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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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38話 世渡りの上手い下手



「柊副室長はさ、こういうのに行った方がいいんじゃないの?」


 朱夕がピラピラと紙を振っている。研究所のカフェの壁などに貼られている、催し物のチラシだ。研究員達が、自分の趣味や特技などを活かしてギター教室や手話サークルなどを行っている。そして朱夕の手にあったのは――


「いったい!今、叩いた!?もしかして、叩いた!?」

「……叩いてはいない」


 早すぎて視認できていないなら、それは何も起きなかった事になる。とでも宵宮は言いたげだった。一応叩いてはいない。朱夕が持っていた『話し方講座』のチラシをはたき落としただけだ。朱夕はぶつぶつ言いながら、床に落ちたチラシを拾う。

 朱夕が言わんとしているのは、人の反感を買うような喋り方をあらためろという事なのだろう。

 ちなみに、この講座に関しては、引っ込み思案で人と上手く会話ができない者同士が集まって、人と話す事に慣れよう。という感じなので、朱夕の求めるところとはずれている。そういう人達のところに高圧的な物言いの宵宮が加われば、場は地獄と化すだろう。


「でもさ、柊副室長、たまにいい事言ってるときあるのに、言い方が悪いせいで損してるでしょう?」

「……『たまに』だと?三暁洞。貴様の方こそ、その講座に通ったらどうだ?」


 重ねて言うが、人に失礼な口をきかないですむ方法を習う講座でもない。


「クッション言葉とかさ、言い回しとかさ。あるじゃない?」


 気にせず朱夕が話している。


「やり方を知らんわけではない。貴様ら相手にそこまで気を回す必要が無いというだけの話だ」

「なんで。気を使ってよ!?」

「それを言うなら、三暁洞や黒鉄の話し方も問題があるだろう」

「何だよ、アンタらの話にアタシは関係ないだろ!?」


 急に話題に巻き込まれ、茜が声をあげる。自由に過ごせる時ぐらい好きにさせてほしいと言っているが、いつでも自由なのではないのか。少なくとも、その服装は。上から羽織っている研究室の白衣でどうにか目を誤魔化せているが、そのまま海で泳げそうな格好である。


「一度、千両博士から訓告いただくべきだ」

「えー?やだあー」

「そん時は、柊もまとめてだからな!」


 朱夕は完全な言いがかりであると主張しているが、茜はそれなりに自覚があるらしい。そのうえで、自分がお叱りを受けるなら当然宵宮に何も無しなわけがない。としている。

 ――まあ、騒がしい。

 分析器や解析器などは、基礎的で安価なものならともかく高性能かつ高価格のものは、研究所全体でも一機か二機しかない。たいていは使用頻度の高い研究室所有となり、必要に応じて利用させてもらう形となる。だが今回、『研究所の大型プロジェクトである』という理由の下、その種の機材を独占的に使うグループがあり、そのせいで、通常ならば上手く融通しあって回っていた各研究室が大渋滞を起こしている。一つ滞ると、思いもかけないところにもストップがかかり、結果としてあちこちで分析待ちや出力中が発生。結果として大型プロジェクトの方も己が原因で足止めがかかっているとか。

 いい気味だ、と研究所内で笑っている人間は、なにも性格の悪い宵宮だけではない。


 過去の研究内容の整理や、論文作成の演習などに飽きてこんなお喋りまで始まっている。つまり、千両研究室の研究員は全員未参加という事になる。


 新人四人は流石にオブザーバー参加であっても、理解できる素地が無い。よって未参加は当然だ。ある程度以上の実力を備えていないと、参加は認められない。

 たとえば、隣の研究室の夜羽音新月。新月は大型プロジェクトに参加している。望月の兄だ。

 プロジェクトの研究内容にもよるが、新月が参加できるなら、宵宮が参加していないのはおかしい気もする。……宵宮の人となりを知らない人物ならば、そう考えるだろう。それは罪ではない。

 宵宮はこの手の大人数プロジェクトだと『NG』を出されている研究員が必ず何人かいる。場合によっては過半数を獲得し、一党体制が成立している事もある。

 だから、大きな研究となると、宵宮は研究所からメンバーとして一番に弾かれてしまう。


「本当ならさ、柊副室長も入っていてもおかしくないはずなのに、ここで私達のお守りをしているってのはそういう事でしょ?やっぱり人間関係を円滑に進められないとさあ」


 朱夕がこりもせずピラピラとチラシを振っている。


「お守りされているなどという自覚があるなら、手のかからぬように振る舞ってはどうだ?ん?三暁洞。貴様もゆくゆくは問題児扱いされるぞ?」

「ちょっと手がかかるぐらいの方が、可愛く思えるでしょう?」



 きゅろりん!

 わざとらしい上目遣いとぶりっ子ポーズだった。



「望月!これをどうにかしろ!」

「えええ!?」

「ちょっとー!『これ』って酷くない!?それに、面倒事をもっちーに押しつけようとするのもどうかと思うなあ」

「……面倒事本人が、何を言うか。望月、これを黙らせろ。いいか、『俺は何も見ていない』から、方法は任せる」


 あまりに物騒すぎる指示である。まさか本気で、管理外の事なので何を行ってもかまわないという事ではないだろうが。

 宵宮がいら立つぐらいならまだいい。本気で怒り出されてはコトだ。ともかく、場を切り上げられるように、望月は少し考えこんだ。


「……ゆんゆん、めっ!」


 軽く『怒りますよ』と宵宮を真似して眉間に皺を寄せている。

 なんだそれは。なんなら先ほどの朱夕のぶりっ子よりぶりっ子くさい態度だ。宵宮が顔をひくつかせている。これで懲りるような相手かと宵宮は視線を朱夕に戻した。

 おふざけでガス抜きはできたのか、朱夕は大人しくごめんなさーいとおどけて終わらせた。


「俺がこれだけ言って聞かんのに、どうして望月なら言う事を聞くんだ」


 まあまあと、望月が穏やかに宵宮をいなす。

 別に朱夕が特別望月に従順なわけではない。もっぱら望月が宵宮のフォローを任されているから、宵宮にはそう感じるのだろう。こういうのは、怒り役と宥め役がいるから成立する。

 警察の取り調べや、子どもの育児に対するお父さんとお母さんの役割分担のようなものだ。……大きな子どもだな?そして、この『子ども』は、とてもふてぶてしい。


「だって、柊副室長、からかうと面白いから」

「――!」




「……すごいなあ、三暁洞さん。柊さん相手に」


 僕にはあんな事恐ろしくてできない。静かに、黙々と研究所内の研究発表会用の資料作成をしていた透が零した。


「自分もいけんじゃねえのかって真似はするなよ。アタシも流石にあそこまではできねえし」

「怖い事言わないでよ。命は一つしかないんだから」


 宵宮の怒鳴り声にかき消されながら、茜の言葉に透が返した。



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