金欠の魔法使い
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新章突入です。
澄んだ空気が漂う草原に、穏やかな小鳥のさえずりが響く。草は風に揺れ、青空には白い雲が浮いていた。そんな真昼の草原に、木でできた小さな家がポツンと建っている。緑の中、畑に囲まれた家の茶色は、遠方からでもよく見ることができる。
その家の主である農家のリトは、一人テーブルに座って昼食を取っていた。といっても、乾燥したパンと程よくほぐれた野菜のシチューがテーブルに置かれているだけで、当の本人はそれらをあまり口にしていなかった。
先ほどまで温かかったシチューも、今はもうすでに湯気が立っていない。彼の意識は今、手元に向いていた。
リトの手に握られているのは、麻布の袋と縫い針。農作業では野菜や農具の保管と、いろいろな用途で麻袋を使う。しかし、リトの持つ袋には大きな穴があき、もはや袋の役目をなしていない。
その穴をふさぐため、リトは慣れない針を扱って縫っていた。
「……痛っ、ツゥゥ!」
静寂の中、チクリと痛みが走ると同時に、リトの苦痛の声が漏れる。リトは血が滴った指先を見て、すぐ口にくわえた。そして、視線が麻袋からテーブルの上へと向く
そこでようやくリトは、自分が昼食を食べようとしていたことを思い出した。
「はぁぁ、まったく」
出来立てのシチューを少し冷まそうとして、裁縫を始めた少し前の自分に、リトはため息をこぼした。指先の血はなかなか止まらず、料理はすっかり冷めていた。自業自得とはいえ、まさに泣きっ面に蜂だった。
しかし、加熱する時間ももったいないので、リトは仕方なく冷えたシチューを食べることにした。
――コンコン
麻袋と縫い針をテーブルの袖において、昼食を食べようとした途端、ふいに玄関の扉が鳴った。普段聞かない音に、リトは何の音かと思わず眉間を寄せて身構えた。
――コンコン
聞き間違いなどではない。弱々しくも、確かに誰かが玄関の扉を叩いている。リトは警戒しながら扉に近づき、ドアノブを回した。
「……ぐすっ」
扉の隙間から聞こえたすすり泣く声と、見覚えのあるローブ姿に、リトは咄嗟に扉を閉めた。イヤな予感を覚え、リトは皺の寄った眉間を指先で押さえた。
「リトさぁん……助けてください」
外にいる人物の張りのない声が聴こえる。聞き覚えのある声に、リトはため息をつきながら、また扉を開けた。
「……こんにちは」
「うぅぅ」
感情のない挨拶をするリトの目の前で、アルファは涙を流す。
「どうかしましたか?」
「ぐすぅ……そのぉ……うぅぅ……助けてください」
「誰を?」
「私をぉ」
「なぜ?」
「他に頼れる人がいないんですぅ」
「お帰りください」
ガチャンと、リトは無情にも扉を閉めた。
「うわぁぁん、お願いしますぅぅ!」
自宅の外で扉を叩きながら絶叫するアルファに、リトは大きなため息をつく。
穏やかな昼の草原に、情けない少女の泣き声が響いていた。
***
家の前で大泣きされ、しばらくリトは頭を抱えた。しかし、このまま泣き続けられて通りすがりの冒険者に、あらぬ誤解をされても困ると、仕方なく鍵の掛けた扉を開くことにした。リトが顔を出した時、アルファは表情を和らげて涙を拭った。
そして今、渋々と部屋の中に招かれたアルファは、杖を膝の上で握って座っていた。いつぞや見たことのある姿を、対面に座るリトは困った顔で見ていた。だが前よりも、その表情に悲嘆が出ていない。まだ心に余裕があるのが分かる。
「それで、何があったんですか?」
半ば投げやりな口調で、リトは訊ねた。
「それが……宿を追い出されちゃった」
「……はい?」
想定外の返答に、思わずリトの声が裏返る。
「実は、お金が底をついちゃって……」
「クエスト受けて稼げばいいでしょう? というか、ユーちゃん探しは、どうしたんですか?」
「それがぜんぜん見つからないんだよぉ。この三日間、街の中を5周はしたっていうのに!」
屋根の上や裏道の探索、住人への聞き込みなど、逃げたポムの飼い猫を探して、アルファは街を駆けまわっていた。しかし結果は芳しくなく、アルファは生活費として自分の持ち金を削り続けた。そして、いよいよ宿屋に泊まる金も無くなり、路頭に迷う羽目になったらしい。
「それなら、他のクエストを受ければ良いでしょ。ギルドで探せば、宿代になる報酬のクエストくらいあるでしょう?」
「当然、探したよ。クエストも見つけた。でもどうしても今日中に達成できそうなのがなくて……」
アルファは顔をあげて、リトをまっすぐ見つめた。
「だから、お願い! 物置でも牛小屋でも良いの、一晩泊めて」
「いやいやいやいや!」
アルファの要望に、リトは驚いて何度も手を振った。
「嫁入り前の人が、何を言ってるんですか?」
「あぁ、大丈夫」
アルファは顔を上げた。先ほどまで流していた涙は、もう止まっていたが、目の端には涙の跡が残っている。
「これでも冒険者だし、寝込み襲われたときの対処はできるから。そもそもリトさんが襲うとも思ってないし」
「その信用はうれしいですけど、だからって」
「それに、“あの二人”とも野営もしたけど、何もなかったしね」
「それは……そうでしょうけど」
微妙に触れずらい返しに、リトは言い淀む。まだ心の傷が癒えていないのか、アルファは風に吹かれたら消えてしまいそうな表情の顔を横に向けた。
――ぐぅぅぅぅ
ふと、力の抜けるような音が室内に響いた。その音を聞いて、アルファは顔を赤くして縮こまり、リトはキョトンと目を見開いた後、あまりの緊張感のなさに頭を抱える。
「……はぁぁ」
「しょうがないじゃん! 金欠のせいで、朝から何も食べてないんだから!」
「何がですか、何も言ってないでしょう?」
焦って言い訳するアルファに、リトは表情を消して淡々と答えた。
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