見分ける知識やすべを身につけているようだ。
「ふーん。それで、そのクエストにあった薬草は、何の薬草ですか?」
「ほぇ?」
リトに訊かれ、アルファは間の抜けた声を漏らす。
「え、えーと……何だったけ?」
「その薬草の利用目的は?」
「さ、さぁ」
「依頼人の名前は?」
「ちょっと、おぼえてないかなぁ」
アルファは引きつらせた笑みをしたまま、ゆっくりと顔をそらし、リトは何かを訴えるように目を細める。少しの間、アルファにとって気まずい静寂が支配した。
「それで、よく受けてみようと思いましたね。扱いの難しい毒草だったら、どうする気ですか?」
「べ、別に、明日ギルドで確かめればいいだけだし、難しそうなら別のクエストを探すよ」
「そんなんで冒険者としてやっていけるんですか? ポムおじさんのクエストも未達のままですし、私に金貨1枚分借りがあること忘れないでくださいね?」
「わ、わかってるよぉ!」
痛いところを突かれたと、アルファは表情を歪めた。
「そ、それより、せっかくならリトさんも一緒に薬草取り行こうよ? 実際に摘んだ方が街で買うより手頃だよ?」
「遠慮しておきます。足手纏いになるので」
「えぇー! 良いじゃん!」
駄々をこねる子供のようなアルファの様子を、リトはまっすぐ見据える。明るい雰囲気にまぎれているが、その眼には何か暗い感情が宿っているように見えた。仲間に裏切られた背景もあるのだろうが、性格としてアルファは寂しがりや気質なのだろうと、リトは感じ取った。
どうしたものかと、リトは椅子にもたれかかる。テーブルの隅に置かれたリトの分のシチューは表面に浮いている野菜がすっかりしなっていた。
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