偽の証 後編
目の前に現れたアルファに、ゴールとスニックは驚きを隠せなかった。まるで死者でも見ているような反応だ。
「なんで、アルファがここに!」
「なんで? 何かおかしいんですか?」
「だってアルファのやつは今頃」
「おいバカ!」
ゴールの言葉をスニックが遮ると、ゴールはしまったと自分の口を押さえた。彼の考えている通り、二人の計画ではアルファは今頃ベノム・フロッグのいる洞窟に向かっているはずだった。しかし、それを口にするのは彼女を殺そうとしていたという自供に等しい。
「だって……ベノム・フロッグの洞窟で死んでるはずだから?」
「な、なにを言ってんだ!」
「死んでないと自分たちがこれから向かっても、あの杖をゲットできない……そう言いたいんですか?」
リトが杖を指さすとぎゅっとアルファの手に力が入る。リトに言い当てられ、二人は息苦しそうに顔を強張らせていた。その額には冷や汗も流れている。
「一体なにを言っているのか、分からないね……俺たちはこんな早朝に、この前まで仲間だったアルファがいてビックリしただけで」
「嘘。私のこと、仲間だなんて思ってなかったくせに!」
「う、嘘じゃないよ!」
スニックが白を切るように否定する。マスクで声が籠っているが、動揺しているのが分かる。
「私をパーティに入れたのも、借金を作ったのも、すべて計画の内だったんでしょ」
「違う! 確かに、お前には多少強引にパーティを抜けさせたし、借金も背負わせた。けど、それは結果そうなっただけで、全部お互いのためだったんだよ」
「そうだ! 俺たちだって本当は、まだ一緒に冒険したかったよ。けど、お前の魔法の腕じゃ足手纏いにしかならないんだよ!」
「っ!」
ゴールとスニックの言葉に、アルファはショックを受けて青ざめた顔になった。言い返したいことが山ほどあったが、アルファの胸の内に悔しさと悲しみが渦巻き、言葉が出てこなかった。
「よくもまぁ、いけしゃあしゃあと、そんな見苦しい嘘が吐けますね。あなた達、それでも冒険者ですか?」
「なんだと?」
だが代わりに、リトが吐き捨てるように言葉を返す。ゴールは目をギッと見開いた。
「アルファに何を吹き込んだか知らねぇけどな! 偉そうなこと言ってんじゃねぇよ! 農家風情がよ!」
「俺たち冒険者は、お前みたいな弱い者のために、いつも危険なモンスターと戦ってるんだよ。毎日土いじりしている農家には分からないだろうけどね!」
二人の嘲笑と侮蔑まじりの恫喝に、リトはただ黙って冷たい眼で見返した。
少しの間、冷たい風と一緒に沈黙が流れる。アルファが絶望しているのを見て、二人は好機と見たのか、一瞬顔を見合わせた。
「殺るか?」
「そうだね」
「あぁ、それはおすすめしません」
二人の小声の会話を聞いたリトが待ったをかけると同時に、周辺から金属音が鳴り響いた。金属同士が擦れるような音に、驚いた二人は首を左右に振って動揺する。そして物陰から鎧や甲冑を身に纏った人々が出てきた。
「衛兵!」
「衛兵がどうして!」
二人が驚愕している間にも、衛兵たちは二人が逃げられないように周りを包囲した。それぞれの手には剣や盾、槍、弓などの武器が握られており、攻撃しに掛かれば手痛い反撃にあうのが見て分かる。
「お前らがゴールとスニックだな」
衛兵の中で、ひときわ大柄な体格の男が二人に話しかける。鎧のデザインや品質から見ても、いかにもリーダーという感じだ。
「なんで衛兵が出てきてんだよ! 俺らが何したってんだ!」
「詐欺幇助と殺人未遂です」
「何の話だ!」
リトが答えると、ゴールが声を上げて否定した。
「これ、見覚えありますよね?」
一枚の紙を懐から取り出した。それは継ぎ接ぎされて、引き千切られたのが一目でわかるが、冒険者であればさらにその紙がクエストの紙だと分かる。
「『ベノム・フロッグを狩れ』というクエストの紙です。あなた達も冒険者ならギルドの掲示板に出ているのは知っているでしょう。このクエストについても、ご存知ですよね?」
「そ、そんなの知らないよ!」
「それはないでしょう。あなた達、昨日“黒熊のあなぐら”という酒場で、これを破り捨てたのを見ていたはずです。そう、“彼女”が」
リトがそう言うと、衛兵が一人の女性を奥から連れてきた。釣り目ながら綺麗な顔立ちの若い女性だ。動くたびに長い金髪が揺れている。
「放せ! 引っ張らないでよ!」
女性は大声を上げて抗うが、手錠で拘束されてうまく身動きができない。
「あっ!」
「そんな!」
衛兵に逮捕されている女性……受付人のレイルを見て、二人は驚いた顔になる。
「彼女は昨日、アルファさんにこの紙に書かれたクエストを紹介したそうです。報酬金は金貨50枚。ちょうどあなた達がアルファさんに押し付けた借金と同じ額です。そして、ギルドに確認したところ、こんなクエストはないとのことでした。彼女がこの紙を捨てたのは酒場のマスターが証言してくれました。よって、先ほど詐欺の罪で衛兵に逮捕してもらいました」
リトは早口になって、一連の背景と出来事をまるでこの場にいる全員に伝えるように述べた。
「あなた達も、グルですね。目的はアルファさんの杖。彼女をベノム・フロッグと戦わせて死体からあの杖を取るつもりだったんでしょう。アルファさんの力ではベノム・フロッグを倒せないと、パーティを組んでいたあなた達には分かっていた。ベノム・フロッグに負けたアルファさんから杖を取って売れば、あなた達は合法的に大金を手に入れることができる。それを元手に次の街へ逃げる。そしてそこでまた同じく冒険者を嵌める。手慣れていたのは、過去に何度も犯行を繰り返していたからでしょう」
「誤解だ!」
淡々と口にしていくリトの説明を、ゴールが震える声で否定した。リトの口調は穏やかだが、言葉のひとつひとつが鋭い針のように、二人には感じられた。
「俺達はその女とは関係ねぇ!」
「そうだ! 確かに、昨日、俺たちは酒場でレイルと一緒に飲んだよ! けど別にそれだけで仲間ってわけじゃない。アルファの杖のことなんて知らない!」
「果たしてそうでしょうか?」
「そこまで疑うなら、証拠を出してみろよ、証拠を!」
「……良いでしょう」
そういって、リトはレイルのそばにいた衛兵に手を振って指示を出す。すると、一人の衛兵が、何か麻の布でできたような鞄を持ってきた。
「これはレイルが逮捕する際に持っていた、鞄です。俗にいう道具入れ、あるいはアイテムボックス。彼女は身支度してあなた達と合流するつもりだったのでしょう。そうですよね?」
「ふん!」
リトがレイルに確認をするが、彼女はプイッと顔を横に背けるだけだった。
「これ。誰も触ってないですよね?」
「はい。逮捕してからここまで、ずっと自分が管理しておりました。誰も触れておりません」
リトの問いに、やけに活発そうな声の衛兵が答えた。兜で顔は見えないが、声色的に若年の騎士のようだ。
軽く礼を言いながら、リトは騎士の持つ鞄に手を突っ込み、中から“あるもの”を取り出した。
「そして……これが彼女とあなた達が仲間だという“証拠”です」
リトが鞄から取り出したのは、銀色のリングだった。
「それは!」
「はい、あなた達が仲間の証を示すバングルです」
リトが見せるようにバングルは。銀色の表面が昇った陽の光を反射する。
「それは……私の!」
「えぇ、おそらくアルファさんに渡していたものと同じものでしょう」
アルファは目を見開いて、周りの衛兵と一緒にそれを見る。見覚えのあるそれは、銀色に輝き、独特の模様が刻まれていた。リトは二人の腕を指差した。
「そして、今あなた達が腕につけているバングルと、同じものです」
ゴールとスニックは、反射的に自分の腕を見た。そこには、確かに同じバングルがあった。
『冒険者は自分が特定のパーティを組んでいることを示すため、メンバー内で決まった装飾を持ったり証をつけると聞きます』
『僕にひとつ、考えがあります』
アルファの脳裏に、リトが言っていた言葉が過った。
「これがあなた達二人と彼女がグルであるという証拠。そして彼女の詐欺を手伝い、アルファさんを殺そうとした証拠です。違いますか?」
「くっ!」
苦虫を嚙み潰したような顔で、ゴールは俯いた。
「ち、ちが」
「違うのかって訊いてんだァッ!」
スニックが負け惜しみのような言葉を言おうとした直前、リトの威圧のある声が響く。その言葉と眼光には、まるで相手を殺しにかかるかのような迫力があった。
リトの荒々しい声に、二人は委縮して押し黙ってしまう。周りの衛兵の中にも、身構えている者が何人かいた。アルファも思わず目を丸くしている。
「違うというなら、どうしてこのバングルをレイルが持っていたのか教えていただけますか? ここに居る衛兵の皆さんが納得する理由を!」
「……うぅッ!」
短刀が地面に落ちて金属音が響く。二人は膝をつき、その場に崩れ落ちた。リトとアルファだけならともかく衛兵に囲まれては、戦って勝つ見込みもない。ゴールは悔し気に唇を噛みながら地面を殴った。
「捕らえろ」
衛兵のリーダーが命令すると、周りの部下たちが二人を取り押さえて腕に手錠を掛ける。二人は大人しく捕まり、レイルと共に、収容所へと運ばれていった。
その際、ゴールはすれ違いざまに恨みのこもった眼でアルファを見ていたが、アルファは決別するような眼で彼を見返していた。




