39話 大量生産品
研究に失敗して、爆発で髪の毛をチリチリにする、なんてのは流石に漫画の中の存在だ。籠もって研究だけを続けて、何日も風呂に入らず髭に顔が埋もれた研究員も同様に。
少なくとも、この研究所は現在、就業規則が正しく履行されている。……はず。併設の寮を含む自宅と研究所を往復できる程度の社交性と衛生意識を持ち合わせた社会人の集団だ。
たぶん。
絶対とは言い切れない。何事も外れ値は存在する。
歯切れの悪い説明になったが、千両研究室は比較的スタイリッシュなお洒落さんが揃っている方だと思われる。
お洒落の方向性は様々だが。
透が『ややダサい』感じはあるが、それは遠く離れた祖母が可愛い孫を心配して送ってくれる服がおばあちゃんセンスなだけである。着ないという選択肢はないらしい。だからこそ、祖母は孫を心配して山のように野菜や服を送ってくれるのだろう。
休みの日は、それなりに洒落た格好をしているのは確認されている。あれで『いい人』どまりでモテないのが不思議でならない。
※ ※
「……お前は、現代のシノビか何かか」
「どういう事ですか!?」
宵宮の言葉に、望月が振り返った。
朝早くに天下の往来でのやり取りと考えると目立つ。
しかし、研究所の寮と研究所はほど近い。通勤というほどの距離でもないが、この時間帯この方向に向かう人間は、ほぼ研究所関係者だ。まわりも、声とテンションに驚き視線をやるが、あの種の人間なら珍しくもないと、前へ視線を戻してしまう。
研究所までの歩みは止めないが、宵宮は歩幅の違いですぐに望月に並んだ。そのまま追い抜かすわけではなく並んで歩いている。宵宮の謎の発言の説明はなかったが、望月はよしにした。
……宵宮は、本当に並んで歩いてくれているのだろうか。
望月がやや早歩きになっているだけのようにも感じる。望月がご機嫌なので、事実はどうでもよしとする。
前髪がぴょこんと跳ねているのは寝ぐせではない。この前髪ばかりはどうしようもない。
でも、それ以外は完璧なはずだと望月は胸を張った。
今日の望月も流行りの色合いを活かしたファッションだった。そう。まさによく見る感じのあれだった。丸々コピーした完全一致ではないのだが、『どこかで見たような』感が異常に強い。
その上に乗っかっている顔が飛び切りの美少女なので差別化は図れているが、首から下だけだと、あまりにありきたり。
白壁を模した布地で身を隠す忍者とは趣の違う周囲との馴染みっぷりだった。
ただ、研究所はお洒落な者もいるが、お洒落の方向性がなかなか破天荒なため、研究所では意外と個性的になっているのが面白い。
茜と方向性の似たお洒落派閥があるあたりに、一癖もふた癖もある人間の集まりという事が見て取れる。
朝のご挨拶ではないが、亡者のごとくただ歩くのもうんざりなのか、宵宮が口を開いた。
「同じ服装の人間を見たわけではないが、望月のそれは、一種の不気味さを感じる」
研究所近くの安い衣料店を懇意にしており、意図せずペアルックになっている研究員もいる。しかし、望月の場合はそういうわけでもないのに、『何か見た事ある気がする』というもやっとした感じがあまりに強い。
お洒落で清潔感もあり華やかで可愛らしい。
……それが余計に、大量生産品のような感じになるのだ。
「このあたりではさほど気にもならなかったが、研究会などで、外に出ると――望月の偽物みたいな人間ばかりで……」
何か問題があるならともかく、同僚の服装にいちいち注文を付けるのは問題である。
「寝不足で研究会に出るからですよ」
前回の研究会の事なら、前日に大谷部に捕まって午前様になったのを望月は聞いていた。あと、宵宮が理不尽なのはいつもの事なので、なんだ、そんな事かと特に気にしていないようだ。
宵宮の物言いにも、ずいぶん慣れてきている。
高圧的な命令というよりは、錯視か何かで脳に混乱をきたしているような弱り方なので、なんなら望月は同情的ですらあった。
「……実は、ボーナスで買ったヘアアイロンを楽しもうと、髪を伸ばしてゆるふわに髪を巻こうと思っているんですけど」
「勘弁してくれ」
夢に見そうな量産型が爆誕する。
前回の研究会はどこぞの大学で開かれたそうで、流行りの服装、流行りの髪型、流行りのメイク――という、『何かどこかで見た事あるような』感じの女生徒を飽和しそうなほど見てきたそうである。望月が髪を伸ばしてゆるふわ巻きにしたらまさにそんな感じだ。ただ、『質がいい』のでちょっと目立ちそうな気はする。
「お前まで工業生産品のようにはなるな」
「意外ですね。『マニュアル化しやすい』とか、喜ぶかと思っていました」
「貴様は俺を何だと思っている」
宵宮が悪夢を振り払うかのように頭を振っている。気のせいか、顔色が悪い気もする。
「本当に工業生産品にできるのならば、確かにそれは理想的だが」
「今、『理想的』って言いました?」
望月はユーモアか皮肉のつもりで言ったが、宵宮は素直な感想のように思えた。
「しかし、人間にそれは望めん。軍隊的に画一的な教育を施してもだ」
無視された。
「同一化を図っているくせに『個性』を求めている。どちらだ。どうしたいんだ」
……どうやら睡眠不足での研究会はよほど堪えたらしい。
「望月はそれで十分だ。それ以上は望まん」
「別に、宵宮さんに望まれようと、望まれなかろうと、私は私で可愛い格好をしますけど」
誰かのためにしているわけではない。個性がないと言われようと、流行りだと言われたら通販や、休みの日にお出かけをして、買い物をしてくるのだ。新しい服に袖を通せばテンションも上がる。研究所所属という事で、僅かながら賃金も発生していて、学生の頃ではお小遣いを貯めて買う頃には流行が過ぎているなんて事も多かったが、今では流行りの服を流行りのうちに着る事ができる。大人万歳である。
だから、宵宮が何を言って来ようと、望月には――
「な、何か……お望みでも?」
少し、声が上ずっている感じがあった。
「望みは何も無い。これ以上錯覚を起こしそうな量産化を抑えてくれ。――というのが望みというなら、望みかもしれんが」
面白味が無い。
男性目線の貴重な意見を得られると期待した望月は、がっかりした。
兄の新月はわかりやすく『清楚』『清純』路線が好きなのはわかっている。小さい頃からそういう服を与えられてきた事に望月はさしたる反発はない。流行りは色々あっても、あまり奇抜なものを試そうとも思わない。
けれど、多少お洒落について冒険をするのなら、宵宮の好みを試してみてもと思ったのに――
「望月は、そのままで十分だ。俺は、それがいい」
「!」
「なんだ」
「……別に」
朝から何やら無駄にやる気が湧いてきた気がした。望月はその理由を話したくてならなかったが、ぐっと堪えた。
「間違っても、『ああ』はなるな」
宵宮が顎をしゃくった。研究所に向かう、朝からすでに肩を落とした人々が多い一団の中、派手な髪色が目を引いた。
最初に目を引いたのは髪の色だが、人垣の向こうから見え隠れする派手な服装。肌色成分も多い。とてもこれから真面目に地道な研究を行う人物とは思えない様相だった。
黒鉄茜だ。
茜は寮住まいではない。駅の近くのお高いマンションに一人住まいをしている。なので、ちょうどこのあたりで合流してくる。
研究室にいる時は、研究所の白衣を羽織っていてさほど目立たない。あと、数か月も共にいれば慣れてしまうが、あらためて見るとあまりに刺激的な格好だった。
「あれは量産化の対極にあるが、あれはあれで夢に見そうだ。ああはなるな」
「いきなりあの格好は、流石に……」
あれは茜だから似合うのである。望月には荷が勝ちすぎる。
でも、あの格好をすれば宵宮は夢に見てくれるのだろうか。なら、一度くらいは?一瞬魔が差したが、宵宮より先に、自分が夢に見そうだった。
お洒落でも何でも、画一的に判断するものではない。やはり、人に寄るのだ。




