50話 最良の取扱方法
研究会などで宵宮がいないならいないで、残った四人はのびのびと各人研究をしている。
手詰まりになった時だけは宵宮が頭をよぎるが、それ以外では、いなくてまったく困らない。むしろ、いてもらわない方が自分達だけでなく、世のため人のためとすら思っている。少なくとも研究の手はいつもより進む。
……望月に関してはやや手が鈍るか。思考能力が無いわけではないが、小さい頃から兄の新月が過保護気味に先回りして育ててきた。あれをせよこれをせよ、これはまだお前には早い――そんなわけで、指示がある方が、安心して行動を起こせる。
宵宮もそれを見越してか、単純に便利な新入りと舐めてかかっているのか、最近はたんまりと細々した分別や選別、文献精査を申しつけている。
のびのびさせると、望月は一息ついたところでろくでもない事を考え始める。追い立てておく方が、良いらしい、と。
「よーし!これはできたし、こっちの出力をしている間にこっちを少しだけ進めて――」
茜達であれば勘弁してくれと顔を歪ませ、後回しにするが、望月はざっくざっくと山を切り崩していた。
宵宮も全部できると思っていないので、戻って来て進捗確認はするが、やり残しがあってもそれを咎める事はない。進度はある程度想定しており、望月はたいていそれを上回る処理ができている。
なお、咎めないのは、想定されている進捗と遜色ない場合だった時。明らかに進捗に問題がある時は場合は、当然詰められる。
よその研究室から大至急の応援要請が来た、などであれば、宵宮は顔を顰め、別途その研究室に嫌味を叩きつけに行ってせっかく新入り達が応援で上げた研究室の好感度を地の底に捻じ込んで帰ってくる。
もちろん単純なサボりや後回しの場合は、このうえなく叱られる。
宵宮も一度や二度ならともかく複数回ともなればそもそも頼む事に問題があると判断し、サボり前提で重要度の低いものをとりあえず頼むか、望月に任せてしまう。
「もっちー、自分の事、ちゃんとできてる?」
「え?今日一日ぐらいなら、別に」
普段だって宵宮から細々頼まれているのにと朱夕は望月の人の良さを心配した。
「それにね、これを調べてたら……この発表者の人の、同時発表の内容が、ちょうど私が今度とりかかろうとしていたのと似た内容で。研究内容が被るところだったから、ラッキーだな、って!」
朱夕はこの間、まさに自分がそれで苦汁を飲んだ事を思い出した。まだ早い段階だったし、それだけにかかっていたわけでもないが、十日間ほどの下準備が無駄になった。
「この人の研究発表をもう少し見ておけば、被ってないところでまだ私が手を付けられそうなところもあると思うし。……多分、宵宮さんも、それを見越してこれを調べるように置いていったんだと思うの」
「考えすぎだと思うけどなあ……だって、調べろって言った研究発表そのものじゃなくて、その人の同時発表の方なんでしょ?」
望月は、宵宮に対しての評価が甘い気がする。
マゾなのかなと朱夕は思っている。お兄ちゃんっ子の延長なのかもしれないが、朱夕は宵宮のようなのがお兄ちゃまならもう家には帰りたくないし、新月だって距離を置きたい。他人でよかった。
「……でも、この研究を調べておけって言われたら、当然、この研究は目に入るし」
「う」
「宵宮さんにも、自分が予定している研究内容の概要は伝えているよね?宵宮さんも、色々私にさせたい事はあるけど、その中でも、どうせなら自分のためだけじゃ終わらないようにしてくれたんじゃないかなって」
「……それなら、前もってその事を説明してくれておいてもいいんじゃない?」
「宵宮さん、押しつけがましい事嫌うから」
「その殊勝さはないと思うけどなあ!?」
朱夕が十日余りを無駄にしたのが、まさにそれだった。似たような事例だった。
同時発表ではなく、調べるように言われた研究者の直前の発表論文が、まさに朱夕がやろうと準備していた研究と駄々被りの内容だった。
朱夕は調べるように言われていた内容についてだけ丁寧に調べ上げた。それについては宵宮から『良くできている』と、『お褒めの言葉』を貰った。
しかしその数日後『……見ていられん』と、その先行研究の論文を朱夕に教えたのだった。完璧に整えられた、朱夕では到達できないほど完璧な論文だった。後から同内容の研究発表を出す事がすでに甘いのに、すべてにおいて劣っており、新規性もないとなれば、地獄だ。
外に出す前、それもかなり初期でそれがわかった事は助かったが、『見ていられん』となる前に声をかけてほしかったし、それについて説明をする中で『貴様に頼んだ分について、研究者が直前に行った発表論文を気にはかけなかったのか?』とまで言われては、最初からわかっていたなら、なおさらもっと早くに教えてほしかった。
そして、それについて注意が足りないと説教を受けた。
なお、端的に切り出してみると、まるで宵宮は指導者として優良な方に思える。
しかし、そんなわけはない。
なにせ宵宮である。
それについての経過や説教の事ごとくは嫌味たらしく高圧的。人を小馬鹿にしている事を一切隠しもしない。最悪だった。
「べ、別に、ゆんゆんの事を悪く言ってるわけじゃないよ!?むしろ、ゆんゆんの事があったから、注意してみていたら『あっ……!』って気づいた感じだし。むしろ次に楽ができるのは、宵宮さんとゆんゆんのおかげというか……」
「いや、うん、いいよ……もっちーのそういうところが、わたし、好きだよ……」
敗北感である。
次の研究を始める時に宵宮がまたくだらない事で望月の作業の手を止めようとするなら、ぜひ自分が間に入ってあげよう。朱夕は思った。
なお、実行に移すかは、その時朱夕の手が空いているかどうかにもよる。
望月なら決めたからにはそれを貫き通すだろうが、朱夕は臨機応変に対応する。狡いとか自分勝手ではない。初志貫徹は素晴らしいが、そのため身の破滅を招く事もある。様々な種類の人間がいるからこそ、全滅の憂き目を免れるのである――
などと、朱夕は論理を構築した。
よし!
……何がよしかはわからない。
「三暁洞さん、多分、ろくな事考えてない……」
「通常運転じゃねえか」
卓上に大きなファイルを積んであれを開きこれを開きしながら茜がいつもの事と透の嘆きを切り捨てた。
宵宮が外部の研究会に出席して不在以外は、千両研究室は、すべてにおいて今日も平常通りだった。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!
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