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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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46話 千両研究室のカワイコちゃん



 年寄りの相手はこれだから困る。

 外部との折衝は、基本的に千両博士の秘書的な役割を担っている立花百合香が行うものだ。

 しかし、千両博士が安易に研究室の直通番号を教えてしまうものだから、千両博士と仲のいい博士はこうして直接かけてくるのだ。

 パソコンのデータに意識を持っていかれて、外線着信をそのまま取ってしまった迂闊さを、宵宮は呪った。


 かれこれ五分近く、博士の話に相槌を打っている。これこそ機械音声なりで対応させておけばいいと思うのに。


『しかし、千両君はいったいいつ電話をかければ、つかまるんだ?』

「私でもわかりかねます。何度もお伝えしていますとおり、研究所の代表番号にかけていただければ、担当の者が受け付けて、折り返し本人から連絡させますので。……博士のお声を久々に聞く事ができて何よりでした。またお会いした際にはよろしくお願いいたします。では――」


 ともあれ話を終わらせたい。

 そう思うのに、『いやいや柊君』と引き留めを喰らう。聞こえなかったふりをしてよほど受話器を下ろそうかと思った。自分宛ての電話ならそれもするが、これは千両研究室の、千両博士宛の電話である。失礼があれば、千両博士の顔に泥を塗る事になる。宵宮は顔を顰めたまま、受話器を耳に当て直す。

 ……相手側の博士は、千両博士と親しく、よって、宵宮の性格などもよく心得ているのでわざとからかっている節もあるようだが、だとしても無下にできるわけはなかった。


『あー、そういえば、千両君は今年、研究員を多く取ったんだったな?何人残った?』


 千両研究室のここ数年の惨憺たる有様については、研究所内はおろか、外部でも、知っているところは知っている。当の千両玲斎が面白がっている節すらある。


「……」

『確か……四人?五人だったか?やはり全員もたなかったか』

「四人です。全員います」

「全員!?」




 昨年度末は、実働できる研究員が宵宮一人になっていた。

 それもこれも、宵宮が他の研究員とそりが合わず、全員研究所内の他に異動してしまったせいだ。宵宮は連日ハラスメント委員会に呼び出しを喰らい、自己の正当性を主張し続けた。なんら理解は得られなかったが。

 正直年明けて以降、年度末にかけては、つらかった。我が身が招いた事とはいえ。

 隣の研究室から毎回異動希望書を提出していると公言している夜羽音新月の異動を求めようか悩むほどだった。

 宵宮の横暴をろくに知らない憐れな新人を配置する事によって、どうにか今現在、研究室は無事に稼働している。


 新人指導など、それこそ手間や時間を割かれる事だ。宵宮は避けたかったが、指導できる人間が自分以外にいない。大谷部は研究室にいない時の方が多いし、大谷部が自信をもって教えられるのは、研究所のカフェで食べられるメニューのPFCについてのみ。研究に関して期待できるものは何も無い。千両研究室において、研究員としては一番の古株として籍を置いているはずなのだが。

 しかし、『何も知らない新人』であるからこそ、段取りが悪く、理解があいまいでも、ぐっと堪えて説明する事ができる。

 これが並の研究者であったなら『何故理解できない』『考えればわかる事だ』『今まで何をしてきた』『俺の手を煩わせるな』――と、ハラスメント委員会がすっ飛んでくるような暴言を吐き、大喧嘩とストライキや異動騒ぎをまた起こす羽目になっていただろう。




「全員残っているのか。最近の子は繊細と聞くのに。根性のある子ばかりを千両君は見繕ったんだな」

「……どういう意味でしょうか?」


 聞かなくても言いたい事はわかるが、言わずにはいられなかった。


「言っておきますが、苦労しているのは、新人ではなくこちらです。千両博士の目にかなうほどなので研究者としての素地は悪くないのですが。それこそ『最近の若者』の悪いところばかりが」

「あっはっは。柊君も『最近の若者』だろうに」

「……博士方からすれば私もそう見えるのかもしれませんが、アイツら――彼らの物の考え方は、理解しかねます」


 軽く失言しかけて、誤魔化す。電話口の博士は宵宮が千両博士や他の博士の前ではかしこまるのを知ってるので気に留めない。


「おい、何か言ってるぞ、柊の奴」

「でも『すべて理解している』とか言われる方が気持ち悪いから、あれでいいんじゃない?」


 茜と朱夕がひそひそと話している。机を三人でくっつけ合っているので、当然透にも聞こえているが、透はあいまいに笑うだけにとどめている。……それはそれで、リスクの高い反応だが。

 望月が自分の椅子をコロコロと押して三人がいる机の島に合流した。本人は宵宮のフォローをするつもりのようだが、きっと茜や朱夕と話すうちに宵宮の悪口大会に取り込まれてしまうだろう。


「ともかく、私では博士のご質問に答えかねます。私の方から博士に連絡を返すよう伝えますので今日のところは――」

『ああ、それなら。新人が全員残っているという事なら、あの可愛い子も元気にやっているのかな?せっかくだしその子と話せるか?」

「……『可愛い子』?」


 そう言って宵宮が研究室内を見渡した。宵宮が口にした言葉に、新人四人が耳ざとく反応した。正確には三人。茜と朱夕と望月がそわそわし始めた。

 その様子に気づいて、宵宮がしまったと顔を歪めた。


「どれの事ですか」

『いや、だから、可愛い子』


 博士の声が、明らかに面白がっているのがわかった。

 勉強のためにと、千両博士や宵宮について外部の研究会などに連れ出す事はあった。この博士と会った場に連れて行ったのは、あの四人のうち誰だっただろうか。いや、直接会ったわけではなく千両博士が話して聞かせているのかもしれない。面倒だ。


「男ですか、女ですか。髪の長さは」

『そういうネットのゲームみたいなの、あったなあ?』

「……博士」


 新人と話したいのではなく、完全に宵宮をからかいに来ている。千両博士と気の合う博士なのだから、根本的に千両博士と似通っているのだろう。

 つまり、このうえなく厄介。


『私が言っている子はきっと、宵宮君も可愛いと思っている新人だよ』


 ほら、厄介。


「博士。物事の価値観を更新すべき時です。褒め言葉のつもりであっても、時代の移り変わりによって、相応しくなくなる表現というものがあります」


 そのあたりについて、宵宮はとても詳しい。『何故か』の理由は今さらだ。


 宵宮が呼び出される用件はパワハラについてだが、ハラスメント委員会はハラスメント全般を取り扱っているので、セクハラ諸々もあわせて講習を受ける事になる。宵宮の暴言ばかりが目立つが、完全なる犯罪行為だけでなく、よかれと思っても含め、セクハラ案件で呼び出しがかかる研究員もいるのだ。なかなかに問題が山積する研究所である。

 もちろん処罰は行われているが、双方言い分を聴取したうえで、更生の道も準備されている。宵宮の場合は更生不可ではとの声が方々から上がっているが、共同研究等においては参加を認めないか半隔離状態でどうにか籍が残されてきた。


「この上博士のせいで新たに叱責を受けたくはありませんので、揶揄うのはそこまでにしてください」

『ふむ。それもそうか』

「だいたい――」


 ちらと新人達の集う机を見る。


「あの年頃は、機嫌よく笑ってさえいれば、誰だって可愛らしいものでしょう」


 皮肉多めだが、宵宮の口から意外な言葉が出て少し四人が面食らう。

 しかし、いつぞや望月の事を可愛いというような事を言っていたし、宵宮も他の研究員と同等の美的感覚や判断力などは持っているのだろう。しかし、実際口にされると落ち着かないものである。

 宵宮の方も、口には出したものの、落ち着かない。

 まして、いそいそ落ち着かない新人の中でもとりわけ望月が口元をにやつかせているのが気に入らない。見ていたのは四人全員である。何らアイコンタクト的なものは行っていない。自惚れも甚だしい。だから最近の若い奴らの考えている事はわからない。もっと謙虚さを持てと言いたい。そのぐらい自信過剰な方が、仮説や持論を打ち砕かれがちな研究職にはいいのかもしれない。少なくとも、宵宮の暴言まじりの指導を耐え続けたのはその自惚れや図太さのおかげだろう。




 さて。


「……南天。おい、南天透。『控えめながらも元気なところが可愛らしい』南天。博士が挨拶したいとの事だ」

「えっ、僕!?……ですか」

「梅雨の終わりに、千両博士と参加した研究大会があっただろう?見学だけしたアレだ。その時ご挨拶している博士だ」

「え……えー……」


 参加したのは覚えている。しかし、千両博士は元々顔が広いうえに、その時は新人の南天を連れてきたという事でやたら多くの人に紹介をしてもらった。博士だ主席研究員だと、とても多い。宵宮が名前を教えてくれたが、ピンとこない。白髪なんて千両博士の知り合いはたいてい白髪交じりだったし、ネクタイのセンスが小じゃれていると言われても、ネクタイの良しあしがまずわからない。


「……鰻をご馳走になったと聞いたが」

「鰻の博士!」


 重ねて言うが、鰻をご馳走になっただけで、その博士の研究分野は鰻どころか生物にまったく関係ない。宵宮は眉間に皺を寄せたが、知らぬ大人に囲まれた中で、何であれ記憶に残していた事を評価したようだった。


「あらためて礼は言うように。あと、話が終わっても、俺には返すな。そのまま電話を終えろ。これ以上相手をするほど暇ではない」


 電話が保留中だから、好き放題だ。

 外線の保留解除の方法を伝え、宵宮は席を立った。自分の席を使えという事だろう。透は緊張しつつ席に着くと、保留のボタンを再度押して解除し、博士との話を始めた。やたらペコペコしている。


 やっと長電話から解放されたと宵宮は研究室の一角にあるコーヒーメーカーからコーヒーを入れる。一息である。

 南天の席ではなく、新人の島から少し離れた、今や荷物置きと化している大谷部の机の椅子を引いてコーヒーを飲み、残された新人三人組を見る。




「南天が『可愛い子』かよ……」


 文句があるのは、茜だけではないようだ。朱夕や望月も釈然としない顔をしている。


「南天でよかっただろう。一番角が立たん」


 普段から仲がよくとも、些細な事で張りあい溝ができる事もありうる。

 研究に関してならともかく、それ以外の事で張りあったところでどうなるのか。宵宮は本当にどうでもいい事で揉める研究員達を見てきた。勘弁してほしい。

 あの博士も、南天だからこそああいうふざけた言い方ができたのだろう。それは三人組もわかっているようだった。


「それはわかってますけど……」

「でもさあ……」

「なんつーかこう……」


「扱いづらい貴様らより、身の程をわきまえている南天の方が、確かによほど可愛気があるではないか」



 ほんっと、一言どころか二言も三言も余計!



 ――抗議の声は、コーヒーの香りと共に吹き飛ばされた。


 


※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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