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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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43話 上手い立ち回り



 そういえば最近、静かだ。

 望月の兄、夜羽音新月の乱入が無い。

 研究所全体での大きな研究プロジェクトがありそれに参加しているというのが一番の原因だろう。あと、流石にいくら過保護な兄でも数か月も経てば妹も研究所に馴染んで来て心配はいらないと判断したのか。


 皆はあの騒がしさを懐かしみさえしているが、宵宮は顔をしかめる。コーヒーメーカーで入れているコーヒーの香りを楽しんでいるようには見えない。


「……がなり立てているのを千両博士に見られて、流石にわきまえただけだろう」


 ああ、そういえばそんな事もあったなあと皆も思い出した。確かに、それから明確に千両研究室への乱入が減った。

 千両博士は『元気があっていいのう』と笑っていたが、新月にとっては穴があったら間違いなく入っていそうなほど顔を赤くしていた。

 それ以降は、隣の研究室からの使いは新人四人組の同期になっている。新月が顔を見せる時でも、それは研究内容にかかわってのもので、その場合はいたって立派な立ち居振る舞いになっている。


「そこは、新月お兄ちゃんが心配無用と思うぐらい私が成長したって言ってほしいです……」


 新月が恥をかいたのは、口角泡を飛ばして宵宮と口喧嘩をしていたところを千両博士にバッチリ見られたあの一回ぐらいかもしれない。しかし、望月はことあるごとに身内が口をはさんでいたのだ。その都度バツが悪い思いをしてきた。

 今、平穏をようやく手に入れかけているのはいいが、外的要因だけだとすると悔しいというか、複雑らしい。


「成長も何も、貴様はやっとスタートラインに立てたようなものだろう」

「……そうかもしれませんがっ!」


 親代わりに育ててくれたとはいえ――だからこそ、信頼してほしいのに、新月は、それはもう過干渉だった。言いがかりの対象が誰彼かまわずではなく元から仲の悪い宵宮一人だからまだよかったが――よかっただろうか?ともかく、いわゆるモンスターペアレント的な事をしていた。


「夜羽音は昔からそうなのか?」

「まあ……はい……」


 望月が言いづらそうに答える。流石に宵宮もご愁傷様だと多少同情はするようだ。


「で、でも、ああいう大声あげて飛び込んでくるような感じではないんですよ?」


 ネチネチネチネチと教師相手でも臆さずなじる。……まあ、どちらにせよロクなものではない。


「……望月から、夜羽音と同類のように扱われるのが、不満でならんのだが?」


 どちらも『ヤバい奴』にはかわりない。と、宵宮以外は思った。口にはしない。うるさい事になるから。宵宮は終始一貫『面倒で嫌な奴』であるが、新月は癇に障らなければ普段はいたって好青年であり、癇に障ってもギリギリまでは上手く猫をかぶっている分に違いはある。……どちらがマシかは難しいところだ。


  ※   ※


「おい、望月。貴様のスタートラインの件だが」

「?」


 何の話だろうと思っていたら、コーヒー休憩の時の話かと望月が思い出した。どうせなら今日はもう新月の事は思い出したくなかった。宵宮と一緒に施錠確認を終えて世帯寮に戻れば、嫌でも新月とは顔を合わせなければならない。

 最近は研究プロジェクトにかかわって帰りが遅い日も多いが。

 ……もしかしたら、彼女とデートでもしているのかもしれない。望月の兄なだけあって新月もあの年でまだ中性的な感じを残す美形だ。女性に受ける立ち居振る舞いをよく心得ているので、それほど親しくない人にはやたらモテる。……親しくなってくるとボロが出る瞬間を見る機会も増えるので、評価が変わる。


「他の奴らがいたので、無駄に恥をかかせる意味もなかろうとあの時は配慮してやった。だが、実際のところ、貴様はまだ、スタートラインにも立てていない」

「ええっ!?」


 勝ち負けを競っているわけではないが、研究所に所属してからもう数か月になる。それでその判断が下されるとは。望月が情けない声をあげる。


「……施錠作業中に蒸し返した俺が悪かったが、確認を取れ」

「え、あ、はい。施錠、確認」


 望月が指差し呼称をした。


 千両研究室の室長である千両玲斎は、実績をすこぶる多方面に盛っているうえに、人あたりも良く、メディアに重宝されている。研究以外の事でも忙しくしており、週に一度顔を見せればいい方だ。施錠責任者は実質、副室長の宵宮になっている。だが、宵宮が不在の場合はさらにその下が施錠をしなければならない。

 不在がちな大谷部は数に入れられない。となると、新人四人に託すほかない。すでに何度かそういう事例はあった。順番で宵宮の施錠作業に付き従って覚えているところだ。今日は望月。

 職員証をかざすだけでいいものもあれば、鍵をかけるのにも特別な手順が必要なものもある。機材も、電源を落とさなければならない機材、絶対に落としてはならない機材など、確認が必要な部分は多い。

 宵宮と二人でいくつか確認作業を行い、中には抜き打ちテスト的に施錠手順の質疑を受けながら、鍵をかけ終わる。


「それでは、宵宮さん。お疲れさまでした」

「そちらは『お疲れさまでした』だろうが、こちらはこれから『お疲れ』に行くところだ」


 何の事かと望月が首を傾げる。


「こちらの研究室への突撃は現状無くなっているが、そのかわりに、貴様の現況報告を、夜羽音に求められている」

「えっ!」


 濁点をつけたくなるような声が望月から洩れた。


「正直そんな事にまで俺が付き合う義務も義理もない。だが、こちらの都合も考えず突貫されるよりはと思って、とりあえず応対してやっている。……俺の我慢がきく間は」

「ええええ!?新月お兄ちゃん、宵宮さんにそんな無理を言っていたんですか!?も……もう、なんでそんな……」


 そこまで心配されるほど頼りないつもりもない。そもそも、そんなに気になるなら、寮で夕食の時望月に直接聞けばすむ話だ。他人を巻き込む事ではない。


「これ以上恥をかきたくないなら、元凶の貴様自ら、夜羽音をどうにかしろ」

「は……はい。すみません、宵宮さんっ!そんなたびたびご迷惑をかけていたなんて、私、知らなくて……!」

「たびたび?……まあ、奴からは常に迷惑を被っているが」

「私、ずっとプロジェクトかデートで家に帰ってくるのが遅いのだとばかり」

「デート?」


 宵宮の眉がぴくりと跳ねあがった。


「あの男、自分が女と会う隠れ蓑に、俺を使っていたのか?」

「え、あ、いや……今新月お兄ちゃんに彼女がいるのかはわかりませんけど……私が勝手にそうかなって思っていただけで。隠れ蓑も何も、宵宮さんが私の件を報告していたのもまず知りませんでしたし……」


 宵宮の表情が歪む様子に、望月が思わず身を竦める。


「望月。ともあれ貴様ら兄妹間の事は、家庭内で収めろ。次の報告までは面倒を見てやるが、それ以降、一切俺は関わらん」

「はい、もちろん!……あれ?次の報告はしてくださるんですか?」


 知った事かとすべて反故にしそうな雰囲気なのにと、望月は意外な顔をする。


「どうあれ、次の予定は双方合意している。理由はどうあれ、俺の方から覆した形になるのは、不愉快だ」


 律儀というか、何というか。


「……真偽のほどは定かではないが、女と算段をつけてうつつを抜かせるとはずいぶんな余裕。結構な事だ」


 はっ!と、宵宮が鼻で笑う。笑った後で、その口元を逆にゆがめる。


「……だが、意外と自由にならんのが研究職だ。俺をダシに使ってもと、それほどの覚悟が夜羽音にあるなら、一度ぐらいは容赦してやる」

「んっ……そ、そうですか。……『自由にならない』と、お考えになる事があったんですか」

「なんだその顔は。そもそもだな、望月。貴様がそんな感じだから、夜羽音が女と付き合うのに人を巻き込むような、小癪な手を使うんだろうが」

「私が悪いんですか!?そもそも、新月お兄ちゃんは勝手に彼女作って、勝手に別れているから知りません!」


 確かに新月が彼女を作り始めた頃は望月も兄を盗られると思って拗ねる事もあったし、今でも複雑な思いはある。しかし、表立って応援というのも何やら大袈裟な気もする。結果として静観している感じだ。こそこそ隠れて付き合わねばならないほど厄介な妹のつもりは無い。……望月には。


  ※   ※


 そんなこんなで宵宮から軽くお叱りを受けてしまった。

 だが、望月としては今一つ納得できなかった。ぷんすかふくれっ面で、研究所の世帯寮に帰る。

 そして、少し遅い時間に帰ってきた兄、新月からもお説教めいたものを受ける羽目になる。


「コモ。コモ、望月。お前は――柊に、何を、どう、話したんだ」

「……別に、変な事は言ってません」


 ぷっくりと頬を膨らませて反論している。


 ここしばらく新月が帰ってくるのが遅い日があった。それは事実だ。しかし、たまに宵宮から望月の日中の様子について確認を取っていた他には、研究所のプロジェクトで遅くなっていただけ。望月が考えるような、心ときめくなにがしかはなかったそうだ。


「この忙しい時期に、そんなに器用に立ち回っていられない。……その憂いが無くなったからこそ、オレはプロジェクトに手を挙げて、日々を過ごしているんだからな」


 ……憂いがなくなった。

 つまりは、望月の知らぬところで彼女と別れていたらしい。そもそも、新しい彼女ができていた事も、望月は知らなかった。

 別に、兄妹とはいえ別個の人間なのだから、個々人で恋のなんのは好きにすればいい。望月だって、誰をどう好きになったからと、新月から色々言われたくはない。

 兄妹でもそうなのだから他人の恋愛なんて、それこそ口出しするのもされるのも、といった話ではあるが――

 知らないところで新月がそうしていたように、誰だって器用に立ち回っているのだ。


 たとえば、あの人だって。


「どうした、コモ。何をまだ怒っているんだ?」

「……新月お兄ちゃんには、怒ってないっ」

「オレとコモしかいなくて、オレ以外に誰に怒る事があるんだ?」

「怒ってないもん!」


 それは流石に無茶な主張だった。

 しかし、新月は宵宮からよほど嫌味を喰らって帰ってきたのか、原因究明の元気は残っていなかったようだ。一人怒る望月を置いて、自分の部屋に引っ込んでしまった。




※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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