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ファースト・クエスト





 薄明りの朝日が照らす街に、鎧が擦れる音が鳴る。衛兵たちがゴールとスニック、レイルの三人を連れて行く。その後ろ姿を見ながら、リトは立ち尽くしているアルファに近づいた。


「大丈夫ですか?」

「……うん、平気」


 リトが訊ねると、アルファは魂が抜けた様な顔を変えて薄笑いを浮かべた。口では平気と言っているが、その突いたら壊れそうな表情に、リトはそうは思えなかった。


「君たち!」


 そんなリトたちのところに、衛兵が一人やってきた。その人は衛兵たちに指示を出していたリーダーの男だ。男は兜を脱いで顔をあらわにする。大柄な体格に見合う口元の髭が特徴的で、いかにも豪快そうな顔つきをしている。


「いやはや、最初に君たちから通報があったときも信じられなかったけど、まさか翌朝に犯人を逮捕できるとはね」

「無理もないと思います。たかが一介の冒険者と辺境の農家の言うことでしたから。こちらこそ話を聞いていただいて、ありがとうございました。ハイド隊長」

「街の住民の声を聞くのは、国を守る者として当たり前のことさ」


 リトは衛兵の隊長……ハイドに向かって頭を下げて一礼する。

 リトとアルファが衛兵の拠点に赴いて通報したのは、ギルドで偽クエストの確認をした後のことだった。それにもかかわらず、半日もしない内に、レイルの逮捕からゴールとスニックの逮捕まで、すぐに事が運んだのは、リトが証拠を集めていたのもあるが、ハイドの隊長としての人柄と手腕のおかげだった。


「それに、礼を言うのはこちらの方だ。おかげで、こちらで抱えていた“事件”も解決できたよ」

「事件?」

「隊長!」


 リトが首を傾げると、ちょうどどこからか女性の衛兵が走ってきて、ハイドの元にやってきた。大柄でひげ面の隊長とは対照的に、こちらは金色の短髪で気品ある顔つきの女性だった。


「賊の拠点を制圧しました」

「ご苦労様。よくやった!」


 部下らしき女衛兵からの報告に、ハイドは労いの言葉を掛ける。そのさっぱりとした言い方に、きっと彼は良い上司なのだろうと、リトは感じた。


「何かあったんですか?」

「ふむ。実は私達の方でも、とある賊の一派を追っていてね」

「隊長、内部情報を一般人に話すのは」

「良いじゃないか、この人たちも無関係というわけではなんだ」

「……まったく」


 ハイドのあっさりとした言い分に、女衛兵は諦めたようにため息をつく。だが、どこか慣れたような様子だ。まるで言う前から注意しても無駄だと分かっていたようだ。そんな二人のやり取りを見て、リトはその付き合いの長さを垣間見たような気がした。


「彼女が借りていた……いや、元々はあの二人が借りていたのか……まぁ、その金貸しの組織なんだが、実は前々から随分とあくどいやり方で金の貸し借りをやっていたみたいでね、私たちのところにも相談が来ていたんだ。それで私たちも追っていたんだけど、なかなか奴らのアジトを特定することができなかったんだ。恥ずかしながら、メンバー構成や顔も満足に把握することができなかった」

「……あぁ、だからアルファの」

「そう、だから彼女の情報と探索魔法には、とても助かったよ」


 三人を逮捕するにあたり、三人の居場所はアルファの探索魔法を使って特定していた。そしてその際、ハイドは借金の取立人の居場所もアルファに探すように依頼していたのだ。

 どうやらハイドは、三人を逮捕している裏で別部隊を拠点制圧に向かわせていたらしい。


「そっちの方は、アクアに任せていたんだが……」

「はい。おかげで無事にメンバーを逮捕できました。そして押収品の中に、これが」


 ハイドの言葉を引き継いで、女衛兵……アクアは一枚の紙を取り出した。


「あっ、それ!」


 その紙が何か、以前見たことのあるアルファにはすぐに分かった。

 それはアルファの借用書だ。だが借用書という割には、貸主の名前はなく返済日の表記もあいまいだ。随分とお粗末な内容だと、リトは目を細めながら眺めた。


「ここに書いてある名前は、あなたのものね?」

「は、はい」


 アクアに訊かれ、アルファは恐々とした様子で頷いた。


「……あの、この借金って、どうなるの?」

「安心しなさい。これは元々正式なものではないし、有効性はないわ」

「つまり……これで私の借金はチャラ?」

「まぁ、そういうことね」


 アクアの言ったことが、すぐには理解できず、アルファは呆然と口を開けた。そして、じわりじわりと染みるように言葉を理解していくたびに、拳を上へ突き上げた。


「……や、やったーー!」


 鐘が街に響くように、アルファは歓喜の声をあげた。


「やったやったやったぁ!」

「良かったですね」


 一人はしゃぐアルファをよそに、リトはこっそりハイドとアクアに近寄った。


「それじゃあ……こちらも押収してください」

「それは……」


 リトは持っていたバングルをハイド達に差し出した。


「良いのか?」

「大丈夫でしょう」


 このバングルは、ゴール達が持っていたとはいえ、半ば彼女にも所有権がある。アルファが望めばこの場で受け渡すことも可能であった。そういう意味で、ハイドは確認を取ったが、リトはその必要はないと確信を持って、二人にバングルを手渡す。


「彼女にはもう必要のないものでしょうから」

「……そのようだな」


 子供のように喜ぶアルファに、リトは腰に手をついて落ち着いた表情で眺め、ハイドとアクアはそんな二人を微笑ましいものを見る眼で口元を緩ませた。




 ***





「一つ聞いて良いか?」

「なんです?」

「どうして、君は女がこのバングルを持っていると分かったんだ?」

「あぁ。酒場で三人のやり取りを覗き見た時に、おおよその検討はついてました」

「というと?」


 ハイドに訊かれ、リトは唇を舐めた。


「あの時、ゴールとスニックは仲が良さそうでしたが、レイルは妙に二人と距離がありました。店内に入った時にテーブルに残っていた樽ジョッキを見ましたが、中の酒はほとんど口を付けずに残っていた。これは、二人の前で酔うのを避けていたため。彼女自身も、二人のことを信じていなかったのでしょう。そのわりには、酒代の支払いは二人の分も彼女が払っていた。普段から二人の代わりに“商人”として財布や道具の管理も彼女がやっていたのでしょう」

「商人? どうしてそこまで分かる?」


 レイルを商人だと見破ったリトに、ハイドは半ば驚きながら訊いた。


「お金を払う際、金銭のやり取りに無駄がありませんでした。偽クエストを紹介できる話術もある。ローブを着て人目を忍んでいるにもかかわらず、髪を整えて化粧をして指輪などのアクセサリーをつけていたのは、人から良く見られることを意識しているからです。これらのスキルや作法は一朝一夕で培えるものではないので、おそらく彼女は商人の家系で、商いがうまくいかないかで家が没落したのでしょう」


 リトの推理に、アクアは顎に手を当て納得するように頷いた。


「詐欺をしながら正当な商人として働くことは難しい。商いをしているところを騙す冒険者に見られたら、受付人でないことを疑われますからね。商売相手も冒険者ならなおさらです」

「なぜ、商売相手が冒険者と?」


 アクアはリトを見て訊ねる。


「転々と街を渡るのに、食品や生活用品を売り物にはできないし、住民は行きつけの店で買うでしょう。となると買い手は定住していない冒険者しかいない。彼女の体格からして、剣や鎧などの武器や装備は持ち運べないし、唯一扱えるのは、持ち運びが楽で高価な小物のアクセサー。そんな彼女が、いざというときに売り物になるバングルを手放すはずがない」

「なるほどな」


 ハイドは感心したように頷き、アクアはただ者ではないものを見る眼で彼を見つめる。


「リトさん、あなたは一体何者ですか?」

「別に、ただの農家ですよ?」


 アクアの鋭い視線に、朝の街並みに溶け込むような作り笑いをリトは浮かべていた。




 ***




 もうすっかりと朝日が昇り、街の中にも人影が見え始めた。それと同時に街も活気づいていき、また一日が始まる。街の外から風が流れ、朝のぬくもりを伝えていった。


「それじゃあ、私たちはこれで失礼するよ」

「はい。ありがとうございました」

「ありがとー」


 やるべきことを終え、ハイドとアクアは詰所へと帰っていく。リトは頭を下げて、アルファは手を大きく振って、二人を見送った。無事に事件を解決して、これで晴れてリトとアルファも、いつもの日常へと戻ることができる。


「ふぅぅ……さて」


 リトは一息ついて、背伸びをしながら空を見上げた。そこには、絶好の畑作業日和の晴天が広がっていた。いつもなら、この時間は畑に出て雑草を抜いている頃だ。普段とは違う街中で朝を過ごすリトであったが、不思議と悪い心地ではなかった。


「リトさんも、ありがとう」

「ん?」


 ふとリトが横を見ると、向きなおったアルファが丁寧に頭を下げていた。その顔は少し赤みを帯び、改まって礼を言うことに照れているようだった。


「おかげで助かったし、大事な杖も取られずに済んだ。全部リトさんのおかげだよ」

「そうですか……これから気を付けてくださいね」


 リトから素直な礼を言われ、リトが珍しく照れた。普段あまり感じないむず痒さに、リトは平静を取り繕い、後ろ髪を搔く。


「じゃあ、縁があればまたどこかで!」

「……あっ、そうだ」


 その言葉を最後に、アルファはリトと別れて街の方へ向かおうとした。しかし、その後ろ姿を見て、リトは何かを思い出したように声を上げた。そのせいか、心中にあった気持ちの揺らぎもどこかへ吹き飛んだ。


「黒熊のあなぐらでマスターに払った金貨1枚、今度ちゃんと返してくださいね?」

「えっ!」


 リトの言う金貨1枚には、アルファも心当たりがあった。しかし、こんなところで言われるとは露程も思っておらず、アルファは驚いて足を止めて振り返った。


「利子は、十一で良いですよ」

「良いですよじゃない! なんでいきなり、っというか、なんで私が払わなきやいけないの!」


 歩み進んだ距離をあっという間に戻り、アルファはリトに詰め寄る。


「あなたの都合で支払ったんですから、当然でしょ」

「リトさんが勝手にやったことじゃん! 金貨1枚なんて、そんなすぐに用意できないよ! せっかく借金がなくなって、今日のご飯だってやっとなのに!」

「大丈夫です」

「なにが!」

「良いクエスト紹介しますよ?」

「もういいよ!」


 ある意味、アルファにとってトラウマともいえるワードを言うリトに、アルファはしかめっ面をして地団駄を踏んだ。







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