40話 感想戦
「宵宮さんって、映画とか見ますか?」
「博士連中に映画好きが多いので、会話に困らん程度には」
いかにもそれらしい返答だった。望月はもう少し探りを入れる事にした。
「最近だとどんなのを見ました?このあたりの映画館だと、音響とか、オススメありますか?」
「ああ、いや。映画を見ると言っても、映画館にまでは行かん」
どうやら宵宮は、動画配信サイト派らしい。映画館に関しての面倒臭い蘊蓄を語りそうな雰囲気なのに。しかし、考えて見れば、マナーのなっていない人間が存在しうる空間では集中できないと言い出しそうでもあった。……望月の宵宮感はずいぶん悪意があるような気もするが、それは宵宮の普段の言動、行動の結果である。
「それだと、結局最新作の話題にはついていけないんじゃないですか?」
「向こうに語らせておいて、『それでは機会があれば私も是非に』と言ってやれば、向こうは気分をよくするんだ。それに、向こうが気に入った映画であれば、ネタバレに配慮してそれ以上深くを語らず話もそれなりに切り上げてくれる。面倒が少なくていい」
ふふんと宵宮が得意気に笑っている。
……こういうところの積み重ねで、宵宮の人物像が積み重ねられていくのだ。望月のせいではない。
「で、では、映画館にはあまり……?」
「ああ。何年も行っていないな。行く必要があるか?」
合理主義とは少し違う気もするが、行きたくないわけではないのだと、望月は判断した。というか、そう前提しないと、計画が頓挫する。
「あの。良ければ映画を一緒に見に行きませんか?」
「何故」
気持ちはわかるが、バッサリいかれた。しかし、望月もくじけない。
「……流行りの映画なんです。たまには最新の映画を見ておいて、映画好きの博士と盛り上がってみてもいいのでは?」
望月は宵宮の問いには答えず、押し切ってくる。
宵宮の眉間に皺が刻まれた気がするが、望月は見ていない事にした。
「映画のチケットが二枚あって!映画の公開期間もそろそろ終わりそうだし、これは行っておかないとと思うんですが。なかなか都合のつく人がなくって」
「黒鉄と三暁洞のどちらも都合がつかないなど、あるか?」
朱夕に関しては『家からのお迎え』があるので、まだわかるが、茜の方は自由気ままな一人暮らしのはずだ。
「……他人の私生活まで監督するほど暇ではないが、自由に過ごしすぎるのもおおいに問題がある」
宵宮が顔を顰めた。望月のせいで、いらぬ嫌疑を茜にかけてしまった。ただ、そのあたりについては新人組には一定協力を得ている。
「そもそも、他人に迷惑をかけずとも、夜羽音でいいだろう」
新月は、妹に誘われれば、喜んで供をしてくれるタイプの人間である。パンフレットやポップコーンだって、好きなだけ買い与えるだろうと宵宮は思っている。
……実際は、かなりケチである。ケチとは違うが、もったいないの服を汚すのと、面倒な話し合いが起きる。新月は望月に甘いが、親代わりなだけあって面倒なのだ。
そもそも、今回に関して、新月に登場してもらうつもりは無かった。
「し、新月お兄ちゃんは最近研究が忙しいらしくて。映画館の時間とは上手く合わないんです」
同行を望めないというところを強調する。
「……ほほう。俺は研究もせず、暇をしていると?」
「い、いえいえいえ!?時間中にキリの良いところまで進める計画的な研究をされていると思いますよ!?」
面倒な事になりそうだったので、全力で否定する。
「れ、レイトはレイトなんですけど、なおさら疲れている時に申し訳ないかなって。映画の途中で万一寝られると、他の人にも迷惑だし」
「レイト?」
「あの、レイトショーっていうのは、遅い時間から上映開始するって事で――」
「そのぐらいは知っている」
馬鹿にしているのかと宵宮が睨みつけてくる。望月は背筋を凍らせたが、喋り続ける。
「だから、一人で見に行くのは新月お兄ちゃんが止めるだろうし、どうしても誰かと……」
「それはそうだろうな。夜羽音が許すはずもない」
普段邪魔くさいシスコン気味の兄であるが、それゆえに説得力も強かった。
「……わかった。いつだ」
「え?ご了承いただけるんですか?」
それならと、透や大谷部あたりが候補に出される可能性があった。そうなってもいいよう対策案は準備している。思ったより早く宵宮が折れた事に望月は驚いた。宵宮がどの様にゴネるか。また、何が宵宮の癇に障るかわかったものではないので、本当に多岐にわたって作戦を練っていた。半分ほどが無駄になった。望月は喜ぶべきか惜しむべきか。
いや、喜ぶべきだった。
※ ※
ネット予約が大半の昨今、コレクターズアイテム的意味合い以外で、映画を見るのにチケット云々もない。久しく映画館に通っていない宵宮はそこに疑問を持たなかったようだが。ともかく、余っているチケットなんてそもそもなかった。
座席は今からとらねばならない。
レイトショーと口走った以上、その条件に見合い、なおかつ宵宮の興味を引く作品でなくてはならない。昨今は色々な映画が上映されているので、条件に合いそうなものは比較的容易に見つかった。なんだかよくわからない映画内容紹介だったが、そのぐらいの方が、宵宮には良さそうだ。
――相変わらず、望月の宵宮に対する人物像がやや歪んでいる。宵宮本人がそもそも歪んでいるので、さらに半捻り加える事で、バランスは取れるのかもしれない。
迫力の4DXとある。多分アクションものだろう。騒がしいのは嫌がりそうだが、数年ぶりの映画館という事なら、自宅では味わえない楽しみ方はどうだろうか。
――うん、きっと楽しんでもらえるはず。
望月は映画サイトの予約ボタンを押下した。
※ ※
「……」
シアターの照明が明るくなったが、望月はふわふわの座席で固まったままだった。
「その……夜羽音と見るのに相応しいものとは言い難い。望月の選択は間違いではない。しかし、同行者を求めるとして――」
「こ、細かい分析はよしてください!違うんです。ど、どうしても見たかった映画というわけでは――」
そこまで口にしかけて、望月はハッとして周囲に目を配った。座席の埋まり具合はたいしたものではなく、他の客も熱心なファンという感じではなかった。そもそも、これはそういう映画ではなかった。
いわゆる外国の芸術映画的な作品だった。大多数の大衆に向けたものでは――いや、監督としては全人類の目に触れさせたかったのかもしれないが。4DXというこだわりだったが、そのこだわりの意味合いが独特だった。
「冒頭、車での逃走で椅子が揺れた時は正直に驚いた。そういう趣向の映画がある事は知っていたが」
そう。流石だと思った。望月はワクワクした。ただ、冒頭シーンだけで力尽きた――というわけではないだろうが、映画の内容的には芸術映画にありがちな人の内面と対峙する重々しいもの。必然的に座席の動きはなくなった。続いて座席が動き出したところとなると――
「監督の『こだわり』というのは十分に感じられた。目新しさや話題性のためだけに無為に揺れたり光らせたりと、技術を持て余した感はない。確かに、この装置を使用する意義は、十分にあったのだろう」
宵宮の感想は、いたって冷静に語られる。それだけにいたたまれない。
偏見がおおいにあるかもしれないが、人の内面やその葛藤を描く作品は往々にして生と死、次いで、性について取り上げる事が多い。
「……実に、『生々しい』ものだった」
宵宮の言う『生々しさ』が望月にはよくわからなかった。よくわからないが、劇中の男女のシーンにおいて、軋むベッドの音の迫力やその揺れで座席が揺れ続ける間中、望月は生きた心地がしなかった。
どれだけ意味不明であろうと、映画を見に来た以上、隣の宵宮を見るのは違う気がした。だが、それ以前に、『あの時』に宵宮の顔を見る勇気はなく、また、自分の顔を宵宮に見られたくもなかった。
結果として、スクリーンを直視し続ける事になった。幸い、年齢制限はつけられていない。そのうえで芸術性が高かったために、何が何やらな感じだった。ただ、何が何やらであっても、何が起こっているのかぐらいはわかった。
「……おい、望月。気は休まったか。これ以上感想を口にするとなると、内容に深く触れる事になるが?」
どうやら宵宮は、内容にショックを受けていた望月が落ち着くまで、感想を語って場を繋いでくれていたようだ。これ以上はシアターの清掃など入れ替え作業の邪魔になる。
「だ、大丈夫です……」
変に力を込めて見る羽目になったので、立ち上がろうとすると、ぎくしゃくしてしまう。宵宮が手を差し出してくれたのでその手を借りるが、こういう形で手を取りあいたいわけではなかった。 なお、立ち上がるとさっさと手を払われた。
そもそも大規模興行的な作品ではないため、売店には他の映画の商品ばかりでパンフレットも何もなかった。土産も何もいらない。胸が一杯だった。
「別に、他の映画のパンフレットを買って帰るのも自由だと思うが?」
宵宮なりの謎の配慮だった。もしかしたら、宵宮も宵宮なりに混乱していたのかもしれない。
「ではどうする。……帰るか?」
「はい……」
※ ※
「宵宮さん、すみませんでした。もっとその……もっと普通な映画だと思っていたんです」
映画館から出たところで、望月はため息と共に謝罪した。
映画制作関係者には申し訳ないが、望月の想定とはかけ離れていた。
出不精な研究者のための街なので、ちょっと出かけただけでひととおりの事はできるようになっている。映画館からは、感想戦をしながら研究所の寮に辿りつける、ちょうどいい程度の距離だ。ただし、今回については感想戦したい内容ではなかった。
久々に映画館で見る映画だったのに申し訳ないと望月は反省しきりだが、宵宮の方はそれほどでもないらしい。
「いや。望月に時間や作品名を聞いた時にこちらも軽く下調べをしたが、前に言っていた、映画好きの博士が好んでいた監督のうちの一人だったからな。ちょうどいいと思っていた。そこまで気をきかせたのかと感心していたのだが?」
「別にそういうわけでも……」
「変に背伸びをして高尚なものに触れようとして、失敗したか?」
「……」
そういうわけではないが、企みが失敗したのは事実だった。
「取り扱う『題材』は刺激的ではあったが、そこを取り払えば、人間の本質に踏み込もうとした良い作品だとは思う」
「そこを取り払ったら、何が残るんですか……」
素直な感想だったが、宵宮は珍しくはっきり声をたてて笑った。
「望月にしては珍しく、哲学的な話だな?」
何がお気に召したのかはわからないが、望月は全然笑う気になれなかった。
「監督の言わんとする事は理解できるが、情熱が空回りしていて、うすら寒い。あれでは意図を読み取れず、望月のようになる人間が出るのも当然だ。俺も、あの監督の作品はもう十分だと、次に会う機会があれば博士に伝えておこう」
ただ、宵宮がご機嫌なのは良い事だと思った。思ったとおりにはならなかったが、少し報われた。




