48話 意外な一面
「ええっ、いいんですか!?」
透が目を輝かせている。
奢ってやると言われたところで、研究所まわりの店などたかが知れている。それでも自分の財布を一切心配しなくていいのはやはり若者にとってはありがたいものらしい。まして焼肉。断る理由はなかった。
誘ってくれたのが、研究室に籍は置いているものの研究所全体の生けるサンプルとして共有財産的に扱われている大谷部なのはいい。顔が広くて、安くて美味しい店から高いだけに美味しい店まで色々知っている。それに宵宮が同席している事が、やや余計ではあった。
千両研究室男性陣の懇親会、という名目らしい。
女性陣を誘わない事について南天は後ろめたく思った。しかし、女性陣がいてはできない話もあるだろう?と大谷部が笑って誤魔化す。……女性陣の前で喋れないような内容は、誰の前でも喋ってはならない内容なのではないだろうか。
ともかく、女性陣は女性陣で、そのうち大谷部鋼志の彼女でもある千両博士のスーパー秘書、立花百合香が女子会でも開くとの事。なので、男女別で行うだけなので気兼ねは不要らしい。女性陣はきっと、何やら洒落た店で、品の良い映える何かを食べるのだろう。それはそれで羨ましい。
そんなわけで、研究室から寮に向かって反対側。駅の向こうの繁華街にある半個室の焼き肉店に辿り着いた。何はなくとも米である。大人と一緒に出向くと、酒がメインになり、店員に念押しをしておかないと、いつまで経っても頼んだご飯が来やしない。ご飯茶碗を左手に。右手に箸。焼けた順にどんどん肉をかっ喰らう。普段は女性陣の陰に隠れていて愛想笑いで日々を過ごしているが、透は学生時代はバリバリの体育会系だった。
ご飯や肉の到着を待ちわびながら、網目の鉄板が温まっていくのを楽しみにしている。
「いいねえいいねえ。やっぱこうじゃないとな!」
大谷部の方は早速ビールを受け取っている。
焼肉店と言っても、それほど上等な肉が並ぶところでもなく、休日ともなれば研究所の家庭持ちが家族サービスやお祝いなどでよく訪れる手合いの店だ。どれほど食べたところで、冷や汗をかかねばならないほどにはならない。
いざとなれば宵宮がいる。他力本願ではあるが、宵宮は様々な方面のサポートでこの場にいる。はずだ。最悪、誰か一人を犠牲にしてコンビニATMに駆け込めばいい。
「お肉、どれから焼きますか?」
先輩のための配慮というよりは、誰より自分が一番食べたいので、透がトングを手に中腰で鉄板に向かっている。まずは塩系から?タレ物は後?色々作法があるのだろうか。部活動では、安いお肉が大量に投入され、ドバドバとボトルのたれをかけて食べるのが合宿の楽しみだった。今日のこういう場で、大人の食事を勉強しておきたい。透はこんな場でも真面目だった。
しかし、大谷部はまったく気にせずどんどんと食べている。食べる量は多いが、肉ばかりではなく野菜などのサイドメニューも多い。総量が多いだけで、食事のバランスは考えられている。流石は『健康的な成人男子』として研究室から引っ張りだこにされるだけはある。
宵宮は量は目立たないが、その分良いものだけを選んで食べている。良いものと言っても、無駄に高い肉というよりは、好みの物を好きなだけという感じだ。
「よーし南天、食べたな?食べたよな?」
「えっ、はい、食べました。……おかわりを貰っても?」
「おかわり?よしよし、食え食え!なんならおひつで貰ってみるか?」
あっはっは。大谷部が豪快に笑いながら、太い指で器用に注文用タブレットを操作している。
「おい、今ひととおり食ったんだぞ。追加でそんなに肉はいらん。頼むにしても、様子を見ながら随時頼め」
「いけるって、柊が食いたくなきゃ食わなきゃいいんだよ。いけるよな?南天。デザートについても遠慮すんなよな」
「余裕です!」
実に若者らしい、いい返事だった。宵宮の『浅はかな……』とでも言いたげな目線がやや気になるが。
「そして、おれの奢りで食ったという事は、おれの言う事は絶対って事だ!なっ!?」
「えっ!?」
「ほら来た。南天、俺がいてよかったな。少なくとも、度を越えた無理難題については止めてやる」
「ちょっ……柊さん、これ、どうなるの!?」
「大谷部に隙を見せるとどうなるかについては、身を持って学習した方がいい。度を越えない限り、俺は余計な口を挟まん」
そう言うと、宵宮はホルモン系の肉を、油を滴らせ時に小さな火柱を起こしながら食べ始めた。基本的に静観するつもりらしい。
「んじゃまあ、早速だけどよ、南天ー。お前、あの三人の中で、誰がタイプ?」
南天がバッと宵宮を見る。
宵宮は火が通っているかわかりづらいホルモンをころころと転がしながら念入りに焼き具合を見ていた。つまりは変わらず静観らしい。十分度を越えた質問のように思うが。これから、いったいどんな話が展開されるというのか。南天は気が遠くなりそうだった。追加オーダーのライス大が来た事で、現実に引き戻されてしまったが。
※ ※
テーブルの上に、肉を焼ききり空になった大皿が並ぶ。給料日からそれほど間もなく、客が多くなる時間帯のせいか、あるいは単純に店員の頭数が足りないのか、空いた皿を下げには来ない。デザートをどうするか。食べたいような気もするし、ここで欲をかくと胃にとどめを刺しかねない気がする。
そんな感じで、ややまったりと過ごす時間帯になった。テーブルの鉄板の火は切ってある。
大谷部の無茶ぶりトークショーも、知らぬ間にエンドロールが流れたようだ。答えづらい質問ばかりされていた南天はようやく安心のため息をついた。
それを見て、ふっと宵宮が軽く笑った。完全に他人事として観察していた。さぞや面白かった事だろう。
「――いっそ大谷部も、委員会の呼び出しをまた喰らえばいいと思っていたが、なかなかどうして、上手くかいくぐったものだな」
「そりゃもうおれは、一回反省した後は、どっかの誰かと違って繰り返したりはしねえのよ」
大谷部も、言動に問題ありとしてハラスメント委員会から呼び出し注意を受けた事があるらしい。ただし、『目に余る』としたお説教程度。繰り返されれば宵宮のように専用のファイルが作成されただろうが、そこまでは至らなかったようだ。
……嘘だあ。
透はもうヘトヘトだった。学生時代の体育会系のノリでは割にある手合いの話だったが、結局は学生時代の話で、見栄を張る事はあっても、なんだかんだでウブな男の子達の悪乗りだった。しかし、大人がする話は、色々と深くて具体性があり、なんというか……なんというかな話ばかりだった。いつもの研究室の時のように、曖昧に笑って存在感を消し、話題が過ぎ去るのを待つ、なんて言うのは、ほぼ一対一のこの状況では無理な話となった。
宵宮は時折口を挟んでくれたものの、それだけ。完全に助けるような事はなかった。『面白くねえ奴』と大谷部に何度言われても、透は、逃げ切った。
透は学生時代、陸上系の選手だった。
逃げているつもりは無かった。まわりのすべてを置き去りにするつもりで自分を捕らえることなど許さないとばかりに走り続けた。
……今回においては、何度か地面に引きずり倒された瞬間があったような気もするが、どうにか逃げ切った――と、南天は思っている。
「しかし、本当にうまく逃げおおせたものだ。大谷部ほど下劣な興味はないが、それでも気にはなっていたのに」
「どの話題ですか。言っておきますが、縄で縛られる趣味が無い事だけは断言しますよ」
「……すまんが、そんな話をしていたのか?貴様ら、何をやっているんだ」
宵宮は、食後のレモンシャーベットをタップした後、南天に注文用タブレットを渡した。
「いざとなったら大谷部さんを止めてくれるって話だったのでは!?」
「食事がメインだからな。雑事は耳を通り過ぎる。まして貴様らの話題は雑事だけで構成されているから、取り落としがちだ」
酷い。
南天は少し泣きたくなった。多分録音しておけば、何らかの裁判には勝てそうな感じの話ばかりだったのに。
「今はプライベートな時間だからな。今のおれと南天は、先輩後輩ではなく、ただの友人同士。別に先輩の権力を行使して無茶を言って困らせたわけじゃねえよ。なー?なんてーん?」
何の無茶を言っているのやら。透の不満気な目線を無視して、身を乗り出してきた大谷部がバニラアイスを一点タップした。もうこの人達に何を言っても無駄だ。今さらながらにそれを再確認した南天は、バニラアイスの注文数を二点に増やして追加のオーダーを入れた。
「けどよ、可愛い子と一緒に入ってきたのに、『誰も好みじゃありません』ってのはなあ。ちょっと白けんだろ」
「大谷部の愚かしい言い分は気にするな、南天。プライベートで誰が誰とどう過ごそうが自由であるし、そこに対して、何を口出しするものでもない。そんな権限は誰にもない」
三人全員のデザートをオーダーしたはずだが、宵宮が南天に手を伸ばして、注文用タブレットを取り上げた。まだ何か食べるつもりなのだろうか。
「だが――上手くいっているうちはいいが、人間同士の事だ。常に順風満帆とはいかん。険悪になるだけでも作業効率は落ちるのに、若いが故の無鉄砲さと短慮で研究所を辞めるのどうのという話になられては迷惑だ。せっかく見通しがつくよう育ててやっている最中なのに。なので――」
宵宮が、ちろりと南天に目線を向けた。暗い色の瞳が、青々と静かに燃え滾っているように錯覚してしまう。
「口出しはしないが、口出しせずにはいられないような事態にはしてくれるな」
「――は、はい。いや、そもそも、大谷部さんにも言ったとおり、三人とも可愛いけど、そういう感じのつもりは……」
「そこは聞いていた」
だったらいいでしょ。とは流石に思っていても言えない。
「わかっていてもどうにもできんのが、若さゆえの愚かさだ。……隣の夜羽音に、これ以上こちらに飛び込んで騒がせる口実を作らせるな。あの男の言動は、いちいち癇に障る」
「え?あ、はい……」
「理解しているのなら、それでいい」
それだけ確認できれば十分と、宵宮は視線を南天から注文用タブレットに戻した。先ほどから何度も画面をスワイプさせている。とうとう短く舌打ちをした。
「アイスもシャーベットも、ろくな品ぞろえがないな。顧客のニーズを捉えきれずに成り立つとは、ずいぶん楽な商売らしい。……イチゴ味ぐらい入れておいたらどうだ」
とりあえず文句を言わないと気がすまないらしい。
確かに、チョコやイチゴ味ぐらいはほしいところだが、そんなに宵宮がこだわりを持っていたとは思わなかった。そもそもイチゴ味で真っ先に思い浮かぶのは――
「……」
わかっていてもどうにもできないのが、若さゆえの愚かさ。
つい先ほど、宵宮が口にしたばかりだった。
それは、透に向けての言葉だったが――透だけに向けられた言葉だったのだろうか。宵宮に、その自覚があってあの言葉を口にしたのかも怪しい。
藪をつついて蛇を出すのも愚かな話だ。宵宮がもういいと南天に注文用タブレットを突き出してきたので、南天はそれを充電アダプタに差し込んだ。
※ ※
「それほど食べたわけでもない俺にせびるのか」
「別に払えねえわけじゃねえんだぜ?けどよ。柊だって、先輩として南天に格好をつけるために、多少は出しておきたいだろう?」
「折半を『多少』とは言わん!」
若干二人の揉める声が聞こえているが、南天は大人しく二人に奢られておいた。色々あったが――トータルとしては、多分『楽しかった』で良い食事会――だったと思う。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!
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